#8-1.狩猟対象・ヘヴィラム
森の中を、往く。
最初は乾いていて、だけれど次第に湿り気を持つようになり……やがて、木の葉がびちゃりと、ぬめついた音を立てるようになる。
泥が少しだけ靴裏にこびりつき、それを水たまりで溶かし落として……道を進むだけでも普段との勝手の違いを感じる、そんな湿地帯を、改めて見渡す。
あれから色々考えてみたけれど、最終的には西側に重点的に罠を張り巡らせる方向で決めた。
利点としてはやはり、どのような動物でも必ず訪れる水場という点。
ヘヴィラムが私の滞在中にここを訪れるとは限らないのがネックだけれど、下手な場所をうろついてまた他の獣の襲撃を受けた後に遭遇なんてしたら目も当てられない。
その点、この水場に訪れる動物たちは基本、水を求めて訪れるので、その邪魔さえしなければ襲撃されるリスクは少なく済む。
ただ、ベグレルをぽん、と水場に置く訳にもいかないので、罠の設置場所の選定は難しい。
大物が好みそうな大き目の水場は一つしかないけれど、その水場自体が広くて、アタリをつけなくては効率的にダメージを稼げそうにないのだ。
いくらベグレルの音に獣が気づかないとは言っても、ベグレルの影響で水場の生物がぷかぷかと浮いていたりすれば訝しむくらいの知性は獣にだってある。
そうなればその水場は避けられてしまいかねないので、水場狙いでベグレルを設置することはできない。
他の獣が罠にかかっているのを見れば避けようとするのはどの動物でも同じことなので、ベグレル以外の罠も同様に、水場では使えないと思った方が良いだろう。
そうなると、狙いどころは水場の近くにある茂み。
ピンポイントで通ってくれればそれだけで削れるけれど、水場ぎりぎりまで効果が届いてくれるような場所なら、水中の生物を疲労させる事なく水を飲みに来た獣だけを狙う事が出来る。
そうして、ヘヴィラム以外の生物なら、ベグレルの影響で倒れたとしても水棲生物達の餌になるので警戒もされにくい。
(……あった)
そして次に大切なのは、水場で水を飲んだ後の休息場所。
それなりの広さの陽当たりのいい砂場、もしくは粒子の細かい石が並ぶ地形が望ましかった。
これは、ヘヴィランサーが水を飲んだのちに日向ぼっこをする性質から、ヘヴィラムも同様に日向ぼっこをする可能性を考えてのもの。
私が見たヘヴィラムはヘヴィランサーよりさらに大きかった為、かなりの広さが必要になるけれど……都合よく、適合した地形を見つける事が出来た。
ヘヴィランサーは必ず休息場所となる地形の近くで水を飲むので、ヘヴィラムの性質が同じか似ているなら、同じようにこの広い休息場所の近くで水を飲むはず。
……となると、罠の設置場所も自ずと読めてくる。
(まずは、水場近くの茂み……二か所)
休息場所の近くの茂み。ミズニエの木が生えていて独特の強いにおいが漂っていた。
ここなら休息場所と水場の双方にベグレルの影響を及ぼすことができる。
ここにまず、一つずつ設置して大ダメージを狙う。
ヘヴィランサーの休息時間はおよそ2時間~5時間ほど。
のんびりと水を飲んで横になってを繰り返し、陽が昇っている間、安穏とした時間を過ごす事が多い。
都合よく同じように長時間留まってくれれば、二つのベグレルの効果で大幅に弱ってくれる期待が持てる。
(次は……罠に気づいた場合の、ベグレルに攻撃するパターン)
二か所のベグレルの内どちらかにでも気づけば、攻撃によって破壊、という思考に移る可能性も考えられた。
これは大型の生物でもたまに見られるもので、ベグレルは脆い為、こういった際に攻撃を受けるとあっさり壊れ解除されてしまう。
ヘヴィラムほどの超大物ともなれば、罠が仕掛けられた事に気づき、破壊しようと近づいてくるかもしれない。
それを避ける為、ベグレルの近くに別の罠を潜ませる。
ここに設置するのは、茂みの上。
ミズニエの木はそんなに大きくはないけれど、それでも枝には多くの葉がついたまま鮮やかな赤色を見せている。
枝にワイヤー糸を括り付け、それを枝が反るくらいに強く引っ張りベグレルの上部に繋ぎ留める。
枝に『スロウトラップ』を設置する事で、ベグレルを破壊された際のダメージ罠が完成する。
踏みつけられるにしろ角で突き壊されるにしろ、ベグレルが壊れると同時に枝がぴん、と跳ね返り、罠本体から矢が射出され、ヘヴィラムに突き刺さる。
この矢の先端には何らかの毒が含まれているようなので、上手く行けばこれが致命傷になる可能性もあった。
