#9-1裏.偽レクトとの戦いにて1
鈍い激痛が響く。
鉛の中にでもいるような、ただただ重苦しい感覚。
全身に力が入らず、気だるく、そして、呻き声一つあげられず。
口の中は鉄の味で一杯になり、吐き気がするのにえずく事すらできやしなかった。
敗北というものだろうか。
久しく忘れた感覚だった。知覚できないくらいの不意打ちならまだしも、真っ正面から挑んで敗北するなんて、どれくらい昔の事だったか。
『へっ、良い腕だったが、相性の差って奴だな』
思い浮かぶのは、最後に俺を正面から撃ち負かした奴の姿。
隻眼で皮肉屋で、そして面白い奴だった、そんなスナイパーの姿。
『――ちくしょうが。あと一歩踏み込めれば俺の勝ちだったぜ』
『ははは、そうだったかもな。だが、そうはならなかった』
至る所に矢が突き刺さり、倒れたまま悪態をつく俺に、そいつは爽やかに笑って返すのだ。
顔なんて血みどろの癖に。頭から血を流しながら、勝者ぶって俺を見下ろしていたのだ。
対する俺は、そんなに血を流してはいなかった。
ただ、両手両足がまともに動かないだけだ。
反撃できないから、まだ動けるこいつ相手に戦えなくなって、負けたのだ。
反撃できてたら、その余地があれば、負けを認めなんてしなかったはずなんだが。
『ああ……俺の負けだわ。動けねぇもん』
だが、悔しいが、やはり負けは負けだった。
こいつは強かった。素晴らしく強かった。だから、認められた。
『だが、いい勝負だったぜ。あんた、俺の相棒になれよ』
『なんだと?』
『俺はしばらくソロでやるつもりだったんだけどな。あんたのその腕は気に入った。それに面白い奴だ。組もうぜ』
にぃ、と口元を歪めながら手を差し伸べてくるそいつは、驚く俺の事なんて気にもせず、力の入らない腕を勝手につかんで引っ張り上げる。
無理に引っ張られたせいで少し痛かったが、そいつは気にもしない様子だった。
我が侭な奴だ。自分勝手な奴だ。だが、確かにこいつは面白い奴だった。そう思ってしまった。
『負けた奴は相手の言う事聞く約束だったろ?』
『そんな約束した覚えねぇぞ』
『今決めたからな。勝者の特権だ』
「……特権じゃ仕方ねぇな」
呟くや、意識がそこに戻る。
メイジ大学。その最上階。
何があってこんな事になったのかもよく解らないが、偽レクト相手に無様を晒した事までは覚えていた。
とにかく、ろくに体力もなく、折角プリエラに教えてもらった新しい奇跡を活かす事も出来ず、敗れたのだ。
最初こそ優勢に戦えていた。
こいつの持つ魔導剣の性能は間違いなく破格だったし、こいつの扱う魔法はどれも強力なモノばかりだ。
だが、トリッキーな戦闘は自分の持ち味でもある。惑わされることが無ければ、存外死に直結するダメージは少ない攻撃が多い。
だからなんとか勝てていたのだが……剣とは別に、フクロウを模した杖を持ち出してから、激変した。
近接戦闘に魔法を交える戦術から、近距離をトラップで埋め尽くし、距離を離しての魔法攻撃主体になり、相性の差が出てきてしまう。
そうして今……とどめを刺されようとしていた。
「――何か言ったか? 最後の言葉だ、聞いてやるよ」
俺を見下ろして愉しげに笑うのは、俺の記憶の中の元相棒と違って、なんとも見下げ果てた男だった。
せめてこいつも、ミッシーくらいにいい男なら、素直に敗けてやるものを。
「小者臭過ぎて、敗けてやる気すら起きねぇって言ったのさ」
「ふ……私とパンドラの箱の力に抗えなかった雑魚が、最後まで口ばかりはでかかったな」
悪態一つ聞いてもこの返しの趣味の悪さだ。
もう少し気の利いた事でも言えば、顔ばかりは悪くないんだからそれなりにサマになっただろうに。
この悪役、残念過ぎる。
「『私とパンドラの箱の力』だと? 何同等のモノみたいに言ってやがる。100%箱のおかげだろうがよ」
戦ってみればこいつのインチキさはよく解った。
確実に死角から攻撃したのに、謎のバリアに阻まれた。
物理障壁ではなく、どんな攻撃でも奇跡でも跳ね返すバリアだ。
それすらかいくぐってダメージを与えたのに、瞬時に全快された。
オートヒーリングも真っ青な自動回復能力。
公式が自分たちで使うために用意したチートを使って、使わなかった奴に『雑魚』はないだろう、と可笑しくなって笑いが止まらない。
だが、ここまで言って俺自身もおかしくなった。
「ま、俺も似たようなもんだな。俺も、似たようなことしてるしな」
折角教えられたことではあったが。
プリエラから教わった事や、最上位職云々についても、正直、あまり好ましい物とは思えなかった。
圧倒的過ぎる。こいつがチートを使っていなければ、圧勝できてしまったかもしれない。
