#11-4.狩猟神と豊穣神
「……ふ」
「マルタさんっ!!」
運営さんが目の前に降り立つ。
倒した確信があったのだろう。獲物などには目もくれず、私を気にしてくれたのだ。
この人も、なんだかんだやはり人が善い。
「ふふ、あはははははっ」
「ひっ、ど、どうしたんですか突然!? 壊れちゃいましたか!?」
「ふふっ、いえ、大丈夫、ただ気が抜けただけだから」
「あ、ああ、そうでしたか……マルタさんはそういうタイプだったんですねえ」
突然笑いだしたので引いてしまう運営さんをそのままに、動かないヘヴィラムへと近づいていく。
今まで散々空気を読んだ行動を取ったのだ、今更空気を読まずに「掛かったなアホが」とカウンターをしてくることはない、はず。
「あー、流石にもう死んだと思いますけど、剥ぎ取りよりまずは腕の手当てをした方が――」
「何を言ってるの。まずは文句の一つも付けてやらないと」
「ふぇ……?」
腕の治療なんか後回しでいい。
腕なんて失ったって、別に死にはしないのだから。
凍り付いたままの水辺に足を滑らせそうになりながら、なんとか倒れたままの神獣の前に立った。
「中々愉しかったわ。だけど貴方、随分と手を抜いてくれたものね……?」
死んだはずの獲物に対し声を掛ける。
だけれど、常識の通じないこの神の獣ならばもしかして、と、何故かそのもしかしてが当然のように思えたのだ。
『まあ……ゲームだから、な』
「ななっ!? 喋った!? ていうか死んでなかったっ!?」
「ゲームだから、手を抜いたの?」
それそのものは死体のはずなのに、ヘヴィラムはまた眼を開き、私を見る。
その眼には殺意などなく、どこか恍惚としたような、幸せそうな温もりが感じられた。
そして、狼狽する運営さんを余所に、話は進む。
『そうではない。ゲームだから、皆が愉しめなくてはならぬ。我はその為全力を尽くしたのだ。演者としての、な』
「なるほど。必要なら空を駆け、脳髄を穿たれても走る、という事ね」
『そういう事だ。何せ彼の世界の者は神も人も娯楽に飢えているのだ。一方的に上から射られ反撃できぬ。脳みそを射られて即死した、などでは誰も喜ばぬようになってしまったので、な』
「娯楽は慣れるもの……」
『左様。だが娘よ。お前のその心意気、中々に見事だったぞ! 恐らく我が用意したこの獣めも、あの世で悦びに打ち震えておる事だろう』
「……そう」
恐らくこの獣そのものは、やはりメルヴィーの用意したゲーム用の獣なのだろう。
そうして、喋らせているのは……いま語っているのは、恐らく、メルヴィー本人。
私達は、狩猟神と対峙していたのだ。
『そちらのエルフの娘も、見事な射撃の腕前であった。空から撃ってくるのは卑怯この上ないが、まあそれくらいの姑息さは神の前ならば許される』
「あー……なんかおかしいと思ってたけど、アレですか、神様の類でしたか。なるほどなあ」
「運営さんも気づいたのね。まあ、そういう事だったんでしょうね」
最初からなのか途中からなのかは解らないけれど、この神様はゲームに介入していたのだ。
まあ、精霊が介入する事もあるのだろうし、あくまでゲームとして扱われている以上、神の獣に挑むというのはそういう事なのかもしれない。
愉しませられなければ意味がない。そういうものなのだろう。
『さて――』
「……?」
それから、顔を地べたにつかせ、また目を閉じ……何を始めるのかと思った矢先だった。
瞬時に、背後に二つ、別の気配を感じる。
いつの間にか近づかれたのではない、そこに湧いたかのような、そんな唐突さ。
「――いい加減この口調も疲れたし、普通に話すモードに切り替えようと思うんだがどうだろうか」
「もうお兄ちゃん、はっちゃけすぎだよー。折角かっこよかったのに」
「――っ!?」
「うわ、いつの間にっ!?」
