#1-2.絶品・毒キノコトースト
ともかく、俺とドクさんは二人して、遅めの朝食に向かう事になった。
向かう先は『ブルー・ブルー・マウンテン』。
以前メイジ大学がタワーダンジョンになってしまった事件の時に、ミズーリさんを探している間に利用した紅茶専門店だ。
ここの料理が中々美味しかったので、事件が解決した後もミズーリさんと遊びに行った帰りとかに寄ったりしている。
「あら、いらっしゃい」
「よう」
「また来ちゃったぜ」
店に入ると、カウンターで控えていた店主『アムレンシス』が静かな微笑みを湛えて迎えてくれる。
そして「どうぞ」と手先で案内を示しながら、カウンター上に置かれた人形を定位置の棚へと戻す。
手入れか何かしていたのかもしれない。
狭い店内だが、早い為かまだ他の客は見えなかった。
ドクさんと二人、カウンターに座りながらメニューを選ぶ。
俺は毒キノコトーストと紅茶。
ドクさんはサンドイッチと紅茶。
料理はそれほど待たずに出てくる。
他の店なんかだとこういう場合はできた順に出てくるものなんだけど、この店の場合、一度に全部出てくるから知らないと驚かされるかもしれない。
サンドイッチとか手早く作れるものなら解るんだけど、パスタやデザートみたいなちょっと手の込んだものを用意しようとするとそんな短時間じゃつくれないと思うんだが……作り置きにしてはぱさつきとかもないし、不思議だった。
「そういえばドクさん、俺ちょっと気になってたんだけど」
「ん?」
二人して黙々と食べる朝飯。
サクヤが食べていた毒キノコパスタと同じものを使ったというこのトーストは、薄切りにされた毒キノコがすごくいい匂いで鼻の先まで抜けてくる。
そんな美味を堪能しながら「でも黙ったままなのもなあ」と、話を振るのだ。
「ドクさんって、最上位職になれたんだよな? プリエラもだけど」
「ああ、そうだな。プリエラに関しては隠してたみたいだからかなり初期の頃からそうなってたようだが」
「でも、二人とも戻っちゃったじゃん? 折角強くなれたのに、なんで?」
ドクさんは、メイジ大学の事件が解決されてすぐ、またバトプリに戻っていた。
その気になればハイプリーストでもパラディンでも、どっちになってもリーシア最強クラスの前衛の名をほしいままにしただろうに。
狩りだって、バトプリのままに比べればはるかに効率が良くなるだろうに、あっさりかなぐり捨てたのだ。
なんでそんな事をしたのか、ずっと疑問に思っていた。
「そんな事か」
「そんな事って。そりゃ気になるだろ?」
「簡単に言うなら『つまらんから』だ。俺一人が強くなったって、周りがレベル低いままじゃチートと変わりゃしねぇ」
「圧倒的過ぎるって事?」
「多分、あの事件の時バトプリのままだったら、俺達はグリモアに手も足も出なかったんじゃねぇかなあって思うよ。それくらい、あいつと俺達の間に実力差があったはずなんだ。それを、最上位職の力で無理矢理捻じ伏せたんだよ」
「それができるだけの力が怖くなった、とかか?」
「そんな訳あるか。ただな、あんま強すぎる力持ってても、使い道がねーじゃんよ。持て余すのが解りきってる。他のプレイヤーが当たり前のように最上位職に手が伸ばせるくらいになったら、まあ、その時になってもいいかなとは思うがな」
「でも、そうなってからじゃ全然強くなった気がしないんじゃね?」
「職業の差で強くなった気になっても仕方ねぇだろ? 強さってのは、同等の条件で比べて初めて意味があるもんだ」
そういうもんだろ、と、けらけらと笑って流すドクさん。
でもそうは言われても、そんなの、俺にはまだ理解できない。
強ければそれでいいじゃんか、と思うんだが、ドクさんはドクさんのこだわりがあるらしい。
この辺り考え方の違いというか、この人の達観したところというか。
「他の奴が最上位職に就いて強い強いって言うのは別に否定まではせんがな。ただ、必要もなしにあんなバランスブレイカー気味な力を持っても、俺はつまらねぇと思っちまったんだよ」
「プリエラとかも、そんな感じの理由なのかな?」
「あいつに関しては、スキルが強すぎるから戦闘とかで頼られるのを避ける為、とか言ってたな。ならなんでなったんだと思うが、まあ、状況に流されるままなっちまったんじゃねーかなとは思うが」
普段戦うのを極端に嫌がるプリエラを見てれば、確かに戦闘に巻き込まれるのが嫌で、というのは解らないでもないかもしれない。
