#3-2.魔神の王
そこは、古戦場跡。
リーシアから遥か遠く。大陸の西の端にそびえる巨大な山の、その頂上にあった。
古い岩に囲まれた、砂と石ばかりが転がる、草木一つ生えぬ世界。
不毛とすら思えるその地に溢れるのは、真赤の炎。
融けた大地が、幾筋もの紅い河を創り出していた。
「うぉぉぉぉぉぉっ!! 『サクリファイスソード!』 喰らえぇぇぇぇぇっ!!」
怒号が山肌に響く。
どうやら既に先客がいたらしく、三人組のPTの一人が、金色の炎を纏った巨大な鳥型の悪魔、『魔神フェニックス』と一騎打ちをしていた。
『ふふっ、あははははっ! こんなものかぇ? 効かぬなぁ!』
「ふぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
褌姿でサクリファイスソードとくればグラディエーターと相場は決まっているが、この必殺の一撃を以てしてもフェニックスに大打撃を与えるにはいささか威力不足だったらしく。
かすり傷程度についた傷は瞬く間に全快され、反撃とばかりに炎の羽が降り注がれ、グラは全身炎に包まれてしまう。
「大丈夫かイズナ!?」
「無理しなくてもいいのよ! まずそうならリタイアして!!」
少し離れたところで見守っている仲間達も心配そうに声をかけるが、身体に着いた炎を転がり回って消火したグラは、なんとかして立ち上がり、仲間達の顔を見た。
「こ、こんなもん、なんでもねぇよ。俺はこの日の為にずっと鍛えてきたんだ……負けるかよ!!」
その闘志、薄れる様子すらなく。
ぐ、と拳を握り、目の前の不死鳥をギラリと睨みつける。
こいつは多分、フェニックスが好きなタイプの挑戦者だ。
『――その姿勢や好し! なれば死に物狂いで乗り越えて見せよ――さぁ、参るぞ!』
「応よ! 覚悟しろフェニックス! あんたを倒して、俺と俺のギルドは名を挙げるんだぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
漢らしく真っ正面から突っ込んでいくグラ。
フェニックスも感嘆し、最大火力で正面に一撃を放った。
「う、うぅ……」
「ほらー、いわんこっちゃない」
「こうなる前にリタイアしとけよなー。『ヒーリング』」
結果、イズナと呼ばれたグラは、十秒持たずにダウン。
全身大やけど、瀕死の重傷となればリアルでもやばいが、このゲーム世界では意識さえあれば外傷はヒーリングやヒールポーションで瞬時に回復するので、それほど問題でもなさそうだった。
仲間たちは呆れ顔で介抱していたが、まあ、あいつとしても加減はしたのだろう。
『よく頑張った方だとは思うが、技量不足じゃ。もっと腕を磨いて参れ』
対峙していた魔神殿はというと、既に戦闘モードを解除しており、幾分縮まった、金色の鳥のような外見になっていた。
それなりに気に入った相手だったらしく、かける言葉もやや優しめだ。
「あ、ありがとうございました……」
『うむ』
「あの、因みにグラで一番戦えた人って、どれくらいまでいけましたかね?」
『最も強かったグラディエーター職の者は、五時間ほどの継戦の末に全力状態の我に勝利したぞ。満身創痍ではあったが、アレも偉大な男よ』
「ご、五時間も……すげぇ」
そうかと思えば、戦闘後の雑談が始まる。
この魔神、戦いに真摯な者相手にはフレンドリーである。
『精進するのじゃ。グラディエーターは対ボス戦闘向きのスキルも多い。立ち回りをよく考え、我の想像を超えて見せろ』
「頑張ります。次こそは、勝って見せますよ」
『その心意気やよし……次の者が見えているでな。早々に立ち去るが良い。見物してもいいが……今回に限って言えば、命の保証はしかねる』
「えっ……あ、はいっ」
「ありがとうございましたーっ」
「さ、早く帰ろうぜイズナっ、それじゃ、どもー」
ちら、と長い首を動かしてこちらを見やりながら、フェニックスは対戦者たちに戻るよう促す。
こいつとしても、邪魔者はいない方がいいのだろう。
三人組も言われた通り素直に帰ってくれたので、ほどなくこの場は俺とこいつの二人だけとなる。
『……さて』
「おう」
空気が変わる。
それまででかい鳥の姿だった魔神フェニックスは、俺の顔を見やりながらぶわ、と、その身に炎を纏わせ……大きく炎を波立たせる。
無数のきらびやかな羽が舞い、それがフェニックスの周りを覆ったかと思えば――
『久しいのうドクよ! ようやく我の元に来てくれたな! ずっと待って居ったぞ!!』
――きゃぴきゃぴの金髪少女になり、俺の目の前に降り立った。
「なんとなく気が向いたから来たんだ。暇でな」
『我ほどの上位魔神を前に暇つぶしでくるのはお前くらいのものじゃ! 今まで何をしていた!?』