私達の背後、丁度茂みの近くに生えていた古木の枝の上に腰かける、カボチャ頭の二人組。
タキシードを着た不思議な男(?)と、村娘衣装の不思議な女(?)という奇妙な組み合わせだった。
カボチャ頭の時点で不思議というか変だけれど。
そんな変な二人組の男の方が、私達の前へと降り立つ。
「もう解ってると思うけど、オイラが狩猟神メルヴィーだ。こっちは双子の妹神で、豊穣を司る女神様だぞ」
「初めまして~、メリヴィエールって言いま~す」
先程とは裏腹の砕けた口調、そして妹神の気の抜けた声。
なんというか……疲れそうな相手だった。
「神様にこういうのもなんですけど、すごく……狩猟の神様っぽくないですね。カボチャの神様みたいな」
「これはオイラ達の趣味で精霊のフリしてる時の格好なんだよ。ちなみに精霊の時は『ギル』って名乗ってるから普段はそっちで呼んでくれな」
「私はメルって名乗ってますので、よろしくね」
「は、はあ……え? えーと」
運営さんも困惑している。
というか、こんなの誰でも困惑すると思うけれど。
もうちょっとこう、荘厳な雰囲気の神様神様した姿で現れてくれれば「これが狩猟神なのね」と相応しい威厳みたいなのを感じられて気持ちが引き締まると思うのだけれど。
残念なことに、カボチャ頭がファンシー過ぎて全然そんなのが感じられない。
そうこうしている間に、妹の方も枝から降りてきて兄の横に並ぶ。
「でもすごいよねお兄ちゃん。この人達、私が本格的に介入する前にお兄ちゃんを倒しちゃったんだもん」
「ほんとなー、オイラももうちょっと踏ん張るつもりだったけど、予想外過ぎるコンボ喰らっちまってさー、『足場凍り付いて速度下げられたやべぇ』とか『ここでベグレルかよ』とか『うわアイアンニーソの所為で動けねぇ』とか、かなり驚きの連続だったぜ」
「あのコンボは私も痺れたなあ。最後の弓もすごく格好良かったし。さすがマルタさん」
ゲームの感想を、というつもりらしいけれど、メリヴィエール……メルの「マルタさん」という呼び方が、なんとなく違和感を……というか。
なんか、直近でこんな声を聞いたような気がして、「あら?」と、首を傾げる。
「どうかしました?」
「貴方、メリビアじゃない?」
「……」
「メリビア、よね?」
「いや、その。えーっと」
カボチャ頭なんて被っているけれど、その中から聞こえる声は、紛れもなく彼女のものだった。
「外しなさい」
なんかもじもじとしているので、カボチャ頭を外すように促す。
「いえっ、ちょ……私、神様ですよ? これ外すと大変ですよ? その、怖い顔が待ってるかもー、なんて」
「ははは何を言ってるんだメル。お前はいつだって最高に可愛いぞ!」
「お兄ちゃんは黙っててー!」
コントのような流れが続く。
兄による援護射撃はまさかの誤射となってメリビアの退路を奪っていった。
「いいから外しなさい。話しにくいわ」
「……はい」
なんで顔を隠すような真似をしているのか解らないけれど、私が見たいのはこんな変なカボチャ頭ではない。
彼女なのだと解っていれば、その下の、その顔が見たかった。
私に言われて外したカボチャ頭の下には、やはり見慣れたメリビアの顔。
どこか申し訳なさそうな、困ったような顔をしていた。
-Tips-
ギル(人名)
メンフィスに生息するかぼちゃ頭の精霊。
かぼちゃの精霊ではなく、あくまでファッション感覚でかぼちゃの被り物を被っただけの為、中にはマッシブなイケメンアニキが収まっている。
ただし中の人曰く『カボチャ頭まで含めてギル』なので、中の人だけではギルとは扱われない。
元々は妹の趣味に付き合う側面もあって興じていた姿ではあるが、なんだかんだ気に入り、妹ともども悪戯好きな精霊を演じる事が多い。
他の神々や精霊達もその正体を知っていながら「あの二人ならば仕方ない」と温かい眼で見守られている。
中々のシスコンである。