ただ、それなら最初から冒険職にならなければいい話で、言ってしまえばタウンワーカーになって教会でお祈りするだけの日々を送ってもいいはずだった。
プリエラの行動にもいくらか矛盾がある気がするとは常々思ってたんだけど、女の子ってほんと理屈だけじゃはっきりしないような事をやったりするから、プリエラもそんな感じで俺やドクさんには解らない事情とかがあるのかもしれない。
「でもあれだよな……うちのギルドって、例の事件から最上位職が三人居る事になるんだよなあ」
「まあ、その気になればいつでも戻れるからな。実質三人いる事になるな」
マスター、ドクさん、プリエラ。
一人居るだけでも希少な最上位職が三人。
メンバー八人しかいないギルドでそのうち三人が最上位職とか密度がすごいことになってる気がする。
まあ、『ナイツ』みたいに構成員半分以上がロイヤルガードとかいう狂ったギルドもあるけど、それは例外として。
その上で対集団・広範囲戦闘に長けた凄腕魔法職のセシリアや、今や弱点がほとんどなくなったオールラウンダーのサクヤ/エリーも居るのだから、単純に戦闘能力だけ見てもかなり強いギルドになってる気がする。
「もしかして、ウチのギルドだけで全部のボス狩りとかできちゃえるんじゃね?」
「できるかもしれんな。レッドライン踏破は無理だろうが」
「最上位職三人居てもレッドラインは無理なのか……」
「アノーリアを見ててなんとなくそう思ったぞ? アレは個人の能力だけでどうにかなる場所じゃないんだ、きっと」
上位のボスモンスターより脅威となるレッドラインの環境。
実際に入った事はないからどれくらいヤバいのかは肌では知らないけれど、情報としては確かに、常識の通用しない異常世界なのは解っていた。
そうして、そんな環境下でも冒険ができる攻略組の異常性も。
「あいつらは、多分レッドラインの環境に適応しちまってるんだよ。特化というか、進化というか」
「普通のプレイヤーじゃ真似が出来ないってことかい?」
「そういうこったな。話せば言葉は通じる。気持ちだって解る部分は多い。だけど、あいつらの状況の変化に対しての敏感さ、脅威を肌で感じて回避したり対処したりする速度は、俺達には真似できるもんじゃねぇな」
「ドクさんがそう言うっていう事は、よほどなんだろうな……俺はアノーリアが戦ってるところとか見てないから解らないけど、俺なんかじゃあっさり負けて記憶失ってた所を、かなりいいところまで突破してたって話だもんな」
「ああ。あのくらいの奴らになってくると、強いのは当たり前でその上でっていう話なんだろうな。強さは前提みたいな感じだろうから、そういう奴らの中じゃ最上位職の力持っても前提を満たしたに過ぎない程度なんだと思うぞ」
聞くだけで末恐ろしい話だった。
レッドラインなんて挑む気は更々ないけど、どれだけ恐ろしい世界なのか。
俺の知る限り対人戦最強のドクさんでもこう言うのだから、そんな場所で日常的に冒険してる奴らは狂気の先に生きているとしか思えなかった。
つまり、職業的な強さ以上の何かがこのゲームには存在していて、本当に強さを求めるならそちらも得られなければ届かない、という事なんだろうか。
俺には当分無理だなあ、と思いながら、毒キノコトーストをかじる。
また、強いいい香りが口の中に広がって、考えていたことが薄れていく。
「毒キノコ、うめえなあ」
「そんなに美味いのかそれ。サクヤもそれ使ったパスタ気に入ってたみたいだけど」
「毒は抜いてあるわよ?」
この流れも定番な気がする。
いつもはサクヤが「毒キノコおいしーっ」ってすっごくいい笑顔で食べているのを見て誰かが聞くのだが、俺が言っても同じ展開になるらしい。
店主が毒抜き済みなのを主張してくるのも同じパターンだった。
「貴方達のギルドはこの流れが気に入っているの? サクヤもだけれど、毎度言っているように思うのだけれど」
「そうかもしれんな」
「やっぱり毎回言ってるんだな、そうなんじゃないかって思ってたけど」
店主も思うところあってか、カウンターに肘をつきながら話に混ざってくる。
いや、毎度でもそんな事を言ってしまうくらい、このデスグローリアスを使った料理は美味いのだ。
この絶品料理を味わってしまえば、誰だってそんな事を口走ってしまうんじゃないか。
そんな風に思ってしまう俺が居た。
