#1-3.これからも続く二人の道
「……むぅ」
意識が途絶したのはどこからだっただろうか。
あいつに煽られるまま、何杯目かのジョッキを空にしたところまでは記憶にあるのだが、自分が今、どのような状況にあるのかが今一解らない。
ただ、ログインしてみれば、そこはたまり場だった。
「あ……」
「お……」
そうして、そこにはサクヤが居た。
互いに目をぱちくり、一瞬沈黙があったが。
「あの、こんにちは、というとちょっと変な気がしますが」
「おう」
気まずい、というよりは、どう接したらいいのか解らず困惑しているような感じだろうか。
昼間、あんなことがあったのだから無理もないが。
「えっと……なんだか、不思議な感じですね。昼間、告白した相手と、こうやってゲームの中でも向かい合って座るなんて」
「そうだな。それは俺もそう思う」
最近ギルドに入った新人。可愛い弟子。
そんな風に受け止めていた相手が、リアルで自分に告白してきたのだ。
つい最近までそんな繋がりすら知らなかったが、知ってしまったあとでは複雑な気分にもなる。
当然、サクヤもそう思っているのだろう。
「でも、別の意味でも不思議というか……」
「不思議? 何がだ?」
「あの……ゲームの中でこうして会うと、『オオイ先生』っていう気がしないというか。『ドクさん』っていう気になってしまって、告白した相手のように思えないんですよね……」
「ほう」
少し言いづらそうにしている辺り、サクヤ的にはリアルの俺に変な勘違いをさせたくないのかもしれないが。
ただそれは、そんなに不思議な事でもない気もする。
「そんなに深く気にする事じゃないと思うぞ」
「そうなんですか?」
「ああ、俺も同じだからな。俺にとって今目の前に座るお前は、『サクヤ』だ」
リアルがどうこうではないのだ。
この世界の俺がこの少女を認識しているのがサクヤであり、サクヤ自身がそのようにして生きたからこそ、俺はそのように感じている。
少なくとも、サクヤがそうであると認識したのは、リアルの俺ではなく、このゲーム世界にいる俺という生き物なのだ。
だから、それを感じ、受け止めるのもこの世界の俺とリアルの俺とでは、幾分違いがあるのだと思う。
「だから、いつも通りの『ドクさん』として接してくれればいいと思うぞ」
「はい、解りました……でも、その方がいいですよね」
「うん?」
「だって、ゲームの世界でまで好きな気持ちが続いてしまっていたら……いきなり、抱き着いちゃったりとかしそうですし」
「それは……確かに問題だな」
サクラの意外な一面というか。
もしかしたら、すごく情熱的な女の子なのかもしれない。
だが、それまでただのギルメン、弟子くらいにしか扱ってなかった少女が突然「ドクさん好きですっ」なんて抱き着いてきたら、周囲の困惑もさぞかしであろう。
俺のこれまで築きあげてきたクールなイメージも一変し「いたいけな少女に手を出したロリコン野郎」というレッテルまで張られかねない。
それはちょっと、いや、かなり困る。
この世界での俺は、クールな兄貴で通したいのだ。
「それに、プリエラさんにヤキモチ焼いてしまいそうですしね」
「ああ、うん、まあな」
そんなことで修羅場になられても困るので、今の状況はむしろありがたいと言えた。
リアルでの関係は変わっても、ゲーム内での関係は同じままなのだ。
その方がいいに決まっている。リアルでの事情がゲーム世界にまで影響するなんていうのは、要らない要素だ。
「それじゃあその……これからも、よろしくおねがいしますね」
「ああ、よろしくな。とりあえず暇だから、狩りでもいくか?」
「おお、いいですねー! 最近色々あったから、そういうの、大歓迎です!」
目の前ではにかむ少女は、俺のよく知る顔で笑う。
リアルでの俺達の新しい関係は始まったばかりだが、ゲーム世界での俺達は、まだしばらくはこのまま続くのだろうと思う。
色々不安はあるが、「これはこれで味があっていいな」と、この世界の俺はそんな事を思って受け入れるのだ。
ゲームと現実。異なる世界の俺は、異なる解釈でこの少女を受け入れていた。
-Tips-
酩酊(概念)
酒を飲み過ぎる事により陥る状態。
極度に酔った状態であり、思考がまともに回らず、意識も朧気で、ろれつが回らなくなる。
視界なども安定せず、認識能力・記憶力などが極端に低下し、場合によっては意識が途絶してしまう。
人によってはそのまま命を落とす事もあり、危険な状態であるが、レゼボアにおいては酔い覚ましの錠剤を使用するか、数字学的な処理を施せば数秒~数時間で解決する為、最上層・上層での近年での死亡例は0である。
また、酔った気分だけを感じる事の出来る酒も開発されており、それによって酩酊した気分になる事もできるが、これによって二日酔いになったり死ぬ事はありえない為、最上層などではこちらが使用されることが多い。




