#2-3.薄暗闇の対峙
彼らが今うろついているのは、一階の講堂周辺。
その辺りは重要度の低さからスパイボットの数が少なくて、姿までは確認できなかった。
(……でも、妙ね。この辺りはいくらかパペットが配置されていたから、まるで戦闘に巻き込まれないという事はないはずなのだけれど)
相応に手練れなのか、あるいは対応に熟知し、やり過ごしていたのか。
戦闘の形跡も特になく、なのに置いたはずのパペットが存在していない。
違和感を感じずにはいられない状況。自然、ステッキを握る手がきゅ、と締まる。
直後、ドン、という衝撃の伝わる音、空気の振動が走り、すぐ近くに居る事が解る。
どうやら、ただの迷子ではないらしかった。
「――はぁ!」
「クヘケケケッ」
到着した先では、赤い帽子のウィッチらしき少女と、何故かサクヤが、パペットと戦闘をしていた。
というより、サクヤはただ見ていただけっぽいけれど。
「光に――消えろ!」
きらりと光った箒は、どうやら聖属性が付与されているらしく。
人為的に作られた魔法生物にとってはこの上ない弱点となっていた。
周囲のパペットも、その光の巻き添えで溶け落ちてゆく。
瞬く間に全滅。息も切らせずじ、とその後を見つめているウィッチ。
(なるほど……相当の手練れのようね)
これは厄介だ事、と思いながらも、そのまま隠れもせず、二人の前に現れる。
このウィッチがサクヤとどういう関係なのか気になっていたけれど、この場はこの場で納めなくてはならない。
「――誰!?」
「あ……セシリアさん……? こんな時間に会うなんて初めて……」
「こんばんはサクヤ。今夜は月が綺麗ね?」
私の靴音で警戒したような顔をしていた二人は、私の姿に緊張したようだったけれど。
サクヤは、私の顔を見てちょっとだけ肩の力が抜けていたように見えた。
「隣の子は、お友達かしら? 昼間に言っていた、学長を目指している子? 大学ではあまり見かけなかったと思うけれど――」
「あ……そ、そうなんです。その、セキさんと言って……」
恐らく、パペットとの戦闘で心理的には戦闘ムードに傾いていたはずだけれど。
私は努めてそういった空気は出さず、にこやかぁに笑い掛けた。
少しでもサクヤが安堵するように。
それに釣られ、少しでもこの隣のウィッチが警戒心を解くように。
「そう、セキさん。初めまして」
「……ええ、初めまして。セシリアさん」
表向き、礼儀正しく会釈してくれるこのセキという少女は、どこか油断ならない雰囲気を感じさせる。
警戒心を解いているサクヤと違って、今この状況でも、怪しい素振り一つ見せればすぐさま襲い掛かってきそうな、そんなピリピリとした空気。
――まるで異形の魔物とでも対峙したかのような、そんなゾワゾワとした得体の知れなさを纏っているように思えた。
「セシリアさんは、なんでここに……? 私は夜の間なら学長さんと会えるんじゃないかって、そんな事を企んでサクヤさんに無理をお願いして、付き添ってもらったのですが」
「あら、そうだったの。私は調べものがあったから校内に残っていただけよ」
どうやら話を進めるのはサクヤではなく、このセキの方らしかった。
サクヤも隣で頷いてはいるけれど、もし彼女の言う通りなら、サクヤはただ巻き込まれただけなのかもしれない。
「一体いつから、校内にパペットやゴーレムがうろつくようになったのでしょう? これ、メイジ大学の人が造ったものですよね?」
「そのようね。まあ、最近色々と物騒になったと聞くし、警備用に配置するようになったんじゃないかしら? 大学に関係する人なら襲われないし、ね」
「でも、関係者以外の人は襲われるんですよね……?」
「それも仕方ないわ。入り口に張り紙がされているでしょう? 今の大学は、夜間進入禁止よ?」
私みたいな人には不便だけれど、と、苦笑いした風を装いながら、セキの様子を窺う。
特別、動きがある様子はない。
私がメイジ大学関係者だなんて情報は誰も知らないはずだし、もし運営サイドの回し者だったなら、それだけで何がしか表情を変えると思ったのだけれど。
よほど訓練されたポーカーフェイスか、あるいは私の感じた違和感がただの気のせいだったという事かもしれない。
「学長に会いたいなら、暗くなる前にいらっしゃいな。多忙な方ではあるけれど、会って質問するくらいなら快く受けてくれるはずよ」
「……そうですね、そうしましょう。ね、セキさん?」
「ええ。このように警備のモンスターと戦闘になり、侵入者と誤解されるのは避けたいですから。今夜のところはこれで――」
「それがいいわ」
背を向け、去っていこうとするセキ。
サクヤも慌ててそれについていこうとするけれど――そちらは、出口とは真逆だったはず。
そう気づいて、すぐにステッキを構えた。
「――ちぃっ」
がきり、杖と箒とが舐めあう。
突然の攻撃。ほとんど動きが見えなかったけれど、なんとなく来そうな気がしたので対応できた。
だけれど重い。重すぎる。
男性ならともかく、私では受けきれない。辛うじて重心を逸らし、なんとか位置を変えて離れた。
――事前にマンイーターを起動させなかったのは、明らかな私の失策。
「突然ね? 私が何かしたかしら?」
「なんとなく、貴方が後ろから撃ってきそうな気がしたもので」
「せ、セキさんっ!?」
サクヤは驚いているように見える。
