#6-2裏.暴走ウィッチにご注意
丁度、アノーリアの言っていた通り、広場を抜けた先が階段になっていた。
見た感じでは誰かがいる様子はないが、罠の可能性も考え、その場に立ち止まって様子見する。
「んー……とりあえず吸い取っておきますね」
「おお……なんかすごい吸い取ってるな」
「二階に上る時もそうだったけど、今度のはばこばこ吸ってるねえ。壊れたりしないのかい?」
「一応、ブラックホール程度なら吸い取れる容量があるはずなので。ただ、濃度次第ではどうなるか……ああ、大丈夫みたいですね、壊れなくてよかった」
さらっと聞き捨てならない単語が出た気がするが、この謎の箒に関しては正直考えては負けだという気もしたので、スルーする事にした。
幸い、三階を満たしていた結界もかなりの部分吸い取れたらしい。
「とりあえずこれで三階にいけますね。ただ、発生源から魔力が溢れているのだとしたら、定期的に吸い取らなきゃまた魔力で溢れるようになるかもしれませんが……」
「どうする? 三階に上って学長の存在を確認するのを優先するかい? それとも、一応二階全体を探索してから上るか?」
そのまま三階に行くことも可能かもしれない。
体よく学長を倒してパンドラの箱を確保すれば、最短ルートで問題が解決するとも言える。
だが、そこまで上手く行かなかった場合、最悪はまた一からやり直しになるかもしれない。
少なくともここで魔力の発生源を破壊できれば、次以降はセキが同行せずとも突破が可能になるかもしれない。
ただ、レクトが張り直しさえすれば何度でも結界を展開できるというなら、それらの努力も無駄に終わる。
そしてもう一つ、撤退するという選択肢もない訳ではない。
これに関しては今のところ大した情報が手に入っていないので、学長室へ至るルートを考えるとあまり実のある行動ではないが、戦闘で勝利した事も考えると、まるで何も得られないまま無駄死にするよりは有意義ではある。
(まあ、撤退を口にしない以上、こいつらが退くつもりは全くないだろうから……選択肢は実質二つ、か)
例えばリアルの都合でもうすぐ落ちなくてはならないとか、体調が悪くなったので撤退したいというなら退くのもアリなのだ。
だが、幸いと言うかなんというか、この二人は特にそれを意識する様子もない。
「一応二階を回ってみようぜ。結界の発生源をどうにかできればしたいし、見つからないなりに何かしらあるかもしれん」
「んじゃ決まりだね」
「解りました」
特にリーダーを決めたつもりもないのだが、一応俺の意見を尊重してくれるらしい。
ここで三人が三人とも違う主張をして無駄な時間を喰ったりとはならない辺り、こいつらは割と物分かりがいい奴らなのかもしれない。
そうして、二階を探索。
マップデータとしては、二階は主に座学の為の施設が中心となっていて、本来は下位職のプレイヤーが上位職に転職する為の勉学に励んだり、筆記試験を受けたりする為の講堂が並んでいるらしい。
階段を通り越して続く廊下は、なるほどそれら講堂に繋がっているらしく、いくつもの扉が見えた。
「……む」
そうして、ぴた、と足を止める。
廊下を進むだけならばそれほどの問題はない。最奥の壁まで一直線である。
ただの行き止まりなので、廊下で何がしかが待ち受けている、という事はなかった。
つまり、問題になるのは講堂の方。
「いますね」
「ああ、ここだけで三人いるね」
直近の講堂から感じられる気配。
正確な人数までは解らなかったが、アノーリアの直感を信じられるなら三名の待ち伏せ。
俺達が教室をスルーすれば、背後から襲われた可能性もある。
他の教室から出てくるかもしれないのだから、場合によっては挟撃もあるかもしれない。
「どうする? 無理に前に進めば挟撃されるかもしれないけど、逆にこいつらに構ってると他の部屋から増援がくるかもしれないね?」
「だが、ドアを開けた瞬間こんにちはってなるかもしんないぜ? こっちが気づいてるんだ、向こうだって気づいてるかもしれん」
「……では、こうしましょう」
二人をちょいちょいと招き、セキが耳元でこしょこしょと耳打ちする。
(お二人は一気に壁際まで廊下を駆け抜けてくださいな)
(セキはどうするんだ?)
