#7-4裏.こんな転職式は嫌だ
「結界の発生源は、別次元に存在するもう一つの校舎にあるらしい。だから、こっち側にいても結界をどうにかする事はできないらしいんだ」
「次元移動できないと無理って事かな?」
「恐らくな。だが、俺はそんなスキル知らんし、運営周りでどうにかできないと難しい気がするな」
「次元間の移動なら、ディメンション系列のスキルを用いれば可能だと思います。確かに、運営さんや運営サイドに頼るのが一番手っ取り早いですが……」
問題の解決に向けた話し合いに戻る。
プリエラもすぐに涙をぬぐい、雰囲気も真面目なものに戻っていた。
ディメンション系列、と聞くと、運営さんがイベントの時に使う倉庫やイベントマップを製作するのに用いられるアレを思い出すが、やはりそんな感じらしい。
ただ、ミゼルの説明にプリエラが「ううん」と、首を横に振ってそれを止める。
「そんな事しなくても、封印指定解除すれば私達でも移動できるよ」
余裕だよ、と、にっこり微笑むプリエラ。
先程まで泣いていたのに、今ではこの顔である。可愛い。いや違う。
封印指定だの解除だの、随分すごい事を話してる気がするのは気のせいだろうか。
実際、ミゼルは驚いたように眼を見開いている。
「プリエラさん、ディメンションアクトは容易に使う訳には――」
「気にしちゃだめだよ。スキルっていうのは、使うべき時に使うから意味があるの。使わないスキルに意味なんてないよ」
「ですが……」
「問題が起きたら私が責任取るから大丈夫。それに、それを使えばミゼルが結界の解除に向かう事が可能になるって事だよね?」
「まあ、それは……そうでしょうが」
こいつらの会話というのは普段聞く機会がないのでどんな感じなのかと前々から思っていたが、どうやらプリエラの方が上らしい。
以前スキルを教えられた時にもそんな感じはしていたが、同時期にハイプリになった二人でも、どちらが上か下かというのは存在するらしいのは少し面白かった。
やはり、転職のタイミングが同期っていうのは、こういうのがあるからいいなと思ってしまう。
ともかく、ミゼルはプリエラに言いくるめられていたのだ。
「じゃあ決定! 結界の方はミゼルがなんとかしちゃうから、ドクさん達にはセシリアさんをなんとかしてもらって、ついでにレクトさんもなんとかしてもらう形で~」
「……大丈夫なのかミゼル?」
「ええ、まあ……プリエラさんがそう仰るのなら、仕方ありません」
やれと言われた以上は、と、どこか諦観を持って受け入れるミゼル。
別に嫌なら断ればいいし、不安ならそれなりに伝えればいいだろうに、それをしないあたりに謎の力関係を感じる。
まあ、それでもこいつならできるだろう。ミゼルにはそれだけの信頼感がある。
「だがプリエラ、セシリアをどうにかするって言っても、あいつにまた同じような事をされたら、ひとたまりもねぇぞ」
「うん。だからその解決方法も教えてあげる。一応聞くけど、ドクさんは手段にはこだわらないよね?」
「手段? 何のだ」
「セシリアさんを倒す方法。戦う方法。勝ち方。それから……セシリアさんが本物か、確認する為の方法、とか」
にここにと微笑みを見せながらの提案に、ぞくり、背筋が震える。
なんてことを言うんだこいつは。セシリアが本物? 当たり前じゃないか、と。
――そう突っ込めない俺が、確かにいたのだ。
「なんでお前は、セシリアが偽物だと思ったんだ?」
「んー? なんとなくだよ。何の確証もないけどさ、でも、セシリアさんが大学を壊すような事、すると思う? したとして、ドクさんを巻き込む様な距離でそんな魔法、使うと思う?」
「……それは」
「私は思わないなあ。じゃあ、こう考えちゃお? 『セシリアさんは何者かに操られている』『セシリアさんは偽者かも知れない』。どっちでもいいよ? 私は、偽者だと思う方が心が痛まなくていいと思うんだけど……」
その割り切り。さっきの涙とは裏腹の、合理性重視の考え。
プリエラらしからぬ温かみを捨てた提案であると同時に、プリエラらしい楽観も混ざっているように思えて、混乱しそうになってしまう。
そして、そんな状態の俺には、その言葉は優しく聞こえていたのだ。
「……対峙する時に、偽者かも知れないと思えって事か」
「そゆことー。だって、いくらドクさんだからってセシリアさんと戦うのは嫌なはずだもんね? だったら、最初から偽者って割り切っちゃお? その上で考えればいいと思うの。初めから『仲間を傷つけなきゃいけない』って考えてると、絶対にその考えにひきずられちゃうから」
それってすごく怖いよね、と、笑顔をやめ、見つめてくる。
否定できない。ああ、なんてはっきりと言う奴なんだ。おのれプリエラ。
