表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネトゲの中のリアル  作者: 海蛇
12章.ネザーワールドガール(主人公視点:マルタ)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

407/663

#6-3.リアルサイド22-子供を見て思う-


「なんかのスポーツなんですかね?」

「多分そうね。何をやっているのか解らないけれど、子供が活き活きとしているのはいいものだわ」


 ユニフォームらしきマークが入ったTシャツとショートパンツという格好で、ボールか何かを蹴ったりしながら走り回る子供達の姿。

愛らしい。何より優しい光景なのではないかと思えた。

か弱い子供達が、搾取もされずにこんなにも元気に走り回れる世界。それが中層という世界なのかもしれない。

子供達の笑顔が、とても尊く、美しく思える。


「私もこういう世界に生まれてたら、あんな風に笑えたのかしら……」

「そうかもしれませんねー。でもお嬢、身体を動かすのは苦手でしょう? 一分も走ってられないですもんね?」

「……ええ、そうね」


 生まれつき身体のあまり強くない私は、些細なことで息を切らし、身動きが取れなくなる。

力だってそんなに強くはない。お屋敷育ちの弊害とも言える。

この層で同じように生きたいなら、健康な体と健全な精神が必要なのではないだろうか。

私にはそのどちらもないので、今目の前で走り回っている子供達のような生活は、送れそうにない。

……と、ここまで考えてしまって、「それはちょっと違うわね?」と思い至る。


「こういう世界に生まれていたら、と言ったのよ?」

「あ、そうでしたか、ごめんなさい。私ったら頭悪くって」


 そもそもの言葉の意味が通じていなかったらしい。

今と同じ状態のまま生まれたかった訳ではないのだ。

あの子達と同じように、この世界で生まれられたら、と言っていたのだから。


「でも、お嬢がルリハさんみたいにニコニコ顔になるのは見てみたいかも……」

「それは……難しい注文ね」

「笑うの苦手ですもんねーお嬢は」

「努力はしているのよ? 努力は」


 実らない努力というものはどうしてもある。

鏡の前で笑う練習をしようとしても、幼い頃から笑うことの無かった私にはなかなか思うような笑顔にはなれないのだ。

表情筋が蝋か何かで塗り固められているようなものなのだ。

今更笑顔になる事なんて、できないかもしれない。


「せめてミノリくらいに表情豊かになれれば、とは思うのだけれど」

「うぇっ? 私ってそんなに表情でてますかねー? これでもマフィアのクールな女幹部、みたいなイメージで通そうと思ってたんですが」

「無理ね。ミノリには無理」

「無理かー、残念だなあ。私にもお嬢みたいな能面が出来ればなーっ」

「皮肉にしか聞こえないわね」

「あはははっ、冗談ですよー冗談っ」


 一応能面呼ばわりは気にしているのであまり言われたくない事ではあるけれど、このような状況下、わざわざそれを知っているミノリが言ってくるのだから、「これ以上気にしても仕方ないですよ」と、この話題を打ち切りたがっているのだと思う。

生まれの事は、生まれた後にはどうにもできないのだ。

どれだけ上の層で勉学を重ねても、どれだけマフィアとして権勢を誇っていても、公社の幹部になれても、生まれは変えられない。


「――がんばれー、皆がんばれーっ!!」


 話題を変えようか、と思っていた辺りで、女の子の声がグラウンドに響く。

私達が座っているベンチとは、グラウンドを挟んで逆側のベンチ。

グラウンドで走り回っている子供達と同じ格好をした女の子が、両手を口元に添え、甲高い声で応援していた。


「あれ? 女の子? そういえばグラウンドは男の子ばっかりですね」

「そうね。男子しかできないスポーツなのかしら?」

「よく解んないけど、応援してる子は可愛いなあ」

「確かに可愛いわね」


 茶混じりの赤髪は長くて綺麗だし、顔だちも整っている。

必死に応援しているので気にしていないのかもしれないけれど、小柄な身体で精いっぱい応援する様はとても愛らしく、保護欲を誘う。

子供とは言っても、男の子と女の子の違いくらいは少しずつ現れ始めるくらいの歳なのか、線は細いけれどぱっと見で女の子と解るくらいには女の子女の子した子なのだ。


「……っ、うぉぉぉぉぉっぉ!!! いくぞマサノリっ!!」

「よっしゃ、お前らぁっ、折角シズクが応援してくれてるんだ、最後に一撃決めようぜ!!」

「おぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

「シズク、見てろよぉっ!! 俺はやるぞぉっ」

「お、俺だって!!」


 そして、そんな女の子の応援でグラウンド上の男の子達が一斉に奮起する。

……違った、奮起しているのは片方だけで、ユニフォームが違う子達はむしろその奮起に戸惑いを隠せないようだった。


「うわ、な、なんなんだよお前らっ」

「急にやる気出しやがって、ちくしょっ、ちくしょうっ」


 叫びながらの攻防。蹴られるボール。

しかし十字のユニフォームの子達の勢いはすさまじく、相手方の子達は止める事が叶わない。

女の子の応援という何よりの援護を受けた男の子達は、一気に網の張られた最奥へとボールを蹴り――それが収まった。


『ゴールカウント! ゲームセット! 勝者、ヒノキ町レイヴンズ!!』


「うぉぉぉぉっ、やったぞシズクっ!」

「勝ったぜ、どうだシズク見てたか俺たちの活躍!」

「ははははっ、俺達の力見たかっ!」


 勝利のカウントが審判ロボにコールされ、選手たちはグラウンドから離れていく。

片やくったりとしたまま悔しそうにとぼとぼ歩いていたけれど、ベンチで待つ女の子の方へ向かう男の子たちは意気揚々とした様子で、拳をぎゅっと握っていたり、はしゃいだように走り回ったりしていた。


