#12-3.リアルサイド19-ようやく見えてきた明日へ-
場所を移し、私達が入ったのは喫茶店。
なんという店名だったか、静かで、店主一人だけの隠れ家的なお店だった。
カウンターの上には片手大くらいの古びた人形が置かれているのも、ひそかな癒やしを感じられていい。
「いいお店ね」
「ああ、そうだな。私も初めて入ったけど」
とりあえず座れる場所を探していた私達は、適当な席に掛けて、適当に紅茶を注文していた。
普通の喫茶店だと思っていたけれど、メニューを見た感じ、どちらかというと紅茶専門店なのかもしれない。
まだ時間が早い所為か、他のお客もいないらしく、おしゃべりにはいいお店。
私はホットミルクティーを、カエデちゃんはアイスレモンティーを注文した。
「うちらさ、ウメガハラの教師になったんだ」
注文のお茶が届いてすぐ。
最初に話を切り出してくれたのは、カエデちゃんの方だった。
話の続きなのか、それとも別の話題なのかはまだ測りかねたけれど。
ウメガハラという懐かしい響きに、思わず頬が緩む。
「母校の教師になったんだね、二人とも」
「ああ……中学になっちまったけどな」
「……? 中学?」
ウメガハラは高校だったはず。
そこに齟齬を感じ、 首を傾げてしまっていたけれど。
カエデちゃんは、そんな私を見てか静かにストローでレモンティーを一口。
そしてまた続ける。
「うちらが通ってたウメガハラは、お前達の事件を理由に、高校から中学に格下げになっちまったんだ。だから、母校に戻った今、うちらは中学教師として働いてる訳だ」
「……そう、だったの」
事件。避けられはしないと思っていたけれど、親友の口から出たその言葉が、あまりにも重く。
視線が、どうしても下を向いてしまっていた。
「まだ気にしてるんだな、ユヅキ」
「ええ……気には、しているわ」
動揺は隠しきれない。
すぐに覚られてしまう。この娘は、そういう人の機微には結構聡い部分がある。
タカ君相手だと鈍るけれど、本来はすごく鋭い人なのだ。
そして、とても頭が良い。
「あたしにとっても忘れられないからな……だけど、今はそれなりに楽しく生きてるつもりだ。タカシもな」
「そう……あれ、でもカエデちゃん、という事は、タカ君と一緒に歩いてた娘って……」
「ああ、もちろんこないだまで中学生だった娘だよ」
「それは……大変、ね」
「ほんとにな」
中学生に手を出せば、当然即処刑される。
そう考えれば、卒業後に付き合う分には問題ないと言えばないのだけれど。
それでも、教師が公社の役人である以上、相手が未成年ならば手を出してはならない領域というのは確実に存在するのだ。
カエデちゃんが追いかけていた理由の一端が理解できた気がした。
「ただその……タカシが、そんなロリコンじゃないのは解ってるんだ。多分、付き合ってるとかじゃなくて、なんか理由があって一緒に居るんだと思う。思うけど……そうは思っても、綺麗な娘だろ? なんか、心配になっちゃってさ」
そして、あくまでタカ君を信じるカエデちゃんはとてもピュアというか、一途な娘だった。
この、何が何でも好きになった人を信じるっていうカエデちゃんの一途さがとっても尊くて、そして私が絶対に勝てないと思った要因の一つ。
「タカ君が今無事な以上、手を出してはいないんでしょうけどね……だけど、心配になっちゃうのは解る気がするわ」
「ああ……せめて何か説明してくれりゃな……でも、個人の事だからな、下手に説明しろーって噛みつくのも、なんか違う気がするんだよ」
「それで追いかけて、どういうことなのか聞かずに知ろうとしていた訳ね」
「一応は、そういうつもりなんだけどな……だけど、やってて胸が痛んだぜ。結局あたしって、タカシの事で知らない事だらけだったんだって痛感しちまったからな……」
誰よりも長く一緒に居たはずのカエデちゃんが知らなかったタカ君の一面。
それを知ってしまったことが、思いのほかダメージだったらしく、カエデちゃんは儚げな顔を見せる。
これもまた珍しい、気弱な一面だった。
「付き合ってないにしたって、タカシにとっては別の幸せかもしれないんだから、あたしがそれを追い回して調べるなんて、やっていいことなのかって思っちまってたんだ。正直、ユヅキが話しかけてくれて良かったんだよ」
ただの偶然とはいえ、それが元でカエデちゃんにとっては救いにもなったというなら、それはそれでよかったと思えるのだけれど。
同時に心配にもなってしまうのは、親友だからか。
放っておけないという気持ちになってしまったのだ。
「ね、カエデちゃん。私は、てっきりカエデちゃんがタカ君の彼女さんになるものなんだって思ってたわ。だから、ずっと自分が負け犬なんだって思ってたの。辛かった」
「ユヅキ……?」
「だけど、カエデちゃんもそんな心配そうな顔になってたんだね。私、気づかなかった」
「……ばーか、あたしから見たら、ユヅキの方がタカシの本命だったんだぞ? 最初っから勝ち目なんてなかったと思ったし、実際ユヅキがいなくなってからしばらく、タカシは勉強にばっか夢中になって遊んでもくれなくなってたしな」
