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ネトゲの中のリアル  作者: 海蛇
11章.ブレイク・スフィア(主人公視点 表:セシリア 裏:ドク)

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#12-1.リアルサイド19-苦痛の日々への復帰-


「セシリアちゃん! 倒れたって聞いて心配してたのよ~! 復帰できてよかったわん!」


 ここは私の勤める『リバーサイドリゾート』。

いつものように出勤しただけのつもりだったのだけれど、どうやら何日間も休んでいたらしく、お店に入った直後、そんな事を言われてしまう。


「ごめんなさいママ。心配をかけてしまったようで――」

「ううん、いいのよ! そうやって元気な顔を見せてくれただけでママすごく嬉しいんだから! ささ、奥へ入って頂戴!」

「……はい」


 この店長は、右も左も解らない夜街に放り込まれ、パニックに陥る寸前だった私を助けてくれた人。

私にとってのこの街での第一住民で、そしてそのまま私の雇い主となった人。

当時は夜街送りにされたショックとあまりにも違いすぎる環境に放り込まれたストレスでホームシックに掛かったりもしたけれど、この人のフォローのおかげもあって、今の私はここでもなんとか生活していられるようになった。

その為、親愛も込めて『ママ』と呼んでいる。

この『最初に出会う人』次第では死ぬまで性奉仕ばかりする日々を送るお店で働く事になったり、それ以上に変態的な行為を強要される環境に監禁されたりすることもあるらしいので、私はある意味運がいいと言えた。


「あらセシリアさん、復帰したのね」

「おはようございまーす」

「ええ、おはよう。またよろしくね」


『リバーサイドリゾート』で働く(じょう)は『キャバレー店員』種別にある為、夜街の中では精神負担も低く、性的接触も極少で済む為人気が高い。

そのおかげか、所属している嬢も比較的温和で、あまりガツガツしていない。

その代わりに皆美形。この容姿というステータスが一番この界隈では重要だというのは、入った後になってママに教えられたのだけれど。

実際こうしてロッカールームに入ると、中でおしゃべりしていた娘達は皆笑顔になって私を迎えてくれた。

……一人を除いて。


「ふんっ、あんたがいなければ私がNO.1になれてたのになあ。もっと休んでくれてても良かったのよ?」

「ふふ、長すぎる休暇だったからね。でも、私が居ない間は貴方が頑張ってくれてたのね。ありがとうミース」

「……相変わらず皮肉が通じない人ねえ」


 幾本もの三つ編みを編み込んだ複雑な髪型の金髪嬢・ミース。

私が入ったすぐ後に入った、いわば同期のような娘なのだけれど、妙に対抗意識を持たれているのか、事あるごとに張り合おうとしてくる。

すごく綺麗な娘だし性格も可愛いので十分人気者。

私が休んでいる間はこの娘がお店の顔になってくれていたらしい。頼りになるライバルポジションみたいな娘だった。


 そんなライバルなのだけれど、私の対応がつまらないのか、ため息混じりに俯いてしまう。

対応だけじゃないのかもしれない。ちょっとだけ心配になる。


「はあ、またお店が湧いちゃうのね。憂鬱だわ」

「……?」

「あんたがいない間、お客様がなんて言ってたか解る? 『セシリアちゃんはまだこないの?』『ミースちゃんもいいけどセシリアちゃんともたまには飲みたいなあ』って。そんなのばっかり!」

