#6-2.陰り
結局じゃんけんではミルフィーユ姫が勝利。
人生初のじゃんけんでの勝利もあってか、ほくほく顔で幸せそうにチーズケーキを頬張るミルフィーユ姫に、ちょっとだけ幼さを感じてしまったのだけれど。
「そういえばさー、ちょっとリアルの話なんだけど」
エミリオさんが、ケーキを食べながらにお話を始めたので、視線がそちらに集まる。
「私の通ってる学校ね。今日、学園祭があってさー」
「エミリオさんもなんですか? 私のところもです」
奇遇だなあ、と思いながら、ちょっと楽しい気分になってしまう。
なんとなく自分と同い年くらいの子なのかなって思ってたけど、こういうお話で乗れるのは嬉しい。
「サクヤも!? そうなんだ、奇遇だねぇ」
「そうですね」
この時期に学園祭とか、そういう学校でのイベントをやる事は珍しくないので、それだけではどこの学校とも知れないけれど。
やっぱりこの学園祭というイベントは、学生にとって特別な思い出にもなる、そんなイベントなのだ。
「私さー、もうすぐ卒業だから、友達と何か思い出になる事ないかなって思ってたんだけど、これがすごくってー」
「すごい、と言うと?」
「即興演劇って知ってる? うちの学校の伝統なんだけどさ、当日いきなり役を振られて、アドリブで演劇しなさいーっていうやつ!」
「えっ……」
「それは……すごいですね。当日、いきなりですか?」
ある意味驚きというか。
その伝統、私の知る限り、うちの学校だけなんですが。
ミルフィーユ姫は知らないから普通に反応するけれど、私は……ある疑惑を感じてしまう。
(この人……ウメガハラの生徒?)
もうすぐ卒業、と話してたし、同学年の子の可能性は高い。
まさかそんな、と、否定したい気持ちも湧くけれど、団長さんみたいに親子でゲームをやっていて出会えている以上、知り合いや友達とゲーム内で出会えてしまう可能性も0とは言えない気がする。
「そう! それでさー、私の友達がヒロイン役だったんだけど、すごく綺麗なドレス着ててね。私、もう感動しちゃったよ! 元から綺麗な子だから何着てても似合うんだけどさ」
「……」
ナチ? それともオガワラさん?
あの場に居た中で友達って言えるのはこの二人だけど、どっちだろう、と思ってしまう。
それとも、私が知らないだけで、ウメガハラと同じように伝統にしている学校が他にもあるんだろうか。
今更ながら、エミリオさんは性格だけ見ればすごくナチっぽい。
今まで気づかなかったのが不思議なくらいに、そう言われるとすごくそれっぽいのだ。
すごくアクティブだし、ハキハキしてるし。
でも、オガワラさんという可能性も完全には否定できない。
もしかしたらそうなりたいっていう願望があって、普段はナチと対立してるけどゲーム世界では……みたいな感じかも知れないし。
どっちだろう、と、顎に手を当て考えていると、エミリオさんの視線がこちらにちら、とだけ向いたのに気づく。
すぐにミルフィーユ姫に戻ったのだけれど。
その意図が解らず、一瞬思考がそっちに移ってしまう。
「……それでね、その友達が、実は、ミルフィーユ姫にすごく似てて。私、てっきりその子が現実逃避? とかでお姫様やってるのかと思ってたの。いや、最初は誰かが演じてるんだと思ってたんだけど、話してるとずっと、その子みたいに感じちゃってて」
「……! リアルでのエミリオさんのお友達と、私とが、ですか?」
今度はミルフィーユ姫が、びくり、と震えたように見えた。
一瞬唖然としていたというか……すぐに取り繕うような笑顔をしていたような。
「うん。顔とか声とか、そっくりっていうか、同一人物ってくらい似てる。体型は違うんだけどね」
エミリオさんは笑いながらだったのでその表情の変化に気づいていないようだったけれど、私にはそれが、何かを示す変化のように感じられた。
「さっきまでそう思い込んでたんだけど、ミルフィーユ姫、じゃんけんの仕方とか知らないみたいだから、私の思い込みだったんだなあって、今さっきそう気づいたんだ。だからなんかその、ごめんね」
