#5-3.ならず者討伐隊
現実世界での一日が終われば、今度はゲーム世界での一日が始まる。
週一で休日になる現実と違い、ゲーム世界では毎日狩りをし続けたって、毎日休んでいたっていい。
特に今は、ミズーリさんの負傷やスマイル仮面の存在もあって、静かに過ごした方が良い気もするんだが――
「いやー、今日は悪党狩り日和りだぜ」
「最高のマンハント日和りよねん」
「がはははっ、久しぶりにこのカイゼル様の斧乱舞を見せてやる日が来たようだなぁ!」
――今日一日ミズーリさんの看病をしようとしていたのに、気が付くと野郎どもに連れられてエルヒライゼンにいた。
教会に行ったところまでは良かったのに。良かったのに。
「あああ、なんで俺、こんな薄暗い森にいるんだ……?」
「なんだよ一浪、まだしょぼくれてるのか? しょーがねぇだろうが、お前が遭遇したっていうスマイル仮面の剣士、お前しか知らないんだから。もしそいつが現れた時にお前がいないと解らないだろ?」
ぼそぼそと独り言なんかを呟いてると、釘バットを肩ににやにやと笑うドクさんが話しかけてくる。
放っておいてほしかったけど、こうして絡まれる以上は無視もできない。
「……今日は静かに過ごす気分だったんだよ。二日連続で気分悪い野郎なんて見たくなかったし。ミズーリさんも心配だったしさ」
「安心しろよにーちゃん、ミズーリの怪我は大したことないってミゼルも言ってたろ? 俺達は俺達の役割を果たしゃいいのさ」
「そうそう、あたしたちにまかせなさぁい♪」
「げへへ、盗賊どもを何匹蹴散らせるか勝負だな!」
カイゼルさんもギルメンを引き連れての参加。
一緒に歩くおかまっぽいおっさんと髭面のおっさんがまとわりついてきて……すごい筋肉濃度だった。
多分ドクさんがいなかったら逃げ出す。
ミズーリさんのギルメンでもあるし、間違いなくいい人達のはずなんだけど、なんでこう、幹部メンバーはこんなにも濃い面子なのか。
「ここらへんで出没するならず者連中は、割と放置できない規模らしいしな、ここらで痛い目合わせて集ったりしないようにしねぇと、無駄な被害者が増える一方だ」
「そうですねえ。いやあ黒猫さんからも参加してもらえるなんて、感謝してますよマルコスさん♪」
「……畜生、なんでこんな事になってやがる」
少し離れた後方では、黒猫のサブマスターが俺と同じようにぶつぶつ呟いていた。
多分、不本意なんだと思うけど、隣を歩く運営さんはニマニマと笑っている。
「マルコスがどうかしたのか一浪?」
「え? あ、いや。なんか不満そうだなあって」
そっちの方ばかり見ていたからか、ドクさんが気にして聞いてくる。
まあ、確かに俺とあの人とで話す事なんてほとんどなかったし、珍しいのかもしれない。
「ていうか、ドクさんどういう経緯であの人巻き込んだんだ?」
「巻き込んだっていうか勝手に混ざって来たっていうか……初めはドロシー誘ったんだけどな? 途中から『何出し抜いてマスター誘ってんだてめぇ』って顔出してきて」
(黒猫さんをめぐる修羅場か……?)
