#3-2.攻略組との邂逅
防衛の開始から今に至るまで、まだ三階まで到達できたプレイヤーはいないらしく、静かなままだった。
二階へと降りてゆくに従い、そこで戦闘しているプレイヤー達の声や音などがフロアに響き渡り、その存在を認知する。
「ふぁぁぁぁぁぁっ!!」
まず一番に目に入ったのは、巨大な斧を振り回すバトルマスターの姿。
黒髪で筋肉質なその女性プレイヤーは、どうやら複数のマッドゴーレムを引き連れた女メイジと戦闘していたらしく、取り巻きのマッドゴーレムは瞬く間に蹴散らされていった。
「喰らいなさい! シューティングスター!!」
「――っ効くかぁ!!」
衝撃音が走り、最速の魔法が光のラインを描く。
しかし、メイジが発動させる寸前にバトルマスターは武器を前に防御姿勢を取り、そのまま突進。
光のラインを武器で弾くようにしながらくるりと軸足を回転させ、器用にその衝撃をいなしながら突き進む。
「はっ、そ、そんなっ!?」
「遅いんだよっ! ウラァ!!」
「あぐっ!」
肉薄し、そのままフレッチャータックルを仕掛けるバトルマスター。
まともに受けたメイジは体格差もあってそのまま吹き飛ばされ、壁に激突してくったりとしてしまう。
「あばよ」
そうして、ためらいもなくバトルマスターは斧を振り上げ、とどめを刺したのだ。
意識を失っていたため恐怖もなかっただろうけれど、あまり見ていていい気分ではなかった。
「――あんたもこいつらのお仲間かい?」
戦利品としてメイジやゴーレムがドロップしたアイテムを拾うと、バトルマスターは私へ向きながら不敵に笑った。
どうやら、戦っている最中に既に気づかれていたらしい。
「ええ、そうよ。それにしても随分と無慈悲にとどめを刺すものね」
「そりゃそうだろ。だって殺したってここでだけ問題にならないんだろ? じゃなきゃ、今の奴らが本気で殺しにくるはずがないもんな? まあ、最悪殺してもいいって運営さんには言われてたけどよ」
「……そう」
やはりというか、運営サイドが運営さんを通じて各所からプレイヤーを募ったらしい。
あるいは、私達が仕組む以前にもうイベントとして広めていたのかもしれないけれど。
いずれにしても、このような形で互いの思惑がかみ合うのは面白かった。
「悪いが、アタシはこれでもレッドライン攻略組だ。魔法職の対処法もある程度は熟知してるつもりだぜ」
「あらそう。それは怖いわね」
「怖がってるようには見えねぇな。でもそうか――あんた、アレだろ。『眠り姫』とかいう」
そのまま自慢に入るなら聞き流そうと思っていたけれど、どうやら早々に私の素性にも気づいたらしかった。
本当にレッドライン攻略組というなら、相応に手ごわい相手になるかもしれない。
「そのお綺麗な顔を見れば解るぜ。でも、まあ、同じ女同士だ。顔に傷がついても許してくれよな」
「ええ、気にしないわ」
「そりゃ助かる」
「貴方も、怒らないで頂戴ね」
「うん……?」
「その『魔法職相手なら余裕』というプライドを、傷つけてしまうかもしれないから」
本来、バトルマスターは魔法職相手にはかなり不利な職業と言われている。
物理防御はかなり高い職業だし、タフネスはあるのだけれど、搦め手にとことん弱く、魔法耐性もそれほど高くない。
しぶとい分だけ剣士系よりは耐えられるけれど、身動きが取れなくなれば時間の問題、というのが物理系前衛職共通の弱点とも言えた。
つまり、先ほどマッドゴーレムに沈められた剣士同様、足止めされれば何もできなくなる、というのが彼女にも適用される。
それでもどこか自信ありげで、自分が魔法職相手にしても引けを取っていないと豪語できてしまえる辺り、このバトルマスターは相当に経験を積んだツワモノで知識面で優位に立ている自信があるか、あるいは何かしら優秀な装備を身に着けていて、魔法に対しての対策も十分になされている、という事なのかもしれない。