少なくとも、私を攻撃したことは想定外だったのだろう。
ならば、このセキというウィッチだけが侵入者だったのかもしれない。
ともかく、仕掛けてきてくれたのでそれが解ってよかった。
「私はその子のギルドのギルメンだわ。ギルメンの友達に、そんな事をするはずがないでしょうに」
それと同時に、ちょっと残念な気持ちにもなる。
サクヤが了承しての事か、単に騙されての事かは知らないけれど。
ギルメンを利用しているのは、あまりいい気分はしない。
「そうでしょうか? 私には貴方は、『ギルメンの友達』のように見てもらえてなかったように思えたもので」
「猜疑心が強いのね。でもまあ、いいわ。私からは貴方を攻撃するつもりはなくてよ? まだ仕掛けるつもり?」
手をひらひらと、ステッキをしまいながらに無抵抗を示す。
勿論、その間に無詠唱でマンイーターを発動させ、完全防御を展開するけれど。
これで退くならよし、攻めてくるようなら、その時点でこのウィッチの末路は決まる。
「……」
「あの、セキさん、やめましょう? セシリアさんは大丈夫ですから。そうですよね? セシリアさん?」
じ、とこちらを睨みながら思考に入るセキを抑えるように、サクヤが前に出て説得に入る。
「ええ、当然だわ。そもそもプレイヤー同士で争っても、待っているのはどちらか、あるいは双方のデリートだけじゃない。何のメリットもないわ」
「……メリットがあれば襲いそうな言い方ですが」
「セキさん!」
私としては彼女がどう出るのか気になっていたのだけれど、同時に「これで彼女の気分が変わってくれたら」という期待もあった。
衝撃的な邂逅ではあったけれど、彼女は強い。
今の一合だけで、その規格外な身体能力が見て取れた。
何がしか身体能力を底上げするアイテムを用いているのかもしれないけれど、無警戒の状態であの瞬発力で詰め寄られれば、まず間違いなく首が落ちる。
故あればそうなる事も十分にあり得たのだ。
「その、ごめんなさいセシリアさん。彼女、ちょっと戦闘が続いていて気が昂っているみたいで」
「そうみたいね」
「……解りました」
思うところはあるようだけれど、サクヤが前に出た事、自分を説得する事で気が変わったらしく、セキは箒をしまう。
私と同じように何かしら隠しダネを持っているかもしれないけれど、ひとまず目に見える形では攻撃する気を失くした、という風に思えた。
ホッとするサクヤ。この子だけが癒やしのように感じる。
「失礼しましたセシリアさん。次はこのような事はないようにしますので」
「解ってもらえたようで何よりだわ。次なんてないように祈るけれど」
こちらに向け歩いてきながらに、すれ違いざま、互いに言葉をぶつけ合う。
明確な敵意。だけれど今は仕掛けない。それが解っただけで十分だった。
「それとね、もう一つだけ言わせてもらうけれど、学長室は三階よ? 一階にはないわ」
「そうですよね。パペットとかが襲ってきて、方向を見失ってしまっていたようで……あの、私ももうすぐ落ちますのでっ」
「ええ、お疲れ様」
「お疲れさまでしたっ」
後を追いかけるサクヤに一言伝えると、サクヤはテレテレとしながらペコリとお辞儀し、セキの後を追いかけていった。
……まあ、これで何がしか違和感を覚えてくれたらと思うのだけれど。
私としても、ギルメンが友達だと思っている相手にこれ以上は手を出したくないし、難しい立ち位置だった。
その後、学長室に戻った私はサクヤ達が素直に撤収してくれたのを確認し、安堵した。
侵入者Bも速やかに撤退したようで、この夜はこれ以上、不審者が騒ぐことはなかった。
静かな夜。月は美しいけれど、波乱も感じる最初の夜。
ただただ書物を読み漁る日々も悪くはなかったけれど、こうしてゲームとして楽しめる日々も、懐かしく思えた。
ルーチンワーク化された毎日が、変わっていくように思えたのだ。
レクトはそんな私に「やはり君は変わっているな」と苦笑いするけれど、全く理解できない訳でもないらしく。
楽しくなった、彩の増した日々に、心が昂っていくのを隠すのが大変だった。
今までは封印された夜の日々が、こうして始まった。
-Tips-
スケルトン(モンスター)
最もポピュラーなアンデッドモンスターの一つ。
ダンジョンや廃墟マップなどを闊歩しているものと、召喚者によって操られるものとがおり、前者には薄弱ながら意思があり、後者にはそれらしいものは存在しない。
『ハードスケルトン』『シャドウボーン』『竜牙兵』など高位種として様々なタイプのスケルトンが存在するが、基本種となるこのスケルトンは剣、鈍器、弓、あるいは素手による攻撃を行う事が可能となっている。
動きこそ生者と比べやや緩慢ではあるが、本来は一対一での戦いよりは大量に召喚して質より量の戦術で封殺する為に用いたり、強大な魔法が発動するまでの足止め・時間稼ぎとして用いる為の使い捨てモンスターに過ぎず、その性能もあまり期待できるものではない。
アンデッドモンスターの為炎や聖属性、光属性などにめっぽう弱く、特に聖属性攻撃はかすっただけで消滅するほどの弱点となっている。
反面闇属性耐性が高く、精神系の状態異常は無効化する。
種族:不死 属性:闇
備考:闇耐性70%、炎耐性-100%、光耐性-120%、聖耐性-200%(即死)、精神系状態異常無効化




