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ネトゲの中のリアル  作者: 海蛇
12章.ネザーワールドガール(主人公視点:マルタ)

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#9-3.戦況改変


「……あれ? マルタ……さん?」


 いてはならないはずの第三者が、そこにいた。

ぽかん、とした顔の、なんとも間の抜けた少女が一人。

手には大きな弓を持ち、矢筒を肩にかけ、立ち尽くしていた。


「メリビア!? なぜここに……!?」

「えっ、あのっ、私、狩猟の最中に道に迷ってしまって――」


 不幸な事故、というレベルではない。

今はまだもがき苦しむヘヴィラムだけれど、いつ態勢を整えるかも解ったものではないのだ。

本当なら今のうちに距離を取って態勢を整え直し、傷の手当を迅速に行って、ヘヴィラムが冷静さを取り戻す前に再び罠の近くで姿を見せなくてはならない。

その為の貴重な、本当に貴重な準備の時間だった。

だというのに、ここに第三者が居てはそれもできない。


……いや、見捨てる前提なら、それはできた。

デコイ代わりに巻き添えにする事は、赤の他人なら抵抗はない。

だというのに、よりにもよってその第三者が、知り合いだったのだ。

友人だとわずかでも思ってしまった少女を、何故見捨てることができただろうか。


「……こっちにきなさいっ」

「えっ、あ、あわわわっ」


 すぐに手を引き走り出す。

ず、と、ヘヴィラムが落とし穴から抜け出たのが見えたのだ。

最早一刻の余地もない。

左前脚はどろどろとした赤い体液を垂れ流していたけれど、その眼は興奮に大きく見開かれ、今にも地ならしを始めそうだったのだから。



 走り、走る。息が切れる。だけれど、走り続けた。背後から、樹木のなぎ倒される音が聞こえ始めたのだ。

明確な逃げ場所は、聖域。

ここからならそう遠くはない。幸い、まだヘヴィラムは視界の中にはない。恐らくは、私達を見失っているはず。

今はまだ痛みに怒り狂っているだろうけれど、恐らくはそうかからず冷静さを取り戻してしまう。

それは私にとってはとても大きな損失。

貴重な罠を使って追い込み作ったチャンスを、この逃亡によって全て台無しにしたに等しかった。

だから、怒りも勿論あったし、諦めの選択肢もちらついていた。

だけれど、今は逃げなくてはならない。

この手の繋がった少女を、こんなところで死なせたくはなかったから。


「あっ、あのっ、マルタさんっ、手、痛――っ」

「黙ってついてきなさいっ、死ぬわよ!!」

「は、はひっ」


 ふざけた事をのたまうメリビアを強引に引っ張り続け、聖域の入り口についたのは、逃げ始めてから十分ほどの事。

幸いにしてヘヴィラムは私達の追撃を諦めたらしく、背後から樹木の倒れる音は聞こえなくなっていた。

ようやくにして足が止まり、荒れていた呼吸を整えられる。

戻って来た。安息の場所に、私達は戻る事が出来たのだ。


「はーっ、はーっ……う、うぅ、気持ち悪……」

「……はぁ……っ」


 まだ肩で息をしているメリビアを余所に、聖域に入り、そして大きく深呼吸する。

現実ではまともに走る事もままならない体だけれど、このゲーム世界でなら、好きに走れる。そして、この身体はいくら走っても、すぐに回復する。

……ようやくフルスペックを発揮できる世界に立てた気がした。


「マルタ……さんっ、なんで、こんな……」

「……私の目を見なさい」

「えっ……ぁっ?」


 非難めいた口調で私を見ていたメリビアに、まずは自分のしたことを気づかせる。

ぱん、と、その柔らかな頬を思い切り叩き、睨みつけた。


「貴方は、私の狩りの邪魔をしたわ。あと一歩で追い詰められた獲物を前に、こんなところまで逃げなくてはならなくなってしまった」

「え……」

「教えたわよね? ベグレルの設置した範囲では音が鳴る、と。貴方は気づけなかったのかしら? あの辺りの森は、ベグレルの音で誰もが警戒する区域になっていたはずだわ。ヘヴィラム狩りの際に、他の人を巻き込まない為の措置でもあったのに」


 少なくとも、周囲に他のハンターの気配はなかった。

弓矢の流れ弾も、他のハンターの罠も警戒する必要のない、私にとって絶対の領域にしていたはずだった。

度が過ぎればノーマナーと誹りも受けるだろうけれど、今回に関してはそれもやむなしというつもりでやったつもりだった。

この子だけが、この子だけが私の想定外。

私の張った警戒の為の措置を、この子は気づきもしないまま踏み越えてきたことになる。


「あ……そ……それは、その……」

「謝りなさい。自分のした行いの所為で他の人間に迷惑をかけた事を謝りなさい。私は残った罠の全てを費やして今回の計画を立てた。それを、貴方は自分の不注意で全て台無しにしたの」


