#7-1.リアルサイド3-ドリームワールド-
数字学という授業がある。
数学ではなく、どちらかというと情報や言語、科学などを総合したような科目で、一言で言うならば『この世の全てを構築しているプログラム言語についての科目』と言える。
この数字学というものは、管制システム『NOOT.』の提唱する万能理論を基としており、これを応用した技術として人体の転移転送システムや無からの物質製造システムなどがある。
基本的にレゼボアを支えている基礎技術として組み込まれており、教育の場においても、この数字学は必須科目として言語や科学などと同等かそれ以上に重い扱いを受けていた。
具体的な理論は結構単純だ。
『この世のおおよそ全ての事象は1と0との組み合わせによって存在している』
『この世のおおよそ全ての事象は、1と0のスイッチ切り替えによって任意に変異・変質・変化させることが可能である』
という二大前提が存在し、『その事象を形成している1と0を、部分的ないし全てを操作する事で、全く別の性質を持つ事象に作り変えることが可能である』というものだ。
例えば、『1000』という数字が示す物質Aと『0000』という数字が示す物質Bが存在していたとしよう。
まず、AとBは、頭の数字以外は全て同じ数字で構成されていることがわかる。
このBの頭の数字を1に組みかえれば、当然それは1000になり、Aと同じになる。
これが基本。『数字化』と呼ばれる手法だ。
人間、個人を個人たらしめている情報として、性別や顔、血液型、生来の性質、生まれもっての病気などの先天的な要素と、生きていく上で構築されていく人格やその中で獲得していく知識、知恵、身体能力、記憶などの後天的な要素とがある。
だが、この『数字化』を行う事で、例えば『性別』というボタンを切り替えられることによって真逆の性別になったりする。
『記憶』というカテゴリのある項目のボタンを『1』から『0』に切り替えれば、その部分の記憶は全てなかった事になる。
こうやって一人の人間の個性を根こそぎ潰していき、全く別の人間の個性と同じ部分のボタンに切り替えていけば、完全な同一人物が生まれる事となる。
逆に、これら個性から一歩飛び出し『人間』というボタンを0にして別の生物のボタンを1にすると、その時点でその人物は人間ではなくなる。
更に飛び出して『生命体』というボタンを0にし、『無機物』というボタンを1にする事で、人どころか生命ですらない、その辺の石ころになったりする。
当然、石ころに変えられた人間は石ころでしかないのだが、この石ころのボタンを操作する事によってもとの人間に戻す事も可能だし、この石ころからさらに別の何かにしてしまう事だって可能だ。
この技術が開発された結果、我々レゼボア人は『自然に生まれる生物』ではなく『数字操作によって生み出される実験体』でしかなくなった。
我々の視点から見て不自然な一部の存在を除いて。
以上、これが今俺達の目の前で繰り広げられていた『無駄な長話』をかいつまんだ説明である。
「――このように、僕たちの世界は沢山の1と0に溢れている。僕たち自身も1と0の集合体だし、これを変えることによって、個性なんてものは形骸化していると言っていい」
数字学の授業は、とても退屈であった。
ぴっちりとした蒼いスーツを着た眼鏡の男が、口元をにやけさせながら生徒達の反応を窺う。
だが、生徒達は反応しない。当然だ、こいつの授業は遠まわしすぎる。解りにくいのだ。
「さて、これからがお楽しみの時間だよ、オオイ先生も退屈してるみたいだしね、楽しい楽しいゲームのお話、だ!」
そしてその眼鏡教師――キシモトは、本人的には盛り上がってるつもりなのだろうが、パチリと指を鳴らして、俺の方を満面の笑顔で見ていた。
何かリアクションして欲しいらしい。
ぱちこんぱちこんウィンクしてくるのがものすごく鬱陶しい。
「――こほん」
だが、俺がリアクションを取るのは、決してこいつの為ではない。
眼鏡教師の言葉に釣られて俺の方を見ている、可哀想な生徒達の為だ。
「まあ、キシモト先生の言うとおり、ここからは近年我々市民に向け配信されている『ネトゲ』についてのおおまかな説明をする事になる。今までの話よりは幾分解り易いはずだから、君たちも楽な姿勢で聞いて欲しい」
こちらを見ながら微動だにしていなかった生徒達だが、俺の説明を聞いてわずかばかり肩の力が抜けていたように見えた。
