#6-3裏.保護された二人はその後結婚した
「なんにもないね、次行こう」
「こっちも何もないですねー」
「次だ次」
さっさと次から次に調べてゆく。
いくらかご褒美的にアイテムなんかが転がっていたが、正直それほどレア度が高いものでもなく、便利アイテムくらいのものだったので放置した。
後にここに来るであろうプレイヤーが手に入れればいい。俺達には不要だった。
「うーん、それらしいものは見つからないねえ……おや?」
「どうした?」
「いや、カーテンのところにさ」
「おやおや」
最後に入った一室。
ここもやはり目当ての結界発生源はなさそうだったが、アノーリアが指さした方を見ると、一か所だけ不自然に盛り上がっているカーテンがあった。
「……めぎどー!!」
「うひゃぁぁぁぁっ!! や、やめてぇぇぇっ」
「俺達抵抗しないからっ! 頼むから攻撃しないでくれっ!!」
セキが後ろから脅かすと、血相を変えてその場から現れ、抱き合いながら許しを請うカップルの姿。
ロリっぽい女マジシャンと壮年男のメイジかバトルメイジかという、ちょっと危ない組み合わせである。
どうやら迎撃しようとしてた連中に追随しそこなって、慌てて隠れていたらしい。
「お前ら、レクトの仲間なのか?」
「俺達は世話になってた先輩に言われたから手伝ってただけで、別に悪いことをしようとなんて……レクト? レクトって、学長の事か?」
どうやら知らず知らずのうちに協力していたとか、そんなパターンだったらしい。
涙目になって震えている辺り、本気で悪意とかはなかったのかもしれない。
「その学長の事だよ。それよりあんたら、校内に張り巡らされた結界の維持装置、どこにあるか解るかい? 解るなら助けてやるよ」
「ひっ……お、斧を向けるの、やめてくださいっ……」
「チェルシーを傷つけないでくれっ! 俺の大切な人なんだ!」
「カリグラさん……」
「チェルシーを傷つけないなら、維持装置の場所も話しますから……」
「……なんか、あたしが悪役みたいになっててやな感じなんだが」
一応襲撃されたのはこちらなのだから、これくらいの扱いは仕方ない気もするのだが。
実際にはアノーリアという圧倒的な存在を前に、このカップルは恐怖に震えながらもそれに打ち克とうとしているつもりなのかもしれない。
なんとなくそんな雰囲気に見えた。
こいつらの周りの空気だけが 怯えながらもピンクに染まっているのだ。甘ったるい。
これにはアノーリアもやり難さを感じてか、困ったような顔を向けてくる。
いかつい女ではあるが、意外な可愛げが感じられて可笑しくなってしまう。
「あらあら、別に話してくれなくてもいいんですよ? そのチェルシーさん? を貴方の目の前で顔も思い出せなくなるくらい虐めてあげたって――」
「ひ、ひぃぃぃっ!!!」
そしてセキは鬼畜だった。
なんなんだこいつ。怖すぎる。眼がキラキラしてやがる。
女神様の時もそうだったが、ちょっと度を越してSっ気が強くはないだろうか。
おかげでマジ子の顔が絶望に染まってしまっている。
彼氏の方も本気で焦ったらしく、頭を床にこすりつけはじめてるのだから、これはちょっとやり過ぎだ。
「た、頼みますっ! チェルシーには手を出さないでくれっ! ゲームとはいえ、『やっていい事と悪い事』っていうのはあるじゃないか! 頼むよっ、この通りだ!!」
「何言ってるんですか? ゲームだからこそ『やっちゃいけない事をやっちゃっても』いいんじゃないですか。楽しいですよぉ? すごく」
「セキ、それ以上はダメだ。やめろ。ストップ」
「あらドクさん。まるで私の事をいぬかなにかだと思ってません? 私、敵には容赦しないですよ?」
「いや、これはダメだろうよ。ドクさんじゃなくてもダメだって言うよ。やめときなよ」
幸い、俺だけじゃなくアノーリアも止めに入ってくれた。
活き活きと弱い者虐めようとするセキだったが、「まあお二人がそう言うのなら」と、さほど残念でもなさそうに構えていた箒を解除する。
……止めなかったら本気で虐め始めたんだろうか。魔族怖ぇ。
「うぅっ……ありがとう、ありがとうっ! 結界の維持装置は、目に見えない形で設置されてるらしいって先輩が言ってたんだ。『この結界がある限り俺達は負けないから大丈夫だ』って言ってて……」
「目に見えない形?」
「そうだよ……この大学は、なんかすごい魔法によってイベントマップみたいになってて……本来存在する座標と同一座標に、もう一つ大学が存在するらしいんだ。だから、そっちの大学の同じ座標にある維持装置を破壊されない限りは大丈夫なんだって……」
自分達を助けてくれた俺達に感謝しながらも、このカリグラという彼氏、中々に重要そうな事を教えてくれた。
特に収穫も何もないかと思えた探索が、思いもよらぬ収穫を与えてくれたのだ。
すぐに三階に上がらなくてよかった。
「……あたしにはよく解んないけど、セキさんになら解るのかい? その辺りの話」
「ええ。なんとなく察しは付きました。なるほど、どれだけ一階や二階を捜しても見つからない訳ですね……まさか次元そのものを弄っていたとは」
「中々洒落にならん話になってきたなあ」
セキほどではないにしろ、なんとなしに受けた説明の意味は理解できた。
