#6-2.リアルサイド22-散策する乙女-
上層世界エントランスは、人も物も自然すらも整列された世界。
普段は学園のある一番上の層しか降りないのだけれど、今私達の降りた層では、丁度何かの催しが行われているらしかった。
軌道エレベータ前の広場に整然と並び静かに待つ群衆。
巨大な特設ステージが遠巻きにも見えて、そして全ての人がそちらへと視線を向けていた。
『はーい皆さん! 今日はミズハシ プリンのニュースライブ会場へようこそー! 平日なのに来てくれてありがとうねー!』
普段最上層で活動しているアイドルのニュースライブという奇妙この上ないイベント。
その日のニュース内容を人前で伝えるだけという味気ないものだけれど、人だかりはほとんど同じタイミングで一斉に手を挙げ、同じように左右に振る。
「わーわー」
「ぷりんちゃーん、おうえんしてるよー」
「きゃーすてきーだいてー」
「うわああああ、ぷりんちゃああああん」
「うわぁ……」
「いつ見ても異様な光景ね」
初めて見る光景ではない。
上層世界の異様さというか、異常さというか。
棒読みで群衆が与えられた通りのセリフを叫ぶ光景が、この度も見られた。
見ている方が遣る瀬無くなる、そんな光景だけれど、アイドルはニコニコ笑顔のままである。
『元気な挨拶ありがとー☆ それじゃ、早速今日のニュース、読み始めちゃうね!』
「……っ!」
「ぁ……」
アイドルがぱちりとウィンクした瞬間、群衆が胸を押さえ固まるのも見た。
彼らはマニュアルしか知らないマニュアル人間なので、マニュアルにない事が起きると対応できなくなってフリーズする。
その代わりにマニュアル通りにできる範囲内ならすさまじい思考効率を発揮するので必ずしも馬鹿にできたものではないのだけれど、基本、与えられた事以外の何かができない。
レゼボア人の極地というべきか、効率重視のレゼボア人の中でも特に効率に極振りしたような人達だった。
「ミズハシ プリンってアレですよね。トップアイドルとかいう……」
「ええ、そうね。公社情報局の幹部よ。レゼボアの中でも最も情報に精通していると言われているわ」
「あんな可愛い子がそんな……私達よりも年下に見えるのに」
「そうね……人は見かけによらないを地で行く感じなのかもしれないわね」
キラキラとしたヒラヒラの衣装を身にまとい、ニコニコと可愛い素振りで笑顔を振りまくその見栄えとは裏腹に、彼女はレゼボアのプロパガンダの象徴であり、人心掌握のエキスパート。
彼女の一言でレゼボア全土の人々の心理が容易く誘導され、彼女の一挙が人々の命運すら左右してしまう。
とても可愛らしい、けれど何より恐ろしい権力を握り、誰よりも聡明な頭脳によって人心をも操作する、それがトップアイドルという職業。
……とても見た目通りの華やかな存在には思えなかった。
「でも、あの子も金髪なんですね。ハーフなのかな?」
「そうかもしれないわね。最下層に居ては見る事の出来ない髪色だけれど……染めているようには見えないわね」
綺麗な金髪をフリフリと揺らす様を見て、親友の片割れの顔を思い浮かべる。
姉妹だという事で妹の方も同じ金髪だけれど、そう考えると最上層とはそういった人達が多い世界なのかもしれない。
「そろそろ行きましょうか」
「あ、そうですね。ライブにはあんまり興味もないですし」
私もミノリも、アイドルのライブには興味が惹かれなかった。
初めて見た時もそうだったけれど、人々が自発的にそれに集まる意味が解らない。
情報など何もせずとも入ってくるもの。
脳髄を侵すように突如として入り込んでくるそれら情報を受ければそれで済むものを、わざわざ直に見に行く意味も感じられない。
「きゃーぷりんちゃーん」
「なんだってー?」
「わーわー」
「がやがやがやがや」
何より、聴衆が棒読みで反応し続ける場所にいるのが辛かった。
それぞれに与えられたマニュアル通りの反応なのだろうけれど、せめてこれがもう少し感情が込められたものだったなら。
感情の無いマニュアル人間は、人間らしくないというか、生物らしくなくて、つまらなかった。
次に来たのは、中層。
いい感じに自然が多い層を選んで、のんびりと散策。
中層は休日なのか、同じように散歩している人が結構いて、すれ違う度に「おはよう」と挨拶されたりする。
「この世界って、人間が温和ですよね。黙ってても向こうから話しかけてくるし」
「そうね。人好きのする人が多いのかもしれないわ」
ルリハのニコニコ顔を浮かべながら、この世界の温かさを肌で感じる。
中層は、上層までと比べて大分科学力に劣るけれど、その分だけ人々の心に余裕があるようにも思えた。
最上層のように浄化されきった空気という訳でもなく、相応に問題になりそうな部分も多いけれど、それでも。
人々の優しさというか、心の余裕がその分だけ、すれ違った際の挨拶や笑顔など、細かいところにまで温かみを伝えてくれているのかもしれない。
「あ、なんかやってる」
少しずつ街から外れ、のんびり川沿いの土手なんかを歩いていると、開けた場所に広いグラウンドが目に入ってくる。
子供がたくさん集まり、何かをやっているのだ。
「何かしら?」
「気になります?」
「ええ、気になるわね」
日常の中で小さな子供、というのを見る事自体が稀なのもある。
そしてそんな子供達が幾人も集まり、元気に走り回っているのを見るのも、もしかしたら初めてだったかも知れない。
何が起きているのか解らないけれど、気になる。
「少し座って見てみません? ほら、丁度座れそうだし」
ミノリが指さすのは、グラウンド脇のベンチ。
見れば他にも座って子供達を眺めているご老人や家族連れもいるようなので、「それもいいかもしれない」と思えた。
「そうしましょうか」
「ええ、そうしましょうそうしましょう」
ミノリは、こんな時私の気分を壊さないように気を遣ってくれる。
本人が言うにはおべっからしいけれど、それは彼女なりの気遣い。優しさなのだと私は思う。
私はいつもミノリに気を遣われてばかりで……だけれど、そんな関係が心地よくもあった。
土手から伸びる階段を降り、グラウンド隅のベンチに腰掛けようとして、ミノリが手でささっと拭いてくれるのも気遣い。
-Tips-
ニュースライブ(イベント)
アイドルの主催するライブイベントの一種。
普段は公社てれび局の施設内で自身が読み上げるニュースを、外部へ出向きファンの前で読み上げていく形式のライブで、これによってファンは普段直接見る事の叶わないアイドルを直で見て、生の声を聞くことができる。
アイドルは歌ったり踊ったりはしないのであくまでニュースの内容を聞くだけなのだが、『てれび』で見るものや脳内に垂れ流しにされるものと比べても見る側の心理に+に働くことが多い為、アイドルのライブとしては比較的頻繁に行われている。
また、これにより市民に対しての洗脳の上書きを行っている。