「いえ……そんな、謝られる事ではありませんよ。でも、そうですか……私に似た、お友達」
「……」
やっぱりこの人なりに、『異世界に居るかもしれない自分』みたいなものを考えたりしているんだろうか。
エミリオさんには笑って返してはいるけれど……何か、迷いのようなものを感じているような、そんな気になる。
「その方は、エミリオさんにとって、どういう方なのですか? 私とそっくりなその方の事、とても気になります」
「その子はね、本当はすごく笑顔がかわいい子で、いつもにこにこ笑ってて、その笑顔を見ただけで心があったかくなるような、そんな素敵な女の子なの。あ、ミルフィーユ姫が笑うとまんまそんな感じなんだけど」
エミリオさんは、楽しそうに話すけれど。
それはそのまま、今の私に対しての皮肉のようにも聞こえて、胸にグサグサと突き刺さる。
「お姉ちゃんが大好きな子で、そのお姉ちゃんが傷つかないように、笑っていられるようにって頑張ってて……だけど、ある日を境に全然笑ってくれなくなってね。今は、愛想笑いくらいはしてくれるんだけど、全然、本心では笑ってくれなくって」
「……それは、辛いですね」
「うん。すごく辛い」
「……」
ナチだった。多分、ナチ。
そんな深いところまで、オガワラさんでは知りえない。
確かにナチは最近になって、やたら私を笑わせようとしていた気がする。
自分に好意を向けてくれるサガワ君を振り回してまで、なんとかして私を笑わせようとしていた。
そう思うと、もしかして、ナチは本心から、私の昔の笑顔をとやらを見たくてそうしているのかもしれない。
「私の住んでるところってさ、他の階層よりも、他と違ってる子に対する風当たりっていうか、皆の興味がすごく向きやすいらしくって。ミルフィーユ姫みたいな外見だと、どうしても目立っちゃって。だから、その子は、ずっと、ずっと自分の外見を嫌がっていたの。お姫様みたいな金髪も、皆が羨むような青い目も、全部全部、『そんなの要らない』って、捨てたがってたの」
「……捨ててしまったのですか? その、お友達の方は。自分の、容姿を」
「リアルではまだ捨ててないけど、もしこういうゲームをやってたら……解んない。私はてっきりミルフィーユ姫がその子なんだと思ってたから、『ああ、本心では自分の外見を嫌ってなかったんだな』って安心しちゃってたけど、違ったみたいだし、ね」
ため息混じりのそんな言葉に、ギリリと胸が締め上げられる。
私は、結局自分の外見を捨ててしまったのだ。逃げてしまったのだ。
だって、ずっと憧れていたのだ。
ナチのような黒髪に。黒くて力強いその瞳に。
多くの人から注目なんて浴びなくてもよかった。
私はただ、自分が美しいと、そうなりたいと思ったものになりたかったのだ。
――誰にも指さされない、笑顔で受け入れてもらえる、そんな黒に。
「……」
ミルフィーユ姫と、目が合ったような気がした。
最初はエミリオさんの方を見ていたのだと思ったけれど、もしかしたら、私の方を見ていたのかもしれない。
「……っ」
その意味を考えていたら突然、ずきん、と、胸の奥を抉られる様な痛みが走る。
「どうしたのサクヤ?」
「大丈夫ですか?」
声まではでなかったけれど、突然胸を押さえたので、二人も心配そうに私を見る。
もしかしたら、表情にも出てしまったのかもしれない。
「ん……大丈夫。大丈夫です」
その心配そうな顔を見るのが、どこか辛くて。
なんで楽しいはずのティータイムで、こんな針のむしろみたいな事になっているのか解らず、困惑してしまう。
「エミリオさんのリアルの事は、私には解らないですが……エミリオさんは、その方の事をとても大切に思ってらっしゃるんですね」
「うん。大切な親友だよ。例え何かあったとしたって、私たちの絆は絶対に切れる事はないって思ってる!」
少しして、私の容態が悪くなったわけではないのだと二人は理解したらしく、おしゃべりは続いていた。
話の中心のエミリオさんは、どこか重しがなくなったような、そんなほっとしたような表情。
