#1-2.新人ハンターとの出会い
「あ、あのっ……」
そうしてスープを完成させ、その匂いにうっとりとしていた所。
不意に話しかけられ、ハッと視線を声の方へ。
見れば、小柄な女の子。サクヤよりも年下くらい。
オドオドとした様子で口元に手を当てながら私を見ていた。
……調理中だったからというのもあるけれど、ここまで近づかれるまで気づかないとは、不覚。
「何か御用かしら?」
「あっ、いえ、そのっ、えっと……あのっ」
とりあえず目が合ったので用事があるのか聞いてみたのだけれど、もうそれだけでびくりと震えて混乱しそうになっているのが見て取れる。
自分から話しかけてきたのに反応されたらこういう態度を取られるというのは……ちょっと複雑な気持ちになる。
それでもなんとか気を取り直したのか、わたわたと手を動かしながら口を開く。
「お、お願いがありましてっ!」
胸元で手をぎゅっとしながら、上ずった声でそんな事を言うのだ。
お願いと言われても、まあ、この状況なら『お塩忘れたので貸してください』とか『食材余ってたら売ってもらえませんか』とか、そんな感じだと思った。
よくある事ではないけれど、そういううっかり屋なハンターもたまに見かけるのだ。
そんなだから、「そういうパターンなのね」と理解して、何ならば譲れるのかの確認のためにアイテム袋に手を伸ばしたのだけれど。
「実はその……私、ハンターになって初めて狩猟に来たんですけど……あの、帰り道、暗くなって解らなくなっちゃって……」
「……?」
「あのっ、で、でででで、ですからっ、私をそのっ、今夜だけでもご一緒させていただいてもよろ……よろしいでしょうか!?」
「よろしくないわね」
「はぅっ」
噛み噛みになりながら何を言い出すのかと思えば、「貴方のテント一緒に使わせて」とは。
流石にそれは馴れ馴れしすぎるというか、そんなに私が親切な人に思えたのだろうか。
色々と疑問が湧き出て首を傾げるのだけれど、この新人ハンター、今にも泣き出しそうな顔になってしまう。
「う……ううう、あの、あのあの、どうしても、ダメ、です?」
「そもそもなんで私なの?」
「いえあの……同じ女性のハンターです、し」
「女性のハンターなら他にもいるでしょうに」
「あのあの、他の人はその……話しかけても無視されてしまって……あう」
「……まあ、それはそうでしょうね」
「はう……」
見ず知らずの人に話しかけられれば、塩対応してしまうのはハンターという人達の性質上仕方ないものだと思う。
正確にはハンターになるような人だからこそ、というべきか。
とにかく、他人との関わりを避けたがったり、会話もロクにできなかったりするのがお一人様気質のハンターの典型的な性質なのだ。
そういう意味では、私と話すだけで噛み噛みになるこの子は十分にその素養があると言える。
勿論、人格に難があるからハンター向きという訳ではないのだけれど、まっとうな神経をしていたら屋外で誰とも接することなく一週間だの一月だのなんて過ごせっこない。
多少人間嫌いだったり、人前に立つことがプレッシャーに感じる人の方が、人と会わずに済む事にメリットを感じられる分ストレスなく過ごせるのでは、と思う。
……とはいえ、コミュニケーションもロクに取れないというのはこういう時、困ってしまうのは解る。
聞いた限り、全く何の努力もせず私にいきなり頼ってきたというよりは、色々試した結果為すすべなく私の所に来た、という状況らしいし、それが解ると尚の事、見捨てるのは可哀想にも思えてしまう。
そして『可哀想』と思えるようになってしまった自分に若干驚きながら、少女をじっと見つめた。
「……貴方、名前は」
「あ、あの……め、め、メリビアと言います」
「メメメリビア?」
「いえあのっ、メリ、メリビアですぅっ」
「メリメリビア?」
「ですからっ、あのっ、メリビアですよぅっ」
「ああ、メリビアね。ようやく解ったわ」
何度も噛む所為で名前すらまともに聞き取れない状況。
とても不便だけれど、まあ、名前だけ解れば大分違う。
心持ち気が楽になり、視線を焚火へと落とした。
「私はマルタよ」
「マルタさん……ですか?」
「ええ、そう。テントは貸してあげられないけれど、焚火の番くらいならさせてあげてもいいわよ」
「焚火の……あ、ああっ、ほ、ほんとですかっ!? あのっ、ほんとに――」
「……とりあえず座りなさいな」
「はひっ」
ああ、興奮気味に尻尾を振る犬の姿が見える。
さっきまで垂れていた耳が急にびしっと立つのだ。
しょぼくれていた眼が途端に爛々と輝くのだ。
コミュニケーション能力は問題がありそうだけれど、なんというか、ダメな犬を連想させるその仕草とリアクションの大きさは可愛いと思えなくもなかった。
(……ギルメンならともかく、見ず知らずの人間を助けるなんて、私も変わったものね)
