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ネトゲの中のリアル  作者: 海蛇
2章.取り巻く世界(主人公視点:ドク)
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#3-2.決闘!!

「では、私はそちらの方と一緒に観戦させていただきますね」

よいしょ、と、司祭服のスカートの後ろを押さえながら、ドロシーは上品にサクヤの隣へと腰掛ける。

いつの間に敷かれたのか、尻の下にはハンカチ。これも黒猫の柄という念の入れようだった。

「初めて見る方ですね。私は『ブラックケットシー』のドロシーと申します。よろしくおねがいしますね?」

にこりと、柔らかい笑みと口調でサクヤに挨拶するドロシー。

「あ、はい。初めまして……サクヤといいます。よろしくおねがいします」

対してサクヤは「あれ、なんか違うなあ」と、何かに納得が行かない様子で何度もドロシーの顔を見たり見なかったりしていた。

「……?」

そんなサクヤを、しかしドロシーはニコニコ顔のまま見ていた。



「それじゃ、始めるわよ。先にルールを確認するけど、『ノーマル戦/ダウンゴール』でいいわよね?」

「構わないぜ。スキルの制限は特に無いな?」

「勿論よ。ヒーリングでもブーストでも好きに使えば良いわ。なんだったら攻撃アイテムを使ったっていいんだから!」


 さっきまでの涙はどこへやら、今では勝ち気ににやりと笑うローズ。自信アリアリなのだろう。いい事だ。

闘う以上、相手には自信たっぷりであってもらわないと困る。鼻がへし折れないからだ。

会うたびに闘う気になって突っかかってくるような奴だ。

鼻の一つもへし折らなきゃ、納得行くまでは今後も同じように挑んでくるのが目に見えていた。

だが、俺はそんな面倒な奴の相手を何度もするなんて御免だった。

俺は多忙だ。ギルドメンバーの様子を眺めたり、馬鹿なことを言って笑いを取ったり、バカやった奴をからかってやったり。

そんな日々で忙しくて仕方ない。

交流として他所のギルドの奴と話すのは別に嫌ではないが、俺だって別に、決闘なんて本意ではないのだから。


 俺もローズも準備は万全だ。

既に互いに距離を取り、十歩分くらいの間が開いている。

俺の手には『ダウンスマッシャー』。ローズは両手にそれぞれ『悪逆の斧』。

司祭服にブーツ。肩には奇跡の成功率を跳ね上げさせる『誠者(せいじゃ)のマント』。

いつもよりはしっかりとした装いの俺と比べ、ローズは比較的軽装で、軽量性と防御力の兼ね合いの取れたマジックアーマー。

この前見た時はショートパンツだったが、今回は魔法銀のバトルスカートで脚部の備えもばっちりだ。

靴も機動性が跳ね上がるスモークブーツ。魔力付与の掛かった装備で速度と踏み込み重視、といったところか。

盾よりも両手に斧、というあたりが好戦的なこいつらしい。



「んじゃ、早速始めよう。サクヤ、そこら辺に落ちてる石、適当に上に投げてくれ」

「えっ? あ、はい、解りました」

サクヤに頼んで、適当な石ころを拾ってもらう。

「落ちたら闘いの始まりという訳ね?」

「そういう事だ」

「それじゃ、いきますね――えやっ」

ぽい、と、上に向けて投げた石が――ぽすん、と、草の上に着地した。


「――うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」

直後、大絶叫。ローズがクライを発動させながら、俺に向かって突進してきた。

直近で聞けば頭が割れるような振動。

喉の奥からぐらぐらと揺さぶられる感覚に、俺は歯を食いしばる。

「ふん――」

バットを構える要領で半身立ちし、迎え撃つ俺。

ローズは――速かった。十歩分なんて距離は一瞬で踏み込まれてしまう。

「エリアル――バッシュッ――!!」

跳びながらに狙いを定め、渾身の力をこめて左手の斧を俺に振り下ろす。


 だが、その場所に俺はもういない。

今、俺はローズの背を見ていた。

俺が居た場所に向けて、思いきり斧を振り下ろしている、その背後に。

「あっ――!?」

「――おりゃぁっ!!」

一撃。丁度良い位置にきたローズの後頭部に向けてスマッシャーを全力で打ち込む。

「――あぐっ」

ぐらつく背中。しかし、まだ倒れない。

反射的にローズの右手の斧が、振り向きざま、俺へと向けられるのが見えた。

「おおっ!?」

辛うじて身を反って、これの回避に成功する。


 流石にそれ以上は無理だったのか、ローズはそのままバランスを失い、崩れ落ちて動かなくなった。

待たされた割にはあまりにもあっさりとした結末。

