#8-1.城内探索中
城跡内部は、廃墟ながら入り組んでいて、大人数での探索を困難にさせる。
人形型モンスターが至る所に闊歩し、こちらを見つけては武器を構え、何かを察してかそのまま攻撃せずに仕舞い込みスルーする。
そんな光景に何度か出くわして、最初はビビっちゃったりしたけど、今ではもう慣れてしまった、そんな頃の事。
「――いねぇなあ、頭目」
「居てもインビジブル状態じゃ簡単には網に掛からんだろうしなあ」
「もう既にどっかから逃げちまった可能性も……いや、出入り口封鎖してるから、少なくとも今の状態からじゃマップ外への離脱は不可能か」
俺とドクさん、マルコスさんのグループは、城跡の中心部付近の担当。
各方面、出入り口を完全に封鎖しつつの探索なので、探索メンバーには選りすぐりの面子で揃えているらしい。
こっちも、カイゼルさんや運営さん達が別動隊として動いてるので、いくら広いマップといえど見える状態なら容易に見つけられる……はずなんだが。
それが見つからない。
こうなるともう、しびれを切らしてどこぞへと攻撃を仕掛けてきたり、気を抜いて音を出したところで存在が発覚するのを待つしかないかもしれない。
「ふー、それにしてもアレだな、人形が敵に回らないと、途端に平和なステージに早変わりだな、ここ」
さほど疲れた様子もないが、ドクさんは息をつきながらその辺の瓦礫の上に座る。
いつもたまり場で座ってる岩といい感じに似てる形状なので、癖で座ってしまってるのかもしれない。
マルコスさんはというと……不機嫌そうにそっぽを向いていた。
「気を抜くんじゃねーよドク。相手は不意打ち狙いで仕掛けてくるかもしれねぇんだぞ?」
「なんだ? 心配してくれてるのか?」
「ばっ、てめっ、誰がてめぇなんか心配するかってんだ! むしろ女頭目に殺されちまえ!!」
「ははは、相変わらず素直じゃない奴め」
「ぬぐっ、やめっ、こらっ、勝手にさわんな! 撫でんな!!」
可愛い可愛い、とまるで女の子相手にでもするかのように近寄って頭を撫でまわすドクさんに、心底嫌そうな顔をしながら抵抗しようとするマルコスさん。
だが、悲しいかな背丈の差が結構あるのでいいようにされっぱなしである。
これがどっちか女だったら様になるんだろうけど、男同士だとなんだか……いや、考えるのはよそう。
またしても俺はよく解らない深みにはまりそうになっていたらしい。怖い。
その内男同士の友情でも変な妄想始めそうですごく怖い。
「それにしても、薄暗いよなあ、ここ。あいつら、こんなところにずっと潜伏してたんだよな……」
じゃれあう二人から視線を逸らし、周りを見渡す。
ところどころ灯りが灯されているので全くの真っ暗という訳でもないけど、五メートル前はうっすらとしか見えなくなるくらいには闇が多いマップだった。
ここは、長く狭い回廊でモンスターと鉢合わせるのも怖い構造なのかもしれない。
動きの素早いソードマリオネット辺りと鉢合わせれば、開幕でいきなり首を落とされる事にもなるだろうし、事故率も半端ないだろう。
元々城跡の方はあまりプレイヤーに人気がある場所ではないので、わざわざここに来る人なんてほとんどいないはず。
それがならず者たちにとって都合がいいとはいっても、こんな薄暗くて不便なところ、何が楽しくて住み着いていたんだか。
「ま、好き好んでというよりは、こういう誰も来そうにない場所だからこそ生き延びられたっていう側面もあるんだろうな。実際、他の場所の潜伏してた連中は討伐されたり数を減らしたりで苦しい状態だったらしいしな」
「それでも大人数を養えるくらいには獲物がいたっていうんだからかったるい話だぜ。クズ野郎どもが、よくもまあそんだけ頻繁にプレイヤーを襲えたもんだよな」
「生き残った被害者も、大半はそのまま自殺しちゃったって話だもんな……生き残った人なんてほとんどいないって考えると、かなり救いがないよな」