「俺は俺でいろいろ忙しかったんだよ。ギルメンと遊んだり、トラブルに巻き込まれて面倒くさいことになってたりな」
キンキンとよく響く声で馴れ馴れしく話しかけてくるのは、それだけ気に入ってくれている証拠だ。
こいつは、自分が認めた相手にはどんどん自分をひけらかすタイプ。
口調こそ尊大だが、ツンデレだと思えば可愛く感じなくもない。
『むうー。ギルメンと遊ぶのが楽しいのは仕方ないが、それにしてもトラブルとはケッタイな。そんなもの運営にでも任せておけばいいのじゃ。我と遊ぶことを優先せんか』
「割と命の危機に陥ったりしてたからな。放置してたら犠牲者も増えたかもしれん事もあったし、お前に挑戦する奴もいくらかは減ってたかもしれんぞ?」
『む……むー、それは困る』
ローズ以上にバトルマニア気質なので、対戦者が減るのだと言えば嫌がるのは解っていた。
流石にこれに関してはそれ以上何かを言う事もできなくなったらしく、眉を下げながら「でも……」と口をもごもごとさせていた。
こういう所は見た目通り少女っぽいので可愛く感じる。同時にコミカルでもあったが。
『しかし、下界ではそんな問題が発生していたのか……このレゾンデートルは不変のままだというのに、何故そんな面白そうなことばかり下界で起きるのか……』
「いやあ、命に係わるようなトラブルはできれば起きないでくれた方が助かるんだが」
魔神殿は不服そうであった。
元々こいつが挑戦者を受け付けて戦闘を楽しむのも、この辺りが不毛の大地としか言いようがない、なんにもない山だからに他ならない。
なんにもなさ過ぎて、フェニックス以外の生物も存在しないのだ。
あんまりに退屈過ぎると、フェニックスが自前で生物を創造するらしいのだが、そんな生物たちも永くは生きられず死んでしまう。
ささやかな創造主ごっこを続ける事すら難儀する、試される大地であった。
『解せぬのは、お前ほどの人間がそんなトラブル程度で死にそうになったなどとのたまった事よ。なにか? 我よりも強大な敵でも居たというのか?』
「いんや? 本気のお前より強い奴はいなかったが。でも特殊性で言ったらお前といい勝負な奴はいたよ」
『特殊性?』
「幽霊みたいな奴で、いきなりその土地に起きた過去の事件に放り込まれたりな。後は、今は改心したけど、鏡属性っぽいスキル使ってくるお姫様もいてなあ……これがリアルでの教え子の顔をしてた所為で、どうしても本気になれなくって負けちまった」
『ははは、流石のお前もリアルには弱みがあると見えたな。しかし、そういった話は中々に気になる所ではある……』
あどけなく笑う魔神は、しかし、思うところあるのか、腕を組みながら考え始める。
『過去の事件に放り込まれるという事は、時の属性絡みか……鏡属性もそうじゃが、なんとも希少な。そんな魔物の話、我はとんと耳にした事はないぞ……』
「お前らの間でも知られてない事なのか」
『少なくとも我らのコミュニティではな。しかし、確かに最近各地で異変が多いと聞く……知っておるか? エントの出現数が、去年までより倍近く増えているらしいぞ?』
「何だそりゃ……エントが見られるのは嬉しいが、あれが増えられるとそれはそれで面倒くせぇな……」
あれだけ倒すのに苦労するエントがわらわらと湧くというのは、それはそれで冒険者としては勘弁願いたい現象だった。
どういった経緯でそんな事になっているのか解らないのも厄介だが、唐突過ぎる。
それでいて通り道に村だの街だのがあれば踏みつぶされて一夜にして廃墟にされてしまうのだから恐ろしい。
『それに加えて、各地で我らの与り知らぬ正体不明のボスモンスターが出現しはじめたとか……各地を任されておる我らの同胞らも嘆いておったぞ』
「ボスモンスターも大変なんだなあ。縄張り争いみたいなのもあるのか?」
『そんなものはないが……各々の土地に住まうボスモンスターは、システム的にもそこに住む者・支配する者として設定されておるからな。同じ場所にボスモンスターが複数いるというのは、それだけで矛盾が生まれやすいのじゃ』
エントの様な特殊ボスは別として、と、メタな裏話を教えてくれる。
俺としては、普通にゲームをやっていたのでは知りえない重要情報なのでありがたいが、こういった情報を話してしまうのは、運営サイド的には問題ない事なのだろうか。少し心配になってしまう。
『そういった現象の中に、その鏡属性のだとか、時属性のだとかが混ざりこんでいるのやもしれぬ。こうまでややこしくなると、我らにも理解が及ばぬわ……運営は一体、何を考えているやら』
「解らない事は多いな……今まではそれでもなんとか乗り越えてこれたが、これからはどうなるか解らねぇ」
