#3-1.決闘!
夕方。たまり場には、俺とプリエラ、そしてサクヤの三人が座っていた。
ハウンドキメラ討伐の一件の翌日、早速ローズがたまり場に現れて挑戦状を叩きつけてきたのだ。
その時は「何の準備もせずに戦うのは無茶だろ」となんとかかわしたが、「それなら三日後の夕方に」と、日時まで決められてしまった。
流石にもう逃げられないものと諦め、場所だけはここに指定しておいて大人しく受けはしたものの……気乗りしなかった。
ローズはまだ来ない。恐らくもうそろそろだと思うのだが。
あんまり暇すぎて、ぼーっとしてしまう。
「ねえドクさん。ほんとにローズと決闘するのー?」
不安というよりはアンニュイな様子で、プリエラが俺を見る。
あの時もサクヤと俺の話を横から聞いていたが、やはりものすごくつまらなさそうな顔だった。
「うむ。なんか、流れでそうなっちまったからなあ」
正直、面倒くさかった。
さっさと終わらせて遊びたかった。狩りでも良い。お喋りでも良いくらいだ。
「ローズさん、すごく強いんですよね……? バトルマスターって、上級職ですよね?」
「あー? ああ、半端なく強ぇぞ。まがりなりにもリーシア最強だからなあ」
「最強!?」
ぐんにゃりしたまま返した言葉に、サクヤは眼を見開いて喰いついてきた。
「ローズは『リーシア最強のバトルマスター』って言われてるんだよ。タクティクスでの通り名だけど……」
プリエラの説明でサクヤがほう、と息をつく。
「すごい人だったんですねえ。そんなに強かったんだ……」
「俺も強いけどな」
「はあ、そうですか」
ローズの時は驚きながらも感心したような顔をしていたのに、俺の時はあんまりな態度だった。
サクヤ、それはちょっと傷つく。
「そういえばドクさん、三日間で何か決闘の準備とかってしたんですか?」
ローズが来るまでの間、する事が無いので雑談タイムとなっていた。
「んー……一応教会には行ったがな……」
「ハイプリエステスにお説教されてたよね。半日くらい」
「ああ、あれは長かった……プリエラが一緒じゃなかったらきっと三日間があいつのお説教で潰されてたぜ、あの説教マニアめ」
むぎぎ、と、その辺の草を千切って握り締める。
三日の間にかねてより懸念されていた『奇跡を扱えない問題』を解消すべく、プリエラに付き添ってもらって教会に顔を出したのだ。
ただ、出したのは良かったのだが……教会を取り仕切るハイプリエステス『ミゼル』に激怒された。
『何故今まで顔を出さなかったのですか!? 神職である貴方がそのような横着をしては、信仰心がさび付いてしまいますわ! 仮にも聖職者系上位職に位置する方なのです、もう少し自覚というものを持ってくださいまし!!』
まず、開口一番に出たのがこれだった。これから始まり、止まる事の無いお説教が約半日。
そしてその日の残り半分は、ひたすらに女神様に対しての懺悔を強制された。
今までお祈りしなかった事に対しての詫びを入れろというのだ。
そうして二日目は、朝から昼の半日で教会の掃除やら雑用やらをやらされ、午後からはお祈りと懺悔。
三日目の午前にやはりお祈りをさせられ、それが終わるとミゼルから大してありがたくないありがたい説法の時間。
最後に女神像に『今後はもう祈りを欠かしません、真面目に信仰します』と誓いの言葉を伝え、ようやく奇跡を取り戻すことに成功。解放されるに至った。
『本当なら貴方のような横着者は一年くらいかけて信仰の尊さを身に染みるまで覚え直していただく事になるはずでしたが……プリエラさんに感謝してください。彼女の真摯な願いは、女神に届きました』
最後にミゼルがこう言っていた辺り、プリエラが何がしかミゼルに手心を頼んだであろうことはわかるのだが。
当のプリエラはその時のことを聞いても「ううん、知らないよ?」と、本当に何も知らなさそうな顔で見返してくるので、これについては気にしないことにした。
ともあれ、今日になってようやく解放され、下準備も万全。
来るならいつでも来い、という状態になっていたのだが。中々来ないのだ。ダレてしまう。
「たまり場にきてから地べた見ながらうろちょろしてたけど、それも準備か何かだったのかな?」
首を傾げるプリエラ。サクヤも一緒になって首を傾げる。
