#5-2.バイト天使は絶望の淵に舞い降りる
ほどなくして、プリエラと、それとは別の大皿を持った緑髪のウェイトレスが現れる。
「お待たせしましたー、コーヒーのブラックとコーヒーゼリー。ホットミルクとホットケーキのチョコレートがけ。それから――」
「うおっ」
「わわ……」
「イチゴ練乳焼きうどん大盛りでーす☆」
どん、と、置かれるピンキーな大盛り焼きうどん。
でかかった。途方もなくでかかった。五人前位あるんじゃないのかこれは。
「お、大盛り……頼んでないけど?」
「サービスです☆」
ものすごく余計なお世話だと思ったのは俺だけではあるまい。
外野の俺でもそう思うのだ。一浪なんかはもう――
「へ、へーっ、そうなんだ。う、うれしいなあー」
一浪は女の子に顔を覗き込まれて赤面していた!!
「実はこの子、このメニューを考案・開発・調理と全部担当してた子なんだけどね……」
「気合入れて作る準備してたのに、これだけは誰も頼んでくれなかったんですよ。他のメニューは普通に注文来るのに、これだけ――」
当たり前だ。誰が頼むかこんな罰ゲームメニュー。
「う、うぐ……」
……俺の隣に座ってる奴がまさにそれだった。
酷い汗の量だ。無理も無い、匂いをかいだだけで「うっ」とくる甘ったるさだ。
「私、甘いものが大好きで☆ だから、おうどんも甘くしたら美味しいんじゃないかなーって思ったんですけどー」
「自分で試食はしたのか?」
「勿論☆」
何故か語尾に伝わる「きらっ」という謎の音がものすごくうざったく感じた。
まあ、それはおいておくとして、大した自信だ。
他のメニューは普通らしいし、案外見た目はこれでも食えるものなのかもしれない。
「よし、一浪、がんばれよ」
「一浪さん、がんば」
俺とラムネは少し一浪から離れて自分達のメニューを片付ける事にした。
奇妙な甘ったるい臭いに全てを台無しにされる前に。こちらも必死なのだ。
「一浪君、無理なら無理って言ったほうがいいと思うよ……? 食べなければまだ返品にする事だってできるし……」
プリエラはきっと善意で言ってるのだろうが、こんな事を言われて一浪が引き下がれるはずが無いのを解って欲しい。
無邪気とは時として鬼畜である。
「どきどきどきどき☆」
そして考案者は目をキラキラさせながら一浪を見つめ続ける。
口でそれを言うなよと思ったが、俺もいい加減目先のゼリーに集中する事にした。
この黒いプルプル、かなりいける。
「う、うう……うあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
追い詰められた一浪、何かを諦めたような、そんな煤けた顔をしながらフォークで焼きうどんをかっ込んでいく。
うどんにフォークというのはどうなのかと思ったが、見た目の色合いからするとそんなに違和感が無いから不思議だった。
「ぶふぉぁっ!?」
そして速攻でむせていた。汚い。一浪汚い。
「もっと落ち着いて食べなよ……」
口元にチョコレートをくっつけながらのラムネの一言。
自分の真横にうどんの塊がふっとんでいったのだ。文句のひとつも言いたくなるだろう。
しかも片付けてくれてるし。ラムネはできた奴だった。
「げほっ、げっ、けふっ――す、すまねぇ。なんか、予想以上に甘ったるくて――あと、すごいむせるのなこれ」
すぐにコップの中の水を飲み干し、再度、今度は落ちついた様子でフォークに巻き取り、一口。
「……」
もっちゃもっちゃとつまらない音を立てながら噛み続けること数分。
「なんかこれ……いつまでも噛み切れないんだが」
未だに最初の一口が飲み込めず、一浪はぐんにゃりとした顔をしていた。
「ああ、それ噛んだりせず飲んじゃってください☆」
そして開発者からの驚愕のアドバイスである。
「飲むのかっ!?」
「飲んでください。おうどんは喉越しを楽しむ飲み物です☆」
「そ、それは、どうなのかなあ……」
隣に立つプリエラも全力で引いていた。お前の同僚だろうに。
「よ、よし……ドクさん、ラムネ、俺はやるぜ!!」
一浪、何か覚悟を決めたらしく、男らしい顔立ちでうどんへと挑む。
「きみラムネ君っていうの? かわいいねー、お姉さんたちの方にこない?」
「ジュースおごってあげるよ~、こっちこようよー」
「……と、友達と一緒だからっ」
ラムネは後ろの席の女の子達にちょっかいを出されてそれどころじゃなかった。
俺も初等部くらいに生まれ変わってればああなれたのだろうか。
とてもそんなところ想像できないが。
「がんばれ一浪。俺はお前を応援してやるぞ」
コーヒーゼリーは絶品だった。
コーヒーも中々に香りが良い。良い所のを選んでるらしい。
まあ、せめて応援位はしてやらないと可哀想で仕方ないというのもあった。
ここに誘ったのも俺だし。
「やってやる、やってやるぞっ!! うおぉぉぉぉぉぉぉっ」
一浪、今度はフォークをうどんに突き刺し、一本ずつずるる、と吸い込んでいく。
「――んぐっ」
そして飲む! 飲み込めたらしい。成功だ。とうとう一浪はこの悪夢の焼きうどんの攻略法を体得したのだ!!