「相変わらずドロシーの事好きな奴だなあって思ってたら丁度運営さんが現れて」
(修羅場じゃなかったようだ)
「そして運営さんの話術に転がされてドロシーに代わってマルコスが参加する事になった」
(……なんて哀れな人なんだ)
なんていうか、なんだろう。可哀想という言葉しか浮かばない。
超大手ギルドのサブマスターなんてそれこそ望めば選り取り見取りだろうに、惚れた相手が黒猫さんだったばかりにこんな風になってしまうんだなあと。
ついでにドクさんと黒猫さんとマルコスさんとの間に酷い三角関係が見えた気がする。
実際にはもっと色々相関図があったりするんだろうけど。
「でも、あの人スミスなんだよな? 戦えるの?」
「エント狩りの時はすげぇいいタイミングで現れてくれて助かった」
「なるほど……タクティクスギルドのサブマスターなだけはあるのか」
「あれでも最古参プレイヤーだからな。かなり早い段階でタウンワーカーに転向したけど、元々は冒険職だった奴だし」
このゲームの古参連中は、本当に『古参』っていうだけで常識を覆してきたりするから怖い。
ウチのギルドの古参三人組もそうだけど、きっとそういう古参の人達が色んなところにいて、そして常識外の戦闘を繰り広げてるんじゃないかなって思う。
確かにスミスは人によっては戦える人もいるみたいだけど、ドクさんの言う『戦える』はきっとすごい化け物じみた活躍をするレベルだろうし、心配する必要もなさそうだった。
そうかと思えば、二人して見ていた所為か、そのマルコスさんがこっちに気づき、睨んでくる。
いや、睨んでるのはドクさんだけだった。
俺なんて眼中にすらないようだった。
「あんだよドク。何こっち見てんだよ?」
「いや、お前ってドロシー好き過ぎるよなあって二人して話してて」
「すっ、ち、ちげぇしっ! 別にそんなっ――お、お前はいつもそんな事言って煙に巻きやがって! いい加減にしろよてめぇ!」
「ははは、そう怒るなってマーちゃん」
「マーちゃん言うなっ!」
とても……とても微笑ましい光景だった。
多分マルコスさんの方は本気で睨みつけてたんだろうけど、ドクさんに華麗に流されて逆にその流れに飲まれている感じ。
なんだろうな。こういう対人経験値の差みたいなのも、このゲームには大きな影響があるんだろうなと思わされる。
「ここでならず者ども撃破しまくって、その報告をドロシーに聞かせてやれよ? あいつきっと喜んで『流石マルコスだわ』って褒めてくれるぜ!」
「うぐ……ま、マスターが、俺を……」
「ドロシーさんなら自分の所のギルメンが活躍したって聞いたら大喜びするでしょうね。パーティーとか開いちゃうかも?」
「あいつは頑張った奴には必ず報いを与えるはずだからな。さあマルコス、一緒にならず者退治を頑張ろうじゃあないか!」
「くそっ、お前らには負けねぇぞ!? 俺が頭を蹴散らしてやるからな!」
「ははは、その意気だ。頑張れよマルコス!」
「私も応援してますよマルコスさん!」
そしてすっかりドクさんと運営さんの二人に乗せられている。
というか、マルコスさんがちょろすぎるだけなんだろうか。
なんだか黒猫が心配になってきた。
「ああいう事平気でやるドクさんは割と怖いよなあ」
「ただ強いだけじゃなく、自分を気に入らない相手の憎悪とかをギャグにしちまうんだもんな」
「ドクさんを敵に回したら洒落にならない事になりそうだわん」
ミルクいちごの三人がぼそぼそと語っているのを聞くに、やっぱりドクさんのそういう所は怖い一面もあるんだなあと思える。
狙ってやってるならだけど。
「そろそろ城跡が見えてくる頃だけど、中々それらしい奴らが現れないな」
「ああ、私達もいつ襲撃が来るかと警戒していたんだが、一向に現れる気配がない」
先行している他のギルドの人達が話すのを聞くに、まだそれらしい敵影はないらしい。
まあ、結構な団体だし、数がいるって言ってもならず者側の大半は下位職程度の戦闘能力しか持ってないはずだから、正面切って挑もうとは思ってないのかもしれない。
