#6-1.ミズーリ捜査網
翌朝の事だった。
なんとか一浪を見つけたものの限界を迎えてしまった為、「明日詳しい話を聞くから」という事で一旦ログアウトし。
次にログインした時にも一浪が正面に座っていたのが見えて、心底ほっとする。
「やあ、ドクさん」
「おう」
まだマルタはログインしていないらしく、二人だけだった。
少し寂しくも感じるが、男二人、むしろ気兼ねなく話せるというものだと思えば、悪くはない。
「一浪。お前はずっと、ここでミズーリを待っていたのか?」
「……そうだよ。そうさ」
落ち込んでいるであろう一浪に対し、ミズーリの話は若干聞きにくい事ではあったが。
それでも、ミズーリの行方はとても重要な事ではあったし、一浪との間に何が起きたのか、それを知らなくてはここまで来た意味の多くが薄れてしまう。
一浪も幸い、応えられないほど混乱している訳でもなく、静かに返答してくれた。
「初めは『もしかしてポータルの人が見つけられなかったのかな』って思ってさ。半日くらいしたら『何かおかしいな』って思えてきて……気が付いたら、一日経過してて『あれ? もしかして俺、フラれた?』って……」
「……安心しろ、少なくともミズーリはお前とのデートの為に出発してた。してたんだ」
昼間は門の方も安全とは言え、現地で待ち合わせするには遠すぎる場所だな、と思いはしたが。
それでもデートコースとしては有名なこの場所で、二人愉しみたかったのだろうと思うと、切ないものがあった。
そう、ミズーリはここでのデートを楽しみにしていたに違いない。
そうして、ここにはいないのだ。こなかったのだ。
「……もっと悪いじゃないか。俺がフラれてミズーリさんに何も無いならそっちの方がいいだろ? 来るはずだったのに、向かってたはずのミズーリさんがどこにもいないなんて、そっちのほうが嫌じゃないか!!」
「落ち着けよ。確かにミズーリが行方不明になっちまってるのは問題だ。それが理解できてるだけ、お前はまだ冷静なんだな?」
「最初はしょぼくれてたんだよ。段々泣きが入ってきて……それでも諦めきれずにずっと待ってたんだ。『来るはずがない』って。『これだけ待ってて来なかったんだからお前はフラれたんだ』って自分で思いながら……それでも、『もしかしたら来てくれるんじゃ』って……どこかで」
不幸か幸いか、時間の経過が、ある程度状況を顧みることができる程度には一浪の心を落ち着かせてくれているようだった。
今の一浪なら、話は通じるし、俺の言いたい事も伝わるはずだと、拳を握る。
「なら、お前が動けよ。少なくともこのまま待っててもミズーリは来そうにねぇ。一浪、お前が、俺達と一緒に探すんだ」
「……探す?」
「そうだ。ミズーリは行方不明になっちまってる。向こうのギルドの奴らも必死にミズーリを探し回ってるだろう。お前も、一緒に探すんだ」
「俺が……ミズーリさんを……」
「行くぞ一浪。マップ中探して、それが終わったら道中のマップや街を虱潰しだ。あいつの身が心配なら、ぼけっと突っ立ってる暇なんてどこにもねぇぞ!」
「……ああ!」
煽るような言い方ではあったが、一浪はそれを肯定的に受け取ってくれたらしく。
先程までの、生気の抜けたようなソレとは打って変わって、元の、気の入った眼になっていた。
「ミズーリさぁぁぁんっ」
「みずぅぅりぃぃぃぃぃぃっ!!!」
二人での必死の捜索が続く。
広いマップの中。
朝だというのに強い陽射しを受けながら、声を大に走り回る。
高低差が激しい花園とはいえ、男二人、駆け回っての捜索で欠片も見つからない。
まだログインしていないならいい。
だが、そうではなく、花園にすら到着していないのなら。
二人で探し回って、それでも無理で、手前の花園門に向かおうとした時。
「おーい、待ってくれ!」
「一浪君。ドクさん、ミズーリさんは見つかったの?」
入り口付近でマルタとカイゼルが俺達を見つけ、駆け寄ってくれた。
どうやら同じように探してくれていたらしい。
「いや、すまん。マップ中探したんだがいる様子がねぇ。これから花園門を探すところだ」
「そうか……解った、ウチの連中もそっちに回すことにする」
「カイゼルさん……ミズーリさんは、時間的に、もうログインしてる時間なのかな……」