スロウトラップ自体は森の中で拾ったものを流用して即席で作ったものだけれど、他へ意識が向いている時に不意打ち気味に別の攻撃を加えられれば、いかに超大物といえどダメージは免れないはず。
運よく目にでも刺さってくれれば儲けもの、悪くとも当たれば何らかの弱体化は狙えるものと思っていた。
ここまできて、とりあえず休憩時、そして罠に気づいた際のダメージ想定は上手く組み上げられた。
だけれど、それだけでは足りない。
恐らくは水場で最大限罠が効果を発揮したとしても、倒すにはまだまだ届かないはず。
次は、消耗して逃げた先。森の中に攻撃の手立てを考える必要がある。
今回持ってきた罠の中で、ベグレルを除いて最も攻撃力が高いのは熊ばさみ。
これを、休息所までと違うルートに設置していく。
手持ちの分全て。本来なら近接戦闘用に一つは手持ちに残しておくけれど、今回は出し惜しみはしない方向で進める。
熊ばさみの威力は高いけれど、それでも超大物相手では一撃で足を潰すほどの威力にはならないかもしれない。
なので、設置に工夫を凝らし、先に小さな落とし穴を掘っておく。
穴の底には尖った釘の罠。ポイズンニードルを二本。
更に熊ばさみを縦に設置し、ポイズンニードルに反応するようにワイヤーで繋ぎ留めていく。
これで、穴を踏み抜いてポイズンニードルが突き刺さると同時に熊ばさみが発動し、硬めの足首ではなく、比較的柔らかいであろうふくらはぎから破壊することができる。
うまくポイズンニードル経由で毒に侵す事が出来れば更に弱体化させることもできるかもしれない。
逆に、逃亡を考えずその場から動こうとしなかった場合も考え、ギリギリ休息場所に入る場所にもベグレルをもう一機設置する。
これはばれてしまわないように掘った穴の中に仕舞い込み、丁寧に埋めていく。
少し浅めの穴なので、氷結し爆発したとしてもきちんと周囲の地形には影響を及ぼすはずだった。
ベグレル中心の戦略ではあるけど、この作戦の一番の狙いはギリギリまで衰弱させ、それでも倒せなければ氷爆によって大ダメージを与えつつ凍り付かせるところにある。
手持ちのベグレルはこれで全てなので、これ以上は狙えない。
二つをばれても構わないものとし、この残った一つを最後の本命として残す。
「……ふぅ、これで半分」
今回の作戦、私自身はぎりぎりまでヘヴィラムに気づかれてはならない。
もし発見されれば即座に狙われ、そして回避不可能な攻撃を受けて即死か、瀕死に追いやられかねないのだ。
だから、最低でもベグレルによって衰弱してくれるまでは、迂闊に身動きが取れなくなる。
近づけば音で気づかれるかもしれないので、決戦の際にはヘヴィラムの姿が見える場所で、ひたすら待機し続けなくてはならない。
土壇場で罠を設置する余裕なんてないだろうから、姿が見えない今のうちにできる限りの事はしなくてはならなかった。
今は逃走経路を計算し、一つ、また一つと罠を設置している最中。
貴重なグラビティトラップは壊れやすい特性上、ヘヴィラムの体重で直接踏まれると壊れてしまうかもしれないので、その辺りを考慮してヘヴィラムに踏ませるのではなく、石などが上に落ちるようロープトラップの末端として改良する。
要所要所で落とし穴とポイズンニードルをセットし、更に木の枝などを削って即席の矢を作成し、これとゴムを合わせ出来損ないの弓矢に仕立て上げる。
矢じりに何かがついている訳でもないので何のダメージソースにもならないけれど、発射されれば木の枝と矢の違いなど見分けるのは困難だろうし、当たるか足下なりに墜ちて何らか反応を得られれば時間稼ぎにはなる。
一秒でも0.5秒でも時間が稼げれば、相手の動きを見て回避したり、わずかなりとも距離を離すことができるかもしれない。
これはその為の伏線。必要な前準備。
-Tips-
ミズニエ(植物)
森林地形の水辺に生えている事が多い樹木の一種。
3~5mほどにまで成長し、甘酸っぱい味の赤い実をつける。
樹皮や樹液から独特の強いにおいを発しており、特に樹液は強烈なにおいがする為、ハンターは罠や自身の位置を獲物から隠す為に臭い消しや嗅覚潰しとして活用する事もある。
そのままでは不快感を覚えるにおいではあるが、樹皮は香の原料として、樹液は香水の原料としてそれぞれアルケミストに重宝される為、これだけの為に森に入り、採取する者も多い。