今回のならず者討伐は、運営さんの呼びかけもあって、最終的には60人ほど、各ギルドや冒険者酒場で募った有志が集まっている。
それぞれが一度に一方向から押し寄せるのではなく、勘づかれて逃げ出した時に備えて全方位から目的地に集っていく、といった感じで移動しているので、迎撃に出ても逃げに回ってもどこかしらの隊とぶち当たるようになっている。
だけど、まだどことも戦闘になっていない。
前回、俺達が遭遇したならず者のチームは、リーダーと思しきおっさんがやたら探知能力が高かった所為でミズーリさんを発見されたりした。
同じような能力の奴が他にもいるかもしれないから、もしかしたら遠方の時点で気づいて逃げ出して――とか、そんな可能性もあるんじゃと思ったけど。
「ならず者って時点で本拠地以外に転移設定できる場所がないからアイテムで逃げるってのも無理だし……そうなると、俺達に気づかずに城跡でのんびりしてるのか、気付いた上で籠城戦のつもりかねえ」
「真っ当な城ならそれもできるんだろうけど、あの城は聖域が入り口にしかないからなあ」
「籠城するにも入り口付近じゃなあ」
先行する人達も話すように、エルヒライゼンの城跡は防衛に不向きな聖域配置になっている。
他の城塞マップのように内部に聖域があるなら守るに堅い地形と言えるだろうけど、入り口にあったのではロクな守りもできないはずだった。
そうなると、聖域から敢えて外れてモンスターの湧く奥の方で守る事になるけど、あの城跡のモンスターは割と凶悪で、ほとんどのモンスターが一撃必殺持ちなので上位プレイヤーでも気が抜けない。
そこまで逃げ込まれると俺達でも手を焼くかもしれないけど、こっちにはドクさんやカイゼルさんといった腕利きもいるから最悪そこに入り込まれてもなんとかなる。
つまり、ならず者たちに明日はない。
「一浪、そろそろ敵とぶち当たるかも知れないからな、一応武器を持っとけよ」
「ん……ああ、解ってるよ、ドクさん」
まあ、襲撃の様子はないとはいえ、敵の本拠地に近づいているのは確か。
俺もブチブチ言うのはやめて、割り切って武器を取り出し、備える。
こういう時にきちんと空気を入れ替えするのは大切だと思う。
さっきまで漫才みたいな事をやってたドクさん達が、今では皆キリっとした顔で武器を構えてるんだから。
「そういえば運営さん、他の方角から向かっている人達は、どんな人が居るんだい? こっちは知り合いばっかりで固まってるけど……」
「こちら(南)以外の振り分けは、北側が『ナイツ』の方々が中心になっていて、西側は『チェリーポピーズ』や『ハクスラ同好会』の人達が、東側は『ロードオブクラウンズ』と『ミスターオレンジ』が中心です。そういった各方面の間を埋める感じに、冒険者酒場で集った人達が配置されてますね」
「ミッシー達も来てたのか、それは知らなかったな」
「ていうか、ナイツが来てるって事は、もしかしてエリーも?」
「はい。ミルフィーユ姫も北側にいらっしゃいますね」
以前解散しようとしてメンバーに泣かれたと聞いたけど、やっぱりナイツはまだ残ってるらしい。
まあ、街復興させてお城も綺麗にしたのにお姫様がお城と騎士団放り投げて解散なんてあんまり過ぎるし、サクヤは大変だろうけどこの方がハッピーエンドっぽい気がする。
ラムの街も、今では他の主要都市と比べても遜色ないくらいに立派な街になりつつあるらしいし、新居はラムに構えるのもいいかも……っと、また考えが変な方向に飛躍しかけてた。
「魔法が使えないからサクヤは絶対戦えないマップだと思ってたけど、エリーなら戦えるのか」
「でもまあ、魔法が使えないから戦闘能力激減なのは間違いないな。それでもならず者相手なら余裕だろうけど」
それにロイヤルガードの軍団が付いてくる。
もうこれあの人達だけでいいんじゃないかな。