「よ、よし、この調子だ、この調子で全部……」
意気込む一浪の前には、未だ目減りした様子がない焼きうどんの山。山。山。
ピンク色の湯気は同席する俺達だけでなく、周囲の客にまで届いたのか、ちらちらとこちらの席を見ては「うげ」と、明らかに引いたような顔で見なかった事にする女子どもが散見できた。
「――ごめ、無理」
それで心が折れてしまったのか。
一浪は、それ以上口にする事もできず、テーブルに倒れ伏してしまう。
ああ、無理だっただろう。というか、心も折れるだろう。
一本喰えたなら十分だ。お前はよくやったよ。よく吐かなかった。吹きはしたが。
「一浪、後は俺に任せろ」
だが、このままではいくまい。
見てみれば調理担当だったウェイトレスは涙目になっている。
一浪、プレイボーイを志願するならそれではいかんのだ。
「ど、ドクさん……?」
「ふはははっ、丁度甘いものが喰いたいと思ってたところだぜぇっ、残りは俺がもらったぁぁぁぁっ」
俺は、ぐったりとしている一浪から皿を奪い取り、自分の前に置いた。
頬を流れる汗。『これに挑むな』と全身が警笛を鳴らしている。
こんな事は初めてではない。俺が初めてこれを感じたのは、そう。忘れもしない三年前だ。
このゲームの初期から存在する最強ボス『魔導虐殺王マジョラム』に挑んだ時。あれは本当にヤバかった。
奴の炎の魔法一撃で大地は溶岩地帯と化し、水の魔法を扱えば盆地が湖と化した。
単純な魔法攻撃能力が当時のプレイヤーやモンスター全てを含めて最強で、近づく事すら不可能ではないかと言われていた難攻不落の強ボスだ。
奴を倒すのは一日二日では不可能で、一週間くらいかけて当時のリーシア最強クラスのプレイヤー五十人体制で交代制で挑み、
地道に攻撃を続けてようやく腕一本斬り落とす事が出来たのだ。
そうしてそれを以って「マジョラムは途方もなく強いが、決して倒せない存在ではない」と確信を持った俺達は、更に攻撃を激しくし始めたマジョラムを見て「これ以上の攻撃は死者が出てしまう」と判断、撤退する事にした。
今となっては質と量がそれなりに揃ってれば倒せる位にはプレイヤーの練度も上がってきているが、あの当時のマジョラムは本当に勝てる気がしなかった。
そして今、その時と同じくらいの死線が目の前に存在していた。
このプレッシャー、恐らくは一浪が感じていたものの比ではなかろう。
最初から挑んでいた者より、それを引き継いだ者の方がプレッシャーは重いのだ。
だが、俺は構わずフォークを掴む。
一浪が使っていたのとは別のフォークだ。
これをうどんにぶっさし……軽く丸めて一気に口に放り込む。
いつまでも消えない湯気が口の中から鼻腔を通して伝わり、甘ったるい香りが脳髄まで溶かそうとしてくる。
「……ぷはっ」
だが、なんとか飲み込める。
更に大きく丸め、今度は水と共に口に放り込む。
「……水と一緒なら案外いけるな」
意外な発見だった。そのままだとどうしても濃い味がきつくて吐きそうになるが、水で薄めればいけないことも無い。
うどんであるという点を除けば、案外食えなくも無いものに感じられたのだ。
「ドクさんがおかしくなっちゃったよ!」
「ドクさん無理しちゃだめだ!!」
プリエラもラムネもひどいことを言う。
ていうかラムネが声を張り上げてるなんて滅多に見ない。
そんなに心配なのか。心配させるほどの凶行なのかこれは。
「く、くくく……俺は正気だ! この焼きうどん、見切ったぞ!!」
ぎゃきぃ、と、フォークとコップとを交互に交差させ、決めポーズ。意味は無い。
「俺の、勝ちだぁぁぁぁぁっ」
勢いづいて次々に口に運び、水と共に流し込む。
決して噛まない。噛んだりしたらアウトだ。その瞬間流れが止まる。
恐らく後に待っているのは腹痛腹下しだろうが、今は目先の強敵に勝利できればそれでよかった。
そう、あの時、マジョラムに挑んだ俺達は、丁度そんな心境だった。
「ぐ……うぐ……」
そして五分後。俺は、減る事の無い山を前に絶望を感じ始めていた。
一向に減る気配が見られない。減らした分が増えているようにしか思えなかった。
まるでヒドラでも相手にしているかのような気分になるのだ。死ねる。
「うーん、ちょっと量の調節間違っちゃったかもしれませんねぇ。伸びて増量しちゃってます☆」
しちゃってます(きらっ)、じゃねぇよと本気で思うが、今は腹が重くてそれどころではない。
見ればプリエラはいつの間にか席を外したのか、いなくなっていた。
まあ、仕事中だろうし、いつまでもこんなところにいられないのだろう。
緑髪の奴は一向に離れようとしないが。
「無理せず諦めた方がいいぜドクさん……俺達は頑張ったよ」