「皆っ、よく頑張ったね! お疲れ様!! すごかったよ!!」

「お、おぅっ」

「これもシズクのおかげだから、な?」

「そうそう、シズクが応援してくれたから勝てたんだよ」

「そ、そうなの……? ボクなんかいても何の役にも立てないと思ったけど、そう思ってくれるなら嬉しいな」

「ほんとほんと! 俺もマサノリも皆も頑張るし! な!?」

「シズクも応援で参加してくれるから、俺達12人で試合してるところを13人で試合してるようなもんだからな! 俺達は皆で試合してるんだよ!」


 なんだか和気あいあいとした様子だけれど、遠目からでも解るくらいには、男の子達は女の子の前でテレテレしているのが解ってしまう。

わざわざ大声で話している辺りもそれが良く伝わるのだ。


「なんていうかー、あれが青春、って奴なんですかねえ?」

「青春というより……初恋なのかしら、あれは」

「あー、甘酸っぱいっていうアレですね? ああいう感じなんですねー」

「多分ね……」


 本人達が気づいているかは解らないけれど、男の子達は皆あの女の子が好きで、必死に応援してくれる女の子の前でいいところを見せたいとか、そんな感じで頑張ったのではないだろうか。

そして勝利して、そんな自分達を肯定してくれるのが嬉しくて、そして照れくさいのだ。

だから大声になってしまう。とかそんな感じで。


……確かに、私達には縁遠い、甘酸っぱい光景のように思える。

奇しくも、ゲーム世界でもこれは私にとって縁遠い話なので、私という生き方にはあまり向いていない方向性なのかもしれないけれど。


「お嬢もしてみたくなりました?」

「いいえ。私には向いていないわ」

「あらあら。それは残念ですこと」


 さほど残念そうでもなさそうに、ベンチから立ち上がるミノリ。

試合は終わったようなので、これ以上は見ていても仕方がない、という事なのかもしれない。

確かに、これ以上子供達を見ていても何か進展がある訳でもなさそうだし、もやもやしてしまうだけなので、促される前に私も立ち上がった。


「でもいいですねー子供。私も欲しくなっちゃいましたよ。ま、産んでも不幸にするだけですけどー」

「生まれたのが最下層では、そうなるものね……」

「お嬢はともかく、私じゃ『ゴミ箱に捨ててこい』って言われるだけですしね。最悪私の方がゴミ箱に捨てられるかもですけど」


 それはちょっとねー、と、子供を見やりながらため息。

あんな光景を見せられて、子供に癒しを感じて。

だけれど、私達の置かれた現実はそれが許されないくらいにハードで、とてもではないけれど、子供なんて作れるはずもなかった。


「それに、子供作るっていうのはなんていうか、私には似合わない人生っぽいなー。私は多分、お嬢の盾になって死ぬのがお似合いの人生なんですよねー」

「……またその話? 私はあまり聞きたくないわ」

「あはは、ごめんなさい。私って気の利かない奴でー」


 今度は私の方がため息をついてしまう。

友達だと思っている子から自分の命を蔑ろにした様な事を言われるのは、とても悲しい。

表情を出すのが苦手な私だって、嫌なものは嫌と思う事くらいある。

親しい人が自分を捨てたような事を言うのは、私にはとても辛い。


「もういいわ、行きましょう」

「あ、はい。そうですね。次は下層ですか?」

「……いいえ、もう疲れたわ。屋敷に帰りましょう」


 折角癒やされたというのに、変な空気になってしまった。

最後にもう一度だけ、楽しそうに集まっている子供達を目に焼き付け背を向ける。


「解りました。それじゃお嬢、こちらへ」

「ええ」


 その光景が私にとって常でないことが、どれほど残酷な事なのか。それを知りながら。

温かなままの陽射しを受け、私達はまた、最下層へと戻っていった。


-Tips-

最下層での子供の扱いについて(概念)

最下層においては、多くの場合子供は子供のまま命を落とす。

まず死因の大半は生まれた直後の母親による遺棄である。およそ6割程度がこれによって命を落とすと言われている。

最下層では、多くの場合生まれる子供は母親にとって「望まれない命」である事がこれに起因していると言われている。


次に親からの扱いによって命を落とすケースが多く、直接の暴力で死亡したり、飢餓状態のまま放置されて死亡する事が多い。

多少育つことが出来てもそこからは性欲の発散に利用されてそのまま暴行死したり衰弱死したり売春させられ疫病にかかって死亡したりと、最下層における人命の底辺にあたる子供達は常に暴力と搾取の被害に遭う運命にある。


基本的に学ぶことができない為、教養がほとんどなく、会話がまともにできず、表情らしい表情を作る事すらできない子供が多い。

生きる事に必死になっている上に後先を考えられない為、平然と犯罪行為に手を染めそのままデリートされるという末路に至る事もままある。


一方、マフィアの構成員の間に生まれた子供は飢餓に陥る事もなくある程度まで育つことができるが、こちらはマフィア間の抗争に巻き込まれ爆死したり、敵対組織から見せしめや報復として誘拐されて凌辱・拷問されそのまま殺される事が多い。

場合によっては捨て駒として武装させられ敵対組織の幹部を狙う為に命を捨てさせられることもある。

いずれにしても儚い人生を迎える事が多いが、こちらの子供達は最下層としては比較的教養を受けられる率が高く、底辺の構成員の子供であっても最低限の会話やコミュニケーションは取れると言われている。


このような状況の為、最下層の人口はことあるごとに急激に減少し、そして上の層からの魂の転生や階層落ちなどの罰を受けた者が増える事によって大量に増加するという極端な状態を繰り返している。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