#3-1.戻ってきた少女
狩猟三日目の朝。
昨日の傷も特に痛む様子もなく、普通に起きられていた。
夕べ水浴びをした際にも確認したけれど、明らかに腹部をやられていたはずなのに、それも完治している。
……というより、傷そのものがなくなった、と言った方が正しいのか。
私はそういった特別なスキルを持ってる訳でもない一介のハンターだし、場所的に辻ヒールも期待できないので、恐らくこれはアイテムか何かの効果。
そう考えると、『奇跡の生還の理由』にも思い当りがない訳でもなかった。
その思い当りをポケットの中から取り出し、改めて見つめる。
赤い、布製のお守り。
「どう考えても、これが理由よね」
手持ちのアイテムの中で私の想定外が起きるとしたら、メリビアと別れる際に渡されたこのお守りのみ。
見た目は粗末なつくりの、いかにもお手製ですといわんばかりの品だけれど、他にそれらしい何かは手持ちにないので、恐らくはこれが私の危機を救ったことになる。
なんというか、ちょっとだけ悔しい気がする。
自力生還、あるいは無理ならそのまま死亡というのは割と自然な流れのはずなのに、そこに他者の力が加わってしまったというか。
それによって死なずに済んだのだから喜べばいいのだろうけれど、素直に喜べないというか。
(……まあ、今度会った時にでもお礼を言えばいいかしらね)
これ以上考えるのも面倒くさいので、手早く朝食を作ってしまう事にする。
お守りは横に。煮ている最中にでも見ていようと思ったのだ。
普段たまり場にいる時は朝食なんてとらないのだけれど、狩猟マップに居る時は別。
必ず三食食べて、スタミナとエネルギーを維持しなくてはならない。
それでいて現地調達できるほどほどの材料を使う、となるとやはり野草と茸メイン。
本当は昨日のうちにもう少しまともな食材を確保するつもりだったのだけれど、流石にあれだけの事が起きた後にフィールドワークする気にはなれなかった。
前日の内に多めに確保しておいてよかったと思う反面、また草と茸である。
(今日は、お肉確保をメインにしようかしら、ね)
食べるのに向いたお肉を確保する為にも、今日はもうちょっと能動的に動かないといけない。
幸い、昨日のうちに周辺の危険区域はある程度把握したので、ちょっとした狩猟程度なら問題ないはずだった。
「――あっ、なんとなく嗅いだことのあるにおいだなーって思ったら、やっぱりマルタさんでしたっ」
適当に切った材料を鍋で煮込んでいると、聞いたような声が耳に入り。
顔を上げればそこに立っていたのは、メリビアだった。
今回は荷物を失わなかったのか、大き目のバックパックの外側には弓も見える。
昨日はショートパンツルックだったけれど、今回はミニスカートにスパッツ。日によってこの辺り変わるのかもしれない。
「また戻ってきたのね」
「あ、はい! 昨日のうちにもう一度準備を整え直して、また来ちゃいました! それにしても、いい匂いですねえ~」
「……まあ」
自分の荷物があるのなら、無理に引き留める必要もないのだけれど。
なんとなく、鍋の中身を見てお腹をさすったりしていたのに気づいたので、「どうぞ」と正面の切り株へ手をやる。
「わ、いいんですか? あの、それじゃ失礼します!」
「ええ」
まあ、別にスープも二人で分けられるくらいの量はあるし、何より好都合だった。
そんなにお喋りをしたい訳でもないけれど、お守りの事とか、聞きたい事もあったのだから。
「今回は熊には襲われなかったの?」
「あ、はい。おかげさまでその……無事に到着、出来ました!」
「私は何もしてないけれど」
「そんな事ありません、マルタさんのおかげです。私はそう思いました!」
「そ、そう……」
先日と比べ、噛むことは減ったのか、妙に爛々と目を輝かせていた。
謎い。なんだろう、なんで私はこの子にこんなに懐かれてるのだろう。謎過ぎる。
「それはそうと、私があげたお守り、まだ持っててくれたんですね! 私、すごく嬉しいです!」
「ああ、これ、ね……ええ、なんとなくつけていたのだけれど……」
「それ、私の分身みたいなものなので、大切にしなくてもいいのでずっと身に付けててくださいね! 絶対にかご……ご利益がありますから!」
