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ネトゲの中のリアル  作者: 海蛇
11章.ブレイク・スフィア(主人公視点 表:セシリア 裏:ドク)

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#11-1.リアルサイド18-窓の無い部屋-


 意識が戻ると、そこは、白い壁の部屋、そしてソファの上だった。

壁の色が映える赤い壁布。

ソファは大きくて、そしてとても柔らかい。

ドアらしいドアはどこにもなくて、窓一つない隔離空間。

だというのに途方もなく開放感があるように思えて不思議で、そして、異常だった。


 その異常の中心点は、私の目の前。

ソファに腰かけていた。

ホムンクルスを思わせる銀色の長い髪はツインテールにされていて、レゼボア人のどの色とも合わない濃緑色(のうりょくしょく)の瞳は微動だにせず私に向けられていた。

着ている衣服こそ少女向けのひらひらがたくさんついたワンピースで子供っぽい。

腰を覆う赤いリボンが特徴的で、一見するとお人形さんのような可愛らしさすら感じられた。

だけれど、そのような少女がここ(・・)に居る事自体が異常。少女の存在は、異質なのだ。


「――ここに来るのも、久しぶりだわ」


 私は、かつてここに来た事がある。

第一層・公社本部『中央タワー』。

公社の最高幹部が詰めている、本来は上層部の人間以外入る事すら許されない制限領域。


「そんなに久しぶりかしら? たかだか十年程度でしょう?」


 私の独り言に、少女はニコリと微笑み反応する。

とても愛らしい。そう、愛らしいと感じてしまう。

初見では、本当に何者なのか解らないまま「なんでこんなところにこんな女の子が?」と思ったものだけれど。

今ではもう、そんなバカげた疑問を感じる事もなかった。


「――人間にとっての十年は、とても長いわ。久しぶりね、NOOT.(ノーツ)

「そうね、一応お久しぶりという事にしてあげるわ、お嬢さん」


 この存在は、公社における最高権威が形を成したもの。

少女に見えるシステム。高度に立体化された数字の塊。

レゼボア全技術を以てしても生み出すことができない、何故そこにいるのかも解らない管制システム達の始祖。

最高幹部『笑顔会』と一緒になってこのレゼボアという世界を支配している、ディストピアの頂点だった。


 そんな存在が少女の格好をして、私の前で笑っている。

十年前と、何もかも一緒だった。


「前回は『ただなんとなく』で呼んだと言っていたわね? 今回は?」

「勿論『ただなんとなく』よ。理由らしい理由なんて大してないわ」

「そう……本当にそうなのかしら」

「疑うのは勝手だわ」


 好きにしなさい、と、外見不相応に大人びた態度を取る。

この少女から見て、私なんて子供もいいところ。

それこそ十年なんて時間が一瞬で過ぎ去るくらいの膨大な時間存在していたはずなのだからそれは無理もないのだけれど、『なんとなく』でこんな空間に呼びつけられてはたまったものではない。


「『あの世界』は、貴方にとって心の癒しになっているようね。以前と比べて、精神のブレ幅が安定値の範囲に収まろうとしている。まだ、時々おかしくなるみたいだけれど」

「……全部お見通しなのね、夢の中すら」

「当たり前じゃない。創造物が感じるいかなる現象をも、私は把握しているわ。その気になれば貴方が生まれてから死ぬまで(・・・・)の全ての貴方の言動を今貴方に聞かせる事だってできるのよ?」

「化け物め」

瀟洒(しょうしゃ)といいなさい」


 過去ならまだしも、未来までも把握済み。

普通なら頭がおかしいようにしか思えない発言も、この管制システムなら不可能とは思えなかった。

それくらい、このシステムは世界に浸透している。いいや、世界そのものを構成していると言える。

私の皮肉なんて、初めから皮肉にすらなっていないくらい化け物なのだ。この少女は。


「まあ、貴方が生まれた時から予想した通りの結末だわ。貴方はあのようになり、そしてこのように今ここに在る。あの時(・・・)は耐えられなかった現実の直視も、今の貴方には耐えられるようになったでしょう?」

