#3-1.はじめてのひとだすけ
白夜の平原は、一人で暴れる時の私の狩場だった。
数を狩って効率よくお金を稼ぎたい時。
新しい魔法のためし撃ちをしたい時。
あんまりないけど、特に何も考えずに暴れまわりたい時。
ほどよくモンスターが湧いて、開けているから無駄に歩きまわる必要も無くモンスターを見つけられる。
――だけど、そろそろ物足りなくなってきた気がした。
ここは、あくまでも初級者向けの狩場。
始まりの森とかと比べれば金銭効率は段違いだけれど、でも、この場所に慣れて来ると、ステップアップしてもいいような気もしてくる。
このマップの主要なモンスター『ギースアント』のリンク能力は確かに最初のうちは怖かったけれど、慣れてくればなんてことはなかった。
特に、範囲魔法を扱えるようになってからは、数で押してくるだけの敵はかえって効率をあげてくれる割りの良い敵なのだと気付いたのだ。
それからは、もうリンクモンスターはそんなに怖くない。
あれだけ怖かったハウンドキメラだって、いつかはそうなるんだと思う。慣れって、不思議な自信を抱かせてくれる。
「――きゃぁぁぁぁっ」
どこかで、誰かの叫び声がした。
どっちからの声だったのか、周囲を見渡す。
意外と近く。巨大なカマキリ――スケアクロウが居た。
白銀の巨体が、身体を左右に揺する。あれは鎌を振り下ろす前の動作。
――ちょっとまずいかも。
スケアクロウの足下には、女の子が倒れていた。
リアルの私とそんなに変わらない位の背格好の女の子。多分、剣士系の子だと思う。
不意打ちを受けたのか、それとも驚いて転倒してしまったのか。
立ち上がる事も出来ずにずりずりと後ずさろうとしている。
でも、そんなのは逃げの内に入らない。
ぎりぎりぎり、と、歯軋りするような音。
一気に振り下ろされる双鎌。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
女の子は、それを絶望しながら目の当たりにし――
『クリスタル・シャワー!!』
――そして、同時に希望も目の当たりにできたはず。
スケアクロウの柔らかい身体を、真横から細く尖った氷の結晶達が貫いていく。
細い胴体だけじゃなく、お腹や足、鎌に至るまで、私の放った範囲魔法は幅広く傷つけていった。
『ギギィッ!?』
驚いたスケアクロウは、けれどそれだけでは倒れず、ぎちり、という牙の空鳴りする音を鳴らして羽ばたき始める。
身体に穴が開けられたまま、無理矢理に空を飛ぼうとして――
「ロック――シュート!!」
すかさず私の放った追撃で、羽を傷つけられて落下する。
『ぷぎっ……ぎち……ぎ――っ』
そのまま地べたへと激突。
たまらずスケアクロウは倒れこみ、ぎちぎちと気味の悪い断末魔みたいなのをあげながら息絶えて、消滅していった。
「あ……あぁっ――」
戦闘終了。
なんとか無事だった女の子には何も言わず、そのまま離れようとしたのだけれど。
どうにも、怖くてまともに立ち上がる事も出来ないみたいで、放っては置けない気がしてしまった。
「大丈夫ですか?」
近づいて、声をかける。
小豆色の、ショートスタイルの女の子。
さっきまでスケアクロウが倒れていた場所を見て、あわあわと声にならない声をあげていた。
「うぇっ!? あっ……あ、う、うん……大丈夫……」
かくかくと震えが残る肩。怯えたような眼が私にも向けられて、それがちょっとだけ悲しく感じてしまう。
――いやいや、私に向けられてる怯えじゃないから。
そう思うようにしながら、できるだけにこやかあに笑いかける。
「立ち上がれますか?」
かがみこんで、手を差し伸べて。
「あ……ありがと……」
女の子もようやく我に返ったのか、なんとか私の手を掴んで、起き上がろうとして――
「……?」
腰を上げない。不思議そうに首をかしげていると、半笑いになって、女の子。
「あ、あはは……こ、腰が、抜けちゃったみたい……」
参ったわこれ、と、私の手を掴んだまま苦笑いしていた。
「なんか、ごめんねー、見ず知らずの人に助けてもらっただけじゃなくて、こうやって傍にまでいてもらうなんて」
「いえいえー」
結局、私はその女の子が落ち着くまでの間、傍にいて守ってあげることにした。
別段急ぎの用事がある訳でもないし、まだ時間的にも早いから大丈夫かな、って。
でも、警戒してたのもちょっとの間だけで、今ではもう、隣り合って座ってお喋りタイムに突入していた。