「ご利益ね……確かに、あったみたいだけれど」
神だとか天使だとか、そんなものはあまり興味がないのだけれど。
実際にそれに救われたのだと思えば、流石に無視する事も出来ず。
今一度、お守りを手に取り、それからメリビアを見つめる。
とても嬉しそうだった。心なし、頬が赤く上気しているように見えた。
「えへへ、それ、早速効果がありました?」
「ええ……死にかけたところで生き返ったみたいだけれど……あれはやはり、このお守りの効果だったの?」
「はい。私、お守りを作るのが趣味でしてー。それで、たまに気が向いた時に作ってるんですけど、マルタさんにお渡ししたものはその中で一番の出来のものだったんですよ!」
「そう、おかげで助かったみたいだから、お礼を言いたいと思ったのだけれど……まさかこんなに早く会う事になるとはね」
「ふふっ、どうにかして早く来たいなあって思ってたんです。『今戻ればマルタさんいるかも!』って思って……がんばっちゃいました」
随分とアクティブな子だった。
いや、ハンターなんてやってるくらいなのだから行動力自体はあるのだろうけれど、それにしても私と会いたいと思うなんて奇特な子だった。
「ともかく、ありがとうね。おかげで助かったわ」
「あっ、いえいえ! 私の方こそ、マルタさんにそのお守りを持っていただけて嬉しかったです! たまに助けてもらった方に渡す事はあったんですけど、皆怪訝に思うのか、捨てられてしまう事が多くって……」
「まあ、見ず知らずの人からお守りを渡されても、色々気にする人はいるでしょうしね」
「そうなんですよー! 私は相手の人の為を思ってお守りを渡してるのに、相手の人は皆不気味がっちゃって……そんなにおかしいんでしょうか?」
「はっきりと言うなら、おかしいわね」
「はぐっ」
ハンターというとコミュニケーション能力に欠いた人ばかりなのは当たり前としても、このメリビア、かなり変わり者のように思えた。
私も多分傍から見たら変な奴だと思われてるだろうけれど、その私から見ても変わり者に思えるのだから、多分一般には相当変な子扱いされてるのではないだろうか。
少し心配になる。一人で生きていける子なのだろうか。変な人に捕まって騙されて変な事をされたりしていないか、とか。
このゲームも、中にはそういう、他者の善意や無知を利用してあくどい真似をする輩というのは一定数いるようなので、そういうのの餌食になってはしないかと気にしてしまう。
実際、変だと指摘すれば気にするくらいには自覚もあるのだろうし。
今も苦しげに胸を抑えているのは、ちょっとコミカルだったけれど。
「誰にでもお守りを渡すのは、人から見たら変な行為に見えるかもしれないわ」
「そ、そうでしょうか……? 私、皆に幸せになってもらいたいなーって思っただけなんですけど」
「それにしたって、もう少し親しくなってからの方が良いでしょうね。私も正直面食らったわ」
「はうっ……そうでしたか……すみませんでした、今後は気を付けますね」
「それがいいと思うわ。お守りの効果には私も助けられたし、あまり言うものでもないと思ったけれど……皆が皆、人の親切を素直に受け取れる人ばかりでもないでしょうから」
私自身、お礼として渡された時は「面倒くさいわね」と思ったくらい。
これが使わない分の余った食料だとか焚き火用の薪だとかの実用品ならありがたく受け取るけれど、お守りなんて用途不明のアイテムを渡されるのは人によっては不気味に感じる事だってあるかも知れないのだ。
ただ、持つことによってマイナス効果が出る訳ではないのが解っているなら受け取る人は多いと思う。
特に、死にそうなときに復活できるというなら、狩猟に訪れるようなハンターなら内心で喜んで受け取るはず。
つまり、一番の原因は、よく効果を説明せずに渡してきた、メリビアのコミュニケーション不足だと思う。
それにしたって、多少慣れればこのように話せるというなら、やはりある程度親しくなってから渡すべきなのだろう。
「そ、それはそうとマルタさん! 私、今日の午後から狩猟を開始するつもりなんですが!」
たまらなくなったのか、ぱ、と手を前に出すメリビア。
