#11-2裏.師弟対決
「まさか、次元の壁を突き破って突入してくるとは、な。予想外であった」
扉の中は、全くの別空間。
かつて見た学長室などどこにもなく、ただただ、だだっ広い空間が広がっていた。
虹色に輝く気色悪い壁。ゆらゆらと蠢く床。
天井などはなく、どこまでも遠い、赤色の空が広がっていた。
そこに在るのが本当に実空間なのか疑わしく思えるほど、悪い意味で幻想的な世界だった。
そんな中に一人佇んでいたのだ。偽者の学長が。
「今度は仲間達を連れて来たぜ。ここで終わりにしたくてな」
笑ってやったりはしない。本気で挑むのだ。
結界の重みは感じない。今なら、全力で戦える。
「そうか……それは残念だ。よもや結界まで破壊されるとは思いもせなんだが。つまりお前たちは、命を捨てる覚悟でここにきた、という事か」
「死ぬつもりなんて微塵もねぇよ。全員生還する。その為に、お前には倒れてもらわなきゃいけねぇ。イベントは、終わりがあるからイベントなんだ」
何度死んでも生き返るのは良い。何回でも繰り返せるのは良い。だが、終わりが無くてはイベントではない。
イベントとして定義したなら、終わらせなくてはならないのだ。
こいつは、それを勘違いしている。
自分の都合のいいイベントを起こして、自分に都合よく結末を操作して、自分に都合のいい勝利宣言を掲げたいだけなのだ。
そんな勝手は、このゲームでは許されない。
「沢山のプレイヤー巻き込みやがって馬鹿野郎が。好きにやりたきゃ、誰も巻き込まない場所で一人でやってろってんだ」
「それでは面白くないだろう? 私はな、全てのプレイヤーを巻き込んで、私の目的の巻き添えにしたいのだ。きっと楽しいぞ? 運営の誰一人いない世界は。恐らくそんな世界でも治安を維持しようとする君達のような者は現れるだろうし、そして多く、そのような者は多数派の『身勝手な輩』に殺されるだろうが」
それを語るのが楽しくて仕方ないのか。
偽レクトは、堪らないように口元を抑え、嗤っていた。
最早、自分が狂った事を口にしているのは気にもしていないのか。
「だが、それが楽しいのだよ? 解らないかね? 混沌の中にこそ悦びがあるのだ。苦しみの中に真なる信仰が生まれ、絶望の中にこそ光明が射し込むように……人は、本来望むそれらを、自分達にとって望まぬ環境に放り込まれなければ得ることができない」
それこそが真理なのだ、と、愉しげに俺達を一望していた。
憎たらしい視線だった。心底腹が立つ。
「――それは違うな」
身勝手な事を語る偽レクトに反論する声。
ハイアットだった。静かながら妙に力の籠められたその一声に、場は大きく揺らぐ。
「人は元来、清らかなる事を望み、それが故に清らかなる者に憧れ、そして自らがそうなれないのだと悟り、傷つく。美しくあろうとしても、人は美しく在り続ける事が出来ぬ。それは何故か。人は、生まれついて美しき部分と汚らわしき部分とを内包した生き物だからだ」
かつ、と、前に出てしまう。
どう見ても前衛向きじゃないこいつが、俺の前に立つ。その意味。
攻撃にさらされれば、真っ先に死ぬかもしれないその位置に、こいつがわざわざ立った理由。
止めなくてはならないと思ったものの、不思議と、止めに入る事が出来なかった。
この瞬間、俺達は部外者になってしまったんだと思う。
「レクトよ。私はお前に、それを教授してやったはずだ。人とは決して強いばかりの生き物ではない。だが、その反面、弱いばかりの、儚い生き物でもない、と。そう、生命とは、生まれついて相反する何かを抱いてこの世に生まれ落ちる。多様性、多面性。様々な言葉で表現されるそれは、紛れもなく命ある我らが授かりし『個性』のはずだ」
「なんだお前は……? 新参者が、偉そうに――」
心底鬱陶しい。
こいつにとって、ハイアットとはそう映ったのではないだろうか。
本来対峙する相手と語り合っている最中、それまで全く関わってこなかった第三者が、我が物顔で割入ってきた。
これが我慢ならぬ、とばかりに偽レクトは水晶剣を向ける。
だが、ハイアットはほくそ笑んでいた。
「生憎と、『古参』なのだ。そしてレクトよ。お前は師の名前を忘れてしまったのか……? いいや、お前が偽物だというなら、それも仕方あるまいが。いささか、残念であった」
「こいつ……っ!」
――ハイアットが、レクトの師……?