「では、楽しいゲームの説明を始めるね~」
そして、折角雰囲気が和らいだのに、途端にキシモトが横からかっさらって授業を進めてしまう。
こういう時は生徒の緊張を解くのを優先すべきだろうに、どうにも先走りが好きな奴であった。
(相変わらず、キシモト先生は自分優先ですね……)
俺と同じく、授業を見守っていた保険のスズカ先生が、横目でキシモトを見ながら、そっと耳打ちしてきた。
(ですが、俺も結構自分本位な授業をしてしまっているかもしれません。気をつけないと)
(オオイ先生はご自身の組み上げたプログラムに沿って、状況に合わせて話してらっしゃるじゃないですか。キシモト先生は……その場での気分で色々変わるようですから……)
苦笑気味に眉を下げながら、スズカ先生は生徒達を見渡す。
キシモトの話が始まってから、また生徒達の眼がだんだんとつまらなさそうな、死んだ眼になっているのが良く解る。
俺の授業も退屈そうにしている奴や居眠りする奴はいるにはいるが、ここまでやる気の無い様子の生徒は流石にそうはいない。
「う、うぅ……」
見れば、あのナチバラですらうなされている。
それでも寝ているのはさすがと言うべきだろうか。教師としては複雑だが。
「……っ」
そしてその隣のサクラはと言うと、一応真面目な表情でノートを取っているようだが、ペンを持つ指先が震えていたり、頭がふらふらと揺れたりと、明らかに他の授業では見られない様子であった。
(相変わらず真面目な奴だ……)
素直に感心する。学生時代の俺ならきっと居眠りをこいていた。
寝ていなくても、大半の生徒達のように死んだ眼をしていることだろう。
「――さて、基本の概要はこんな感じだね。今回は二時限を取って君たちに『ネトゲ』がどういうものであるか、実際に自分がそれに当選した際にどうするのか、というのを説明する訳だけど、ここでひとまず20分の休憩としよう。再開後は『経験者の』オオイ先生による説明からだ。楽しみにしていてくれ! では、休憩時間かいしー!!」
長ったらしい説明をようやく終えるや、パン、と手を叩き、生徒達に休憩を促す。
控えで付いていた俺とスズカ先生も、顔を見合わせほっと一息つく。
「ナチ、ナチ、休憩時間になったみたい」
ぐったりとした様子のまま教室を出て行ったり、雑談を始める生徒達。
その中でも一際目立つ金髪娘は、隣でぐったりと眠っていた黒髪の肩を揺する。
「う……授業、終わった……?」
「ううん、まだ一時限あるから……」
「うぇぇ……もういいよう。終わりにしようよう。ネトゲなんていいよ別に……」
ナチバラ、やる気ない。
普段ならツッコミのひとつも入れてやりたい気になる所だが、キシモトの授業に関しては俺もそんな感じだから文句をつける気にはなれなかった。
「あはは……うん、まあ、解るんだけど。解るんだけど、授業は受けないと……」
「大体さー、ネトゲって、つまりアレでしょ? サブカル的な奴なんでしょ? ファンタジーな世界に行ってー、お姫様助けたり勇者倒したりするんでしょー?」
とんだ魔王ストーリーだった。
「勇者は倒しちゃダメだと思う……」
「そうなの? まあ、そんなさあ、現実にありえない世界見せられたって、作り物は作り物な訳じゃん? ウチはなんだかなあって思うよ」
「そうかなあ……」
ナチバラの言葉は、まあ、実際にネトゲに触れた事の無い奴がよく抱く意見であった。
実感が涌かないのだ。確かに、現実には無い世界。
荒唐無稽とすら言えるものばかりが溢れているのだから、言葉で説明を受けただけでは『所詮作り物』という考えに至るのはおかしなことではない。
俺自身、『えむえむおー』に当選するまではそんな感じだったし、このあたりは個人差こそあれ共感できる部分ではあった。
「私は、現実と違う世界があってもいいと思うなあ。異世界史とか、授業で聞いてると、全く違う文化の世界だってある訳だし……そういうのを体験できるのって、貴重だと思うよ?」
曖昧な笑顔を見せながらも、サクラはネトゲを肯定する。
実際にそんな深く知ってる訳ではないのかも知れないが、これもまた、誰もが抱く意見のひとつだ。
好奇心から、自分が学んでいる、知識としては知っている『異世界』に憧れを抱く者は、決して少なくない。
そういう生徒は、ネトゲを比較的肯定する傾向が強いのだという。