話題を切り替えたくてそうしたのは解るけれど、少し強引にも見える。
それだけ苦しくなるような指摘だったのだろうか。
何にしても、無理にその話を続けるつもりもないので、余計な口は挟まない。
「その……よかったら、ご一緒したり、しませんか?」
「しないわ」
「はうっ、即答、ですか……」
上目がちに恥ずかしそうに聞いてきたので、ばっさりと行くことにした。
普通の狩りですら人と一緒なのは面倒くさいのに、狩猟でまで他者と一緒というのは正直しんどい。
ソロならば自分一人が必要なだけ気を回し、最悪は諦めれば済む話なのに、ここに他者が関わると途端に気に掛けるべき物事が増えてしまう。
それは、死地に立つハンターにとってはわずかな判断力の遅れを誘発させかねない危険極まりない選択。
確かに、ハンター二人で狩れば大物狩りでも優位に立てなくもないけれど、それはあくまで組む事に慣れた、レアケース中のレアケースともいえるような人達だけの話。
出会って二回目の相手と即席で組んでもいいことなんて何一つない。
「貴方の腕のほどは知らないけれど、他人と組むのは好きではないわ」
「そ、そうですか……そうですよねえ、ハンターって、そういう人、多いですし」
「貴方は違うの?」
「私もその、一人で狩る事は嫌ではないんですけど……マルタさんとご一緒できたら楽しいかなーなんて思っちゃって」
「そう」
「そ、そうなんですっ」
だからどうですか、と、前向きな笑顔を見せる。
けれど、だからといって返答が変わるはずもなく。
「無理ね」
「はぅぅ、ダメですか……そうですよねえ、すみません、無理に二度も聞いて」
目に見えて落ち込んでしまったようなので、スープを渡す。
よく煮えた温かなコンソメスープ。
朝食に食べるならこれくらいが温まってちょうどいい。
「あ、ありがとうございます……はふはふ」
「私は、別にそんなにお人好しという訳ではないわよ。必要なら誰であっても見限るし、置き去りにもするわ」
「それはハンターとしては当たり前だと思います。思いますけど、なんとなく、マルタさんは他のハンターとは違う何かがあるなあって思っちゃって」
「人より変わっている、という事かしら?」
「変わってるというよりは、普通っぽいなーって思いました」
それは何を基準にしての普通なのか。
ハンターらしくない、と言われたような気もするけれど、何を以てそう感じられたのかが今一解らない。
まあ、弓やなんかを使う事はないので、確かに普通のハンターとは違うと言えば違うのだけれど。
「あ、やっぱりこれ美味しいなあ……好きな味です」
「どこにでもあるコンソメスープよ?」
「マルタさんの作ったスープだから美味しいのかもしれません」
「そう」
何かにつけて私の名前を出すけれど、そんなに気に入られてるのだろうか。
たった一度助けただけでこんなに懐かれるのも妙だけれど、別に悪意などもないようだし、なんとも扱いに困る。
ただ、変に押しが強い訳でもなく拒絶すれば素直に引き下がるようなので、最初に感じた面倒くささは今ではあまり感じなくなっていた。
-Tips-
全自動式仮設テント(アイテム)
アルケミストギルドが開発した野宿には必須の便利アイテム。
アイテム袋から取り出し、設置したい地形を設定だけすれば、後はボタン一つ押すだけで自動的に組みあがっていくようになっている。
女性や子供向けに軽量化されたものもあるが比較的高価で、一般的仕様のものは重量がある為、こちらは持ち運びには一定の力が必要となっているなど何らか制約が掛かるが、狩りマップでも聖域などに持ち込めれば通常よりも高い回復効果が望める他、高いリラックス補正が付与される為、泊まるつもりがなくとも本格的に効率を求める狩りPTやボス狩りギルドなどは必ずと言っていいほど携帯していく。
焚火セット(アイテム)
雑貨屋などで市販されている便利アイテムの一つ。
寒冷地でのキャンプなどには必須ともいえるもので、灯り兼安価な暖房器具として有用。
その他調理器具を用意したりすることで調理にも利用できるが、地形によっては火消しを忘れたり風で火の粉が飛ぶことによって一帯が炎に包まれる事もある為、注意が必要である。
火事、ダメ絶対。