二人並ぶと髪の色こそ違うが姉妹のようで、どこか面白かった。
「うむ。あれも準備の一環だ。というか、それの為だけに教会に通ったと言っても過言ではない」
何せ相手はここら近辺じゃ最強のバトルマスターだ。
真正面からまともに打ち合っても、バトルプリーストの俺じゃ勝ち目なんてありゃしない。
なんたって同じバトルマスターが何人か同時にぶつかっても一方的に蹴散らすくらいに強いんだから、色々手は考える。
「ドクさん、この決闘終わっても真面目にお祈りはしようね……?」
プリエラは酷く不安げに俺を見るが、流石に今回みたいなのをもう一度、というのは辛いので、俺も大人しく頷いておいた。
「まあ、無いよりはあったほうが便利だしな、奇跡」
「あると無いとじゃ全然違うよ……」
仕方ないなあ、と、小さく息をつくプリエラ。
「とりあえず、そろそろローズも来るだろうし、私はもう行くね」
じゃ、と、立ち上がりながらに手を挙げる。
「あれ? プリエラさんは見届けないんですか?」
驚いたのはサクヤの方だった。まあ、今までいたのだから観戦するだろうと思っていたのだろう。
「うん、まあ……この前も言ったけど、私、人が戦うのは見たくないから……」
少しだけ困ったように眉を下げながら。ぽつり、呟いてそのまま街へと歩いていった。
「ま、変わってると言えば変わってるけどな。あいつのすげぇ所は、それを本気で実行してるところな」
ぽーっとプリエラの背を見続けていたサクヤに、一応のフォローをした。
プリエラの言葉を聞いた限り、多分サクヤも聞いたりはしたのだろう。
あるいは狩りか何かに誘って断られて知ったのかもしれないが。
プリエラは、戦いそのものを好まない。
「プリエラさんが変な人だとは思いませんよ。だって、人にできない事をできるのって、すごいですし」
幸い、サクヤは妙な偏見を抱いたりする事なくプリエラを受け入れているらしかった。
俺としても、その寛容さはありがたいと素直に思える。
「うむうむ、サクヤは善い子だなあ」
「ふわっ? え? あ、ど、どうも……」
善い子は褒めて伸ばしたい。褒めながらに頭を撫でてやった。
嬉しいのだ。ギルドメンバーが認められて。受け入れられて。
うちのギルドは昔から変わってる奴が多い。
世間様に馴染めず、変な目で見られる奴も中には居る。
そうやって傷ついた奴も居た。だから、他者の不寛容が怖い。
世の中にはサクヤのように善い奴だって沢山居る。
俺はそれを知っているし、それを信じたいとは思うが。
でも、世の中は同じくらいに結構冷たい奴が多くて、自分の事しか見てない、考えてない奴が多いのも知っていた。
現実ならそんなものは公社の敷いたレールの上で生きる以上ほとんど関係の無い、気にする必要のないものだったが、この世界は違う。
このゲーム世界は、そういう『色んな面倒くさい事』を気にしなくてはいけないのだ。
だから、うちのギルドはここに在った。
「――待たせたわねドク!! 今日という今日は、覚悟してもらうわよ!!」
そうして、待ちに待った、待ちすぎてだらけた中に決闘の相手が現れた。
「遅いぞローズ。もう暗くなりそうだぞ」
時刻的にもうすぐ夜。あと何時間かしたらリアルでは朝になってしまう。
こんなギリギリの時間を狙って何を考えているのか。
「う……わ、私だって色々準備してたし……その、丁度その日に、狩りの約束が入ってたの忘れてたから――」
特に何か考えてるでもなく、狙った訳でもなくこの時間になってしまっていたらしい。
黒猫のエースは結構なうっかりさんだった。
「やれやれ……こっちはとっくに準備終えて今か今かと待ってたのにな。仕方ねぇ。それはそうと――」
ため息混じりに立ち上がり、手を広げながら――ローズの後ろに立っていた奴を見た。
「――お前が今回の決闘の立会人かい? ドロシー」
視線の先にいたのは、『ブラックケットシー』のギルドマスター、ドロシー。
リーシア最強のタクティクス系ギルドのマスター自らのご登場だった。
「ええ、お久しぶりですねドクさん。本日は、ローズの我侭を無理に聞いていただけたようで……なんか、すみません」
ウェーブがかった黒髪に黒猫耳。黒の司祭服に黒いストール。
黒猫尻尾。更にストッキングも靴も黒い。
猫好きなだけでなく黒も好きなのだろうか。