「タカ君が……?」
「ああ」
それは、なんとも女冥利に尽きるというか。
できれば、あんなことになる前にそれだけの気持ちを伝えてほしかったというか。
そんな男の子の気持ちに全く気付けなかった自分が馬鹿過ぎるというか。
色んな思いが交錯して、頭が痛くなってしまう。
自然、視線も下向きに。
「ま、お互い好きな奴に気持ち一つ打ち明けられないまま、今の状態がある訳だ」
「あはは……昔と同じ状態のまま、昔より状態が悪くなったって事なのね」
「ほんとにな。何やってんだろうなー、あたしらは」
馬鹿みてー、と、苦笑いしながら頬をポリポリ。
私みたいに鬱屈な気持ちのまま引きずったりせず、あっさりできるのがカエデちゃんの魅力の一つだった。
「なあ、こうやって会えたんだからさ、またたまには遊ぼうぜ。時間を合わせてさ」
「んー……そう言ってくれるのは嬉しいのだけれど。私、今は生活が普通の人と逆転しちゃってるから……この時間帯は、いつもはもう寝ているのよ」
「ありゃ、そうだったか……そうだよなあ。それじゃ、もう会う事も出来ないのかな」
折角のお誘いなのだけれど、私は私で自分のライフスタイルがあるのだ。
元犯罪者、そして今は公社の役人という立場上、これを悪戯に休むことは犯罪認定に直結しかねない。
そして、もう一度犯罪と認められたその時……その時こそ、私はこの世界から追放される。
役人の罪は、それだけ重いのだ。
だけれど……それを聞いて悲しそうに窓辺を向いてしまうカエデちゃんを見て、また胸がズキリと痛む。
そうして「本当にそれでいいの?」という気持ちが湧いてきて……私は、今の私は、押し殺さずに、それを受け入れていた。
「でも、その……カエデちゃんがよければ、お店に遊びに来てくれれば会う事が出来ると思うわ」
「お店に……?」
「うん。私、今キャバレーに勤めてるのよ。『リバーサイドリゾート』っていうお店なの」
「ふーん……女の子のいる店かあ」
一般の人がキャバレーと聞いてどんな印象を受けるのかは、なんとなく想像は容易い。
私が夜街に来たばかりの頃に聞いても全く想像できなかったように、カエデちゃんも、多くは想像できなかったらしかった。
「女の子がいっぱい居る飲み屋さんよ。女性のお客様も来たりするわ」
「ああ、女が行ってもいい店なのか……その、やらしいこと、とかはないんだよな?」
「ないわね。だから、普通にお酒が飲めるの」
「んー……酒を飲むのは好きなんだけど、そういうお店に入るのはちょっと抵抗があったりするんだよな……金がない訳じゃないんだが」
「私と二人きりでも、嫌?」
「……それなら大丈夫だけど、ユヅキは大丈夫なのかよ?」
「うん、私は大丈夫よ。それに、親友からお金を取ったりしないから心配しないで」
私はそんなにお酒が好きじゃないし、飲むのも辛いけれど。
それでも、誰かと一緒に飲みたいと思ったのは初めてだった。
職場に私情を持ち込むのは駄目な気もするけれど、こんな気持ちになったのは、初めてだったのだ。
辛いだけの仕事を、辛くないと思えるように。そうしたくて、私は親友を誘う。
「まあ、ユヅキがそう言うなら……」
「うん。それじゃ、来れる日の夕方ごろに教えて? これ、私の連絡先――」
ごそごそと上着のポケットから名刺を取り出す。
お店で使っているものだけれど、私の連絡先とお店の住所、名前なんかが書かれている簡単なものだった。
「立派な名刺だなー、教師はこんないいもん使わせてくれないんだぜ。でも、ま、解った。また連絡するよ」
「うん。いつ来ても大丈夫よ。私、ずっと待ってるから」
「はは……相変わらず男だったらドキッとするような事普通に言うよな、うん、変わんないな」
「そうかしら?」
「ああ」
笑ってくれる。それだけが嬉しかった。
ひょんな事が元になった再会だけれど、それだけで心が温かくなる。
もしかしたら、私は幸せを追求してもいいのではないか。
そんな事を考えてしまって、今はこの親友殿と、離れていた間の交友を取り戻したいと、そんな風に考えてしまっていたのだ。
「じゃ、またな」
「うん。またね」
そうしてお店を出て。それぞれの道を往く。
だけれどそれは、離れたままの道のりではなくて。
道は、一つの街で繋がっていたのだ。その繋がりを取り戻せたことが、何よりもうれしかった。
私の人生は、まだ道が繋がっていたのだから。
-Tips-
ストーキング(概念)
誰かを追跡する行為。
多く気になった異性を密かに追い掛けたりする程度で、思春期前後ならば微笑ましくみられる行為とされている。
ただし、度を越して束縛行為、脅迫行為などを行ったり、極度の監視行為や相手の脅威となり得る行動を取った時点で犯罪認定され、処罰されるようになる。
そうなる者の中にも好意によってそれを行ってしまった者はいるが、犯罪認定された時点でいかなる言い訳も通用しない為、注意が必要である。