しばし、シン、と静寂のみが場を支配していた。



「――そこまで。ドクさんの勝ちだ」

そして、いつの間にかマスターが居た。

本当にいつ来たのか解らないが、いつの間にか。

「マスター!?」

「あら、レナさんじゃないですか。お久しぶりです」

サクヤもドロシーも気付かなかったらしい。ステルス性能が高いマスターだった。

「あ、あの……ローズさん、動かないですけど大丈夫なんですか? 頭、思いきり打たれてましたよね?」

気持ち良いくらいに完璧に不意打ちが入ったので、逆にサクヤは心配そうにローズを見ていた。

「心配ないよ。ドクさんの持ってる『ダウンスマッシャー』は、攻撃力皆無で相手をダウンさせるだけの武器だから」

「まあ、そういうこったな」

ぽい、と、サクヤに向けてスマッシャーを放り投げる。

「ふわっ、えっ、ええっ?」

「持ってみろ」

困惑げに俺を見ていたサクヤに一言。

言われるままにサクヤはそれを手に取り、先端をぷにぷにと突っついたりして確認する。

「あ……なんか、ふにゃっとしてる」

「うむ。意外と手触りが良いんだ。なんでそれでダウンさせられるのかは解らんが、子供の玩具みたいなもんだからな。どんな殴り方しても死ぬことはない」

頭以外にぶちかましても精々びっくりする程度のものである。

始まりの森の雑魚モンスター未満の攻撃力しかないのだから安心の玩具だ。

「ローズが使っていた『悪逆の斧』も、悪い人以外には全くダメージを与えられないようになっていますから……まあ、殴られても痛いくらいですよね」

倒れたままのローズを見ながら、再び「よいしょ」と立ち上がるドロシー。

とてとてとローズのもとへと歩いていく。

「ま、俺は悪い事なんて全くしてないから、いくらその斧で斬られても死ぬ事はないだろうしな……」

ただ、解ってはいても心臓には悪かった。

あの速度で振り回される斧は、経験よりも本能の方に直にくるから洒落にならない。



「でも、ドクさん、どうやってローズさんの後ろに回りこんだんですか? 私、てっきりドクさんがそのままローズさんにやられてしまうのだとばかり――」

不思議そうに首をかしげながら俺の方を見るサクヤ。

まあ、バトルプリーストのらしい(・・・)戦い方なんて普通はあんまり見ない物だから仕方ないといえば仕方ない。

「種明かし……ってほど大したもんでもないが、転移奇跡(テレポート)を使ったんだ。予めローズが攻撃してくる場所を想定して計算式組み上げて、そこにローズが突っ込んできたら転移して真後ろに出るように設定して……まあ、今みたいな感じだな」

勝敗など、闘いそのものが始まる以前に既にあらかたの決着はついているものなのだ。

運以外の要素は、準備段階でほぼ全てが決定していると言っていい。

「こいつと真正面から闘うなんて冗談じゃねぇからな。利用できるものは全て利用させてもらった」

ダウンして眼を回しているローズを見ながらに、はあ、と深いため息。疲れたのだ。緊張もしていた。

そして怖かった。ちょっとチビりそうだ。


「『相手方の指定でこちらのたまり場で闘うことになった』とローズから聞いた時点で、なんとなくそんな気はしました」

ローズにリカバリーをかけてやりながら、苦笑気味に笑い、語るドロシー。

流石はタクティクス系ギルドのマスターといったところか。その辺りは鋭かった。

「気付いてたなら教えてやればローズだってこうはならんかったろうに。少なくとも対策を考える時間位はあっただろ?」

ローズは、熱くなり易いところと猪突猛進気味なところがあるが、決して馬鹿な奴ではない。

特にマスターであるドロシーの言葉はきちんと聞くし、忠告として何事か言われれば、自分で考えられる頭はあるはずだった。

「それはフェアではありませんし。貴方とローズとの闘いですから、ローズがそれに気付けなかったなら、この敗北は必然と考えるべきでしょう」


 バトルフィールドは俺が設定した。

日時の指定はあちらがしたが、その時間は十二分に有効活用させてもらった。

準備は全て終えていた。完全に自分のフィールドだったので、作戦は立て放題だった。

負ける要素なんて運以外ではありえないが、この運だけはどうしようもないので怖いものは怖かった。

以上、今回の決闘の概要。

ローズの敗因は、自由に転移の座標を調べ、計算する余裕のあるこのたまり場をフィールドとして認めてしまったこと。ただこの一点だった。



「そういう戦い方もあるんですね……」

「正面からぶつかりあうだけが戦場の作法ではありませんからね。奇襲、不意打ち、奇策に奇手。ルールや人道に反しない限りは、有効活用することによって勝利するのは、むしろ賞賛されるべき事だと思います」

