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ネトゲの中のリアル  作者: 海蛇
12章.ネザーワールドガール(主人公視点:マルタ)

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#10-1.提案


「動かないでくださいねー、包帯、巻きますので」


 テントまで戻ってきた私は、今、メリビアの応急救護を受けていた。

治療と言えるほど怪我がすぐ治るような代物ではなく、やっている事はただ湿布薬を張り付けて包帯を巻くだけという、『やらないよりはマシ』程度のものでしかないのだけれど。

張り付けられた湿布の冷たい感触が、気付かない間に熱くなっていた肌を、筋肉を冷やしてくれるように感じて心地いい。

傍らには焚火と吊るされたヤカン。

お茶を淹れるつもりらしかった。


「腕が動かないから『もしかして骨まで?』って思っちゃいましたけど、筋を痛めちゃってたんですね」

「そうみたいね。無理な回避をしたから」


 無理な姿勢だと解っていても、あの時は回避しなくてはならなかった。

始まる前はお守りがあるのだから一度二度の危機くらいはなんとかなると思っていたはずなのに、いざ始まってみると、咄嗟(とっさ)に身体がそう動いてしまったのだ。


「無理に回避なさるくらいなら、痛いの我慢して喰らってしまった方が、お守りで即回復するはずだから安心なんですけどね~」

「……そうかしらね」

「そうですよ~、次からはそうしちゃった方が良いです。まだ持っていただけてるんでしょう?」

「ええ、胸元に入れているわ」

「うふふ、それでいいんです。そうして持っていただければ、危ない時にお役立ちですから♪」


 愛らしく微笑みながら作業を終え、ぽん、と、軽く手を叩いて私の腕を解放する。

お守りを持っていてくれたのがそんなに嬉しかったのかもしれないけれど、私としては緊迫した状況下でこんなほっとできる笑顔を見せられても、緊張が薄れてしまってちょっと困ってしまう。




「ねえマルタさん、この間『メルヴィーの伝承』のお話をしたじゃないですか」


 お茶を淹れながらに、雑談のつもりなのか、何日か前にした話題を語り始める。

私は手当てを受けてからはずっと燃え盛る焚火を見つめていたのだけれど、声を聞いて意識をメリビアに戻した。


「ええ、話したわね」

「うふふ、覚えててくれてたんですね。嬉しいなあ。それでですね、お話には続きがありまして」

「続き?」


 メリビアは、ニコニコ顔だった。構ってもらえるのが嬉しいのかもしれない。

最初は噛み噛みでドモってしまっていたけれど、こうして話していれば感じのいい娘のようにも思えるから不思議。

第一印象の頼りなさも、どこか薄れてしまっている。


「狩猟の神メルヴィーには、双子の妹神がいるのです。その妹神ともども、メルヴィーは度々精霊の姿に化け、人々や神々に悪戯をして回っているらしいんですよ」

「ふぅん……それは、狩猟ゲームに関係があるの?」

「普段は無関係なんですけど、ゲームの時には大いに関係があるらしいですよ? なんたってこの二人はきまぐれな性格らしくて、精霊の姿を利用して介入する事もあるそうですから」