確かに正しい。これ以上なく正しいのだ。
だから俺は……悔しくて、無言のまま頷いた。
「えへへ。じゃあ、そういう方向で。セシリアさんは、魔法メインだからね……装備品は耐性装備として、武器は……エアロクラッシャーが一番かな? でもそれだけだとまだ怖いよね?」
「あいつには耐性貫通魔法があるからな。だからあいつは単独での上位ボス狩りなんていう、本来なら無茶この上ない狩りをかなり初期の頃からやってたんだ」
本来ならば魔法職が最も気にしなくてはならない属性耐性。
これはモンスターごとの影響を考え、魔法の属性を選択しなくてはならないもので、この属性選択によって、戦う事の出来るモンスターが絞り込まれる事になる。
だから、どれだけ熟達した魔法使いでも、本来なら苦手としていたり、絶対に倒せない属性のモンスターなんてのはいるはずなのだ。
セシリアには、それがない。
耐性貫通するという事は、属性耐性を持つモンスターが魔法を無力化できなくなるという事。
水属性無効化のモンスターに水属性でダメージを与えるみたいな、そういう本来なら有り得ない魔法の行使が可能になってしまうという事。
これは、敵対した時にその厄介さを思い知らされることになる。
「装備だけで防げない以上、後はスキルによって魔法そのものを無力化するしかありませんね」
「そうなるねー……でも、今のままのドクさんじゃ、セシリアさんの魔法を正面から浴びたら速攻で溶けちゃうよね」
「流石に正面からは無理だろ。聖者の奇跡使ってもあのザマだぜ?」
あるいは奇跡を展開し続けられたら結果も違ったのかもしれないが、激痛の中意識が遮断されずに済むとは思えない。
少なくとも、同じ魔法を使われたら終わりになるのだ。
「そういう意味ではエアロクラッシャーは重要だけど、パラレルを使っても常時展開みたいにはできないから……本気でどうにかするなら、ドクさんが今のままでは無理な訳だよ」
「……俺に何をやらせるつもりだ?」
なんとなく、話の方向性が読めてきた。
今のままでは無理なのだ。つまり、何かをさせようとしているのだと勘付いた。
だが、プリエラは不思議そうに首を傾げて「うん?」と曖昧な微笑みを見せる。
「別になんにもさせないよ? というかドクさんはもう何かをする必要はないんだよ? ただ……そうだなあ。『チェンジ、パラディン』とか言ってみて?」
「なんだそりゃ」
「いいからいいから」
何の事なのか解らないままながら、言われた通りに「チェンジパラディン」と言ってみる。
パラディンって何だそれって思ったが、言った瞬間、ぶわ、と、風が起きた。
「……?」
「はい、転職おめでとー♪ ぱちぱちぱち」
「なんだと!?」
すごくわざとらしく拍手してくるプリエラ。
転職って言ってなかったか今。言ったよな?
「服が変わってるじゃねぇか!? なんだこれ!?」
「それは聖職者系最上位職に転職した時にご褒美みたいな感じでプレゼントされる『司教の服』だね。私と一緒なの。似合ってるよ~」
「えっと……おめでとうございます」
周回遅れで祝ってくれるミゼル。
服装に関しては、プリエラが今着ている服の男版らしい。
……らしいが。最上位職とは。
「ちょっと待てお前ら。俺の身に何が起きたのかかいつまんで説明しろ」
「え~、察し悪いなあ。ドクさんはね、今最上位職にクラスアップしたんだよ。バトプリ系列最上位職『パラディン』」
「ああ、パラディンってそういう……」
理解が追い付かないが、確かにそんな事を言っていた気がする。
パラディン。つまり、俺は今、その最上位職のパラディンとやらになったのだ。
「……実感湧かねぇ。ていうか、こういうのってもっとこう、厳かな何かがあって転職するもんじゃなかったのか……?」
「本来はそうなのですが……」
「状況が状況だもん。仕方ないよ。それじゃあついでに、『チェンジハイプリースト』って言ってみて」
はやくはやく、とワクワクしたようにせっつかれる。
なんとなく結果が想像できてしまったが、言われた通りに言ってみる。
「……うわあ」
最早何の感動もない。
風と共に転職。俺はいつしかハイプリーストになってしまっていた。
「えへへ、これで職業もお揃いだね~」
「お揃いですね……ハイプリが三人並ぶというのもすごい光景な気がしますが……」
一応浮かれているだけのプリエラと違い、ミゼルは苦笑いしていたが。
なんというか、最上位職のありがたみがどんどん薄れてきてしまって困る。
「ていうか、なんで俺ハイプリになれてるんだ?」
「なんでって……ドクさん、『試練』に打ち克ったじゃん。ハイプリとパラディンの到達条件は、該当する上位職に就いた状態で、一定回数以上女神像に祈りを捧げ、試練に打ち克つ事。つまり、ドクさんはどちらも該当するからどちらにも就けるんだよ」