運営さん経由で何らか依頼されてここにきたというなら、私やレクトをはじめとする魔法職に対しての対策は取っていても不思議ではなかった。
「――へへっ、面白いねえあんた。是非お友達になりたいぜ」
「私はバトルマニアではないから、あんまりいいお友達になれそうにないけれど」
「『眠り姫』セシリア。あたしは『銀煙のアノーリア』って呼ばれてる! 行くぜ!!」
「……どうぞ」
銀煙のアノーリア。
リーシア近辺のプレイヤーとしては最高峰と呼ばれるレッドライン攻略組の中でも名の知れた一流のバトルマスターが、確かそんな名前だった気がした。
なるほど、これは手ごわい。
レッドライン攻略なんて、平穏に暮らしたいプレイヤーなら絶対にやらない自殺行為に等しい。
危険なだけでなく、様々な心理的苦痛、時には心の傷をいくつも受け、それを乗り越えながら発狂寸前の中一歩、二歩進んでまた引き返してを繰り返す地獄の行脚なのだ。
それでも尚、諦めずに前に進める精神的なタフネスを持たなくてはいけない。
レゼボア人でそれを抱けるのは、本当に強靭な精神を持つ事の出来るごく限られた人のみ。
久しぶりの好カードな気がした。
運営さん相手の時は私自身とても全力で動ける状態ではなかったけれど、今は違う。
全力で動ける。全力が出せる。
必然、口元が吊り上がってしまう。
きっと今の私はとても醜い顔。
人から「お綺麗」なんて言われても、こういう時の人間は、エゴに歪み、醜い顔を晒すものだと知っていた。
「――好い顔だ」
「貴方も、ね」
アノーリアも、同じように醜い顔をしていた。
不細工という訳ではない。むしろ顔の造りは良い方だと思うけれど。
そういうものではなく、ただただ、自分の中の『戦いたい』という欲望が前に出てきている、そんな顔なのだ。
恋する男性が見たら千年の恋も冷めてしまうくらい、我欲に特化した顔。
そんな表情を、今の私達はしているんだと思う。
-Tips-
レッドライン攻略組(概念)
『えむえむおー』リーシア周辺において最難関の地形群『レッドライン』の踏破を目論む命知らずの集団、それがレッドライン攻略組てある。
組織だって行動する者から単独行動で功績を挙げようとするものなど様々だが、魔境であるレッドラインでの冒険によって命を落とす者も後を絶たず、減っては増えてを繰り返している。
他のマップでは味わえないようなスリリングな環境を望む者、他のマップでは見る事の出来ない未知の世界を望む者、リーシア以外の新たな世界・未踏の地を求める者、人々から認知されたり英雄視されるることを望む者など様々なプレイヤーがこの攻略組に属している。
あまり知らないプレイヤーからは勘違いされることながら、攻略組という組織ではなく、魔境に挑むプレイヤー全てに与えられる称号あるいはレッテルのようなものである。
この攻略組の中でも特に二つ名を与えられるプレイヤーは攻略組の中でも比較的長期間、正気のままに生存する事に成功し、ある程度の功績や能力などが認められた存在であり、攻略とは無関係なプレイヤー間などにも知られる存在となる事もある。
魔境の地で長く生存する事そのものが最高峰のプレイヤーとして認めるにふさわしい功績なのである。
このように輝かしい名誉を得たプレイヤーもいる反面、冒険の最中にレッドラインのあまりの魔境ぶりに発狂したり暴走するプレイヤーも少なからず存在し、莫大な財産や名誉を得た者がいる一方で富も名誉も仲間すらも失った者もいる。
そして、成功者に対する落伍者の妬み嫉みは当然のように起こり、裏切り・騙し討ち・暗殺・謀殺・無理心中、そして本来攻略とは無関係な相手の身内への意趣返し(八つ当たりや見当違いの復讐)などが頻発しているなど、闇も深い。