「うーん……まあ、サクラがそう言うのはまあ、解るんだけどね……いかんせん授業がつまんないというか、訳わかんなさ過ぎるというか」
「うん、それは、まあ……」
流石にそれはどうとも擁護し難いのか、サクラも始終苦笑していた。
「オオイ先生、オオイ先生?」
なんとなくその二人の会話が癒しになったりしたのだが、隣のスズカ先生が声をかけてくれていたのに今更のように気付く。
「あ……失礼。ちょっとぼーっとしていました」
「ああ、そうですか、良かった……てっきり、オオイ先生まで生徒達のように魂が抜けてしまったのかと」
中々に笑えない心配である。
「……せめて自分が教えてる間位は、普段の授業風景に戻したいもんですね」
この辺りは俺自身の教師としての腕の見せ所だ。多少は緊張するが、踏んだ場数がモノを言う。
「そうですね……でも、少し心配ですわ。次の授業では、実際に脳内数字化を行って簡易的にネットワークを形成する訳ですし……」
そしてスズカ先生はといえば、どちらかというと俺以外の教師陣には未知の領域である『脳内ネットワークによって形成された世界』に気が向いているらしかった。
「んー……そんなに心配はいらないと思いますけどね。実際に目にしてしまえば、大半の生徒は形成された世界を受け入れるんじゃないですかね」
慣れている俺からしてみればなんてことないものだが、知らないというのは怖いのだろう。
それが杞憂だと解っている俺がこの学校に居たのが救いというべきか。
「そう仰っていただければ安心できるのですが……」
胸の前で祈るように手を組んで、ほう、と息をつくスズカ先生。
少しは安堵してくれたらしいのが、俺には嬉しかった。
「――さて、休憩前にキシモト先生が言ったように、後半は『ネトゲ』というものがどういうものであるかを、君たちに実際に経験してもらおうと思う」
休憩時間が終わり、キシモトに代わって俺が教壇に立つ。
生徒達の表情が引き締まり、じ、と、視線を注目させているのを感じながら、説明を続ける。
「君たちにはこれから、一時的に睡眠状態に入ってもらう。前半にキシモト先生が説明したように、『ネトゲ』は睡眠時に使用されない、休息状態に入った脳を数字学的に変換し、演算システムに変えることによって形成される『脳内ネットワーク世界』で構築されるからだ」
この授業に関しては、『簡易コマンド』を使用して生徒を強制的に睡眠状態に落とす事、担当する教師自身も睡眠状態に入ってしまう事などから、保険のスズカ先生の補佐が必要となる。
授業の許可そのものや構築される教材用ネットワーク世界の管理も公社頼りになる為、事前の通達は疎かにできない。
「さて、では簡易コマンドを使うことにする。顔を机に強打しないように、手を枕にして机につけなさい――『空間指定・校舎内3A教室――生徒、全員……眠れ!!』」
ぴしり、と、空気の割れるような音と共に、生徒達が同期的に目の前の机に突っ伏していく。
公社の役人にのみ限定的に付与される一般市民への命令権利。
教師については、このように授業内で特定行動を生徒にとらせたい場合などに活用されるものであった。
「――ではスズカ先生、頼みます」
「ええ、後はお任せください」
「時間になったら起こすから、上手く折を見て終わらせてねー」
心強く頷いてくれたスズカ先生に後を託し、俺は予めポケットに入れていた携帯ボンベを口元にあてがう。
キシモトも何か言っていた気がするが、聞こえなかったフリをした。
教壇に用意された椅子に腰掛け、ぷしゅ、と、ガスを噴出させ――俺も眠りに落ちた。
-Tips-
NOOT.(概念)
レゼボアの全てのシステム・生物を管理・統制している管制システム。
『公社』の最上位組織『笑顔会』と連携を取って全レゼボア人の監視を行っており、罪に値する行動を取った者に対してはノーラグ・ノータイムで罰することが可能。
自我を持っており、外見上は人間の少女とそう変わらない立体映像となっているが、完全にレゼボアからは自立した存在の為、動力などは謎となっている。
話すことも可能で事あるごとに笑顔会のメンバーをからかったりして遊ぶが、時として非情な決断を何のためらいもなく行う。
システムらしくとてもロジカルな精神を持っている為、その辺り一切容赦がない。
なお、レゼボア人は技術的な問題でこのNOOT.を完全に制御する事ができない状況下にある。




