#6-2.Sweet midafternoon
歌が聞こえなくなった辺りで「このお話はここまでですわ」というミゼルの言葉もあり、静かなお茶会はお開きとなった。
結局、ミゼルが何を言いたかったのか、なんで俺を呼んだのかははっきりしなかった。
相談事の体で呼ばれたのに、結局相談らしい相談など何もなかったのだ。
だが、あの歌を聴けたのは素晴らしかった。
ただそれだけで、からかわれただとか、時間を無駄に使わされたとか、そんな気には全くなれなかったのは、自分でも不思議だった。
「あれ? ドクさんじゃん。どうしたの? 懺悔でもしてた?」
聖堂に戻ると、プリエラが幸せそうな顔で女神像にお祈りをしていた。
すぐに俺に気付いてにっこりと笑う。相変わらず可愛い奴だった。
「ミゼルに口説かれてたんだ」
「懺悔、しますか?」
冗談めいて答えると、すぐ後ろのミゼルがとても威圧感のある笑顔で耳元に囁いてくる。
怖かった。笑顔が洒落にならないくらいに怖かった。
「ごめんなさい。冗談です。神に誓ってそんな事はありませんでした」
だから俺は神様に助けを乞うた。
「全く……ドクさんはもう少し、言っていい事と悪い事というものの区別をつけるべきですわ」
ぷりぷりと唇を尖らせ怒るミゼル。
だが、俺は思うのだ。こいつ以外なら今のは冗談で済まされたものだったのではないか、と。
「ぷく――もう、ドクさんったら」
プリエラはというと、口元を押さえて笑いを堪えているらしかった。
そう、こういう反応が欲しかっただけなのだ。マジギレが欲しかった訳じゃない。
「さっきまでねー、サクヤと二人で新作の服とか見て回ってたんだよ。可愛い系の奴」
「ほう」
「もうねー、すごく可愛いの! フリフリで、水玉模様のスカートとか、青いエプロンスカートとかね。ちょっとお姫様っぽいドレスとかもあったんだよ!」
「そうか」
「うん、そうなの! ああいうのいつか着たいなあ。着られる様に、頑張ってお金貯めないと!」
「いつか着られると良いな」
「うん!」
二人で街を歩けば、話すのは大体プリエラのほうだ。
俺はそれに合わせて相づちを打ってやるのがほとんど。
それだけでプリエラは満足そうに話を進めるし、嬉しそうな顔をする。
こいつはおしゃべりが大好きだ。だが、相づちが適当すぎたり、話を聞いていなかったりすると怒る。
話の内容は無視してはいけない。だが、あまり真剣に聞くものでもない。
こういう時こいつが話すのは、他愛の無い内容がほとんど。
これがサクヤなんかだとその話はかなり慎重に耳を傾けていないといけないが、こいつに限って言えばその話の大半はかなり緩いものであった。
「プリエラは、やっぱお洒落するなら可愛い系なのか?」
相づちの合間、逆にこちらから質問などしてやると、より嬉しそうな顔をするようになる。
「うんっ、結構可愛い系好きだよー。フリフリのとか、柄が可愛いのとか」
尻尾でもついてたらブンブン振ってそうな位に喰い付いてくる。
愛らしき駄犬プリエラ、という謎のフレーズが浮かんでいた。
「後リボンとか小さめのキャップとか犬耳とか。ちょっとした髪飾りや小物もアクセントとしていいと思う!」
「お前は耳系好きだよな。こないだのうさ耳も結構長いことつけてたもんな」
「うんうん! うさ耳も犬耳も大好きだよ! 猫耳は……黒猫さんと被るからあんまりつけないけど」
一応その辺りきちんと考慮しているのか、キャラ被りみたいなのは起きないように気をつけているらしい。
ドロシーみたいに四六時中猫装備で身を固めている訳ではないのだから、そこまで気にする事もないとは思うが……
「でも、ああいう感じに全身をひとつの種類で統一するのも、ファッションとしてはありだよね」
「ああ、そうかもな」
統一感があると、それだけで結構サマになったりするものだ。
ドロシーみたいなとこまでいくと流石に重く感じてしまうが、一般的なお洒落の範疇で考えるなら、まあ、ソフトな見た目に収まるなら統一するのも悪くないと思える。
「でも、服って高いんだよねー。装備品と違ってモンスターからは滅多にドロップしないし、職人さんの手作りばっかりなんだもん」
「ああ、ほんとな。俺達は司祭服がそれっぽく見えなくも無いからまだいいけど、戦士系とかレンジャー系はその辺どうしようもねえしな……」