「それぞれの方面に私たち『運営さん』が一人ずつついてますので、何かあったらすぐに解るはずです。突入のタイミングもそれで計りますのでご心配なく」
「便利だなあ運営さん」
「便利スキル持ちは強いよなあ」
今日はいつもの白服姿なので耳は隠れてるけど、この人も戦えば反則気味に強いのは解ってるし。
西側だけどんな人たちなのか解らないけど、大体の所心配要素の少ない配置になってるらしいのは安心できる要素か。
まあ、考えてみればならず者討伐なんてイベント感覚でやるような事だし、そんな事にリスキーな勝負を挑む必要もないはずで。
圧倒的な戦力で被害ゼロのまま圧勝、というのが前提にされてるんじゃないかなって思う。
その上で、一切の油断なしで蹴散らしたい、というのが参加者の本音じゃないだろうか。
皆、悪い事する奴には苛立つし、いなくなるならそれに越したことはないんだから。
昼前のエルヒライゼン。
不気味なほどに静まり返った城跡が、少しずつ、大きく見え始めた。
-Tips-
スミス(職業)
タウンワーカー系職業の一つ。通称『鍛冶屋』『職人』。
商人、アルケミストなどと併せて『商人系』でひとくくりにされる事も多い職業で、武器・防具・特殊金属加工などに命を懸ける熱い鍛冶屋である。
一般に多く知られているスミスの活動は『武器・防具・装飾品の製造販売』であり、必要な器具と材料を用いてこれらを造り、他者に販売する事をメインとしている。
その派生として、個人から直接依頼を受けてオーダーメイドで造る事や修繕・改良する事もあり、これらは商人として常連客を確保するチャンスでもあり、職人としての技術力向上を図る腕試しの側面もある為、多くのスミスがこれを受け付けている。
こういった業務から、ある程度の鑑定眼を持つプレイヤーも多く、熟練した職人の中には一目でその武器・防具の価値や性能、製造者の腕前を見抜く者もいるという。
これらの冒険者向けのスミスの看板には、ハンマーの絵が描かれている事が多い。
また、そういった冒険者向け以外にも、同じタウンワーカーや近辺のギルドの需要を満たすスミスも存在していて、そちらは看板や料理機材、食器などの日用品を製造して日々を過ごしている。
日用品をメインにしているスミスは看板にハンマーと共に鍋や食器などの絵柄を描くことが多く、これによって冒険者向けの店と区別する。
いずれの場合も、スミスになる為にはまずスミスに弟子入りし、理論だけでなくその師の持つ技術の全てを体得した上で師に認められなければならず、一人前になるまでには最短でも半年程度の期間が必要とされている。
スミスの製造する武器・防具は、同名のモンスター産の装備品と異なり、『特性』が付く事がある。
これは材料によってもある程度左右されるが、最も大きいのはスミス本人の腕前、そして性質によるところが大きい。
基本的に腕が良く、善性が強いストイックなスミスが、良質な材料を用いて造る事によって高確率で高い効果の特性が付与されるようになっている為、スミスは多くの場合、清廉かつストイックな生活を心がけ日々を過ごしている。
また、こういった特性とは別に、材料そのものに特性が付与されている場合がある。
アルケミストが冶金した際に発生するものなのだが、これはスミスには取り払う事が出来ない為、知らずに材料に使用する事で、全く想像だにしない特性が発生してしまう事もある。
日常的に金属を大量に用いるスミスにとって、それを大量に用意できる冶金技術に優れるアルケミストはとても重要な仕入先である反面、これがある為、アルケミストの存在はスミスにとって痛しかゆしとなっている。
あくまでタウンワーカー職の為戦闘は不得手な者も多いが、中にはハンマー片手に自力で材料となる鉱石を確保しようとする者もおり、一定数程度、下位職程度には戦えるスミスは存在していると言われている。
基本的に元手となる金銭が多く必要な職業の為、金集めの為に各地を奔走する者も多く、意外とその脚力・運搬能力は馬鹿にならない。




