#10-2.ハイプリエステスと試練の間
次に出た場所は、一度だけ訪れた事のある、聖堂だった。
ミッシーさん達が結婚式を挙げた聖堂教会の聖堂。
驚いた顔のミゼルさんがそこで待っていたのだ。
近くには、倒れたままのドクさん。先に送られて、ミゼルさんに見てもらっていたらしい。
「プリエラさん……その格好は」
「ミゼル。ちょっと大変なことになってて。『地下』は使えるよね?」
「あ、はい。もちろんですわ。いつでも使えるようにと、メンテナンスはきちんと」
「ん、よし……ミゼルはそのままドクさんを見ててあげて」
「承知いたしました」
ミゼルさんの驚きは、突然私達が現れた事よりは、プリエラさんの格好の方に向いていたようだけれど。
プリエラさんは詳しく説明する事もなく、流れるように指示を下し、私の手を引く。
「それじゃ、行こ。こっちだよ」
優しく握られた手は、しかし力強く引かれ。
私は引かれるまま、プリエラさんについていく。
プリエラさんの向かう先は、聖堂の奥、小さな一室から続く、地下への階段。
まるで隠されているかのように解り難い場所にあったその階段を降りてゆくと、ひんやり、空気が変わっていくのを感じた。
厳かだけれど温かな聖堂の雰囲気と違って、ここは……ひたすらに冷たい。
「ついたよ」
そうしてほどなくして、目的地に着いたらしく、プリエラさんが足を止め、私の顔を見る。
やっぱり真剣な顔で、私も思わず息を呑んでしまう。
「あの、ここは……?」
ついた場所は、小さな部屋になっていた。
中心にはぼんやりと浮かぶ光の珠のようなものがあって、それが暗い部屋を照らしているように見える。
壁にもカンテラが掛かっているけれど、光の大半はこの珠から。
……一見しただけでは何の部屋なのかも解らなかった。
「ここはね、『試練の間』と私が呼んでる部屋だよ」
「試練の間、ですか……?」
「そう。人の心の内にある、自分自身と向き合うための部屋。本人が忘れていたり、逃げたりしているものと向き合うための部屋だよ」
「自分自身と……?」
「元々は初期のギルドシステム関連の施設だったんだけどね。ギルドシステム自体がリニューアルされたから、残ったここは聖職者系の人用のイベント施設として改良したの」
意味深な説明だけれど、今の私の知識量ではそれがどういう意味なのかよく解らず。
ただ、自分自身と向き合える、というその一点が大事なんじゃないかな、と思った。
「さて、ミルフィーユちゃん。貴方は、『ミルフィーユ姫』を救いたいんだよね? もう一度会いたい? 話して、今度こそ互いに認め合いたい?」
そうして私と向き合ったプリエラさんは、覗き込むように顔を近づけ、正面からじ、と見つめた。
まるで、そうする以外にも選択肢があるかのような口ぶりで。
私にはもう、それ以外に選択肢なんてないのだと解った上で。
……今日のプリエラさんは、ちょっと意地悪な気がする。
「救いたいです。もう一度会えるなら会いたいし、もっとちゃんと、お話しする時間だって欲しいです」
だけど、私はこう答える事しかできない。
もっと心に余裕があれば、また違った返答ができたかもしれないけれど。
今は差し迫っていて、心も全然余裕が無くて、そして、心が逸ってしまっていた。
少しでも会える可能性があるなら、会いたかったのだ。
「それじゃ、あの光の珠――『終の宝玉』に触れてみて。それで、全てが解るから」
「はあ……触れれば、良いんですか?」
「うん、それだけでいいよ。ただ、一つだけ覚えておいて」
それだけで救われるなら、と、すぐにでも触ろうと近づいた私に、プリエラさんは付け加える。
振り向いた私に、人差し指を立てながら、プリエラさんは言うのだ。
「人は、決して自分という存在を、自分自身だけでは理解できないの。誰にだって、自分の知らない自分を持っている。見てしまったそれが例えどれだけ気に入らない物であっても、それは君自身の、紛れもないもう一つの姿。鏡は君の姿を正確には映してくれないけれど、ある意味では、君自身をとても正しく映してもいる。色んな人が鏡に映った自分の姿に悩み、色んな人が真実の自分の姿に苦しむ。だけれど多くの場合、人は自身の姿に折り合いをつけ、それを受け入れるの」
謡うように語り、プリエラさんは背を向ける。
「私は、君がそれを無事、受け入れられることを祈っているよ。女神リーシアに」
「……はい」
言われたことをその場でそのまま飲み込むのは難しかったけれど。
それでも、プリエラさんの言わんとしたことはなんとなしに伝わった気がした。
少し怖いけれど、私が近づくと『終の宝玉』は柔らかな光を溢れさせ、まるで「はやく私に触れてみて」と言っているかのようで。
私はその光に誘われるまま手を伸ばし――
そこは、廃墟となったラムの街だった。
私が立っていたのは、港。
ゲームの中では砂漠しかなかったあの港の前には、なみなみと水が存在していた。
(……あれ?)