つまり、次元移動ができない限り、維持装置を破壊する事もできないし、場合によってはパンドラの箱も、レクト自身もそちらに行けないと見つけられない可能性すらあるのだ。
「とりあえず、重要そうな話を聞けたし、こっからどうするか決めないとな」
「私は戻る事を提案しますわ。箱は一刻も早く手に入れたいですが……ああ、そうですね、この方達を外に出させて情報提供させれば、私達が戻らなくてもいいかもしれませんが」
戻るか進むか。また選択する時間が来た。
セキは二人をちらりと見ながら、「この二人を伝令にする事によって情報を外に伝える」という案も出してきたが――
「あたしは、セシリアとかいう人と戦わずに済むなら、今のうちに攻めたいところだねえ。明日もいないっていう保証はないんだろう?」
「まあな。だが、いない可能性も高い。三階をチラ見だけして即撤退、という方針でもいいかもしれんぞ」
「では、私は帰らせてもらう事にしますね。この二人に任せても、と提案しましたけど、やっぱり自分で伝えるのが確実でしょうし」
最初と違って、ここでは意見が分かれてしまった。
こうなると二人とも譲る気はないらしく、アノーリアは階段へ向けて、そしてセキは脱出用のアイテムを胸元から取り出し、帰り支度を始めてしまう。
「帰る人を止める気はないよ。運営さんにも教えてやってくれな」
「ええ、もちろんです。お二人も、どうか無理はなさらずに……それでは」
「ああ、明日も頼むぜ」
さほど未練もないらしく、あっさりと帰ってしまうセキ。
虐められそうになっていたカップルはため息混じりに安堵していたが、俺達としては戦力が減った状態で三階に挑まなくてはならないので、別の意味でため息モノだ。
「ドクさんは大丈夫なのかい? あたしは行けるところまで行くつもりだけど、無理しなくたっていいんだよ?」
「気にするなよ。俺もできるだけ早く問題を解決したいし、レクト本人かどうかの確認が必要なのも解ってるんだ。重要な情報をセキに任せられるなら、とりあえず俺達は前に進むのもアリだと思ってるぜ」
「そうかい。そりゃ何よりだ」
にか、と、嬉しそうに笑うアノーリア。
まあ、こいつはこういう気のいい奴なのだろう。組んでいて嫌な気になる事はないし、今は頼りになる相棒のようにも思える。
互いに物理攻撃メインなので、魔法職相手だと若干手間取るのがネックだが。
そういう意味では、魔法職相手やゴーレムのような堅いの相手でもナチュラルに対等以上に渡り合えるセキの存在は、PTのバランス維持のために重要だったのだが……いなくなった以上は仕方ない。
バランスが悪くとも、攻略組の奴なのだからなんとかなるだろう。
その後、カップルにさっさと外に出て運営さんの保護下に入るように忠告し、俺達は階段へと戻った。
道中の邪魔もなく、実に快適。
更に中庭の方からがやがやと声が聞こえてきたので、一般プレイヤー達も上がってきたのだろう。
とにかく先を急ぐことにする。
「俺が前に出るから、アノーリアは俺が魔法喰らってる間にカウンター頼むぜ」
「あいよ。こういう時、耐性の高い聖職者系ってのも頼りになるもんだね。ヒーリングが下手糞なのがもったいないけどよ」
「バトプリにヒーリングを期待するなよ。回復アイテムはがぶ飲みするもんだ」
「違いないねぇ! ああ、ベータ時代を思い出すよ! 昔は皆奇跡なんて頼らず、回復アイテムガン積みでごり押ししてたんだ!」
「ははは、懐かしい時代だな」
皆が勇者になろうとしていた時代。
皆が誰より先んじて、誰も知らない場所を探検しようとしていた時代。
セオリーだとか安全策だとか、そんなものを誰も考えなかった時代が、このゲームにもあったのだ。
そんな時代では、皆がみんな戦闘の合間にポーションや食い物をがつがつと飲んで食ってしながら戦いに明け暮れていた。
向き不向きとかそんなの関係なしに、皆が『強い自分』になれるのだと、そう思い込んでいたからこその時代だった。
今ではもう、そんな夢物語みたいな理想を抱く奴は失笑を買うだけだが。
当時はまだ、そんな夢物語を、夢物語と思えなかった奴らがたくさんいたのだ。
人は、多くが自分の知らない誰かになりたいと、そう願っていたに違いなかった。
俺達には、そんな願望があったのだ。それに、このゲームを始めてから気づかされたのだ。
三階への階段を上り、待ち伏せに備えていた俺達はしかし、何の抵抗も受けず上りきってしまい、拍子抜けした気分になっていた。
互いに顔を見合わせ「何にもなかったな」と苦笑いし。
そうして、前に進むのだ。
-Tips-
フェザースタッフ(武器)
魔法職用の杖。持ち手に羽飾りがついており、高い移動力補助と短時間の浮遊能力を有している。
これにより、普段ならばただでは済まない高所よりの落下をダメージ無しで行えるほか、魔法による地震などの地形振動・地を這う雷撃などのダメージなどを無くすことも可能である。
ただし、あくまで浮くことができるだけで、空中で自在に動き回る事が出来る訳ではない為、あくまで緊急用の便利機能止まりである。
どちらかと言えば普段の機動性が上昇する事の方が強みで、魔力補助などが普通の店売りの杖と大差ない代わりに身体が軽くなり、足への負担も激減する。
キャラ年齢が高齢なプレイヤーや何らかの怪我などで普段素早く動けない者でも素早い身のこなしが可能になる為、優秀な脚力補助装備として活用されている。




