#11-3.リアルサイド13-行動する乙女-
結局ナチは職員室に向かい、私は一人、ナチが戻るまでの間ぼーっと待つことにした。
私と同じタイミングで帰っていく他の卒業生を見ながら。
のんびりと校門前まで歩こうかなーと思っていたところで、見慣れた白衣の人が視界の隅に映った。
(……あっ)
つい、追いかけてしまう。
向かう先は、校舎脇。
ちょっとした芝生があって、ベンチが置かれている休憩スポットだった。
あんまり目立たない場所だけれど、お昼なんかだとここでご飯を食べる子もいる。
流石に今日は卒業式があったので、ここで休む生徒はいないけれど。
だからか、先生一人がぽつん、と、そこに立っていたのだ。
「ふー……平和だ」
落ち着いた様子でベンチに腰掛け、カシャ、と手に持った缶を開ける音。
珍しく眼鏡をはずし、ため息混じりに缶を口元に。
こくこく、と音を立て、そうして口を離して――だら、とベンチにもたれかかっていた。
「コーヒー、買えたんですね?」
そのまま、話さずに帰る事も出来た。
ただ最後に姿を目に焼き付けられただけで、十分なはずだった。
私はオオイ先生の事が好きだけれど、告白する勇気なんて最初からなくて。
ラブレターすら書けないくらい臆病で、情けないくらい、傷つくのが嫌だったのだ。
だけれどどうしてか、口は開く。
声が出てしまう。
「サクラか。まあな。珍しく買えたんだ。ただ中庭で休んでると他の教師どもに捕まりそうだからよ」
「そうなんですか?」
「ああ、あいつら、『生徒達の卒業を祝して』とか適当な理由つけて飲み会開きやがるからな。飲み会参加はともかく、卒業式の直後にそんな騒ぎに巻き込まれたら、折角のいい雰囲気が台無しだろう?」
いつものように隣に腰かけるや、先生はいつもよりちょっと砕けた口調で話してくれる。
先生がたも、卒業式というイベントで幾分、気が緩んでいるのかもしれない。
「卒業、おめでとうな。ナチバラは一緒じゃないのか?」
「ナチはちょっと呼び出されていまして……その、ありがとうございます」
ぺこりとお辞儀。
顔をあげると、見慣れた顔がそこにあって、ドキリとする。
平静を保とうとしていたけれど、限界は近い。
ゲームの中のこの人は、あんなにも無茶苦茶で、親しみを感じられる人だったのに。
リアルでのこの人は、隣にいるだけで、話しているだけでこんなにも私の心を揺り動かす。
――私は一体、どんなつもりでこの人に話しかけたのだろう。
「高校からは一気に世界が広がるぞ。やりたい事がどんどん生まれる。やれることも沢山増える。そうして、選ばなきゃいけない機会も増える。出会いも、沢山ある」
「楽しみです」
「いい高校生活を送ってくれ。悔いのないように、な」
「悔いのないような……」
「ああ、そうだ。振り返って『ああしておけば』って思ったって、巻き戻す訳にはいかんからな」
巻き戻したってどうしようもないしな、と笑いながら、コーヒーを一口。
飲み干したのか、缶を白衣にしまい込みながら、先生はベンチを立つ。
「ま、教師と言ったって俺は君の担任でもなければ、偉そうなことを言えるほど大層な人生を歩んだ訳でもないからな。あんま偉そうなことを言うと笑われそうだから、俺はもう戻る。じゃあな、サクラ」
「あ、はい。今までありがとうございました」
「ああ」
背を向け、片手をあげながら去って行ってしまうオオイ先生。
私はいつものように愛想よく笑い――笑おうとして、笑えず。
当たり前のように返答してから、ギチリと、強く胸を締め上げられたような、そんな気持ちになって。それから。
(ここで、これだけで別れてしまったら、私、悔いを残しちゃうよ……?)