『このゲームも、ここにきて大きく何かが変わろうとしているのやもしれぬ。我らの在り方・存在意義も今まで通りとはいかなくなったのか――全く、運営ももう少し下の方に情報を撒いてくれてもよさそうなものを。直に暮らしているのは我らなのだぞ?』
「参っちまうよなあ。何が変わったのか解らんのも怖いが、いつそれが変わったのか解らんのもな。気が付くと頭の中いじくりまわされてそうで不気味だぜ」
以前教会で感じた記憶操作もそうだが、運営サイドの気味の悪さを感じさせる一端だった。
この辺り、後付けででももう少し情報開示が進んでくれれば疑問に思う部分もかなり減るだろうに、相も変わらず運営サイドはものぐさなのだ。
プレイヤーとしても困ってしまうが、それはこの世界に暮らすボスモンスターたちにとっても同じらしかった。
『……さて。久方ぶりに会えた故つい興奮して雑談などに興じてしもうたが、我は飽いておる』
「さっきまで戦ってただろ」
『あんなレベルの挑戦者ばかりでは無理もなかろう? お前ほどとは言わずとも、一騎打ちで全力の我と互角に渡り合える程度の奴は中々……この前のスナイパーの男も、楽しませてくれると思ったのに全力を出した途端勝手に溶岩にドボンしおったしのう』
「そりゃ残念だったな……」
聞きながら「どっかで聞いたような話だ」と苦笑いしながら、数歩ばかり距離を開ける。
魔神も、嬉しそうに口元を緩め、宙へと浮いた。
「俺もお前かマジョラムかのどっちかで時間が潰せればと思ってたからいいけどな。あっちは敗北覚悟だが」
『マジョラムは風情の解らぬ男だからのう。一騎打ち特化のお前とは相性も悪かろうが……』
「まあ、負けるのが嫌な訳じゃないけどな。無意味に死ぬのは嫌だが」
『ならば尚の事、我と戦うのが一番妥当であろう』
「そうだな。だからここに来たんだ」
くく、と、拳に力を入れ、不死鳥の杖を腰の後ろへと当てるように構える。
左腕は盾代わりの為、胸の前に。
『ふふん。お前は本当に解っておるのう♪ 我の与えた親愛の証、それに不死鳥の杖もきちんと持ってくるとは可愛らしいではないか♪』
「持ってこないとブチ切れるからなお前は。加減なしでラーヴァメギドフレア連射してくるからな」
『当然じゃ。女心を解らぬ男は死ねばよい』
口元を結びながら、ドヤ顔で腕を組む不死鳥殿は、これで立派な乙女であった。
外見や仕草なんかはレディと呼ぶにはまだまだ程遠いようにも思えるが、その女心に逆行するような事をすると猛烈な攻撃にさらされる羽目になる。
そうなると倒すのが一気に厄介になるので、それは控えたいところであった。
こいつにとっては自分の攻撃の大半を無効化されるアイテムのはずだが、そんなものでも気に入った相手には身に付けていて欲しいらしいのだから、その通りにするに限る。
実際問題こうして上機嫌になってくれるのだから、この方がいいのだ。
「んじゃちょっくら……俺も全力で闘わせてもらうかね」
『くふふ……もう楽しみで楽しみでならぬわ。我とてずっと同じ実力で甘んじている訳ではない。今回は勝たせてもらうぞ!』
「ああ……来な!」
宙に浮く少女は、その金髪を金色の炎へと変化させ。
その身体の周囲に無数に舞う羽は、自在に主の周りを回りながら、俺へと狙いをつけているように見えた。
見開かれた金色の瞳は、人ならざる縦シマの模様がくっきりと浮かび上がり、強力な魔眼の効果が既に俺の周囲に及び始めていた。
戦闘直前の時点で、この空気。この殺気。
肌にびりびりとした痺れすら感じさせる、死の感触がそこにあった。
-Tips-
聖地レゾンデートル(場所)
大陸極西に位置する険しい山々の頂上に存在する古戦場跡。
各始まりの街に五体しか存在しない『魔神』の一柱である『魔神フェニックス』がただ一人生活している聖地である。
フェニックス自身によって聖地として非常に強力な管理体制がなされており、草木一本生えないがゴミや汚染なども存在しない、清廉な土地となっている。
稀にフェニックスが気まぐれで創造したオリジナル生物の姿を見る事もできるが、その多くは過酷な環境であるレゾンデートルでは長く生存する事が出来ない。
基本的には何もない山肌のみが映る殺風景な世界であるが、フェニックスの戦闘時には大地から溶岩が溢れ出し、溶岩流となって無数の紅河が流れる死の大地へと変貌する。
上記のようにフェニックス以外の生物は基本的に居ない為、狩場として訪れるような場所ではないが、フェニックスと戦いたい者、取引したい者などが訪れる事は多く、専用のポータルを持つ聖職者もいるほどである。
ボスモンスター:魔神フェニックス