何が酷いって、カップルなら男の方は女を人質にして自殺させたり、好き放題された後に生き残ってた女も彼氏が死んだ事を知って自殺しちゃったり、そんな事が多かったらしい、という事が解ってしまった事にある。
そんな事知らなければただただ呑気に馬鹿やった奴らを討伐するだけで終わったのに、胸糞が悪いったらありゃしない。
……それを運営さんに教えてくれたのは運営サイドの人だったらしいけど、なんでそんなことまで教えたのやら。恨んでやりたい。
「そんだけ散々人を玩具にしてた奴らの頭目が女ってのも含めて、色々納得いかねぇなあ」
「どんな奴なんだかな。まあとびっきりろくでもない奴なのは間違いなさそうだが」
また座り込んでしまったドクさんに、やれやれ、とマルコスさんも腰掛け、二人してこのつまらない話を続けるつもりらしかった。
もしかしたら、それを聞かせるつもりもあってこんな事をしてるのかもしれない。
「一浪も座っとけよ。立ったままだと疲れちまうだろ?」
「ああ、うん……」
誘われるままに、俺もドクさんの隣に腰かける。
俺自身はそんなに疲れてもいないんだけど、確かに長時間の参加となるといざという時に疲労が原因で力を発揮できなくなることもあるだろうし、そこは気を付けないといけない。
だけど……それにしたってドクさん達、気を抜いてないか?
わざと話を聞かせてるにしたって、ちょっとだらけてるように見えるんだけど……
「――それでよー、こないだプリエラがすげぇ剣幕で俺の腕ひっつかんできてさー」
「てめぇはあの女プリがいるんだからそれで満足しとけよ。あいつウチのギルドに来てもお前の名前出してきてやかましいんだぞ」
「ははっ、マジかよ俺愛されてるじゃん」
「うぜぇ、死ね。俺の視界から消えろ。てめぇみたいな奴が存在してる事そのものが不愉快だわ。今すぐいなくなってくれ、マジで」
「ははは! ナイスジョーク!」
「本気で言ってるんだよ!」
例によって噛み合わない漫才が始まっていた。
なんかもう……どうでもよく――
『――ッ』
呆れて視線を逸らした直後。
ぞわ、と背筋を駆け巡る感覚が、俺の隣に向けられている事に気づいて――咄嗟に、剣を手に取った。
-Tips-
インビジブルウォーク(スキル)
バンディッド、アサシンの扱う事の出来る潜伏系のスキル。
一般には『ハイディング系』という認識で、省略して『インビジブル』『透明化』などと呼ばれる事もある。
シーフでも用いる事の出来る『ハイディング』と異なり、このインビジブルウォーキングは完全に透明になり不可視になる点、悪魔種族相手でも効果が適用される点、使用したまま移動する事が可能な点、攻撃などの後も察知されなければ解除されずにそのまま効果が継続する事などの効力が上乗せされており、ハイディングの純粋な上位互換であると言える。
反面攻撃に限らず何らかの物理的な影響や自身の行動によって可視化される事がままあり、見えていないからと調子に乗ってやり過ぎれば当然ながらその存在は察知されてしまう事もある。
また、透明になり気配を薄くすることはできるが存在そのものが透過する訳ではないので、雨や霧の中ではシルエットが浮いてしまったり、プレイヤーに接触して存在が露呈されてしまう事もあり、存在感の無さ故に理不尽極まりない被害を被る事もあるなど、注意が必要な点も多い。
以上の事からハイディング以上に便利ではあるが、使いどころは限定される側面もあり、使いこなすにはある程度の鍛錬が必要なスキルとなっている。
勿論使いこなす事が出来れば強力なスキルであり、隠密行動にも、潜伏にも、奇襲攻撃にも用いる事の出来る幅の広さを誇る。
間違いなく優秀なスキルではあるが、これを扱う事の出来るプレイヤーの多くが一般のプレイヤーとしては脱落した者達な為に有意な使い方を体得できないという点が皮肉を極めている。