「企画者が介入してくるなんて、とんだ出来レース……と言いたいけれど、精霊が介入してくるの自体が出来レースなのよね、本来は」

「そうですねぇ。その世界の人々はそれを解った上で『メルヴィー様達がどこかで関わってくるかもしれない』って気を引き締めたりしてるっていうお話です」

「なるほど……」


 どこで企画者が混ざってくるのか解らない。

それが解るだけで、緊張の度合いは一気に跳ね上がる。

けれど、何も解らないよりはるかにマシなのは確か。

起きるものと思っていれば、多少なりとも変な状況に対して対処できる速度や頭の処理能力が変わってくるのだから。


「まあ、あくまでゲームを面白くする為の悪戯みたいなものですから、悪意とかはないみたいですけどね。マルタさんは、そういう神様ってお嫌いですか?」

「神様に対して好きも嫌いもないと思うけれど、貴方は好き嫌いとかを神様が気にすると思っているの?」

「んー、まあ、気にするんじゃないかなあって思います。メンフィスの神様って、他の神々と違って人間と距離が近いって聞きますし」

「距離が近いから、人間の反応が気になる?」

「悪戯って、相手が反応してくれなきゃつまらないじゃないですか。罠に引っ掛かった獲物を見ても平然としてたら興ざめでしょう?」

「構わず狩ればいいわ」

「狩猟ならそうでしょうけど、悪戯だとそうではないんでしょうねえ」

「……?」


 今一何が言いたいのか解らない。

好き嫌いに関して神様が気にするという話から、何故罠の話になるのか。

もうちょっと上手い例え方をしてくれれば解りやすいと思うのだけれど、狩猟の神の話だからと無理に狩猟と絡めなくてもいいのでは、と思ってしまう。

ただ、これ以上の細い説明はないらしく、メリビアは一人で勝手にうんうん頷いている。


「まあ、好き嫌いは解らないけれど、アリか無しかで言えばアリなんじゃないかしら? そういう神様が居てもいいとは思うわ」


 レゼボア人にとって、神は人や動物のような生物の一種として数えられる為、神を信仰しよう、という宗教的側面での考えは理解はできても抱くことができない。

レゼボアにだって宗教はある。けれどそれはレゼボアと言う世界を管理するNOOT.という人ならざる存在を信仰するという、公社主導で作られた宗教に過ぎない。

いわば支配体系の中生まれた宗教に過ぎないので、神に対する信仰心とかは微塵も存在しないのだ。


 だけれど、神という存在に対する敬意がまるでないかと言うとそれも違っていて。

実際には、私は神様(・・)と様付けする程度には敬意を抱いているし、善い神様ならありがたいくらいには考えている。

そうして、そんな神様達の中にメルヴィーのような変わり種が居たとしても、別に拒絶反応を示す訳ではない。


「アリですか」

「ええ」

「それはそれは……♪」


 どこか嬉しそうな、満足げな笑顔。

私の反応が嬉しかったのか、それとも何か別の意味があってなのかは解らないけれど、不思議な気持ちになる笑顔だった。


「貴方は、随分メンフィスについて詳しいのね。ハンターなら一度は耳にする名前とはいえ、そこまで知るには独学が必要でしょう?」


 この娘は、私の知らないメンフィスの話を知っていた。

それは、好きであれば自分で調べれば解り得る話かもしれないけれど、それまでさほど興味もなかった私にとって、数多くの、今の私にとって役立つ話でもある。

今まではそうとは思わなかったけれど、意外とこの娘は、そういった異世界の歴史に造詣の深い、学者的な側面を持った人なのでは、なんて思ってしまったのだ。

そんな事、赤の他人に抱く興味ではないのだけれど。

……珍しく、気になったのだ。


「えへへ、私、メンフィスが大好きなんです。メルヴィーも大好きですよ? メルヴィーマニアかもしれません」

「メルヴィーマニアとはまた……レアな」

「そうそう、レアなんです。マルタさんもお仲間になってくれると嬉しいなあ」

「流石にマニアックな興味までは持たないけれど……まあ、貴方の話を聞いていると、異世界史や神学も必要なものなのだと思えたわ」


 実際に役に立つのはものすごく限られた状況下だろうけれど、それが役に立つ今だからこそ、そんな事が思える。

もしかしたら私は、かなり自分に都合よく考えてしまう人間なのかもしれない。

それから……テレテレとはにかむメリビアは、かなり庇護欲をそそられる。

歳の離れた妹のような……そんな不思議な気持ちになるのだ。

これは、かなり恥ずかしい。何故そんな感情を持ってしまったのか。


「マルタさんは優しいなあ……こうやってお話してると、とっても楽しいんです。お兄ちゃんと話してる時以外で最高に楽しい瞬間かも」

「光栄なことね。ただ、自分ではそんなに優しい人だと思ってはいないのだけれど」

「十分優しいですよぉ。赤の他人だった私を助けて、今はこうやってお話までしてくれて。さっきだって狩りの邪魔をしちゃったのに、怒っていたのは危険な場所に気づかず立ち入ったからでしょう?」

「……それは」


 怒った理由の大半は、狩りの邪魔をされた事から。

だけれど、衝動的とはいえ手をあげるほどに怒ったのは、確かにこの娘の不用意さ、突き詰めれば危ういところにあった。

確かに、心配してしまったのだ。

この娘があの場にいた。だから、連れて逃げなくてはいけなかった。

熱くなっていたとはいえ、あの瞬間、確かに私はそう判断し、逃げに入ったのだ。

見捨てる気ならそのまま横をすり抜けてしまえばよかった。

それだけで、この娘は訳もなくヘヴィラムの突進を受け即死していただろう。

あるいはお守りを持っていれば助かるのかもしれないけれど、私はそれをしなかった。

出来なかった訳でもない、しなかったのだ。


 返答に詰まって視線を彷徨わせていると、嬉しそうに微笑みながらも首を傾げ、そうして私の手を取り握る。

振り払えばできる。けれど、やはりできない。

柔らかい感触が手先に伝わり、温かくなっていく。


「マルタさん、よかったら私も、ヘヴィラム狩りに混ぜてもらえませんか?」


 心まで溶かす様なそんな一言が、どうにも振り払い難く。

逡巡の後、私はようやく、口を開く。

頭の中にさえない、心の中にあった一言を。


-Tips-

応急救護セット(アイテム)

市販されている救護処置用アイテムの一つ。

回復アイテムなどと異なり、傷の回復は極小で、どちらかというと解毒や止血、感染症予防の為に用いるものである。

包帯・消毒薬・湿布薬・解毒剤・駆虫薬がセットになっていて症状に合わせてある程度の救護が可能になっており、一つで三回まで使える。


手持ちのポーションなどでは止血が難しい場合や感染症が怖い悪条件の環境下では重宝されるが、ポーションと比べると比較的高価な為、狩りなどに持ち歩く人でもあくまで緊急時の為に一つだけ持っている、という人が多い。

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