 こんな時でも、私は鉄面皮なのだろうか。

よくドクさんに言われていたけれど、私は人と話す時に、全く表情が変わらないらしい。

怒っている時も、嬉しい時も、ぴくりとも顔が変わらないのだと。

今でも私は、その顔のままでいられるのだろうか。

自分ではものすごく腹が立っているし、人様に手をあげるほどに、その不注意に苛立っているのだけれど。


「あの……ごめん、なさい。私、そんな事していたなんて、気づけなくて……」


 指摘されたことに気づき、素直に謝る事の出来るこの子は、本当に尊い。

頬を叩かれたのだから、たとえ自分が悪くとも認められない人だっているだろうに、この子はきちんと謝る事が出来た。

それだけで、もう怒る気は薄れてしまっていた。私は案外、単純なのかもしれない。


「……気づきなさい。次は、助けないわ」

「え……?」


 助けられたことを、今更知ったのだろうか。

眼を見開き驚いたように私を見るメリビアに背を向け、私はまた、歩き出す。

聖域までこの子を送り届けた。

後はまた、戦いの場に戻るだけ。

果たして冷静さを取り戻したヘヴィラム相手に、どこまで立ち回れるのかは解らないけれど。

それでも、戦わなくてはならなかった。


「――ま、待ってください!」


 だけれど、右腕を掴まれ、振り向かされる。

力が強いのか、それだけ私が弱っていたのか。

こんな小柄な女の子相手に、私は身体の自由を奪われていたのだ。


「あのっ、もしかしてマルタさん、腕を怪我してるんじゃ……」

「……回避している時に、ちょっとね」 

「それに、マルタさん、すごく疲れてるように見えます。せめてもうちょっと休んでから――」

「そんな暇はないわ。私が目を離している間にも、ヘヴィラムは回復してしまうかもしれない。ベグレルの範囲から逃げられれば、今回の作戦は失敗してしまうわ」


 今ならまだ、ベグレルの範囲内にいるかもしれない。

多少外れたくらいなら、私が再び視界の中に入りさえすれば、誘導する事だってできるかもしれないのだ。

折角弱体化させ、回避もなんとかできるくらいまで弱らせ、左足を負傷させて毒にまでかけたのに、それが治癒されてしまっては意味がないどころかマイナスでしかない。

今しかない。今しか、ヘヴィラムを倒せるチャンスはないのだ。

それは、時間的な問題からもある。

一晩経てば、もうどこにいるのかも解らなくなってしまう。確実に倒せるのは、今夜までだった。


「――あのっ、待ってください! 私、応急救護セット持ってきてるんです! 今だけ、今だけでもちょっと、休みませんか!?」


 先を急ごうとする私に、だけれどメリビアは真剣な表情で私を引き留めようとする。

自分のしたことに負い目を感じているのかもしれない。

だけれど、それとは別に、純粋に心配してくれているようにも思えて、どこかくすぐったくも感じていた。


「……はあ」


 もう一度、大きくため息を履く。

緊張感は薄れ、もう、走り出せそうになかった。

確かに疲れていたのだ。息を整える暇もないくらいに追い回されていた。

極限の緊張と恐怖の中張り詰めていた意識が解放され、疲れが全身に回っていたことに気づかされる。


「解ったわ。少し休みましょう」

「わ……は、はいっ」


 根負けした、というより、現実が見えていたのがこの子の方だった、というだけかもしれない。

私はなんだかんだ、冷静さを失っていたのだろう。

色々なことが一度に起き過ぎた。

ここで無理をして、いざという時に身体が動かないのは、確かに困るのだ。

今は言われた通り、休むことにした。



-Tips-

メル(人名)

メンフィスに生息するかぼちゃ頭の精霊。

かぼちゃの精霊ではなく、あくまでファッション感覚でかぼちゃの被り物を被っただけの為、中にはとても愛らしい容姿の少女が収まっている。

ただし中の人曰く『カボチャ頭まで含めてメル』なので、中の人だけではメルとは扱われない。


兄のギルともどもメンフィス中で悪戯をしては追いかけ回される日々を送っているが、それ自体に悪意はなく、どちらかというと兄同様に『ただ面白いから』で行っており、人が傷つくような悪戯は好まない。

ただし敵対者には容赦なく神の雷による粛清を与えたり、幼い悪意によって相手を虫や獣の姿に変えてしまう事もある。


お兄ちゃん大好きっ子である。

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