#9-3.その男、楽第
「――ふん、つまらねえ」
討伐が終わった直後の事。
不意に瓦礫の向こうから声が聞こえ、俺達の意識が瞬時に戦闘モードに移行する。
――何かが居る。
それだけで皆、武器を構えたのだ。
「指輪を出してきた時は『面白いもん出しやがるな』と思ってたのによぉ。まさか使わせる前に蹴り飛ばすなんて、ほんとつまらねぇ野郎だよなあ……てめぇはよぅ」
こつ、こつ、と、鉄靴が鳴り響き。
瓦礫の向こうから姿を現したのは――あの、スマイル仮面の剣士だった。
「お前っ!? なんでこんなところに!」
「なんでだぁ? なんでも糞もあるかよ。人形狩りに来たら糞共がマップ閉鎖してやがる。おかげでならず者ども諸共缶詰だ」
ぞわりと背筋に広がる嫌悪感。
頼りになる仲間が沢山いる今でも、こいつとの戦いを思い出して嫌な感覚が広がっていくのを感じずにはいられない。
つまらなさそうに低い口調で語るスマイル仮面の肩には、ギースハンダーがギラリと光る。
「よう運営さんよ、閉鎖はもう解かれるんだよなぁ?」
「貴方が、ならず者の仲間ではないというのでしたら」
「当たり前だろ? なんなら善行ポイントでも見てくれよ。あんたなら見れるだろ?」
「……解りました。エクストラメントライトコマンド――」
訝しむ様に見る運営さんだが、何かぼそぼそと呟き、展開されてゆくコンソール画面を見て「確かに」と頷いた。
「善行ポイントマイナス33、十分に許容範囲ですね」
「だろ? 俺様善人だからよぉ。んじゃ、通らせてもらうぜ」
くくく、と不気味に笑いながら俺達の前を通り抜けていくスマイル仮面。
……だけど、これでいいのだろうか。
「おい、待てよ」
いいはずがない。
一度は戦って、「ただじゃ済まさねえ」と言われたのだ。
今後の為にも、このまま無視できるはずがなかった。
ざ、と足を止めたスマイル仮面。
ねめつけるように俺を見て、また鼻で笑った。
「まだ何か用かよ? ヘタレ剣士」
「お前、この前俺達を襲っただろ。それに対して言う事はないのかよ?」
「なんもねえなあ。てめぇみたいなヘタレ相手に何を言えってんだ」
「ヘタレヘタレ言うなよ。自分から襲い掛かっといてごめんの一言もないのか」
「だからねえって言ってるだろ? てめぇに掛ける謝罪の言葉なんて一つたりとも思い浮かばねぇよ」
イラついたような声が仮面から聞こえてきて、「やっぱりこいつとは相性悪いな」と自分でも理解する。
互いに、話していて気分が悪いのだ。
それが解ってしまう。多分俺とこいつは、色んなところが似てるんじゃないかと思う。
それでいて決定的に違う部分があるから、イラついてしまうのだ。
「大体てめぇだって俺の事馬鹿にしてたじゃねえか。何の罪もない相手をクズ扱いしておいて謝罪の一言もねえのか?」
「いきなり襲い掛かってきたお前が謝れよ。そしたら俺も謝ってやるさ」
「その上から目線が気に入らねぇな。剣士如きが、ソードマスター様相手にため口かよ?」
「……やっぱりお前は好きになれそうにないぜ」
「好かれても困る。だが、それに関しては俺も同感だ……なんたって――」
す、と、肩に置かれたギースハンダーが揺れたように感じた。
身体が動く。反応が間に合ったのだ。
ブレる仮面の剣士の動きに合わせて、俺も剣を振りかぶる事が出来た。
《ギャキィッ》
激しく鳴り響く剣と剣。
「――てめぇの顔を見てるとぶった切りたくなって仕方ねぇからなあ!!」
「このっ!」
突然の事に驚く皆を前に、戦いが始まった。
「ははははっ! 女の支援がなきゃ俺相手に戦えなかったてめぇが、まともに勝負になると思ってるのか……よぉ!」
「うおぉぉぉぉっ!!」
ある意味、ならず者相手よりも真剣な戦いだった。
心理的に許容できない相手とのつばぜり合い。
力こそ互角だけど、剣技でも速度でも劣る俺には、必死にならざるを得ない。
「はっ! ごり押しできねぇ相手じゃまともに剣も振るえねぇってか!? てめぇはその思い切りの悪さがヘタレ過ぎるんだよ!!」
「調子にっ、のるなぁっ!」
《ガキッ》
「渾身の一撃も当たらなきゃ意味がねぇってな! 攻撃ってのは……こうやるんだよぉ!」
一歩引いてからの、両手剣を後ろに引いての構え。
これは――回転斬りの構えだ。
「おいおいおい、マジかよ」
苦笑いするドクさんが見えて、一瞬意識がそちらに取られる。
――このままじゃ、皆を巻き添えにしてしまう。
その恐れが、無茶な突撃へのためらいを捨てさせた。
「――やらせねぇ!」
「くはっ、まさか前に出るとはなあ! 死ねやぁ!」
ニヤリと笑っているように見えたスマイル仮面。
俺が肉薄するのより一瞬早く、奴のギースハンダーが視界に入る。
斬り捨てられるのは、俺だったか。
《キィンッ》
回避行動を取ろうとして、だけど無理で。
もう駄目だと、眼を瞑ってしまった直後、別の音が聞こえて目を開く。
「……ああ? てめぇ、俺の邪魔すんのか?」
「そりゃするだろうよ。ギルメンが襲われて危ないんだぞ? 助けない訳ねぇだろ」
ドクさんだった。
杖を手に、スマイル仮面のギースハンダーを、腕一本で受けきっていた。