「確かにそうだけれど……でも、こんな事は望んでいなかったわ。私は、もっと静かに過ごしたかった」

「それは無理よ。貴方はそんなに幸せになれる人生を歩めないの。今でこそ救われたような気持ちになっているでしょうが、実際はどん底が少しくらいマシになった程度なのよ」

「……瀟洒な方は容赦がないわね」

「人間なんかに容赦をしてあげる必要なんてどこにもないもの」


 何が悪いの、と、本気で首を傾げてるあたりこの少女は本気で悪気が無いのか、あるいは悪気はあるけれどそれを疑問に思われることがおかしいと思っている節がある。

これに関しては初めて会った時もこんな感じだったので、もしかしたら設定された性格か何かなのかもしれないけれど。

どうせならもっと素直で可愛らしい性格にしてほしかった。

誰が作ったのか知らないけれど、こんな嫌な性格のシステムを創った人を恨みたい。


「前にも言ったでしょう? この世界のあらゆる人類には意味なんてないの。実験結果を得る為のモルモットも、その実験が終わってしまった今となっては、ね。今この世界の人類に、明確な存在理由なんてどこにもないのよ」


 理解していただけまして? と目を細める。

途方もないスケールのお話過ぎて、私の脳は理解を拒もうとするのだけれど。

悲しいくらいに解りやすいお話で、するりと入ってきてしまう。

そう、かつての私はそんなお話を聞かされて、世界の仕組みの一部を理解してしまった気になって、絶望したのだ。

まだまだ子供だった私に、『自分達の存在に意味なんてなかった』という事実は、あまりにも重すぎた。

大人になった今でも尚、それは重過ぎる一言だった。


 だというのに、この管制システムは笑みを崩さない。

愉快なのか。それとも特に意味もなく笑ったように見せているだけなのか。

全く何も読み取れない笑顔に、うすら寒いモノを感じていた。


「そんなに必要のない存在なら、好きに暮らさせてくれたっていいでしょうに。なんでそんな、縛り付けるような真似をするのかしら」


 せめてもの反論、というほどでもないけれど。

一言返さなくてはいけない気がしてしまう。

ただ言われるまま聞かされるままでは、その内この少女に呑み込まれてしまいそうな、そんな気がしてしまって怖かったのだ。

だけれど、そんな一言ですら、この少女にとっては何の意味もなさないらしく。

髪を弄りながらに「良いのよ別に」と、そっけなく返されてしまう。


「好きに生きられるようにしてあげたっていいのよ。別に貴方達が幼体の内に繁殖行為を行って人体に影響が出るレベルの出産を是とする風潮になっても、私は何も困らないわ」

「その割には、規制でがんじがらめにしてるじゃない。必要なくなったなら、そんなの解いたって問題にはならないのでは?」

「ええ、問題ないわね。レゼボア人という人種が絶滅するその瞬間が数千万年早まる程度だもの。誤差だわ」


 些細な問題よね、と、何でもない事のようにのたまう。

異常すぎた。いいや、それこそがこのレゼボアにとって当然の(ことわり)なのかもしれない。

レゼボア人と言う生物は、つまり、この少女にとってその程度の存在でしかなかったのだ。


「別に絶滅したっていいのよ? 必要になったらまた一から創り直すだけだし」

「じゃあなんで――」

「貴方達の為よ? それ以外の何かがあると思って?」


 必要の無くなった存在を、何故法を以て縛り付けているのか。

その疑問に対し、NOOT.は笑顔を消して答えた。


「レゼボア人種は、とても強烈な破滅願望を内包しているわ。これはこの世界の風土というより、『レゼボア人種』として設定された魂に強制的に焼き付けられてしまうバグのようなものなのだけれど。これの所為で、放置すると十年程度で破滅するようになるの」

「十年……? 放置って、それじゃ――」

「最初のレゼボア人種はどうなったと思う? 当時はまだ実験の必要もあったから何度かやり直したけれど、初期の頃は幼体の時点で他者を殺傷したり発狂する個体が後を絶たなかったわ。レゼボア人はね、縛り付けられないとどこまでも狂っていくの」


 それが当たり前なのよ、と、色の無い瞳で私の目を覗き込む。

また、聞かされてしまう。

知りたくない事を。知らなければよかったことを。

知ったところで誰にも語れない事を、聞かされてしまう。


「貴方も体験したはずだわ。他者を貶めてでも欲求を通したいと願ってしまう。我欲の為なら、誰を傷つけても許されるかのように正当化してしまいそうになる。その抑えとなる足枷は、レゼボアに広がる法そのもの。遵法(じゅんぽう)する意識が根付いているからこそ、貴方はあの瞬間(・・・・)でも、わずかながら踏みとどまれた」