突然出たフレーズに気を惹かれそうになったが、それ以上に偽レクトの表情の変化が看過できなかった。
歪な口元。その言葉、その表情。全てが気に食わないとばかりに、偽レクトは剣を振るう。
そのままでいれば、ハイアットの首が落ちる、そんな距離だ。
「危ないっ、下がれっ!」
その声が間に合うかどうかなど関係なしに、口から出てしまっていた。
だというのに、身体は動いてくれない。
一体何が起きているのか。不自然な緊張感に困惑しながらも、俺は眼を見開き、その光景を見つめていた。
「バカなっ――」
「……物理結界だ。こんな程度の魔法で驚かれるのは、いささか心外というものだが」
ハイアットの首筋に刃が当たるか否かの距離。
その僅かな距離で刃は弾かれ、逆に偽レクトがバランスを崩して後ずさっていた。
恐らく見下していたのだろう。一撃で殺せると思ったのだろう。
それが、できなかったのだ。
偽レクト自身、驚きと悔しさで歯を食いしばり、左手を掲げる。
『ならばこれでどうだ――ライトニング!』
「ふっ、遅いな」
距離にしてみれば数歩分。こんな直近で、しかも無詠唱で放たれる電撃の魔法は、大体回避なんて間に合わないはずだが。
ハイアットはそれを先程とは別の障壁で防ぎ切り、余裕の表情で右手の指をくい、と、偽レクトへ向ける。
「――サンダーストームできたまえ。お前の一番得意だった魔法のはずだ。それとも、そんな程度の魔法すら躊躇うほど、今のお前は弱っているのかね?」
口ほどにもない、と、侮蔑の言葉を向けるハイアットに、見る見るうちに偽レクトは激昂する。
怒りに、憎悪に、そして何より自らの過信から、学長だったはずの男は、最大限の魔力を左手へと収束させる。
『――愚か者が。調子に乗ったな!』
何を思ったのか更なる挑発を続けるハイアット。
そして偽レクトは、安い挑発にあっさり乗る形で、魔法を爆裂させた。
「おいおいっ、何挑発して――っ」
ツッコミを入れる間もなく展開されてしまった雷撃の嵐。
これはまずい、と、即座に聖域を展開しようとして……魔法が、掻き消えていたのに気づく。
「……ありゃ?」
「えっ、魔法が……消えた?」
どうやらサクヤも同じように危機感を抱きエリーに切り替わったようだが、驚いたように何も無くなった空間を見つめている。
プラズマ的なエフェクトも残っていない。全て掻き消えていた。
「……お前、一体何をやった?」
困惑は、偽レクトにも伝染していた。
雷撃の嵐が展開され、如何様にハイアットが防げようと、後ろにいる俺達の何人かは大ダメージを受けているはずだった。
一応雷耐性装備はつけさせてある。即死する事はないし、ヤバかったら即座にポーションを飲むように伝えてはいたが。
それでも危機感を抱くくらい、今の魔法展開は早かった。
その偽レクトが、明確に脅威を悟ったように、冷めた目でハイアットを見ていたのだ。
「何をやったと思う? 手品かも知れんぞ? もしかしたら、我輩もお前と同じように、チート使いなのかもしれんな?」
「ふざけた事をっ! そうか、その杖が特殊な効果を発揮したのだな!?」
何かを見抜いたかのように叡智の杖を指さすが、生憎と、この杖にはそんな特殊効果は存在しない。
純粋な魔力補助効果しかない杖なのだ。
だから、今魔法が掻き消えたのは、装備品とは無関係なハイアット自身のスキルによるもの。
(……ああ、そうか。こいつ)
そういえば、と、思い出したことがあった。
以前、リーシアの街にウィッチがメテオストームを放ったことを。
失恋の腹いせだとか、すごいどうでもいい理由で無数のNPCやプレイヤーが犠牲になるところだったのを、当時のメイジ大学の学長が、単独で魔法を打ち消したのだ。
あれと酷似した状況。本来なら学長だったレクトに対し自分を師と名乗った事。
不可解な言動は多いが「もしかして」と、ハイアットの正体に勘付く。
「――読めない男だ。だが、ドクと同等か、それ以上に厄介な相手のようにも感じた。どうやら看過できぬ輩だったらしい」
「やはり、これを見ても思い出せぬか。いや、解ってはいた。『あ奴がそんな事をするはずがない』『何かの間違いだ』と、な……顔だけ同じの、偽者め」
冷静になった偽レクトに対し、ハイアットはむしろ、それまで隠していた苛立ちを一気に表に出したような、そんな雰囲気の変化があった。
何より、びりびりと伝わる空気の震動。
爆発的な魔力の増幅が、魔法に造詣の乏しい俺であっても解ってしまう。
「我が愛弟子を騙る愚か者が! 成敗してくれるわ!!」
「ふんっ、お前の顔など知るものかっ! 私は私だっ!!」
-Tips-
人間操作(スキル)
人間を術者の意図するままに操作する禁忌の魔法。
操られた人間は本人の意思と関係なしに術者の意思に沿った行動を取るようになる。
洗脳などと違い思考は本人の知能レベルなどを前提とし、日常生活や戦闘行動、会話なども可能な為、一見すると操られているようには見えない。
名に反して人間以外の生物も操れはするが、あくまで魔法に過ぎない為中級以上の魔族や天使など高い耐性を持つ生物にはほとんど通らないのと、『自分で考え行動する』という特性の為に知性に乏しい生物にもほとんど効果を成さない。
この為、名前通り人間相手が最も高い効果を期待できる魔法であると言える。