「この……うぜぇ奴らがっ! 今まで見守ってたくせに、不利になった途端助けに入るなんて、とんだ友情だな!」
「お前がなんでそんなに仲間だとかカップルだとかにイラついてるのか知らんが、こんなの誰だって助けるに決まってるだろうが」
「かっ、糞下らねぇ! 役に立たない奴は死んで当たり前だろうが! こんなヘタレ剣士庇ってたら、てめぇいつか死ぬぞ! いや、俺がここで引導を渡してやるぜぇ!!」
スマイル仮面の剣は、今度はドクさんへと向き。
至近距離での激しい打ち合いが始まる。
素早い斬り払いを杖で受けきって、そのまま突き崩しを放って。
だけどあいつもそれをかわしてカウンターまで狙って。
……ドクさんとまともに打ち合いができるくらいに強いのか、こいつ。
「おー、頑張るなあの兄ちゃん」
「すごい動きです……」
「目で追うのがやっとだよ……アレの相手はしたくないなあ」
観戦気分で口々に感想を述べる面々に、「そんな事してる場合なのか」と思ってしまったけども。
でも、それで済ませてしまう辺りドクさんにはそんな安心感があるんだろう。
なんだかんだ言っても「ドクさんなら死にはしないだろう」みたいな、そんな感じで。
「おらぁっ!」
「良い腕だな。人形狩りってのが本当なら、どこのPTでもほっとかないだろうに」
「PTだぁ? ふざけんな、俺様と組むことができる奴なんざこのゲームにゃ一人だっていやしねぇよ! 俺は一人だ、いつだって、これからもずっと一人なんだよぉ!!」
「なんて悲しい宣言しやがる」
剣で打ち払い、薙ぎ払おうとして弾かれ、突きを紙一重でかわされ。
それでも尚剣撃を振るうスマイル仮面に、ドクさんは「もったいねえなあ」と惜しむように、杖の柄を深く持って握りしめる。
「お前となら、結構ハイレベルなマップも行けると思ったんだが、なあ!」
「誰がてめぇなんかとっ! くそっ、当たらねぇ!」
「はははっ、足運びも慎重だし、狙いは的確だ。だけど肝心の――読みの浅さが欠点だなあ!」
「なっ――こんなもぐぉっ!?」
ぐ、と一歩前に出て姿勢を低くしたドクさんを見て、スマイル仮面は足払いを警戒したんだと思う。
だけど、それが罠だった。
ドクさんは、足払いしたかに見せて、深く持った杖を袖の裏に隠し、回転しながらにスマイル仮面の肩口に叩き付けたのだ。
ギリギリ回避したと思った直後の本命に痛打を受け、のけぞるスマイル仮面。
……この隙があれば、ドクさんなら余裕で致命傷を与えられたはずだ。
「ま、こんなもんだな」
だけど、ドクさんはそれで下がってしまう。
一方的な戦闘の終了。
そのまま杖を仕舞い込み、両手をぷらんぷらん上げたり下げたりしながら口元をにやつかせていた。
「お前さんの一番の弱点は、イメージする能力が乏しいところだな。相手を一方的に叩きのめしてる間は余裕もあるが、互角以上の相手と戦うと途端に相手の動きが読めなくなってそのまま追いつめられる」
「うぐ……な、なんだと……」
「いやまあ、強いんだけどな。近接戦闘に限定すれば、普通に強いよ、お前は」
大したもんだ、と、埃を払いながら背を向けてしまう。
こいつが、そのまま襲い掛かってくるとは思わないんだろうか。
剣を持ったままで、さっきのマイクみたいに不意打ちしてくるかもしれないのに。
この人のこの余裕は、どこから来るんだろうか。
「……はっ! なめやがって。糞が」
悪態をつきながらも、スマイル仮面は剣を床に突き刺し、懐からポーション瓶を取り出す。
負傷こそ目に見えないが、杖での一撃は見た目以上に重いモノだったらしく、ポーションを肩口に振りかけて指先の感覚を確かめるように開いたり閉じたりしていた。
どうやら、攻撃するどころじゃなかったらしい。
「今言われたことを直したら、てめぇをぶっ倒してやるからな! 覚悟しろよバトプリ!!」
「ドクさんって呼ばれてるから今後はそう呼んでくれよ。そっちの奴は一浪って言う」
「……覚えたぜ。ふんっ」
傷が癒えたのか、剣を再び肩に置いて、不機嫌そうに去っていくスマイル仮面。
そのまま見守っていたサクヤ達の前をすり抜けながら……ぴた、と足を止め、そのままの姿勢で数秒。
「……楽第だ」
「うん?」
「楽第だ。俺様の名前だよ。名乗られたから、な」
それだけ告げて、また「はんっ」と鼻を鳴らし、今度こそ去っていく。
その後ろ姿は妙に偉そうで、それでいて最初の印象とは違ったコミカルさも入ったような、そんな印象を受けた。
-Tips-
回転斬り(スキル)
剣士系上位職到達者が習得できる剣技の一つ。
長剣や大剣などの長物の剣を後ろ手に構え、腰を低く落とし片足を軸に身体ごと回転し、身体に合わせ剣で薙ぎ払うもので、剣士系としては貴重かつ対集団の苦手を補う事の出来る範囲攻撃である。
扱う者の技量次第では物理的な剣撃に加え衝撃波を飛ばす事も可能で、この回転斬りを連続して放つことで隙なしの近接戦闘を繰り広げる事も可能である。
欠点として、足下がおろそかになりがちな事と、その独特の予備動作から見切られやすい点、慣れないと剣の重さに引きずられて軸がぶれてしまう事などがある。
これらの問題を解決したプレイヤーにより繰り出されるこの技の一撃は、強烈という他ない。




