#9-1.光明は舞い降りる
戦いは、剣姫の突進から始まる。
重そうな幅広の剣を下段に構えながら、視線だけは私へとまっすぐに見据え猛進してくるミルフィーユ姫。
「――フリーズアロー!!」
一瞬で肉薄され、恐ろしく速いその一撃を真横に避けながら、左足を軸に、回転ながらに自分の元居た位置へとフリーズアローを撃ち込んだ。
「んっ――」
触れた者を凍結させる氷結の矢は、一瞬だけミルフィーユ姫の足とその周囲の床を凍結させるも、やはり弱く。
「――無駄よ!」
私が距離を離す間に、あっさりと抜けられ、また武器を構える。
(やっぱり、耐性が高い――)
条件さえ合えば中級から上級くらいのモンスターまでは凍り付かせられると聞いたので、少なくともミルフィーユ姫の魔法耐性、あるいは状態異常耐性はそれ以上となる。
「刃よ、敵を穿て――」
「はっ……クリスタルシャワー!!」
距離を開けたにもかかわらず、ミルフィーユ姫は剣先を私に向け、走り出そうとしない。
これはそう、バルバス・バウ戦の時にも見た、奇跡の行使。その為の詠唱だった。
それに気づき、急いで妨害の為の無詠唱魔法を放つ。
『――バニッシュメント!!』
放たれてしまった光の刃。
私の放った氷の魔法は、遅れて出た光の奇跡によって容易く切り裂かれ――
「きゃうっ!?」
腕が、左腕がその刃に触れ、肘のあたりに激痛が走った。
すぐにその痛みは麻痺したけれど……不意に、左腕の感覚が全部持って行かれたような、そんな重さを感じてしまう。
膝が震え、視界が一瞬、ブレた。
「あ……」
考えてしまった。
もし、今の攻撃が首や胸に当たっていたら。
そんな事を考えてしまい、思考が乱される。
脳髄から溢れ出す死の恐怖。
戦意が薄れていくのを感じて、ぎ、と、歯を噛んでそれを飲み込んでいく。
「大丈夫、切れてない」
幸い、腕はまだ繋がっていた。
肘からは止めどなく血が流れ出ていたけれど、直撃というよりは掠り当たりだったらしかった。
「冷静さを保とうとしたって、無駄だわ」
あざ笑うかのように、剣の姫は剣を再び構え、こちらへと向かってくる。
まるでパーティー会場でステップでも踏むかのように。
軽やかな足の運びで悠々と駆け寄り、剣を振りかぶっていたのだ。
「――くっ!」
痛みで我を忘れかけていたけれど、肉薄されて初めて、何ら対処しようとしなかったことに気づく。
咄嗟に杖を前に突き出したけれど、右手一本では全然力が入らず。
「そんなもので、防げると思ったの!?」
思い切り振りかぶられた一撃は、私の杖を容易に切断し――私はまた、真っ正面から。そう、真っ正面から縦に切り裂かれたのだ。
ぷつりと、何かが切れるような感覚。
先ほどの肘と違って、完全にばっさりといかれてしまい、見開いた眼を、閉じる事すらできなかった。
「あ……ぁ……」
よろよろと震えながら、バランスが崩れ、無意識に足が後ろへと突き出され、一歩、二歩とよろけながらも後ずさり。
だけれど、そんな状態でバランスなんて保てるはずもなくて、そのままばさりと、みっともなく転倒してしまう。
その衝撃で、手持ちのアイテムがいくつか、床に散らばってしまったけれど、もう、回収する力すらない。
「……貴方は、弱すぎる」
嘲るでもなく、怒るでもなく。
ただただ虚しそうに聞こえたその声は、一体誰のものだったのか。
あまりにも無様な敗北。惨敗という言葉に失礼なくらい、私は情けない負けっぷりを、もう一人の自分にさらしていたのだ。
そのままとどめを刺されるものと、目を瞑りながら、そのままに浮かぶ人たちに「ごめんなさい」と小さく呟いて……呟いて――
――不意に、『どかん』と、何かが弾けるような音がして、我に返った。
「え……な、何?」
てっきりそのままザックリと斬られて終わるのだと思っていたけれど、いつまで経ってもそれは起きず。
ミルフィーユ姫も、突然の事に意識をそちらへと向けてしまっているらしかった。
(……今なら反撃、できそうだけど)
この隙に何か、少しでも何かしらできれば、と思ったけれど、生憎と今は私も体が動かず、ただただ、その隙を眺めて「もったいないなあ」と、小さく息をついていた。
もう頭もフラフラで、言葉をしゃべる余裕すらなくなってきてしまった。
というより、死を強く意識したせいで、身体はもう、死ぬものと思ってしまったのかもしれない。
勝手に死んだつもりになっているのだ、この身体は。困った子である。