「あー……」

「私のお客様まで『セシリアちゃんどうしたの?』って心配してるのよ! 私のお客様なのに! 私のファンのはずなのにぃ!」

「あはは……それは、なんていうかその、ごめんなさい」

「謝らないでよ! 余計に惨めになるじゃん!!」


 私としてもちょっと対応に困るなあと思っていたけれど、謝ったらそれはそれで怒られるというどうにもならない罠だった。

でも、こんな綺麗な娘が涙目になってるのはちょっと「いいなあ」と思ってしまう。

変な趣味とかではないけれど、これはこれで絵になるのだ。


「まあ、憂鬱だけど、そんな状況にならなくなったから、もういいわ」

「うん。ありがとうね」

「……はぁ」


 もしかしたら「復帰おめでとう」をすごく回りくどく言ってきただけなのかもしれない。

そう思うと、ちょっと可笑しくなって笑ってしまう。

笑いながら、でもちゃんと迎えてくれるのが嬉しいので、お礼もしっかりと言う。

直後、目を見開いていたのが不思議だったけれど、その後にまたため息。そしてそっぽを向かれてしまう。

今日のミースはため息が多い娘だった。頬が赤くなってたし、風邪か何かひいてなければいいのだけれど。


「……?」

「はーい、皆集まったわねー! 今夜はセシリアちゃんの復帰初日! パーティーナイツで行くわよー! 皆盛り上げて頂戴ね! もちろん、主役はセシリアちゃんよー!!」


 心配して聞こうかと思った矢先、ママが現れ手をパンパン叩きながら今日の方針を伝える。

復帰初日からパーティーナイツ。どうやら明け方まで飲み続ける事が決まったらしい。死ねる。




「――う、うぅ……」


 頭が痛い。意識がもうろうとする。

これは脱水症状。お水を飲めば症状もおさまるけれど、飲んですぐという訳にはいかないので、色々と辛い。

あまりお酒に強いとは言えない私は、夜毎、合間合間に酔い覚ましの薬を飲み続け、一日を乗り切る。

その薬の副作用もあって、仕事明けの朝はフラフラになる。

酔い自体は完全に消え去っているのに、身体の内に力が入らない感じ。

ついでに仕事中に何があったのかもあまり覚えていない。

お仕事に入れば大体思い出せるのだけれど、お仕事が終わると大体の事は忘れている。

ただ、お客様に身体に触れられたりした時の『嫌な感覚』はそのまま残るので、そういう日はアンニュイになる。


 そんな訳で、私は今、死にかけのゾンビのようにフラフラ歩いていた。

こんな感じにふらふらしながら、なんとかして意識を保ったまま自宅に戻り、倒れ込んで気を失うように眠るのが私の日々だった。


(また、こんなのが続くのかしら、ね……)


 後から分かったことながら、私は一週間近く意識を失っていたのだ。

その間はゲーム世界でレクトに操られていたりと、ロクなことになっていなかった。

だけれど、そうなる以前から、私の私生活はずっとこんな感じ(・・・・・)で。ひと時も心休まる事はない。

仕事が終わってすら(わたくし)を感じられない日々。感じる余裕の無い日々。ただ起きて仕事をして寝るだけの毎日。

そしてその仕事では薬漬けになり、朝になれば副作用に苦しむ。

記憶も定かではないので何が起きてるのかも仕事に入るまでは解らない。不安は増すばかりである。


 それでも、そんなでも、私の日常だった。

お店に入れば人気者として持て囃され、お客様からは笑顔で迎えられ、おしゃべりするのだって、お酒を注いで差し上げるのだって笑顔でしなくちゃいけない。

それが例え夜街に来るまでの私にとって想像だにしない毎日だったとしても、罪を犯した私には、もうこんな生き方しかできないのだと思っていた。


(……だけど)


 そればかりなのはちょっと、という思いも確かにあって。

私の足は、フラフラしながらも自宅とは少しずれた方に向かっていた。



 ここ夜街のある十二番街と他の街との境目には、見えない境界線が存在しているように思える。

普通の人なら何てことない街と街とをつなぐ交差点。

だけれど、その間に流れる空気は、こちらとあちらでは全然違う。

妙に重いというか、じっとりとしているというか。それが、あちらにはない。

外側は、内側からではあまりにも違う世界に見えるのだ。


 十二番街は、大人が楽しむ為の夜街として設計された区画。

そこに流れる空気は、どちらかというと退廃的で、一時ならまだしも長期間人が住まう事を拒む様な、そんな排他性すらある。

私のようにそこで働く人だって、毎日のように夜街で過ごす訳ではない。

強制移住なので住まいはそこにあるにしたって、夜街から一歩も出て暮らすなとは言われていないのだ。

なので、普通に十二番街の外に出る事だって、ある。


「……はぁっ」


 今日は、なんとなく足が向いてしまったのだ。

十二番街の直近。交差点を渡ってすぐのところにある、小さな公園。

何の思い入れもない場所だけれど、夜街から出たという解放感と、自分がそこから出られたという安心感。

夜街とは違う空気が吸いたくて、こうしてたまに足を運んでは、ベンチに腰掛けため息をつく。


(やっぱり違うなあ)