街を往く人を見れば、お洒落に着飾っている街娘風もいれば、武骨な鎧に身を固め、いかにも歩きにくそうに肩身狭くしている若い女戦士の姿もちらほら見える。
街を歩くにしたってヒエラルキーの差というのは如実に出るのだ。
戦闘に用いる武器防具と比べ、街で着るための服の価格は高価なことが多い。
装備以外にも気を遣い始める中級以降の冒険職にとってはかなり懐を痛める要素となっているが、お洒落が好きな奴は少なからずそちらに費やすため、かつかつになりやすい。
何故実用性に乏しい服がそんなに高価なのかと言うと、タウンワーカー、とりわけデザイナーに就く奴にしか服を作る事ができないからだ。
縫い物位なら普通の冒険職でも手先の器用さがあればなんとかなるが、生地からきちんとした服を作成する技術を持つのはデザイナーだけだ。
各種モンスターの体毛や植物等、生地の材料となるアイテムはモンスターからドロップするのだが、服自体はデザイナーに作ってもらうか、作成されて売られているのを買うしかない。
現実と違って大量生産できないから、当然単価が高くなる、という訳だ。
「もうちょっと頑張らないといけないかなあ……」
通りを歩きながらも、店のショーウィンドウを見ては中のドレスをじーっと眺め始めるプリエラ。
「甘いものを控えるしかないな」
「ぶーっ、そんなに甘いものばかり食べてる訳じゃないもんっ」
横からからかうと、ぷりぷりと頬を膨らませて小動物のように怒って見せる。
感情がころころと切り替わる様は子供のようにも見えて不思議だ。
「ドクさんだって、かっこいい服とか見たら欲しくならない? お洒落したいなーって思うでしょ?」
「思わん。俺はそんなにファッションに気を遣わんからな……」
食い下がりながらもショーウィンドウに眼を向けるプリエラ。俺は構わず歩き出す。
別にねだってる訳ではないのだろうが、なんとなくプリエラとそうなってるのが気恥ずかしかったのだ。
「わわっ、置いていかないでよーっ」
焦ったように追いかけてくるプリエラ。
やはりこいつは犬っぽい。駄犬だ。可愛い駄犬だ。
そう思うと、こいつの表情の豊かさというのは愛玩動物のようにも感じられて、愛らしくすら感じられる。
「ふふん、気が向いたからたまり場に戻るぞ。狩りの時間だ」
「ええー……ドクさん唐突過ぎるよ」
俺の思い付きが心底嫌なのか、プリエラはぐんにゃりする。
犬耳でもつけてたらきっとヘナってるはずだ。
「可愛い服、欲しいんだろ?」
勿論、こうなるのは解っていたので発破をかける。
「欲しいけど……あれ? もしかして、私の為?」
そうしてすぐに気付く。こいつは普段ぽやっとしてるが、別に頭が悪いわけじゃない。駄犬だけど賢いのだ。
見る見るうちに機嫌を良くしてか、俺の隣を歩きながらにまーっと笑う。
下から俺の顔を見上げながら、そのままニコニコ顔になるのだ。軽く反則気味だった。
「ドクさんは優しいなあ♪ そういう所ちゃんと他の子にできてたら、きっとモテるのになあ♪」
「うるへー」
この顔は簡単には見せない。そっぽを向いて歩いてやる。歩幅だけはあわせる。
たまにはこんな日があってもいいだろう。たったそれだけの思い付きだ。他意はない。多分。
「さっさといくぞ。たまり場に誰かいたらそいつも誘拐だ」
「ふふっ、狩場はどこになるのかなあ。楽しみ楽しみ♪」
ただの思いつきを楽しみにしてくれる奴が隣にいる。
これもまた、現実にはない楽しみと言えるのだろうか。
狩りなんて好きじゃないはずのこいつが、それでもニコニコ顔で楽しみにしてくれるのが、俺にはとても嬉しく感じられる。
この世界には、これがあるのだ。楽しくて仕方なかった。
-Tips-
衣服(概念)
『えむえむおー』世界においては、衣服は様々な種類、見た目のものが用意されている他、プレイヤー自身が制作・販売する事も可能である。
ほとんどの場合異世界風の時代がかった衣服であるが、中には現代風の見た目のものもあり、基本的にこれといった統一性はない。
因みに、リーシア周辺で現在流行っている服は以下の通りである。
女性向け:ディアンドル、エプロンドレス、ボディス、ショートパンツ、ロングスカート、ケープ
男性向け:『漢』ロゴ入りTシャツ、黒ワイシャツ、カフタン、短パン、ブリーフ
また、聖職者系の支給装備である司祭服やマジシャン系のローブなども『金がかからず見栄えも悪くない』という理由で好まれる傾向が強い。