相も変わらずの格好で、『黒猫』のマスターは若干申し訳なさそうに微笑む。
とても大手のマスターとは思えない気さくさだった。
「……いいさ。いい加減逃げてばかりというのも格好悪いしな。ここらで一つ、サクヤに良いところを見せてやらんと示しがつかん」
にやりと笑って返してやった。勝つのは俺だと。サクヤに良いところを見せてやる、と。
「……調子に乗って。私とあんたとの間の事、少しは覚えてるのかしら!?」
ズギン、と、左手に持ったバトルアックスを俺に向け、ローズはギリ、と俺を睨み付けていた。
「ドクさんとローズさんの間に一体何が……?」
サクヤは不思議そうに、若干ワクワクしたように俺を見てくるが、これには俺も困ってしまう。
「いや、それが全く覚えてなくてなあ」
ローズは、結構定期的に俺にこうやって噛み付いてくる。
たまり場に遊びに来る事もたまにあるんだが、俺が居ると大体今回のように「決闘しろ」だの「私と戦いなさい」だの挑発してきて鬱陶しい。
その都度適当にからかって煙に巻いて避けていたのだが、やはりというか、なんでそんなに絡んでくるのかが俺自身にも解らないのだ。
「う、く……じ、自分の胸に手を当てて考えて見なさいよ!! 忘れもしない二年前のことっ!!」
まだ戦ってもいないのに涙目になっているローズ。
なんだか申し訳ない気分になってきたので、とりあえず言われたように胸に手をあて、二年前のいつだかに思い馳せてみる。
『ああっ、ドクさん大変だっ、ドロシーが触手に捕まっちまった!!』
『きゃぁぁぁっ、あ、いや、やぁっ、だめ、やめてぇぇぇぇぇっ!!!』
『くっ、おのれ触手モンスターめ、よくや……よくもドロシーをっ、俺にも刃物が扱えれば……っ』
二年前の夏、海にて。
クラーケンと巨大イソギンチャクに絡まれ怪しいことになってしまったドロシーを思い出していた。
「何その顔!? あんた何思い出してるのよ!?」
ローズはぶち切れていた。
「すまん、全く関係ないこと思い出してた」
正直、二年前というとそれくらいしか記憶に無い。
あの時のドロシーの格好と声はエロかったなあと俺の記憶に強烈に焼きついていたが、その記憶が鮮明すぎて他がぼんやりしているのだ、きっと。
「う、うう……そ、そうよね、どうせあんたみたいな古参からすれば、私みたいな中途で始めた半端者のことなんて記憶にないでしょうね!? で、でも、私は強くなった! 血の滲むような日々の末に、古参のあんただって倒せるようになったんだから!!」
びしぃ、と、左手の黒塗りの斧を俺に向け、涙目のまま睨みつけてくる。
歯をギリギリと噛みながら、力を全身に漲らせ。
――もしかして、火に油を注いでしまったのではないだろうか?
ちょっとした後悔が俺を襲っていた。
-Tips-
ブラックケットシー(ギルド)
ギルドマスター:ドロシー(プリエステス)
リーシア最強のタクティクス(VSギルド戦)系ギルド。通称『黒猫』。
大手で常に40名ほどのメンバーが在籍しているが、主要メンバー以外ではタクティクス初心者なども少なくない数在籍していて、大手にありがちな効率最優先のギルドという訳ではない。
タクティクス戦においては、『リーシア最強のバトルマスター』ローズの存在や、その他主要メンバーが屈指の実力者揃いな点、またギルドマスターのドロシーが非常に優れた指揮官である点などが強みとなり、現在連戦連勝中である。
月ごとに行われるトーナメントにおいても、戦術面でブラックケットシーを打ち破れるギルドはほとんど居らず、往々にしてほぼ一方的な展開になる。
ギルドとしてはタクティクス系ギルドにありがちな規則で固められた堅苦しい空気はほとんどなく、むしろまったり系ギルドのように緩やかな最低限のルールが存在するだけである。
集めようとして最強の人材が集まったというよりは、なんとなく集めてたらその人材が最強になったという傾向が強い。
ギルドマスターが黒猫好きの為、メンバーにも必ず一度は黒猫耳と黒猫尻尾をつけるようにお願いするが、基本的に受けるか拒否するかは自由であり、今のところ常時つけているのはギルドマスターのみである。
また、このような経緯から猫を虐待するような趣旨で結成されたギルドにはとことんまで容赦が無いという特色を持っている。