すまし顔でぽん、ぽん、と、ローズの頭を撫でてやるドロシー。

「う……うぅ」

やがて、ローズも意識を取り戻す。

「起きなさいローズ。闘いは終わったのですよ?」

ドロシーが優しく語りかけるように目覚めの言葉を告げると、ローズは「ううん」と、小さく頷き――目を醒まし、ガバっと起き上がる。

「はっ、た、闘いは!? 私達の決闘は!?」

目が覚めるやこれである。少しくらい大人しくしていればよかろうに。

「貴方の敗けよローズ。さ、帰りましょう」

ドロシーはというと、そんなローズの手を引き立ち上がる。空を見ながらに「もうすぐ朝だわ」と呟くのだ。

「そ、そんな……納得行かないっ!? なんなのっ? なんで私敗けて――」

訳が解らないといった様子で困惑して涙目になっているローズだったが、歩き出したドロシーに引っ張られていく。

「それでは、これで失礼しますね。シルフィードの皆さん。本日はお騒がせしました」

にこやかあにその場から去っていく。

「う、うわん、マスターっ、話をっ、私の話をっ――」

「はいはい、後で聞きますからね。もう帰りましょうね」

まるで売られていく子牛のような哀愁を漂わせ、遠くなっていくローズ。

リーシア最強バトルマスター、それでいいのか。



「いやあ、でも驚いたね。ローズのあの反射」

「ああ、アレはすげぇビビった。回避が遅れてたら相打ちに持ち込まれてたかも知れん」

二人が去ってすぐ、マスターがぽそりと呟く。決闘のラストの話だ。

俺も同意する。攻撃は確実に決まっていた。勝ちを感じていた。

だからこそ、そんな中に飛んできた反撃に、俺は本気で驚かされていた。

「あれ? もしかして、そんなに余裕、無かったんですか?」

サクヤはというと、ぽかん、とした様子で俺とマスターの顔を交互に見ていた。

「余裕なんてないぞ。ていうか、普通に戦ったら確実に俺の方が負ける。並のバトルマスターならまあ、頑張れば俺でもワンチャンあるくらいだろうけど」

「狩りで見たから解るけど、うちのギルドでローズ相手に正面からで戦いになる人はセシリアくらいだね。近づかれる前に倒すこと前提だけど」

勝てない勝てない、と、苦笑いを浮かべるマスター。俺も同じ顔のはずだ。

「そ、そうなんですか……うーん、なんか、解らなくなってきました」

「それだけ戦術ってのは大切って事だよ。力の差を覆すくらいに重いものなんだ」

ごり押しなら馬鹿でもできるが、戦いっていうのはそういう簡単なもんじゃない。

まして勝ちたいなら、ギルメンに良いところを見せたいなら尚の事、頭は使わなくてはいけない。

この三日間。その為に費やしただけの価値はあった。



「ああ、しかし疲れたな。結局あいつ、なんで俺に絡んできたんだ?」

「不思議ですね……」

結局最後までよく解らないままだった。謎は謎のまま。どうにもすっきりしない。

「ドクさんのことだからセクハラでもしたんじゃないかい?」

「もしそうならドロシーが先に怒るだろ。二年前っつったら、ローズの奴は黒猫に入ったばかりの頃だし」

「それもそうだね」

「んー……色々気になりますけど、時間的にそろそろ遅いですし、私はこれで失礼しますね」

疑問に思うことは多いが、サクヤがもう落ちるという事なので、俺もマスターも考えるのは打ち切った。

「俺も落ちるわ」

「私はちょっとうろうろしてから落ちるよ。二人とも、お疲れ様」

あわせて手を挙げる。

そして、ログアウト。意識をリアルに傾けるのだ。ぷつん、と。


-Tips-

決闘 (システム)

個人間、あるいはパーティー、ギルドなどにおける対人戦闘の形態。

どのルールで戦うかなどは立会人に見てもらいながら、戦う前に一方が宣言して、相手にそれを受け入れさせてから行うことによって正式に決闘とみなされる事となる。

主なルール構成は以下の通りである。


・1対1の戦い:ノーマル戦

・複数対複数の戦い:複数戦

・気絶したら終了:ダウンゴール

・殺したら終了:キルゴール

・予め設定した条件を満たしたら終了:特殊ゴール


このほか、特定スキル・アイテムの使用の可否やハンデ、勝利した結果得られる戦利品などを事前に宣言する事もある。

ルール:キルゴールに関してはきちんと宣言して相手も立会人も認めない場合犯罪になってしまう為、宣言はとても大事である。

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