「ああ。いつもならとっくにログインして、教会にお祈りに行く時間だぜ……だが」
「そうか……あのっ、俺、頑張ってミズーリさん見つけ出すから!」
「ああ、頼んだぜ一浪さんよ。ミズーリは、俺の大切な娘の一人だ」
自身もミズーリが心配で仕方なかろうに、カイゼルは一浪の肩をばん、と叩き、ニヤリと笑って見せる。
張り詰めた空気が、少しだけ緩んだような……心の余裕のようなものが生まれた瞬間だったように感じた。
「んじゃ、また後でな!」
「私は一旦たまり場に戻って、他の人に手伝ってもらえないか聞いてみるわ。人手がいる問題だろうし……」
「解った。俺と一浪は門の捜索が終わったら街に戻る。もしかしたら転送屋とかを調べた方が早いかもしれんからな」
「おう、頼んだぜ!」
「それじゃあね」
花園門にはいないかもしれない、とはこの場の全員が思ったかもしれないが。
それでも、入れ違いや何かしらの異常の可能性もある以上、無駄だからと探すのをやめる訳にもいかず。
せめてある程度でキリをつけて、次の捜索箇所に当たりをつける、といった方法でやっていくしかなかった。
捜索は続く。
ミズーリの名を叫んで回ったり、通りがかったカップルやハイキング客なんかに聞いたり、高台から方々を見下ろしてみたり。
それでも、見つからない。
「ここじゃないのか……」
息をつきながら高台から降りると、一浪が俯きながら、カタカタと拳を震わせていた。
何をやってるんだと近づくが、歯を食いしばっているのが見えて、肩に手を置くのも躊躇われた。
「……一浪よ。お前には今、二つの選択肢がある」
「せん、たくし……?」
震えながら、俺の言葉に反応する一浪。
良かった、まだ壊れてはいない。
探しても探しても見つからない中、自分の中の不安に押しつぶされてしまうんじゃと心配になっていたが、一浪は思いの外強い心を持っているようだった。
「一つは、お前が今考えてる『悪い予感』を肯定して、先に絶望を受け入れちまうことだ。もし本当にそうなった時に、お前自身がウケるショックは、悲しみは、かなり薄れるだろう」
背を向けながらに、目元をぐしぐしと擦る一浪に、その選択を突きつける。
「そんな事……辛いだけじゃんか」
「だが、辛い現実にぶち当たった時に、お前自身が受ける苦しむは緩和されるぜ」
「……受け入れられる訳ないだろ。そんな事」
「そうか」
どこか恨みがましそうに、突っぱねるように聞こえた声は、それでいてまだ力強さを感じさせ。
だが、だからこそ同時に、危うくも感じていた。
「なら、お前の選択肢は一つしかねぇ。ひたすらミズーリの無事を信じながら、探し続けて、ミズーリを見つけ出す事だ」
「解ってるよ。俺は、最初からそのつもりだ」
「ははっ、ならいい。すまねぇ、余計なことを言ったな」
そう、余計な事だった。
そんなバカなことをのたまっている暇があれば、さっさと走り回ってミズーリを探した方がいいに決まっている。
だが、そんな余計な事でも、この若い剣士がやる気を出してくれるなら、無意味ではない。
人は、前向きになれれば多少の無理でも乗り越えられるが、後ろ向きになった途端、実力の如何に関わらずそれまでできる事ですらできなくなってしまう。
気持ちの問題というのは、存外大切なものなのだ。
「……ドクさん。俺な、ミズーリさんと会って、言いたい事があったんだ」
「おう」
「だから俺、なんとしても見つけ出してみせるよ」
「なら、頑張って見つけようぜ」
「ああ」
それがこいつの願いであるなら。
俺はこいつを連れて、どんな絶望の中だって突き抜けて見せる。
-Tips-
リーシアにおける連続失踪事件(その他)
現在、リーシアにおいては少なくない数のプレイヤーが失踪する事件が起きている。
失踪者の性別・職業・特徴・所属ギルドなどすべてがバラバラな為関連性がはっきりしないものの、短期間に起きている事、どれだけ探しても足取りが掴めない事などから、「運営サイドの仕業なのでは」といった運営黒幕説や「何か恐ろしいバグが発生したのでは」という致命バグ説など、様々な憶測が生まれ始めている。
これらの問題に対し現状運営サイドはノーリアクションの為、運営さんやメイジ大学などの有志が情報の収集を始めている。




