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ネトゲの中のリアル  作者: 海蛇
10章.NPC・クライシス(主人公視点:ドク)

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#2-3.眠らない眠り姫


「疑って悪かった」

「いえいえ。仕方のない事ですから」

素直に謝るが、アリスは両手を前に、「気にしないでください」と笑う。

「だが、ミゼル不在というのは中々にでかい問題だな……あいつに助けられた奴は多いし、きっとこれからも沢山来るだろうに」


 ハイプリエステスは、その強力な奇跡の行使によって様々な恩恵をプレイヤーに与える。

毒や病気、呪いといった状態異常の解除などはその最たるもので、エキスパートたる彼女がここにいるからこそ、「教会までたどり着きさえすれば」という希望をプレイヤーに与える事が出来るのだ。

一応、プリーストなりプリエステスなりが三人四人集まればハイプリエステスが一人で解くような呪いや毒なんかを解くことは可能らしいが、効率が悪い上に絶対ではなく、更にある程度連携面での熟練が必要とあっては、期待できるべくもない。


 さらにミゼルが時折鳴らす教会の鐘。

これにもハイプリエステスのみ扱える奇跡の効果が付与されており、これを聞く者に心からの安寧を感じさせ、強いリラックス効果と、疲労回復効果を与える。

一日の始まりに聞くことにより活力が増し、日常生活の効率がよくなるという側面もあり、街に住まう者には欠かせない。


 プレイヤーとしては、折角の最上位職なのに狩場には顔を出さない為力を最大限に発揮できないとも言えるが、決められた場所にいけば必ず会えるというその一点のみで、ミゼルが教会に居る事はとても重要な意味を持っていたのだ。


 そのミゼルが、いなくなってしまった。

後に残ったこのプリエステスは、確かに愛想こそいいが、その腕前の方はまだはっきりとしない。

ミゼルが後を任せるほどなのだから決して役立たずではないのだろうが、どうしてもその不安、ぬぐい切れないものがあった。

「私はミゼルさんより『極意』を学びましたので、普通のプリエステス(・・・・・・・・・)よりは働けるつもりですわ。ミゼルさん不在の間、冒険者の方々が難儀しないよう、努力するつもりです」

「ああ、頑張ってくれ」

プリエステスにできる事は限られている。

ミゼルの教えた極意とやらが何なのかは解らないが、それでも多大な苦労がこの娘の両肩にのしかかるのだと思うと……こうしてお喋りにあまり時間を費やさせてしまうのも、悪い気がしてしまい、立ち上がった。


「あら、もうおかえりで……?」

「お祈りは先に済ませたしな。今日のところはこれで失礼する」

「そうですか。ではまた」

「またな」


 振り向かず、手を挙げながらに扉へと歩いていき、そのまま聖堂から出た。




 強い夏の陽射し。

これから起きるであろう問題を考え、俺はひとまず、たまり場へと急ぐ。

懐から転移アイテムを取り出し、ぐしゃりと潰す。

歪む視界。ほどなく俺の前は暗転し――戻った時には、見慣れた光景が広がっていた。


「ドクさん。おかえりなさい」

「よう」


 たまり場に居たのはセシリアだけ。

それも気だるそうに岩場に背を預けているのではなく、立ち上がり、どこかへと行こうとしていた。

「どっか行くのか?」

「ええ。ちょっと用事があって、メイジ大学へ行こうかと」

「へえ」

今日は珍しいことが続くな、と岩場に腰かけながらに思う。


 セシリアは、バトルメイジとして相当の手練れで、今更大学で学ぶようなことはないものだと思っていたのだ。

その戦闘スタイルも確立されて久しい。

わざわざ大学で調べるような事もないのではないかと思うのだが、こいつなりの事情があるのだろうか。

ともあれ、今はそれどころでもないのを思い出し、話を戻す。

「他の奴は当分戻らねぇかな。マスターかプリエラあたりがいればと思ったんだが」

「プリエラはローズのところに行ったみたいね。黒猫の女性陣とお茶会ですって」

「おのれプリエラ」

ミゼルから見れば、プリエラは一番の友人と言ってもいい相手だろうから、何がしか事情を察知しているかもしれないと思ったのだが。

そのプリエラがローズとお茶会では、事情を聞きに行く訳にもいかないではないか。

ローズのいる場所にわざわざ顔を出すなんてのはできれば避けたい。

こちらに関しては待つしかなさそうであった。

「マスターは……相変わらずどこかをうろついているのではないかしらね? 見ないわ」

「まあ、そうだよな……ったく、あのマスターは」

どうでもいい時ばかり顔を見せやがる、と悪態をついていると、セシリアは苦笑いしていた。

相変わらず、よく笑う奴だった。

「何か用事なの?」

「ああ、ちょっとな……ミゼルがいなくなったのって、知ってたか?」

「ミゼルさんが……? いいえ、初めて聞くわね」

そして相変わらずというか、こいつはあまり動じない奴だった。

以前からそうだが、あまり本心からの感情という奴を(おもて)に出さない。

だから、笑っている事はあっても、本当にそれが心から嬉しかったり面白かったりで笑っているのか、今一解らない奴だった。

そういう意味では、ギルドの誰よりも読めない、謎の多い奴でもある。

人が見れば人当たりよく映るのだから、マルタのように始終不愛想なのよりはずっといいはずだが。


「プリエラが何か知ってるんじゃないかと思って聞こうと思ってたんだよ。それか、とりあえずマスターに話しとこうと思ってな」

「なるほどね」

「でもどっちもいないんじゃな……女子ばっかのお茶会に顔出す気にもなれんし」 

「ふふ……ドクさんとしては悩ましいわね?」

「ほんとにな」


 話すのも上手いが、聞くのも上手い。

ただ一方的に話すのが好きなプリエラと違い、セシリアはどちらに回っても相手を退屈させる事がないのだ。

だから、誰であっても一度でも話せばセシリアに好感を抱くし、「また話したい」と思うようになる。

これを天然でやっているのだから強い。


 だが、あまりお喋りしている暇もないらしく、セシリアは空を見て「そろそろ行くわね」と、適当に話を切り上げた。

俺とは時間的にズレた世界を生きるセシリアである。

邪魔するつもりはないので、無理に引き留めず見送る。


 リーシアへと急ぐセシリアは、いつもと違いどこか足早であった。


(……何か、楽しみでもできたのか?)


 ランランと心軽やかにステップでも踏んでいるような、そんな後姿に、見送る俺はふと、そんな事を考えてしまっていた。


-Tips-

転移の翼(アイテム)

使用者を本人が強く想像できる特定の場所(街やたまり場など)へと転移させる事の出来るアイテム。

握り潰す事によって発生する羽毛の粉によって転移する為、一度使うと壊れて消滅する消耗品である。


似たような一人用の転移アイテムである『転移クリスタル』とは性能で被る面も多いが、『転移クリスタル』は安価で安定して手に入る代わりに使用から発動までの時間が長く、緊急時に使う際にはやや不向きである。

対して『転移の翼』は獲得手段がモンスターのドロップ依存の為比較的高価で安定供給されにくい側面もあるが、使用から発動までは一瞬の為、真に追い込まれた際にはこちらの方が使い勝手は良い。

この為、使用用途や懐具合と相談して使い分ける必要のあるアイテムであると認識されている。


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