ため息をつきながら、鍋の中のスープをかき混ぜる。
温かな湯気が鼻を通り、その香ばしい匂いが癒やしとなる。
それと同時に、ギルドに打ち解けるまでの自分を思い出して……ちょっとだけノスタルジックな気持ちに浸っていたのだ。
「……? あのっ、そのお鍋のって、コンソメスープですか?」
「ええ、そうよ。茸と野草のコンソメスープ。飲む?」
「い、良いんですか? あのあの、ありがとうございまっ……ございますっ」
「……ええ」
幸い、壊れた時用に器は二つ用意してあるので、スープを振舞う事に抵抗はない。
これが器が一つしかなければ「自分の分は自力で調達なさい」と突き放すところだけれど、メリビアにとっては幸運が続いた事となる。
木の器に盛られた琥珀色。これが茸の白と合わさって、どこか宝石箱のようなキラキラとした輝きを見せ……そして、湯気が鼻を通るたびにお腹がぎゅう、と催促してくるのだ。
なんでもないスープなのに、こういう場所では美味なるご馳走のようにも思えて、ドキドキが止まらなくなる。
「わあっ、あ、ありがとうございますっ」
メリビアも器を受け取るや満面の笑みになり、噛みながらもぼへぇっとした顔でお礼を口にする。
そうして、とろけきった顔になりながら一口。スプーンですくって含むのだ。
「うう……美味しい。美味しいよぅ」
たったそれだけなのに感極まったのか、目の端に涙を浮かべてしまうメリビア。
……流石にただのコンソメスープでそこまで感嘆されると少し恥ずかしくなるのだけれど。
「ずっと、ずっとご飯、食べてなくって……やっと食べ物にありつけました」
「食料は持ってこなかったの?」
「いえあの……持ってきては、いたのですが……黒い熊と鉢合わせて、詰め込んだバッグごと落としてしまったようで……」
「それは痛いわね」
「はうっ」
黒熊と言えばこの森にはワイルドベアしかいないけれど、なりたてのハンターが狩るには結構きつい獲物ではある。
それでも慎重に罠を設置して万全の姿勢で挑むなら勝機もあるかもしれないけれど、鉢合わせて対応するのはかなり難しい。
言っている事が真実なら、アイテムを犠牲にしても逃げきれただけでも僥倖というものだった。
「コンパスも地図も緊急用の転移アイテムもなくなっちゃって……でも、明るくなればなんとか道は解ると思うんです。だから、マルタさんには感謝です。超感謝ですっ」
「そ、そう……まあ、そういう事情なら仕方ないわね」
道も解らない、野宿の準備もないこの新人ハンターを無碍に追い返していたらどうなっていただろうか。
聖域に居続ければ少なくともモンスターや猛獣に襲われて死ぬ事はないけれど、それでもこの時期、森の中は結構冷え込む。
まだ凍え死ぬほどではないにしろ、確実に体力は削られてしまう。
夜の寒さで弱っていても陽が昇ってすぐ離脱すれば脱出できなくはないけれど、道中またワイルドベアのような猛獣に襲われればひとたまりもない。
そういう意味では、話すのが苦手でもなんとかして他のハンターを頼ろうとするのは、あながち間違った判断とは思えなかった。
実際、こうして焚火の前で休めているのだから。
コンソメスープを味わって、幸せそうにうっとりしているのだから。
「ああ、美味しい……マルタさんのスープ、最高、です」
人助けも、たまにはしてみるもの。
普段ならぼーっと焚火を眺めて、スープを飲み終わったらそのままテントに戻って眠ってしまう所だけれど。
たまにはこうやって、見ず知らずの人と焚火を囲って過ごすのも悪くないと、そんな事を思った初日だった。
-Tips-
狩猟指定動物(概念)
狩猟対象として指定されている動物の事で、基本的には森林地形マップや山岳地形マップでの狩猟解禁時に狩る事が出来る。
これらのマップには、小さなものでは全長1mにも満たない様な動物から、大きいモノでは竜を思わせる巨大な猛獣や怪生物が存在しており、ハンターの狩猟意欲を大いにくすぐる存在となっている。
ハンターにとっては収入の大半を賄う貴重な収入源である。
これを一般プレイヤーが攻撃して倒す事も可能ではあるが、狩猟解禁時以外、それもハンター以外の職業のプレイヤーが倒しても素材の切り分けが出来ないのであまり意味はない。
ハンターの手によって切り分けられることにより、毛皮、肉、その他角や鱗、尻尾などといった狩猟動物由来の素材が手に入るようになる。
これらの素材は一般のモンスターを狩っても手に入る事がない為大変貴重で、高額で取引されているものも多い。
厳密にはモンスター扱いではなく、行動属性もノンアクティブが多い為意図してプレイヤーに攻撃を加えてくることは少ない。
だが、攻撃を加えたり、縄張りを刺激したりした場合はこの限りではなく、特に大型の動物の場合、プレイヤーを外敵とみなし、容赦なく排除しようとする事もある。




