#1-1.朝のたまり場にて
穏やかな朝のリーシア南。
最近、たまり場が賑やかになってきた気がする。
「それでさーサクヤ、今度の狩場なんだけどー」
「ああ、いいですねー。それじゃちょっと情報集めておきますね」
サクヤとエミリオが狩場の候補地なんかを話していたり。
「ドクさんドクさん、新しい服欲しいからちょっと付き合ってー」
「お、そうか」
「プリエラさん、私が先にドクさんをお誘いしてるんですが? そうですよねドクさん」
「狩りって今からなのか? ベルクハルトの森だよな?」
「勿論です。今すぐ狩り編成して出かけたい気分なのです」
「黒猫さん、それ唐突過ぎない!? 絶対私が言い出したから今すぐ行こうとしてるでしょ!」
「あらあらそんな事はありませんよプリエラさん。プリエラさんの方こそ私がドクさんをお誘いした途端に出かけようとするなんて、ズルくありませんか?」
「べ、別にズルくないし! 今すぐ出かけると思わなかったから誘っただけだし!」
「おいおい喧嘩するなよ……」
「ドクさんはどっち!?」
「どちらとご一緒するつもりなんですか! 今決めてくださいな!!」
ドクさんが偶然遊びに来ていた黒猫さんとプリエラに羨ましい板挟みにされていたり。
「――えへへー、マルタさん、それでですね、私がお兄ちゃんと新しい生物を創造しようとしてたんですけど、そしたら変な生き物が生まれちゃってー」
「貴方達は……本当に行き当たりばったりでやらかすのね……」
「それはだってほら……私って気の向くままに生きる自由人ですから」
「初耳すぎるわ」
「これから知っていただけたらと」
「面倒ね」
「えー! そんなこと言わずにぃ。折角お友達になれたんですからぁっ」
「……友達?」
「えぇぇっ! マルタさんそれは傷つきますよ~」
「……はあ」
マルタがカボチャ頭を被った変な奴にまとわりつかれてたり。
「なるほどねえ。君達はあの旧ギルドクエストを攻略してギルド結成にたどり着いたのか……いや、すごいねえ!」
「ドクさんが試練を乗り越えたっていうだけでもお父さん驚きだったもんねえ」
「他のクエストも相当な難関だったでしょうに、よくやり遂げたものですわ」
「確かに大変だったけど、私達にとってはいい思い出だよ。だけど、もう一度やれと言われたら御免被るかな……」
「ははは、まあ解らんでもない。私も一度試練とやらを試してみたが、いや……情けないことながら、自分の過去のトラウマには打ち克てなかった。私もまだまだ未熟なんだろうね」
「貴方程の強い方が攻略出来ない試練……ドクさんは、一体どうやって攻略したんだろうね?」
「ドクさんは精神的に強いですからねえ」
「鋼のメンタルって言葉がよく似合うよねえ。何やっても圧し折れなさそう」
珍しくマスターが来たかと思えば、たまたま(?)訪れた教導団の連中と昔の事を思い出し語り始めたり。
とにかく、いつも以上にたまり場が賑やか――というより、やかましかった。
ラムネは今時分は通りに店を出してる最中なのでいないし、セシリアもまだログインする時間じゃないけど、これでその二人まで加わったら下手な大手より騒がしいんじゃないだろうか。
そして、誰一人……皆揃って俺に話題を振ってくれない!
何なのこの疎外感! 俺だけ放置とか酷くねぇ!?
「なあドクさん」
「うん? どうした一浪」
「なんかみんな……露骨に俺に話題振るの避けてなかった? さっき」
あんまり放置されていて辛かったので、「ちょっと飯食ってくる」と逃げ出したドクさんについていって話を振ってみる。
来た時は普通に挨拶してくれてたけど、無視されているというよりは何か腫物を触るような感じだったようにも感じたので、原因があるなら知りたかったのだ。
「ああ……あれか」
「思い当りあるのかい? 教えてくれよ」
「簡単な話だぞ? 結婚関係で悲しみを背負ったお前に、皆が気を遣っていただけだ」
「……うわあ」
ようやく癒えかけた傷が広がった気がした。
こう、かさぶたになっていたのにじわりと血がにじんできたような。
耐えられないほどじゃないけど、ちょっと凹んでしまう。
「ていうか、それ大分前だよな? もう一月くらい経ってるよな……?」
「一月前は逆に慰めの言葉とかかけてたと思うが」
「ああ、うん」
「今はそっとしておいてやった方がいいと思ってな」
「なんでさ」
「なんでって……お前、知らないのか?」
「何を」
「いや……結婚システム、また実装延期って話だろ?」
「……え」
またか。またかまたかまたか。
実装されるって聞いて即予約取って前日とかにプロポーズして電撃結婚! とか狙ってたのに中止にされて、挙句また実装延期かよ!?
運営サイドは一月を目途にとか言ってたのにここでまた延期しちゃうのかよ!?
こっちはもうダメージ半端ないよ!
頑張って頭冷やす期間なんだと割り切ろうとした途端これだよ!?
