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ネトゲの中のリアル  作者: 海蛇
2章.取り巻く世界(主人公視点:ドク)

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#6-1.大聖堂の歌姫

 リーシア北側は、比較的職業関連の建築物が多かった。

まず、魔法系職業に就くなら必須のメイジ大学。

レンガ造りの古びた建物だが、いたるところにいかにも(・・・・)なルーン文字なんかが書かれたローブを(まと)った若者が雑談や読書をしている。

大学という響きもあるし、現実の学校に最も近い印象を受ける。

次に、戦士系の職に就きたい奴が通う事になる戦士ギルド。

石造りでどこか無骨な建物で、入り口にでかでかと『戦士ギルド』と書かれているのが特徴だ。

ギルドの周囲で雑談するいかつい男達の中に、一人二人きれいどころがいたりする。

さりげなくローズの姿が見えたのでさっさと離れた。

一風変わっているのが錬金術士(アルケミスト)ギルド。

建物の周囲を壁で囲っていて、更にその内部は斥力フィールド発生装置によっていかなる爆発も通さないようになっている。

勿論、爆発は内部からのものを防ぐための物だ。

宮殿みたいな頭の建物なのだが、この周囲には見たことも無いような奇妙な見た目の草や、使う者もいないのに掃除を続ける箒の姿が見られるなど、かなり特異な光景となっている。

周囲に人影はなく、時折建物の中から女の絶叫や爆発音が響いたりと、とても不気味だった。



 そうして今日、俺が来たのは聖堂教会。

俺達聖職者にとっては欠かす事のできない『お祈り』をするための重要拠点であると同時に、聖職者となる為の試練を受ける試験会場でもある。

他の職業関連施設と異なり、ここはほんわかとした雰囲気と厳粛な空気とが入り混じった不思議空間となっていた。

ちょこちょこと見かける年少のプレイヤー達は聖歌隊か、あるいは治癒術士(ヒーラー)志望者か。

そうかと思えば厳めしい顔のプリーストが聖書片手になにやらぶつぶつと念じていたりと、今一安定しない。

通りすがりにちらちらと俺の顔を見る歳若いプリエステスたち。

まあ、俺のようにイカした兄貴が聖職者なんてやってるのだ。彼女たちも気になる年頃なのだろう。


 聖堂に入ると、最奥の女神像に向け祈りを捧げている奴が四人ほど。

プリエステスっぽい女が二人に、ヒーラーっぽい男が一人。全く関係ない剣士風の少女も混じっていた。中々に殊勝な娘だ。

「あら、ドクさんではないですか」

奥の方からは蒼い司教服を(まと)った赤髪のハイプリエステス。ミゼルだった。

驚いたような顔で、そしてやがて柔らかい微笑みを向け、俺のところまで歩いてくる。

「ちゃんと女神への祈りを欠かしていないようですね。結構な事ですわ」

うんうん、と、満足げに頷く。

一応、ちゃんと女神へのお祈りに来ている限りは機嫌がよく、怒る事は滅多にない奴なのだが。

生臭な奴にはとことんまで説教してくる説教マニアでもあるので、俺は素直に頷いておく。

「まあ、折角奇跡を取り戻したしな。女神様にも感謝しねぇと」

「そうですよ。常に感謝の心を忘れず、誰にでも優しく接していれば、やがてそれは、またドクさん自身の身を助ける事もあるのです」

情けは人のためならず、とは言うが、感謝も人のためではなく、自分に返ってくるものとして考えるべきなのだろうか。

ゲーム内に限らず、リアルでも宗教関係者の言う事というのは今一よく解らないが、まあ、ある程度納得できる部分もある。


「ですが……その頭のウィッグ……ですか? それはなんとかならないのですか? 人の装備や服装をあれこれ言うのは趣味ではありませんが、お祈りをする場でそれはちょっと……」

