#3-1.平和なる日常
セシリアを見送ってからしばらく。
待てどもマスターもプリエラも戻る様子がなく、「今日はもう諦めるか」と狩りにでも行こうとしたところで、一浪がログインしてきた。
「よう」
「やあドクさん。狩りかい?」
「うむ。マスターかプリエラに用があったんだがな。どうも会えなくてよ」
「なるほど」
参っちゃったぜ、と笑って見せると、一浪も納得したのか、小さく頷く。
「そういう一浪は……なんだ? なんか嬉しそうだな」
「えぇっ? 解るのかい?」
この一浪。今日に限って妙にウキウキしているというか、そわそわしているというか。
地に足がついていない様子で落ち着きがないのだ。
口元は微妙ににやついているし……悪い面ではないが、ログイン早々何か楽しみにしているように見えてしまっていた。
「いや、実はさ……明日、ミズーリさんと、久しぶりにデートなんだ」
「ほう。上手くよりを戻せたわけか」
「ああ。俺、今度こそ失敗しないように頑張るよ」
「しかし、明日デートなのに今日からそんな調子じゃ、気疲れしちまわないか?」
翌日のデートが楽しみで仕方ないのは解るのだが、朝からこんなでは明日まで持たないだろう。
人の恋のパワーというものには時として驚かされるが、同時に心配にもなってしまう。
「んん、そうかな……なんか、『どんなデートにしようか』って考えてたら勝手にテンション上がっちゃって……こんな調子じゃ、ダメかな」
「駄目って訳ではないがな。もう少し落ち着いた方が、冷静にどういうデートにするかっていうのを考えられていいんじゃないかと思ってな。余計なお世話かもしれんが」
つい口出ししてしまっているが、最終的にはこれは一浪とミズーリの二人の問題のはずなので、これはあくまで俺のお節介でしかない。
それでも一浪が意見として役立ててくれればありがたいが、そうではなく迷惑がられても困るので、「これ以上余計なことは言うまいか」と、口元を閉じ、背を向ける。
「でも、お前ならきっと上手くやれるだろ。焦らず、頑張れよ」
「ああ。ありがとうな、ドクさん」
街へと歩きながらに、向けられた一浪の言葉に手を振って返し、たまり場を去った。
倉庫前にて。
得に狩場を決めていなかったので、まずはこれから考えていたのだが、これといって欲しい装備も狩りたいモンスターもなく。
退屈しのぎに程よい相手でも、と、とりあえずのつもりで目的を設定し、装備を整えていく。
外套はなし。暑い場所なので余計なものはつけたくない。
服は半そでの『アロハシャツ』。そしてズボンとして『いなせな短パン』を選択。靴はてきとーでビーチサンダルにした。海の男風である。
武器はいつもボス狩りで使う『不死鳥の杖』、指には『リングオブフレイムロード』。この二つはこれから戦う相手には必須とも言える装備だ。色んな意味で。
目潰し対策の『高級グラス』はそのままに、後は適当な回復アイテムと冷却用品なんかをアイテム袋に詰め込み、準備完了である。
「ドクさーん」
「こんにちはドクさん」
さあ行くとするか、と、転送陣を出そうとしたところで、横の方からサクヤとエミリオに声を掛けられた。
ぴた、と祈る手を止め、二人の方へ向き直る。
「よう、二人とも。どっか行ってきたのか?」
「はい。今日はちょっと、『とげ角族の洞窟』へ行ってきました」
「久しぶりにバリバリと会ってきたんだよね。賑やかだったなあ」
少女二人を前に、若干空気が華やかになったように感じながら、話に乗る。
「バリバリっていうのは、例のゴブリンの友達か?」
「そうです。それから、ロボを一緒に倒したPTの人達とも仲良しになりまして」
「なんだかんだ、たまに組むようになったんだよね。バリバリも一緒に来たりする」
「マジかよそれすげぇ面白そうだな」
初級者PTってだけでも楽しそうだが、仲間としてゴブリンが一緒について回ってくるPTなんて世界広しといえどサクヤのPTくらいなんじゃなかろうか。
そもそもゴブリンは敵のはずなんだが、もしかして亜人種族カテゴリーの奴らは普通に仲間として組んだりできるようになっているんだろうか?
謎は多いが、サクヤ達が楽しめているようで何よりだった。
「ドクさんはこれからですか?」
「おう。ちょっくらフェニックスと一戦交えてくる」
「すごい単語がさらっと出た気がする……」
さすがにフェニックスくらいの人気ボスモンスターになると、サクヤやエミリオでも聞いた事くらいはあるらしく。
名前が出た瞬間、二人が心配そうに俺の方を見てきた。
若干、落ち着かなくなる。
「あの、大丈夫なんですか……? どなたかとご一緒とかですか……?」
「ドクさんが強いのは知ってるけど、ボスに一人で挑んじゃうなんてすごいっていうか……」
「ははは、まあ心配するなよ。それに俺は元々あいつは一騎打ちで撃破済みだ。今回は時間つぶしで軽く闘うだけだからよ」
「そ、そうなんですか……」
「軽くで戦えちゃう次元なんだ……ドクさんには追いつける気がしないなあ」
ちょっと引き気味なのが気になるが、まあ、俺の強さが少しでも解ってくれればと思う。
そう、俺は強いのだ。
サクヤ達も最近はちょっとは強くなったとは思うし、エリーも相当強いとは思うが、それでもまだまだ俺くらいの次元には及ばない。
早くその高みまで来てくれることを願いながらも、今はまだ、超越者として見守る側に徹したいと思う。
「とりあえず、行ってくるぜ」
「あ、はい。お気をつけて」
「お土産よろしくー」
教会の事も教えた方がいいか迷ったが、まだサクヤ達のレベルなら教会の世話になる事も少ないだろうし、要らん不安をばらまくのもよろしくないだろうと考え、黙っている事にした。
遠からず知れる事ではあるだろうが、無理に今報せる事でもないと思ったのだ。
教えたとして、解決できる何がしかをこの二人が持っている訳ではないのだから。
にこやかに手を振ってくれる二人を前に、俺は再度転送陣を発動させ……リーシアから旅立った。
-Tips-
アロハシャツ(衣服)
南国仕様の、派手な柄に彩られた半そでのシャツ。
布地が薄く風通しが良いことから海沿いの集落や街では愛用されており、衣服としては比較的安価な為観光客や潮干狩り客などが着ている事も多い。
男性専用という訳ではなく女性が着る事もできるが、女性は女性向けでもっと愛らしい『南国ドレス』や水着などがあるので、これを着るのは主に男性である。
装備品としてみた場合、防御力は皆無だが軽量で乾きが良い為、防御力目当てでは全く役立つことはないが、実力的に明らかに余裕をもって行ける程度の狩場になら選択肢としてはアリである。
ただし意外と着る者を選ぶ為、似合わない者が着ると見るも無残な事になるという点で注意が必要である。