一瞬、静寂がその場を支配していた。
何が起きたのか解らなくて困惑しているミルフィーユ姫と、息をするのもしんどいくらいに、何もしゃべれなくなった私と。
二人して、音のした廊下の方へと、意識が向いていたのだ。
再び、『ドゴン』と、よりはっきりとした音が響き、広間の扉がベコリとへこむ。
三度『バゴン』と鳴った時には、扉が軋み――
『――ぬがぁぁぁぁぁぁぁっ!?』
門番として、階段を護っていたはずのバルバス・バウの巨体が、扉からこちらへ、吹き飛んできた。
「――っ!?」
まさかの出来事だった。
それは彼女にとっても同じらしく、完全にその意識は扉へと向いている。
私はもう、首すら動かせないけれど。
こつり、こつりと靴の音が聞こえ、「誰かが来たんだなあ」と、案外冷静な事を考えてしまっていた。
涙はどこかへと引っ込み、死を前にしていたはずの私は、奇妙な安心感を覚え――
「……ったく、手間取らせやがって。黒騎士野郎が」
――そうして、聞き覚えのあるその声に、また涙があふれてしまっていた。
私の情緒は、もうかなりの部分、おかしくなっているんじゃないかとすら思えて。
なんとかしてその顔を見たくて、なんとかしてその声をもっと聴きたくて、だけれど動かない体に、もどかしさを覚える。
「ドク、さん……? 貴方が、バルバス・バウを?」
「ん……? ああ、なんか邪魔だったからな。ぶっころがしてやったぜ」
声からはさほど疲れた様子もなく。
ただ、いつもより若干低いテンションで、低い声で、姫君の声に応える。
こつり、こつり、少しずつ靴の音が私の方へと近づいて聞こえて。
そうして、私の眼に、その黒い靴が見えるようになって、ぴた、と止まった。
「――そんな事はどうでもいい。なんでウチのギルメンが、友達のはずのあんたにこんな風に傷つけられてるんだ? お姫様よ?」
そんなに長くはない言葉だった。
だけれど、その重さ。その威圧感は、靴しか見えていない私にも、ずしりと伝わってくる。
普段ドクさんが絶対に見せないような、気迫に満ちた声。
「……貴方に理由を説明しても理解できるとは思えませんが」
「お前がどう思うかなんてどうでもいい……ただ」
「ただ?」
「俺の仲間に手ぇ上げたんだ。俺の相手をする覚悟くらいはできてるんだろうな……?」
威圧的な言葉と共に、ぱしゃりと、私に向けて何かが振りかけられる。
ちょっと冷たいような温いような、不思議な感覚。
お腹を中心にとぽとぽと水が伝い、ちょっとこそばゆいような感覚の後……ずん、と、身体が熱くなってきた。
回復アイテムか何かなんだと思うけれど、かなり効果が高いのか、お腹の痛みも大分薄れ、出血もいつの間にか止まっていた。
「すまんなサクヤ。来るのが遅れた。ってか、こんな事になってるなんて夢にも思ってなかったぜ」
相変わらず靴しか見えないけれど、その声は、耳に入るだけでも安堵出来た。
この場に居るだけでこの安心感。ずる過ぎる。
「……ドク、さん。すみません」
そのおかげかは解らないけれど、気だるいながらも、なんとか口が利けた。
落ちる寸前だった意識も、なんとかギリギリ保てている感じだった。
「本当なら転送陣の一つも出してすぐさま助け出したいが……流石に、このお姫様前にしてそんなことしても、逃がしてくれそうにはねぇ。少し、待っててくれ」
そんな優しい声に、なんとか返事しようとして、せめて見えるように、と、首を小さく揺する。
それに合わせてか、カチリ、靴のかかとが鳴り。
ドクさんは、走り出した。
-Tips-
二杖流(概念)
様々な装備バリエーションの一つ。
二刀流や二斧流のように両手に杖を持ち、これによる戦闘を行う。
バトルプリエステス/バトルプリーストやバトルメイジなどにみられるバリエーションで、高い近接戦闘能力と、杖の持つ特殊効果を同時に活かしきる事の出来る装備構成である。
反面、物理武器としてのリーチはほどほどしかなく、剛性も一部除きそこそこなものばかりの為に鍔迫り合いや打ち合いには不向きで、対人戦での活用には若干の工夫が必要となっている。
選ばれる武器としては、全杖中最強の物理攻撃力を誇る『不死鳥の杖』や、高い感電率を誇る『ショックスタッフ』などメインアームに、対象を沈黙状態にさせる『ロッドオブサイレンス』や傷つけた相手の体力を吸収できる『ドレインスタッフ』などがサブアームとして活用される。