「ていうか、そんな情報どこから――」
「今朝がた街中の掲示板に書かれてたぞ? 見てないのか?」
「うぐ……情報サイトには微塵も載ってなかった……」
「……まあ、ユーザー情報よりは公式から直の情報の方がそりゃ早いよな」
情報に強い俺、というギルド内のアドバンテージが一気に崩れた気がした。
いや、皆面倒くさがって攻略情報とか調べようともしないから一から調べてる俺が情報量多かったってだけなんだけどね。
それだけなんだけど……今まで他の人から頼りにされてた分がなくなってしまうと思うと……俺、ただの下位職じゃん、ってなってしまうというか。
「ていうか、それで落ち込んでると思ってたから気を遣ってたのにお前がそれを知らんかったとは……」
「ほんとだよ。ていうか落ち込んでるの見てからそうしてくれよ」
「顔で笑って心で泣いてたと思ってたんだ」
「皆が?」
「サクヤとかは『違うんじゃないでしょうか』って言ってたが俺はそう思ったので説得した」
「余計な事し過ぎだろ!?」
「まさか裏目に出るとは思わなかったんだ……すまんな」
素直に謝られたのでこれ以上怒る気にもなれないが、ドクさんはたまに余計な事をする気がする。
大体は皆の事を考えて、とかそういう動機なんだろうが、本当に「どうしてそうなった」ってなる事もあるから困る。
前にギルメン皆で温泉にゆったり浸かろうとドクさんが計画した時は女性陣が皆海に向かってしまって男三人で激烈な山のモンスターの襲撃から逃げ回って死にかけたりしたし……あれはあれで面白かったけど。
「ていうか……はあ、そうか。また延期か」
「ミズーリからはOK貰ったのか?」
「いやその……『もうちょっと考えさせて』って言われちゃって」
「どのみち無理じゃねーか」
「いや違うって! 迷ってはいたけど喜んでてくれてたって! だって笑ってたし!」
「一応脈らしいものはあるのか……」
「絶対イケるって! 俺自信あるもん!」
この間のデートで、予定を変更してプロポーズまで頑張ったのだ。
だが、流石にすぐにとはいかないらしく、未だ保留にされたまま。
ただ、ネガティブに考えるのはもうやめた。
今の俺は、ポジティブに生きる。そう決めたのだ。
先走りで勝手に不安になるのは、もうコリゴリだ。
だが、ドクさんは「自信なあ」とか言いながら顎に手をやりながら呻りだしてしまう。
なんだかんだこの人はいいアドバイスもしてくれたりするし、ゲームでもプリエラっていう彼女もいるんだから恋愛経験もそれなりにあるのかもしれないが、そんな人がこんな風に呻ってしまうのは、ちょっと心配になってしまう。
ネガティブ、やめたいんだけどな。
「まあ、確かに脈はあるだろうしな……団長の所から戻ってきた時とか傍から見てもそうだと解ったしな」
「ああ、俺はあの時思ったんだ。『この娘を幸せにしよう』って」
「そう思うなら尚の事、焦らずに返事を待っててやるこったな」
「そのつもりだよ。でもドクさん、俺はやる時はやる男だぞ?」
「うん?」
「結婚式、必ずやるからな。噂なんかじゃ結婚予定してたカップルとかが延期の所為で盛り下がっちゃってー、とかいろいろ聞くようになったけど、俺達はやるから!」
「……ああ、そうだな」
俺の覚悟が伝わったのか、ドクさんもニカリと笑って頷いてくれた。
この人は、人の幸福を素直に受け入れられる人だ。
そして、そうなろとしている人が居たら、それを応援できる人なんだと思う。
ギルドでも一番信頼できる仲間だ。だから、そんな人が良い顔で頷いてくれたのは、素直に嬉しいと思う。
「そんじゃ、景気づけに飯でも食いに行くか」
「おー、いいねえ。たまにはドクさんのおごりで頼むぜ」
「ははは調子に乗るな一浪。漢なら自分の飯代くらい自分で出せ」
「ちぇっ、ドクさん金持ちの癖にけち臭ぇなあ」
「俺が奢るなら皆に奢るぞ。お前ひとりに奢ったりはしねぇよ」
そして、この人は皆が好き過ぎる。
分け隔てないというか気前が良すぎるというか。
宴会やなんかの時も率先して「奢りだ」と宣言したりするし、自分で企画した事は大体自腹で実行する。
思い付きの方向性はタイミングが最悪だったり変だったりするけど、この人のそういう所は格好いいと思う。
褒めるところは多いんだが……サングラスの所為で柄悪く見えるのが難点だろうか。
-Tips-
ベルクハルトの森(場所)
セントアルバーナの北西に位置する高難易度森林地形マップ。
多彩なモンスターが出現する良質な狩場で、マップの各所に多くの聖域が用意されている為休憩場所や緊急避難所に事欠かず、多くの上級プレイヤーが狩りの為訪れる事でも有名である。
ただし、モンスターの湧きが激しい事、様々な攻撃手段を持つモンスターが出現する事からソロ狩りや少人数での狩りは難しく、大人数でのPTプレイが求められる。
また、ボスモンスターとして『狂った月』『紫の月』などと呼ばれる『バイオレンスムーン』が出現するが、このマップを訪れる様な上位プレイヤーPTの相手にはならず、収入を跳ね上げさせる為こぞって狩られてしまう儚い存在である。
主なモンスター:デスクラウド、ニードルビー、デビルヒーラー、雷太鼓、ネクロヴァレンタイン、バーサークアーマー、ヘヴィアント、ヨルツガリ
ボスモンスター:バイオレンスムーン