相性は別としても、真っ正面からではチート使いでもなければ勝てないのが、最上位職という奴なのだろう。
こんなのは、ゲームそのものがつまらなくなるマイナス要因でしかなかった。
「お前の戯言を聞くのもいい加減飽きたな」
退屈そうに剣を俺の胸元へと突き刺していく。
ぞぶり、と、吸い込まれるように先端から刺し込まれてゆく。
「つまんねー事して勝つゲームは楽しいかい?」
「ああ、愉しいな。雑魚を一蹴するのは愉しくて仕方ない。作られたルールをぶち壊しにするのは悦楽を覚えるね。お前たちはそんな事すら解らないのか? まじめにやってる奴が馬鹿を見るのを眺めることほど楽しいことはそうはない」
「人の自由がどうとかご高説説いておいて、結局やってる事は初心者狩りと同じかよ。救いのねぇ野郎だ」
自分より弱い奴を見下すのが好きなのかもしれない。
あるいは、何かしら嫌なことがあってそうなってしまったのかもしれないが。
いずれにしろ、こんな奴に従った奴らが哀れという他なかった。
いくらかは、こいつの表向きの『理想』とやらを信じちまった奴もいたのだろうから。
「お前を倒したら、向こうで結界の破壊を躊躇っているハイプリエステスも片付けねばならん。まあ、聖職者などいくら束になろうと、我が闇魔法の敵ではないのだがな」
(……ミゼルめ、何を考えてるんだ……?)
結界そのものは弱まったように感じられなかった。
今も尚、その効力によって力が失われている。
いや、それどころではない。もう刃が深くに突き刺さっていた。
痛いはずだか、痛いとも思えない。
ただ、息苦しくなっていくのだけ感じて、眼を開けていられなくなっていく。
「死ぬのなら、迷う必要すらないんだよな」
「なに!?」
刃先が抉られるその瞬間。
動かなくなった四肢をそのままに、ただ一言念じていた。
願いは届く。
身体は偽レクトの背後に回り、千載一遇のチャンスが訪れた。
「バカなっ、何故お前、転移をっ!?」
驚きのまま振り向くその顔が見たかった。
武器を手に、必死に俺に一撃を加えようとするその様が、俺にはとても鈍く見えた。
四肢など動かなくともいい。
必要なのは、落下の勢いを活かしたままに、体幹を大きく捻ること。
これだけできれば、その先に何が待っていようと十分だった。
「――浄化されちまいな!!」
「うぉっ!? や、やめろぉぉぉぉぉぉぉっ!?」
やってる事はただの体当たりだ。
だが、当たりさえすればそれでいい。
身体のどこかに当たってくれれば、そこから奇跡をぶち込めば俺の勝利だった。
『キリエ・ラウトルギア』という一撃必殺の奇跡は、それを可能にしてくれる。
本当に予想外の反撃だったからか、偽レクトは大いに焦ってくれた。
杖を前に出してはいるが、有効な防御ができていない。チャンスだった。
無茶苦茶かもしれないが、動けない現状、これで勝てるなら――
『あんたの戦い方は、捨て身過ぎるんだよ。いくらゲームっつったって、それじゃ早死にするぞ』
――不意に、ミッシーの言葉が浮かび上がった。
あの時、最後に敗けた時に聞かされた言葉だ。
『だから俺達は組まなきゃいけねぇのさ。一人だと勝ちばっか重視しちまうから、勝ちよりも大事なもんを拾えるように仲間と一緒にいなきゃいけねぇ』
そういえば、確かにこんな事も言われた。
俺は……俺は、勝たなきゃいけないと、勝つ為なら自分だって捨てられると、そう思い込んでいただけなんだ。
こいつのおかげで気づけたことは多い。
そして今も、そのおかげで助けられた。
ぶち込む直前だった奇跡を取り消し、別の奇跡を展開。
これはそう、『ディメンションアクト』とかいう、ハイプリの奇跡だ。
バトプリで挑んだはずなのに、気が付けばハイプリになっていたらしい。スイッチが壊れていた。
-Tips-
無敵バリア(スキル)
本来運営サイド、特に『公式さん』と呼ばれる者達が、イベント時などにプレイヤーからの予期せぬ攻撃を受けも大丈夫な様に用意された防御スキル。
文字通りどんな攻撃でも10回ほど無効化する。
魔法や奇跡ではなくスキルの為連続使用可。重複使用はできない。
これにより通常、プレイヤーは運営サイドに対し攻撃を加えることができないという認識が持たれているが、実際にはこのバリアを展開していなければ無敵ではないので、攻撃することそのものは可能である。
ただし、運営サイドは原則ゲームルールの外側に居る存在の為、仮にダメージを与えたとしてもシステム操作により無効化されたり、即座に回復されたりする。
運営サイドへの攻撃はいかなる事情があろうとデリート案件の為、これを行ったプレイヤーは例外なく処置される。
運営サイドへの攻撃、ダメ、絶対。