それは、とても勇気のいる事のはずだった。
いつも「私なんか」と思っていた自分では、到底無理なことのはずだった。
いつもそばに居られるだけで勝手に満足して、いつも隣に座れるだけで勝手に喜んで、そうしてどこかで「これはきっと叶わない恋だから」と諦めていた事のはずだった。
だけれど「これでいいの?」と、私の中の何かが訴えかける。
今の私はただの生徒で、あの人は教師。
それ以上の接点もなく、ここで別れればただの他人同士、恐らく顧みられることもなくなる、そんな存在になってしまう。
私は、今日までそれでいいと思っていた。
この恋は叶わないもので、諦める事前提で、だからこそ、それすらもそんなに大した悲しみにならないと、そう思っていたから。
だというのに、私はこんなにも辛い。
こんなにも悲しい。寂しい。胸が苦しくて、泣いてしまいそうなくらいに辛い。
だって、私は結局、他人のままなのだ。
あの人にとって私は特別な存在でもなく、ただの生徒だった。
ただの生徒扱いしてくれる人だからこそ好きだったはずなのに、ただの生徒扱いのまま別れるのが、嫌で嫌で仕方ないのだ。
自分でも意味が解らない。混乱しているのがよく解る。
私はこの場において、混乱してしまったのだ。
混乱しながら、だけれど正気で、そうして、我が侭だった。
強くない私が、そんな我が侭な自分に背中を押される。
勇気の無い私が、そんな自分勝手な自分によって、声を出せる。
勝手に諦めていた私が、そんな……本当の自分に、本心に気付かされたのだ。
「――あのっ」
だから、私は立ち上がった。
離れていくその背に追いすがって。
そうして、声を掛けたのだ。
「……ん?」
振り向いた先生は、不思議そうな顔をしていた。
当たり前だ。別れたはずの生徒が追いかけてきたのだ。
何事かと思ったのかもしれない。困惑しているかもしれない。
私自身、緊張で口元が震えてしまったけれど。でも。
伝えなきゃいけないと、そう思ったのだ。
この気持ちだけは嘘じゃないから、知ってほしかったのだ。
「――オオイ先生。ずっと、好きでした!」
-Tips-
愛の告白(概念)
愛の告白とは、異性ないし同性に対し行われる、自身の恋愛感情の訴えかけ、要望、あるいは脅迫の一種である。
その手法は世界や種族によっても異なり、同じ人類種族であっても国によって異なったりするなど、文化的側面に左右されることが多い。
以下は、その中でも特に一般的なものと、特に変わった例である。
・多くの世界において、男性からのアプローチは自らの力強さ、逞しさ、頼りがいなどを見せつけ、好みの異性ないし同性を魅了する事、頼りがいなどからの『自分と結婚するメリット』を相手に印象づかせる事がメインとなる事が多い。
告白の際には、言葉によって相手の感性に訴えかけ、魅了しようとする。
・多くの世界において、女性からのアプローチは自らの女性的な魅力、殊更に容姿、スタイルの良さ、あるいは包容力の強さや家庭的な側面などを相手に印象づかせるものが多い。
種族によっては手料理によって相手を魅了したり、性的な魅力、極端な場合セックスそのものによって相手を魅了する事もあり、どちらかというと性的・精神的な充足を重視して結婚するメリットとして伝えようとする事が多い。
告白の際には、相手の感情に訴えかけ相手の庇護欲を誘おうとする事が多い。
・鈴街においては、恋を語らいあうのは三度以上顔を合わせてからでなくてはいけない事になっており、これを破るといかに相思相愛であれ、婚姻を認められる事はなくなる。
反面、年齢制限的なものを設けられることの多い他世界と比べ、年齢差などは些細なものとして考えられる傾向が強く、幼年児と大人とが恋人関係、あるいは婚姻関係にある事も珍しくはない。
告白の際には、互いの両親や後見人の様な信頼できる人の前で行う事が多く、当人同士だけでの恋の語らいは告白とみなされない事が多い。
・サウスフィールドにおいては、森を支配する王者とも言える者がその縄張り内の全ての種族の女性を独占しており、王者以外の男性がその女性に対し恋心を抱いたとしても、王者の許可をもらわなくては告白する事は許されない。
反面、女性側は好みの異性と出会った場合、王者に一言断りを入れればそしりを受ける事はない。
告白の際には、男性ならば自らの狩猟した自慢の獲物を女性に捧げる事から始めなくてはならない。
女性ならばストレートに好意を伝えるか、王者を通して間接的に好意を伝えてもらう事が多い。