「まあ、気に入ってもらえているなら作る甲斐があるけれど……」
「ああ、他では食えないよな」
「どういう処理をしてるのか気になるが、珍しいっちゃ珍しいな」
少なくとも『ひゅぷのす』や『プリムローズ』では食べられない逸品だ。
そうと知られていないだけで、多くの人に知られれば行列ができる店にもできるんじゃないかと思うけど。
まあ、趣味でやってる店らしいし、あんまり客が入り過ぎても好ましくないのかもしれない。
落ち着いた雰囲気の店だし、狭いから、客で溢れたら台無しになる気もする。
「店主さんってさ、料理の修行とかってしたりしたの?」
なんとなく気が向いたので、店主さんにも話を振ってみる事にした。
ここの料理は本当に美味い。
具をのせただけのトーストやサンドイッチでも、そこらのパン屋で買ったものとは比べ物にならないくらいなんだから本物だと思う。
もしかしたら、リアルでは料理人か何かなのかもしれない、なんて思いながら聞いたのだ。
「そうね……修業した事もあったわ。長年生活する中で自然と身に付いた部分も多いけれど、ね」
「へえ、やっぱそうだったんだね」
「プロだったんだな」
「プロだった時期もあった、というのが正しいかしら。リアルでは色々な職を経験したからね」
「なるほどなあ」
どのような経歴の人なのかは知らないけど、メニューを見ただけで喫茶店とは思えないほどに多彩な料理の名前が並んでいる。
酒のアテになりそうなものや一品料理、ディナーメニューとしても十分なものからデザートまで。
色んな食材を扱うだけで結構色んなコストも掛かるだろうし大変だろうに、それをこなせるのだからプロだったというのも頷けた。
「じゃあ、この店もそういう自分の腕を活かす為に?」
「このお店はただの趣味よ。紅茶を淹れるのが好きだったから、それを活かしたくてやっているだけ」
「じゃあ、その気になれば紅茶とちょっとしたお茶菓子だけで小さくまとめる事も出来たんだな」
「そうね……その方が紅茶専門店としては正しいのかもしれないわね。ただ、開店したばかりの頃からの常連が全然紅茶専門店として扱ってくれなくてね……メニューにないフードメニューばかり注文するから、仕方なくこうなったのよ」
不本意ながら、と、ため息混じりにコップ磨きを始める。
その常連が誰なのかは解らないけど、俺的には「よくやってくれた常連の人」と褒め称えたい気分だ。
紅茶とお茶菓子だけのお店だったら、多分俺もドクさんもこうやって通う事はしなかっただろうし。
サクヤやプリエラみたいにお茶を楽しめる人ならそれでもいいかもしれないけど、俺にはそういうのは向かない気がする。
デートなら静かだし、良い雰囲気だから向いてるかも知れないけど……
「いや、料理も美味いけど、紅茶はコーヒーしか飲まない俺でも美味いと思うぜ?」
「ああ、俺も普段は紅茶とか飲まないけど、ここのはアリだと思った」
最初来た時はジュースだったけど、何度かミズーリさんと来たりする間に俺も紅茶を飲むようになっていた。
ここの紅茶を気に入ったミズーリさんに勧められたから、というのもあったけど、実際に飲んでみて世界が変わったのだ。
今ではそれまで避けてたのが馬鹿らしく思えるくらいに、紅茶ばかり飲んでる自分がいる。
勿論リアルではそうもいかないけど。あくまでこの店限定だけど。
店主さんも「嬉しいわ」と満足げに微笑みかけてくれるので、言ったこっちも心があったかくなる。
美味い料理に美味い紅茶。趣味でやってる店だからと値段もそんなに高くないし、良い店だった。
-Tips-
料理技能(スキル)
プレイヤースキルの一つと言われるもので、日常的に生活する上で料理やそれに関わる作業を行う事で経験が積み重ねられていく。
単純に、この経験が高ければ高いほど効率的に、かつ優れた料理が作れるようになる。
味なども経験依存な部分が多い為、基本的には高いほどに美味になりやすい。
ただし、根本的に調理手順を間違えていたり、調理者本人の味覚が死んでたり、独特の感性を持っている場合はその限りではなく、ものすごく効率的に不味い料理が作られる事もある。
あくまでプレイヤースキルの為、リアルで調理のプロであったり日常的に料理を作るような環境にいるプレイヤー程基礎の経験点が高くなる。
この為、ゲーム内で経験を一切積んでいなくとも機材さえ揃えば最初からプロとしての腕を揮う事も可能である。