(私はここから……一網打尽にして見せますわ)
お任せください、と、箒を手にニィ、と勝気に笑って見せるセキ。
壁まではざっと見て200m。そこそこの距離だが、ここはセキの自信に委ねてみる事にした。
アノーリアも頷き、賛同する。作戦は決まった。後は度胸勝負だ。
「んじゃ、いくよドクさん」
「ああ。できるだけでかい音を立ててな……遅れるなよ、行くぞ!!」
とんとん、と踵を叩き、靴のずれを直し。
俺とアノーリアは、一気に廊下を駆け出した。
タンタンタン、と、勢いよく鳴る俺の靴裏。
アノーリアのブーツもどかどかといい音を鳴らし、廊下を駆け抜けてゆく俺達は大層うるさい事だろうと、笑いが込み上げてくる。
リアルでは「廊下は走るな」と言う立場の俺が、ゲーム世界では全力ダッシュしているのだ。
なんというか、悪い事をしているような気がして、それが楽しくて仕方ない。悪いことは愉しい事なのだ。
「――罠にかかったわね、覚悟しなさい!!」
「ふはははっ、ここがお前らの墓……うぉっ!?」
『ごぉぉぉぉぉっ!』
「あっ、ちょっ、待てぇぇぇぇぇっ!!」
通り過ぎた直後の扉から続々と現れる魔法職やらモンスターやら。
「――邪魔だよっ、退きな!!」
「うおわっ!?」
狙ったように前に出てくる奴もいたが、俺達の位置を把握する前にアノーリアのタックルを受けて吹き飛ばされる。
そのままとどめはささずに脇を通り過ぎ、一気に壁際にタッチ、振り向く。
「くっ、邪魔よ邪魔! 退いてくれないと攻撃できないじゃない!!」
「うわっ、俺達に向けて撃つな馬鹿っ!」
「ふんっ、壁際まできたところで逃げ場なんてないんだぜ! 覚悟しろぉ!」
一部混乱が見られたようだが、直近に現れたバトルメイジらしき男は、ウィングスタッフを手に勝ち誇ったように魔法を展開しようとする。
ばちりばちりと魔法の光が杖と掌に溢れ、今すぐにでも展開できると言わんばかりのドヤ顔であった。
どうやら、こいつが一番デキる奴らしい。
モノクルなんてつけてはいるが、変わったいでたちなりに強いのだろう。
……見渡せば、あらかたのところ通り過ぎた扉から、待ち伏せ要員らしきプレイヤー達が廊下に出ていた。
「――やるなら今だよ!」
でかい声で200m先のセキへと放つアノーリア。
こんな時、バトルマスターの声のでかさは役に立つ。
ここからだと他の奴らの所為でほとんど見えないが、向こうに立つセキは箒にまたがり、何かをしようとしているらしかった。
『お任せあれ――エメラルドバイト・エアロスクリーム!!』
「あっ、何か――」
「なに!? う、うわぁぁぁぁっ!!」
「ちょっ、こっち来んな――ぐはぁぁぁぁぁっ」
飛んでいた。
箒にまたがっての、超高速での突進。
エメラルドバイトというのは、以前戦闘で使ってきた拘束魔法だろうか。
その拘束の鎖を無数に垂らしながら、廊下に出ていたプレイヤー達を鎖に絡めとり、床や壁に叩き付け、あるいは箒で轢きながら爆進してくる。
セキの正面にも何かしら障壁が展開されているらしく、まともに体当たりを喰らったプレイヤーはそのまま消滅、直撃しなかった奴らも鎖に絡めとられ、拘束されたまま引きずられ――
「――これで、終わりっ!」
「いだだだだだ――あぐっ!?」
「ひぎぃっ」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!」
セキは拘束者達をひきずったままに足をつけ急停止。
勢いのまま振り回される形となった拘束者達は、そのまま講堂の壁や天井へと叩き付けられ、無残にも地形にめり込む形で動かなくなり、消滅していった。
セキの後ろに残る者、なし。
宣言通り、廊下に出た迎撃者達は全滅した。
「うわぁ」
「派手だねえ……だけどエグイねぇ……」
「ふふん。私の存在に気づけなかったのが彼らの死亡フラグだった訳です。足音の数も数えず前に出た浅はかさを呪うと良いでしょう」
俺もアノーリアもちょっと引いてしまっていたのだが、セキは褒められたと思ってかドヤ顔のまま犠牲者達の愚かさを語りだす。
この辺り、容赦のない奴らしかった。
あるいは真面目過ぎて手加減ができない奴なのだろうか。味方でよかったとつくづく思う。
「さ、講堂を調べましょうか。敵のいなくなった場所を調べるのって楽でいいですよね」
「まあ、そりゃそうだがな」
「違いないねぇ。敵の気配もないしね」
若干引いてはいたものの、セキの言う事は至極最もなので、同意しながら近場の扉から開いてゆく。
中には敵が隠れている様子もなく、楽々調べる事が出来た。
-Tips-
エメラルドバイト・エアロスクリーム(スキル)
セキの得意とするエメラルド・バイト活用法。
正確にはスキルではなくコンボなのだが、必殺技的な扱いをされる為本項目で説明する事とする。
端的に言うならば、このコンボはエメラルドバイトを用いての超音速の飛行突進である。
物理障壁を前方に分厚く展開し、接触したプレイヤーがダメージを受けるほどの速度で体当たりする。
轢かれた者は低防御のプレイヤーであればそのまま即死するほどの衝撃で、更にソニックブラストも浴びる為生き残っても念入りにとどめを刺される。
これだけでも十分に人が死ぬ威力の攻撃なのだが、セキはエメラルド・バイトを用いる事によって当たらなかった・突進をかわす事の出来た相手にもダメージを与えるよう当たり判定を広げている。
エメラルド・バイトは鎖に触れたものを拘束する魔法の為、これを複数垂らしたまま突進すると、地形次第では付近を通過しただけで巻き添えを喰らう事となる。
巻き込まれた者は問答無用で箒が止まるまでの間引きずられ続け、合間の地形や他のモンスター・プレイヤーといった障害物に激突し続ける事になる。
そしてセキが緊急停止すると、引きずられていた者達は勢いのまま地形に激突させられ、とどめをさされる。
ウィッチの飛行特性を利用した非常にえげつないまとめ狩り用のコンボではあるが、似たような戦術を考えるウィッチもいくらかはいるらしく、それぞれ独特な立ち回りで以て自分なりの技名を叫んだりして使っている。