「どうも昔っから虫だけはダメでさー。現実にはいないとは思ってても、図鑑とかで見て気持ち悪いと思ってたから、すごく困ってたところなんだー」
頬をぽりぽりと掻きながら、女の子は苦笑する。
さっきまではどんな子なのか解らなかったけど、こうやって話してみると結構気さくな人みたいで、打ち解けるのは結構早かった。
「ここの狩場は結構虫系モンスターも多いですもんね」
「そうそう! それで『うわー』ってなってた所でいきなり後ろから不意打ちでしょ? もう死ぬかと思ったよー」
スケアクロウの不意打ちはかなり怖い。
ここの狩場に慣れてる私でも、突然真後ろから切り付けられたらパニックに陥ると思う。
そんなに虫嫌いでもない私がそうなんだから、虫が嫌いな人がやられたら恐慌状態に陥るのも無理は無いと思えた。
「ほんと、ありがとうねマジシャンさん!」
満面の笑みでお礼。なんていうか、すごく恥ずかしくなる。
「あっ……そ、その、気にしないで、いいですよ……?」
人にお礼を言う事は一杯あったけど、自分が言われたことなんて数えるほどしかなくって。
だからか、こうやって笑顔でお礼を言われると、直視できなくなってしまう。
「それでー、迷惑ついでに、お願いがあるんだけど……」
「……?」
とりあえず私の態度に突っ込みは入らないらしくて安心したけれど、『お願い』という単語にちょっと首を傾げる。
「そのっ――私の友達になってくださいっ!!」
しばらくの間、固まっていた気がした。
――お友達? 私が? この子と? 会ったばかりですよね? お互いの名前も知りませんよね?
色んな言葉が頭に浮かんでは消え。
そういえば、そんな事も昔はあったなあ、なんて思い出しながら、リアルの事はとりあえず忘れる。
「え、えーっと……?」
とりあえず、言葉の真意を知りたくて女の子を見る。
多分、ぎこちなく半笑いしてると思う。こういう事、あんまりなかったので。
「ほらっ、私、このゲームきてから知り合いとかって全然いなくってさ。ちょっとでも、自分よりゲーム知ってる人と知り合えたらって、そんな事……」
「……」
なんだろう、すごく必死に見えてしまう。だけど、共感も出来てしまう。
だって、私もシルフィードの人達と出会えてなかったら、きっと今でも一人、何をしたらいいか解らず迷ってただろうし。
それ以前に、あのまま誰にも助けられずにモンスターに殺されていたか、餓死していた可能性すらあったのだから。
「だ、ダメかな……?」
私の様子を伺うところが嫌いだった。初対面でじろじろと人の顔を見る人は、なんとなく苦手。
馴れ馴れしく踏み込まれるのはすごく苦手で、ちょっとずつ距離を詰める位のお付き合いの方が本当は好きだった。けれど。
――ゲームの世界でまでそれを持ち込む必要はないよね?
ここにいるのは、金髪碧眼のサクラではなく、黒髪黒眼のサクヤ。似てるようで全然違う。
これも、一種のロールプレイというものなんだろうか。
だとしたら、現実に囚われちゃうのは勿体無い気がする。そう。勿体無いのだ。
「……ふふっ」
だから、私ははっきりと相手を見て、手を差し出す。
「ええ、いいお友達になりましょうね?」
不安に染まり始めていたその女の子に、精一杯の笑顔を向けながら。
-Tips-
虫(種族)
『えむえむおー』世界における虫型生物の総称。
昆虫型・蟲型・触手生物型など無脊椎動物全般がこれにあてはまる。
いずれも現実世界レゼボアには存在していない生物であり、プレイヤーの多くは知識として知ってはいても、この『えむえむおー』によって初めて直に接触・戦闘する事となる為、初心者、特に女性には苦手意識を持つプレイヤーも少なくない。
モンスターとして見た場合の傾向としては、多くが魔法に極端に弱く、毒以外の状態異常耐性が低い事、精神性が低く魔法によるメンタルキルに持ち込むことが容易である事など戦闘面では防御の弱さが際立つが、空を飛んだり地中から強襲したり、はたまた地形色と同化して襲い掛かったりなど、人間であるプレイヤーの予想もつかないタイミングでの不意打ちが脅威となる事もある。
ドロップアイテムは身体のパーツや餌、体液などが多く、ほとんどは食材や武器防具の材料にはならないが、錬金術や調薬の材料としては優秀である。
また、ごく一部のコレクターの存在により、これらのアイテムには需要が発生する事もある。