「……そんなんだったのか。ていうかそれって、試練に打ち克てれば大体のプリとバトプリは該当しちまうんだな」
「そだねー。本来ならちゃんと『貴方該当してますよ』って教えてあげるんだけど、ドクさんは手っ取り早く転職させちゃいました♪」
そしてこのドヤ顔である。すごい楽しそうだった。というか絶対楽しんでいる。とんでもないハイプリ様であった。
なるほど、こいつが教会に居たのでは場がどんどんてきとーになってしまう。
ミゼルがハイプリとして仕切っていたのは正しかったのだ。
プリエラは、やはり俺の相棒として役立たずのままでいてくれた方がいい。
痛感した。こいつは有能になるとやばい。
「とりあえずそんな訳でー、後は奇跡を教えるだけだね。頑張って覚えれば、偽者のセシリアさんくらいなら正面からでも打ち破れるようになると思うー」
「……アレを正面からか。最上位職すげぇなあ」
全く実感が湧かないが、最上位職になるという事は、そういう事なのだろう。
今はまだ、そうやって無理矢理納得する事しかできない。
自分で戦わなくては、やはり解らない部分は多いのだ。
なんとなしに、もう一度『チェンジパラディン』と呟いてみる。
すると、やはりすぐに姿が変わった。
「えっとね。一応説明するけど、別に『チェンジ~』じゃなくても転職できるからね? あくまでドクさんに『そうなれるためのスイッチ』という理解してもらうために言ってもらっただけだから」
大丈夫だからね、と、どこか申し訳なさそうに眉を下げながら説明をされ、俺は少し恥ずかしくなってしまう。
なるほど、スイッチだったのか。切り替える為の認識装置だったのか。
そう思えば確かに、そんな気もしてくる。
今度は何も呟かず、『ハイプリに転職する』と思い込む。
するとやはり、ハイプリに転職できた。
「……便利だな、これ」
「うん、そうなんだよね。皆転職する際には転職したところに一度戻って宣言して、それが受理されないとダメって思ってるんだけど、実際にはそんな事はないの。大切なのは本人の認識能力だから――あ、でも混乱生むだけだから、他には内緒ね?」
広めちゃだめだよ? と、口元にバッテンを作りながら見つめてくる。
一番噂を広めそうな奴がそんな事を言うのだ、つい可笑しくなってしまった。
笑いが込み上げる。ようやく、笑えるだけの余裕が生まれた気がした。
「うん、心に余裕が生まれたところで――ちょっと頑張ってみる?」
「ああ。やってみるか。とりあえずはパラディンの方でな」
「それでは、ここでは場所が狭いので――試練の間の方へ」
ミゼルに促され、ベッドから立ち上がる。
痛みはもうどこにもない。
やるべきことははっきりしている。
何より、新しい職に就いたという事が今更のようにテンションを跳ね上げさせていた。
新しい職、新しいスキル。
ゲームプレイヤーとして、これほどワクワクする事はそうそうない。
ならば、楽しまなくては損ではないかと。そんな事を考えてしまったのだ。
こうして俺は、プリエラとミゼルという豪華すぎるメンバーにより、パラディンとハイプリの奇跡の使い方、特徴などを教えられ、習得する事が出来た。
-Tips-
パラディン(職業)
聖職者系最上位職の一つ。通称として『パラ』『肉壁』などがある。
ハイプリースト/ハイプリエステスがプリースト/プリエステスの上位職なのに対し、こちらはバトルプリースト/バトルプリエステスの上位職となっている。
バトルプリースト/バトルプリエステス時代のトリッキーな戦法を高水準に進化させ、その上で高い正面戦闘能力、強固な防御能力なども持ち合わせた優秀な前衛職で、特に魔族や霊種族モンスターに高い特効・攻撃耐性を持つ。
また、それまで制約上まともに扱えなかった剣や槍といった刃物武器も扱う事が出来るようになり、経験次第では前衛職としての動きもそのまま用いる事も出来るようになる。
高い戦闘技能を持ったプレイヤーならば、あらゆる場面で活躍できるオールラウンダーとして立ち回れるようになった。
尚、職業的にはナイト系列という扱いになる為、騎乗スキルも持ち合わせている。
装備品に関してはこれまでと比べ重武装もある程度可能にはなっているが、一番相性がいいのは聖職者向けの装備である。
特徴的なスキルとして、あらゆる魔法攻撃を短時間の間無力化するパッシブスキル『神殿騎士』、
マグニムの発展型でより高い衝撃を伝えられるようになった奇跡『ブレイカー』、
神に祈る事により、一時的に全てのダメージを無効化する奇跡『聖人の祈り』、
あらゆる呪い、病気、洗脳を無効化する奇跡『浄化の光』などがある。