「む……? ああ、悪い悪い、忘れてた」

先日スミスに頼んで無理に作らせたハゲヅラを、受け取った喜びでついつけたまま教会に入ってしまっていたらしい。

妙に視線を感じていたのはどうもその所為だったようだ。

指摘されて気付いたのがちょっと恥ずかしかった。


「ドクさんが、いい加減な自分を変えたいという意思をそのウィッグで示していたのだとしたら、私はこれ以上何かを言うつもりはないのですが……」

「いや、別に丸めるつもりでやった訳じゃなくて、ただなんとなくつけてただけなんだ」

「そうですか……?」

哀れむような眼で見られる。

――やめろ、そんな慈愛の眼で見るな。せめて笑うか怒るかしてくれ。辛い。

「まあ、ともかくお祈りさせてもらうぜ」

「ええ、どうぞ」

俺達がこうして話している間も、祈りを捧げてる奴らはじっとしたまま動かない。

こんな寒い空気はさっさと投げ捨てて用件を済ませてしまおうと、そいつらに(なら)って席に着き、女神へと祈り始めた。



「……なあミゼル」

「なんですか?」

「俺はなんでこんなところにいるんだ?」

お祈りを終え、懺悔室でミゼルと二人、対面しながらコーヒーを(すす)る。

用も済んだしさっさと帰ろうと思ったのだが、ミゼルから「話がある」と袖を引かれ、否応無しに引っ張られてきたのだ。

またぞろ何かお説教でも始まるのかと戦々恐々としていたが、そういうつもりもなく。

連れられた先には二人分のコーヒーセットが用意されていたのだ。

「私がお茶に誘ったからですよ? ドクさんはコーヒー党でしたよね?」

「うむ。コーヒーはありがたいが、話があるから連れてきたのではないのか?」

「お話は……まあ、ちょっとした相談ごとですわ」

澄ました様子でつ、と、カップに唇をつけ、話は進む。

ただの雑談でもなく、本当に真面目な用事らしく。

その雰囲気の堅さに若干の面倒くささを感じながらも、俺はカップを置いて、赤髪のハイプリエステスを見つめた。


 しばし、沈黙。相談がある、というのは解かるが、一体どんな話になるのかと待つ。

待つのだが、中々始まらない。

当のミゼルはというと、澄ました様子のまま、特に何か迷ったりしてる訳でもなく俺の顔を見ていた。

「……?」

なんなんだこれは、と、思い始めたその時だ。

聖堂の奥から、可憐な声が届いていた。

いや、歌声だ。誰かが歌を歌っていた。

奥からこの部屋までは結構距離がある。かなりの声量だ。

だというのに、声には何のブレもなく、透き通った響きは一瞬、自分が何をしていたのかを忘れさせていた。


「聞こえますか? この歌」

そこでようやく、ミゼルが口を開く。

まるでその歌を待っていたかのように。

「あ、あぁ……これは聖歌隊か?」

聖堂教会は、職業ギルドでありながらプレイヤーギルドの『聖堂教会聖歌隊』というサブギルドを持っている。

歌に才能を見出された少年少女からなる聖歌隊と、上手い下手はともかくとして歌を歌いたいという歌好きが集まる二部編成のギルドなのだが、俺は最初、その聖歌隊のものなのだと思っていた。