「お腹壊したら馬鹿みたいだよ」
一浪もラムネも心配そうに見ている。
確かに、確かに退くなら今のうちかもしれない。
目の前の敵は、あまりにも強大すぎる。だが。
「こ、これくらいの絶望、なんて事無いぜ……」
俺はまだ諦めない。フォークをうどんに突き刺し、もう一口。もう一口、と。
震える腕を無理矢理動かし、口にそろそろと近づけ――
「――わっ」
――そして、突然何かが俺に対してぶちまけられ、我に返った。
「ご、ごめんねードクさん、ジュースでも差し入れようと思ってたんだけど――」
見れば、膝を付いた姿勢のまま、プリエラが申し訳なさそうに謝っていた。
テーブルに転がった大きめのコップ。
いちご練乳なんとかにその中身がぶちまけられ、ぐっちゃりしている。
当然ジュースは俺にも掛かっていて、顔も服もびっしょりだ。
とても、食い物を食える状態ではない。
「気をつけろよプリエラー、ほんとおっちょこちょいだなあ」
「ドクさん、びしょ濡れ」
幸い一浪もラムネも巻き添えは受けなかったらしく、濡れたのは俺だけのようだった。ある意味器用なぶちまけ方だ。
「ほんと、ごめんねー。これじゃ、もう食べられないよね――もう一回作り直す?」
少しだけ困ったような顔をしながら、プリエラはテーブルをいそいそと拭きながら、ジュースまみれになったうどんの皿を下げる。
「――いや、いい」
それは、俺が引き下がるには絶好のタイミングだった。
こんなくだらないことで腹を壊すのは馬鹿らしい。
それが解っていても、なんとなく引き下がれなかったのだ。
びしょ濡れになりはしたが、なんともありがたいタイミングでのアクシデントだった。嬉しい誤算だった。
「そっか。服とか濡れちゃったし、ちょっとついてきて。替えの服位なら用意があるから」
「あ、ちょっと――プリエラさんっ」
うどんとコップを載せたトレーを緑のウェイトレスに渡すや、俺の手を引いてくる。
「……そうだな」
なんとなくそのままなのは恥ずかしくもあり。
言われるまま、プリエラに連れられて行った。
「もう、無茶しすぎだよードクさん。無理して面白い風にしなくってもいいのに」
更衣室にて。着替えを渡されて着替えている俺に向け、ドアの向こうから声がする。
薄いドアだ。プリエラの声はよく届き、はっきりと伝わった。
「――悪い」
俺が言える謝罪はただ一言。弁明もへったくれもなかった。
偶然のようなアクシデントに救われたのは俺の方だ。
ならば、その『偶然』を画策して救い出してくれたプリエラには、きちんと言うべきことを言わねばなるまい。
「おかげで助かったぜ。なんていうか、すまなかった」
白いシャツに袖を通し、黒いズボンを履き終え。ネクタイを通して腰巻きのエプロンをつけ。
それがウェイターの衣装なのか、なんともシャープな印象を感じさせる出で立ちとなっていた。
「――ん、気にしないで。困ってる時はお互い様だし」
表情こそ見えないが、プリエラの言葉は柔らかく、安堵すら感じさせてくれた。
ドアを開けた先には、ようやく見慣れたウェイトレス姿のプリエラ。
「うん、良く似合ってる」
こちらに気付いて振り向きはにかむその笑顔は、やはり天使様だと思うような眩さであった。
-Tips-
魔導虐殺王マジョラム(ボスモンスター)
超高難易度廃墟マップ『魔術廃都ヴェルゼハイム』最奥の玉座にて待ち構えるボスモンスター。
『えむえむおー』ベータテスト時代における最強のボスであり、当時のプレイヤーの中でも最強クラスの精鋭ばかりが束になって掛かっても尚手傷一つ負わせるのがやっとという壊れ性能であった。
現在においてもゲーム上位に数えられる強ボスであるが、プレイヤーの方が成長し、システム的な補助も増えたため『人材さえ揃えば倒せる』位の存在に納まっている。
見た目は人間の中年男性とそう大差ないが、その『魔法』は規格外に広範囲かつ壮大なものが多く、ただ上級者と言うだけでは武器や魔法の射程まで近づく事すら叶わない。
これら魔法によって当然マップは崩壊するのだが、崩壊したマップは壊した本人が敵対者不在の際に魔法で修復している為、時間さえ掛ければ完全に元通りとなる。
種族:魔法使い 属性:魔法
危険度(星が多いほど危険):★★★★★★★★
能力(星が多いほど高い)
体力:★★★★★★★
筋力:★★★★★
魔力:★★★★★★★★★★
特殊:★★★★★★★★★
備考:全属性耐性80%、全状態異常耐性100%(無効化)、自然治癒
取り巻き:ナイチンゲール×30、竜牙兵×30
クレイジーグレイス×30 (いずれも一時間ごとに無制限に召喚)