見た事の無い風景。なのに寂しさしか感じないのは、その場所には、一人しかいないからだろうか。
「――ミルフィーユ姫」
夢の中とは違う、声に出せる現実。
私は確かにそこに存在していて、そうして、彼女もそこに存在していた。
私が知っている、どのミルフィーユ姫よりも存在のしっかりとした、お姫様らしいお姫様の姿。
海をぼーっと眺める、そんな彼女が振り向くとやはり、私の顔をしていた。
「ミルフィーユ」
私の顔を見るや、どこか寂しそうな笑顔。
「貴方は、そういう顔をしていたのね。背も、体つきも、私と全然違うのね」
そんな事を言われて一瞬疑問符が浮かんだけれど。
自分の身体を見てみれば、それがリアルの、制服を着た自分だと気づく。
そう、現実の私なのだ。金髪碧眼な自分。
「そういう貴方も、ゲームの中よりもお姫様してるね」
夢の中で見た彼女も勿論そうだったけれど。
今の彼女は、どこか儚げにも見えて。
『お姫様』という言葉がとても相応しく感じられるほどに、お姫様をしているように見えたのだ。
「……ゲームの中で、元の私の格好を再現しようとしても、なかなか難しかったから。最初は私も、初心者装備でナイフ一本からのスタートだったわ」
「そうだったんだ」
てっきり私は、最初からお姫様スタートなのかと思っていたので、それは意外だったけれど。
あんな別れ方をして、実際にこうして会ってやっているのが他愛もないお喋り、なんていうのは、ちょっと違う気もした。
「ねえ、ミルフィーユ姫。私は、もう一度貴方と向き合いたいの。あんな別れになってしまったけれど、私はまだ、納得できてない」
「それは私もよミルフィーユ。私も、過ちは認めたけれど……納得できていないわ」
互いに互いを見つめ合いながら、私たちは、自分の心と向き合わなければならなかった。
-Tips-
終の宝玉(概念)
生命の真実の姿を見せると言われる宝玉。
球形状ではあるが、16世界で唯一の『正確な自分の姿』を見る事が出来る鏡で、量販されている『パンドラの手鏡』の原型になっている。
人間の心の内にある自分自身、とりわけトラウマとなっている辛い出来事を見せつけられる為、人によってはそのトラウマに抗い切れず心が崩壊してしまう事もあるが、乗り越える事が出来た者には偉大なる祝福を授けられると言われている。
本来はゲームシステム上、初期のギルド結成の為の条件として用意された『試練』の一つであった。
だが多くの『試練』はあまりにも重すぎてほとんどのプレイヤーが乗り越えることができなかった為、ギルドシステムそのものがリニューアルされ、『試練』は廃止される事となる。
その後、終の宝玉は初代ハイプリエステスによって聖職者系最上位職にランクアップする為のクエストアイテムとして再利用され、現状に至る。
尚、リーシア近辺においてこの『試練』を乗り越える事が出来たプレイヤーは二名のみである。




