#11-3.神獣ヘヴィラムとの戦いにて2
ぬかるんだ泥が足先に纏いつく水場。
ばちゃばちゃと嫌な音を立てながら、それでも足を取られないように走り抜け、後方のヘヴィラムに意識を向ける。
『グギャォァァァァァァッ!!!』
まるで「逃がさないぞ」とでも言わんばかりに叫び散らしながら、巨体が泥の中に突っ込んでくる。
ここはまだいい。走れば走れない事はない。
この先は……膝下までの水分領域となる。
『フリーズアロー!! スプラッシュ!!』
運営さんの援護攻撃。
拡散する氷結の矢が、ヘヴィラムの足元の水地へと打ち込まれる。
ヘヴィラム自体にダメージが通る事はなくとも、わずかでも足止めになれば、という考えらしい。
そしてその考えは上手く当たる。
このわずかな時間のおかげで、私は目的地にたどり着けた。
「ふふっ……こっちよ」
ぎゃーぎゃーと、既に沢山のアイアンニーソが私に向け威嚇行動を取り始めていた。
ここは、アイアンニーソの縄張り。そこに突っ込んだのだ。
『グォォォォッ!!!』
そして、ヘヴィラムも構わず突っ込んでくる。
勿論、突進を受けるつもりもないのでかわそうとはする。
するけれど……水場で足を取られていたので、身体を半身、ずらすくらいしかできなかった。
ヘヴィラム自身も地上と比べ威力が大幅に減衰するのか、その突進の速度はあまり早くはない。
それでも、地形を抉るようにしての突進。
――掛かった!!
「――あっ、ぐっ――」
『グボッ!?』
まともにお腹に受け……受けながら、両手に持ったベグレルをヘヴィラムの頭に叩き付けた。
直後、臨界。
ヘヴィラムも意図に気づいたのか、離れようとするけれど……アイアンニーソの群れが、ヘヴィラムの足に喰らいつき、それをさせない。
氷結していく世界。
吹き飛ばされながら、身体を庇おうとした右腕もそれに巻き込まれ凍り付いていく。
「――ひぐっ!」
そのまま水辺近くの茂みへと左肩から叩き付けられ、一瞬意識が落ちそうになり……右腕の激痛で無理矢理覚醒させられる。
落ちた位置が良かったおかげで凍った右腕が砕け散る事はなかったけれど、痛いものは痛い。
幸い庇い方が上手かったのか、凍り付いたのは手首から上のみで、指先だけはまだ動く感じ。
指まで完全に動かないようならただの重しでしかないので、この差はとても大きい。
溶かしている時間もないし、最悪は凍傷で壊死するかもしれないけれど、今はこのままにするしかない。
(ヘヴィラムは……)
ぐらつく頭をなんとか振りながら、意識を水辺へと向ける。
「――まだ生きてますよっ、トドメをっ!!」
直後に上から聞こえてくる声。
見れば、確かにヘヴィラムは……まだ息をしていた。
凍り付きながら、しかし頭をぐ、ぐ、と、氷の内面から動かそうとしていたのだ。
そうして、角のあたりからぽろぽろと氷結したはずの氷が剥がされていっているのも見えた。
「なる……ほど」
実におあつらえ向きな状況。
運営さんも矢を構えているだろうけれど、位置的には私からの方が近い。
そして、真っ正面。
腰にはマウントしたままの弓矢が残っていた。
手に取って軽く見れば、壊れていたり歪んだりはしていない。
(やれ……と。私に射てというのね……?)
状況が、他の選択肢を許さない。
私の手にはもう、これしかない。
相手は弱点を露出させ、今はまだ身動きが取れずにいる。
ナイフで挑むには高すぎる位置。弓矢で仕留める他ない。
自然、口角が吊り上がっていくのを感じる。
弓を構えているのを人に見られるのは、私としてはかなりのトラウマ抉りなのだけれど。
構えれば、指先には強い感覚。
痛みなど忘れ去るような、ナチュラルなフィット感。
――いける。
そんな確信が、そこから湧いて出ていた。
右手の指先で握り、左手で弦を引き絞り……つがえた矢を通し、獲物を見つめる。
そこに在るのは、もう頭部の大部分の氷が剥がされていた神の獣。
あれだけ強く、あれだけ暴れ回った獲物が今、最後の瞬間を迎えるのだ。
「――素敵な時間だったわ」
矢を離す瞬間まで、腕が震える事はなかった。
風は獲物へと素直に吹き、すとん、と、当たり前のようにヘヴィラムの角の付け根へと突き刺さっていった。
同じタイミング、運営さんに貫かれた部位とは少し後ろの、そのわずかな窪み。
そここそが、やはりヘヴィラムの致命点。
『……グ』
わずかに揺らいだ巨体が、その一撃で力を失い、崩れ落ちる。
それと同時に身体を覆っていた氷が砕け散り、神獣は斃れた。
-Tips-
狩猟神の弓(武器)
狩猟神メルヴィーの愛用する中型の弓。
木製で、見た感じは質の良い材料を使った普通の弓なのだが、メルヴィーの認めた者が使った場合に限り、動物種族のモンスターおよび狩猟対象生物に対してのダメージが300%プラスされる特性を持つ。
代償に命中精度が−50%になる為、よほど腕のいい遣い手でなければ高威力分のダメージを有効に狙えない博打性の強い武器と言える。