 世界は、あまりにも極端だった。

夜街での日々は、人に笑い続けなくてはならない日々。

人が人らしく生きるにあたって、確かに笑顔は大切だけれど。

笑い続ける事しかできない日々は、間違いなく異常だと解る。

こうしてたまにでも外に出て、外の空気を感じないと、頭がおかしくなってしまいそうになる。

こうやって息を抜ける瞬間があるだけで、私の心は大分、癒されるようになった。


 心落ち着ける瞬間、というのは大切なのだ。

私にとってそれは、こうして一人ベンチに座っているわずかな時間だけだった。

ゲームを始めてからは、夢の中にも癒やしを感じられるようになったけれど。

そうなる前は、夢の中ですら過去を思い出す様な、そんな地獄の日々だったのだ。

救われたくて抱かれたことが、そんなにも重い罪になるなんて、知りもしなかった。

救いを求めた相手が公社の人でなければ、私がこんなに苦しむことはなく、もしかしたらそれなりに幸せな人生もあったのかもしれない。

不幸ぶっているつもりもなく、ただただ辛いのだ。


 夜街に暮らす人は、その半数近くが私のように『望まずにその世界に追いやられてしまった人』。

残り半数は人以上に強い性欲や奉仕精神からきてしまった人達。

だけれど、両者ともどもにこの街での日々に幸福を感じている人はとても少ない。

趣味や快楽を求めての一日一夜だけなら楽しいかも知れない日々は、だけれど毎日続けば監獄と何も変わらないのだ。

緩やかなディストピアに在る、緩やかな監獄。

私達は、苦しみながら生き続け、そしていずれ死ぬ。

せめてその死の瞬間だけでも幸せを感じられればいいのだけれど。

ゲーム世界という癒しの空間の中で幸せを見出してしまった私には、もう、現実にそれを求めるのは無理かもしれないと、そんな事ばかり考えてしまう。


 ベンチで座っている瞬間すら、私はもう、無心でいられなくなっていた。


-Tips-

キャバレー(施設・概念)

夜街の中でのみ営業が許可されている『性風俗関連施設』の一業態。

『公社』によって店舗運営が認められている特殊公営店舗で、店内では店員が客に対し酒などの飲み物を提供したり、会話をする事で客のストレス発散に貢献している。


ここに働く店員は、客に対し酒を注ぐ、話題を提供するなど接待業務が全てであり、店内でのそれ以上の行為、殊更性的な行為に対しては禁止事項とされている。

特に新規入場の客や泥酔した客などが調子に乗って店員の胸や尻などに触ったりするが、度を越した場合、店側から追徴金や出入り禁止などの苛烈なペナルティが課せられたり、犯罪者として公社により処罰を受ける事もある。


基本的な人事権は店主にあるものの、多くは整った容姿の者ばかりが集められており、接待の際にも高いレベルを求められる。

あくまで接待中心の職業の為、あまり愛想のよくない者、競争心のあまり他者を蹴落とそうとした者などは冷遇される事もあり、逆に愛想や要領のいい者は多少容姿に難があっても優遇される事もある。

また、赤髪種やサキュバス混血種などの特殊体質を持った者は容姿次第では破格の待遇を受ける事もある。


性的な行為を受ける心配が少ないことから他の性産業に従事する者と比べ比較的寿命が長く、労働としてはそこまで苛烈でもない為、人気も高い。

ただし飲酒が苦手な者にとってこれほど苦痛となる業種も珍しいほどに日を通し断続的に飲酒し続ける為、よほどの酒豪体質でなければ酔い覚ましの薬漬けの日々を強要される事となる。

この為他の業種の人間と比べ、日常面でかなり危うい生活を送る事が多く、精神面での負担は他の性産業と大差ないと言われている。


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