「……やめて」

「精神的・肉体的に欲した異性を求める事が、貴方にとっては強烈な罪の意識となっていた。だけれど、法の制御がなければ貴方はそこで踏みとどまれず、欲望の赴くままに力を使い、罪を敢行してしまうわ。人間の精神なんて、そんなに強く設定されていないもの」


 聞きたくなかった。

耳を抑え、眼を閉じ、うずくまり。

その声を拒絶しようとしたのに、全く抑えることができない。

くく、と嘲笑が脳髄に響く。


「耳を塞ぎ、眼を閉じ、何もかもから逃げようとしても、私からは逃れられない。レゼボア人は、すべて私の管理下にある。さあお嬢さん、聞かせてもらおうかしら? あの世界で、貴方はどう救われたのかしら?」


 平然と脳波を支配するシステム少女に、歯を食いしばりながら、なんとか睨みつける事だけはできた。

だけれど、泰然(たいぜん)とした少女には何の脅しにもならない事も、同時に解っていた。

何をしたって無駄。何をしたってとっくに覚られているのだ。

完璧な未来予知ができてしまえる相手に、果たして何を隠そうというのか。

 

「聞かなくたって解るんでしょう? 私の気持ちなんて全部解ってる癖に。なんでわざわざ語らせるの」

「意味なんてないわよ? 強いて言うならそう、罰ゲームみたいなものかしら?」

「ばっ……」


 罰ゲーム。

そんな遊興じみた言葉がこの少女の口から出るのは、あまりにも不自然だった。

いいや、あるいはそれすらも意味の無い事なのかもしれない。

何せ、この少女視点では私達には存在意義なんてないのだから。

そこから意義を見出そうとするなら、もしかしたら娯楽や暇つぶしくらいしかないのかもしれない。

それはそれで、虚しくなるのだけれど。


「私の人生も、苦しみも、癒やしも、幸せも不幸も、全部貴方から見たらなんでもないのね」

「それはそうよ。無数にいる実験動物の一個体の人生なんていちいち顧みてやる義理なんてないわ。だからこれは暇つぶしの罰ゲームなのよ。良かったわねお嬢さん、貴方に今、新たな価値が生まれたわ」


 とても素晴らしいわね、と、思ってもいなさそうなことを無表情のまま語る。

手だけぱん、と、叩いて見せてはしゃいでいるようだけれど、顔がそれに伴っていないのでとても滑稽だった。

ここにきて、ようやく心の余裕が生まれたというか……ため息が漏れた。割り切れたのだ。


「バカらしいわね。貴方達に支配されている事も、この世界で苦しみの中生きている事も。願えるなら、こんな世界忘れ去って、ずっとあちらで暮らしていたいくらいよ」

「入り浸れないから理想郷なんだと思うけれどね。貴方みたいな廃人はそうでもないのかしら?」

「落差が激しすぎるもの。幸せな時間を送っていて、目が覚めたら地獄のような日々よ。永遠あちらで過ごせたらどれだけ幸せかと思うわ」

「そう思えるのは貴方が不幸な人生を送っているからだわ。幸福って、落差によってしか生まれ得ないものだもの」


 本来どこにもないもの。

ただ落差によってそう感じているだけ。

そんな風に断定してくれたこの少女に、若干の苛立ちは覚えたけれど。

けれど、言いたいことは解っていた。


-Tips-

中央タワー(建築物)

レゼボア最上層にのみ存在する公社の本部建築物。

その名の通り中心街の中央にそびえる巨大な塔で、全長2キロほどの高さになっている。


その威容とは裏腹にタワー内部は簡素化されており、階層の移動にはワープ装置を用いる。

内部の要員も極限まで無駄が省かれており、入る事の出来る者も極々限られている為、案内要員などは用意されていない。


最上階には最高幹部『笑顔会』のメンバーが座する円卓と統合管制システム『NOOT.』が日々暇を持て余す為の部屋が用意されているが、いずれも窓も入り口もない。

この為この階に到達する為には専用のワープ装置を利用するか、NOOT.によって直接転送される他ないと言われている。


尚、この塔は概念的耐久性を追求されており、あらゆる攻撃を完全無効化すると言われている。

元々は異世界よりの『魔王』や『神々の軍勢』といった相手に対抗する為に用意された拠点だったが、実際にはそのような輩は一人もいない為、完全に無意味な防備となっている。


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