それにしても綺麗な歌声だと、話すのすら勿体無く感じて聞き惚れてしまっていたが。

「――とても歌が好きな女性のものですわ。とっても――お綺麗でしょう?」

うっとりとするように俯き、ぽそり、ミゼルが呟く。

「うん? ああ、まあ、な……」

今一はっきりとしない口調だったが、確かにとても綺麗な歌声だった。耳に残るし、何より心持ち落ち着く。

あんまりこういったものに興味を持っていなかった俺ですら、「こんな風に歌えるならさぞかし楽しいだろうな」と思うほどには。


「この方は、定期的に教会に訪れ、こうして、人から隠れて歌を歌うのです。世間にはそうとも知らせず、ただただ、歌いたいという気持ちのままに」

「ミゼルは知ってるのか? この声の持ち主を」

「ええ、勿論。私がこのゲームを始めた時からのお付き合いのある方ですわ」

ミゼルは、『ハイプリエステス』という、聖職者系において現状最上位の職に就いている。

リーシア近辺では唯一の聖職者系最上位到達者で、同列こそあれ彼女以上に高位の聖職者はゲーム内でも今のところ存在しない。

故に、リーシアにおける職業ギルド『聖堂教会』を任されている訳だが。


 ミゼルがゲームを始めたのは大体俺の少し後くらい。

まだ『プレイヤーギルド』という概念とシステムが生まれたばかりで、今みたいにぽんぽんとシステムに則ったギルドを作ることができなかった時代だ。

なので、始めた時期から考えてミゼルと同じくらいという事は、この歌声の主は、ゲーム的には結構な古参であると言える。


「俺も長いことこのゲームやってるつもりだったが……リーシアにこんなに上手い歌を歌う奴がいるなんて知らなかったな。教会以外では歌わないのか?」

街を歩けば時々へたくそな歌を歌ってる奴はいるが、比べ物にもならない。

「歌わないようですね。どうしても歌いたくなった時にここに来るそうなのです」

「へえ」

ミゼルも幸せそうに歌を聴きながらカップに唇をつけて傾ける。

まあ、こんなにいい歌を聞かせられれば、誰だってうっとりしてしまうだろう。

俺だって、自分が今どんな顔をしているのかなんて解ったもんじゃない。


「――もったいねぇな。こんなに歌が上手いなら、神聖詩(ゴスペル)なんか使ったらすごい事になりそうなのに」

この歌声が聖職者のモノであるとは限らないだろうが、それでもそう思ってしまった。


 奇跡を(うた)に乗せ謡うゴスペルは、俺達聖職者系の扱える奇跡の中でも最上位に位置する性能の高さを誇る。

反則クラスの広範囲同時効果付与、複数人数を同時に癒したりブーストしたり、致命傷を瞬く間に全快させたりするのだが、歌声が聞こえさえすればどこにいてもその効果が付与されるので、それこそ本人は聖域にいたまま、狩場にいる仲間に付与をし続ける、という狩りも可能なのだと聞いた。

当然、扱えるだけで大手ギルドならいくら金を積んででも、額を地にこすりつけてでも欲しがる人材となる。


 そんなゴスペルだが、これを扱うための条件が非常に厳しく、扱える奴は限られている。

その条件とは、『歌を上手く歌える事』。ただこの一点である。この一点を満たせる奴が、レゼボア人にはほとんどいない。

通常の奇跡と異なり、女神への祈りを謡う事によって捧げるものなので、へたくそな歌を聞かせても女神は願いを聞き入れてくれないのだとか。

まあ、俺が願いを聞く側の神様だったとしたら、自分に何か頼んでくる奴がへたくそな歌なんて聞かせてきたら喧嘩売ってると思ってしまうかもしれない。そんな感じなのだろう。

神様の癖に心が狭いというか、妙に人間臭いとか思ってしまうが、それはいいとして。


 ゴスペルの効果は、謡う奴の上手さに直結する。

一定以上に上手くなければ効果すら発生しないらしい。

発生しさえすれば通常の奇跡とは比較にならないレベルの効果が期待できるが、歌の技能次第では更に跳ね上がるのだとか。

これだけ上手く、そして大きな声でブレずに歌える奴がゴスペルを扱ったとしたら、相当強力な効果が期待できることだろう。

望めばどこのギルドにでも入れるに違いない。

いや、歌っているだけでそれこそ制限無しに金やレアアイテムが転がり込んでくるはずだった。 



 だが、ミゼルは首を横に振るのだ。

カップを置いて、少し間を置いて、どこか寂しそうに。

「――彼女は、この歌を何かに役立てたいとは思っていないのです」

ぽつり、そう呟く。

「そうなのか?」

「ええ。彼女なら、確かに優秀なゴスペルマスターになれるでしょうが。それを活用して狩りを、という気には到底なれないのだとか」

「なんでまた……あくまで趣味だと割り切ってるとかか?」

別に効率が全てではないから、そういった生き方でも否定する気はないが。

だが、気にはなってしまう。歌うのが好きな奴が、その歌を役立てる事は良しとしない、その理由が。

「彼女は――平和主義者なのですよ。誰かが傷つく様を見たくない。誰かを傷つけるところを見たくない。誰であっても、傷つくのが許せないのです」

「プリエラみたいな奴だな」

つい、笑ってしまう。そんな奴、他にはそうはいないと思っていたが、聖職者になるような奴ならそうでもないのだろうか。

何にしても、途端に親近感が涌いてしまった。

この声の主は、俺の仲間に似ている。

「ええ、本当に」

ミゼルも柔らかく微笑み、コーヒーを啜っていた。


-Tips-

ハイプリエステス/ハイプリースト(職業)

聖職者系最上位職の一つ。通称として『ハイプリ』『大司祭』などがある。


特徴的なスキルとして、死者をも時間限定(身体が消えるまでのわずかの時間限定)で蘇らせる奇跡『リザレクティア』、

祈りを込めて祝福の鐘を鳴らすことによりそれを聞く者全てに女神の祝福を降り撒く奇跡『ホーリーベル』、

心に『穢れ』を持つ全ての存在を範囲空間から廃絶する『聖域』を展開する奇跡『サンクチュアリ』などがある。


また、奇跡とは別に、他者に対して天罰(直接攻撃)を下す事をシステム的に許されている(これによって相手が死んでもプレイヤーキルにはならない)。

理に叶わない天罰を行う度に聖職者としての徳は下がり、得られる奇跡の効力は下がっていくが、適切な相手に適切な天罰を下した場合はその限りではない。


なお、上位職までと異なり、最上位職であるハイプリエステス/ハイプリーストはそこに至るまでの道のりが明らかになっておらず、到達者もそれについては言及しない為、どうすればなれるのかは一般には知られていない。

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