そんな推定親友の言葉を、私が遮る事なんてできるはずもなく。
私はただ、話すことを頷くでもなく、聞き流すでもなく、耳に入れ、困惑と戦っていた。
鈍く残るそれは中々緩和されず、私の心に留まり続ける。
「羨ましいですわ……私は、そういう関係になれるのでしょうか」
真摯な瞳が、エミリオさんを見ていた。
ただただ、じ、と、私の推定親友を見つめ、何かを願うように。
「なれるんじゃないかな。うん、なれるよ。なんたって私達は、友達なんだからね。今はまだお互い、色々わかんない事も多いけどさ、その内、同じくらいに大切に思えるようになると思うよ! こういうのって、何人いたって重しにならないと思う!」
「……はい! これからも、よろしくお願いしますね!」
にっこりと受け入れるエミリオさんと、ほっとしたように微笑むミルフィーユ姫。
そんな二人を、私は一体どんな顔で見ているのだろう。
「良いお友達になりましょうね、エミリオさんも、サクヤさんも!」
「えへへー、なんだかこういう場所でやると不思議な誓いみたいだねぇ」
「そ、そうですね……」
その『お友達』の中に私も入っているのだ。
このエミリオさんが私の知る親友であっても、このミルフィーユ姫が『異世界の私』か、それに近い誰かだとしても。
今、お友達として一緒に居る事には違いはなくて、この関係が続くなら、その方がいいに決まっていた。
決まっていたのだけれど……ミルフィーユ姫の視線が、どこか落ち着かないように思えるのは、なんでだろう?
「そういえばサクヤさん、大切なお話があるのですが」
それから少しの間、雑談混じりながらも幾分気の軽い、痛みが和らぐような雰囲気が続き、箱の中のチーズケーキも大分減っていったのだけれど。
私が食べ終え、エミリオさんが二つ目、ミルフィーユ姫が三つ目のチーズケーキに手を出したあたりで、ミルフィーユ姫から声を掛けられる。
「はい、何でしょう?」
食後の紅茶でようやく落ち着けた私は、「なんだろう」と首を傾げながら問う。
「今度、街の復興を記念して、特別なイベントをやろうと思っているのです。海の再生も兼ねて『ハイドリア』というお祭りをしようと思っていたのですが……まだしばらくかかりそうなので、ひとまずは、街の復興をお祝いしようと思いまして」
「あれ? そうなの? 私、てっきりハイドリアっていうのが今度やるお祭りなのだとばかり……」
「ええ。そうなのです。それで、サクヤさん。サクヤさんには、是非私と一緒に、メインイベントに参加してほしいのです」
「私に、ですか……?」
「勿論、参加してくださいますよね?」
そこにあったのは、満面の笑みだった。
冷たさに満ちた、脅迫めいた笑顔。
「……」
「駄目ですか?」
「いいえ、参加、させてください。どんなイベントなのか、知らないですが」
「そう。よかった――まだ企画段階なのですが、その気になればすぐにでもできるイベントなのですよ。では、今週末にでも」
なんとか答えた私に、お姫様は満足げに笑う。
「そんなに早くできるものなの? 姫様、準備とか、大丈夫……?」
心配そうに見つめる私の親友。
お姫様は「ええ」と、目を閉じながら、優雅に紅茶を一口。
「準備にはそんなに時間はかかりません。ただ、そのイベントには……サクヤさんの協力が必要かな、と思ったもので。ダメなようでしたらエミリオさんにお手伝いいただくつもりでしたが」
「そうなんだ……もちろん、私も手伝うつもりだけど……サクヤは、大丈夫なの?」
「大丈夫……だと思います。あんまり自信がありませんが」
「うふふ、大丈夫ですよ。そんなに心配なさらなくても。それよりもこのチーズケーキ、とても美味しいですね」
話している事だけは、和やかな雰囲気に戻ったように感じられた。
だけれど、ミルフィーユ姫の私に向けている視線の意味が、全然異なっていた。
どこか疑惑というか、疑念というか、疑いの目のようなものを私に向けていたような、そんな風に感じてしまったのだ。
「イベント、とっても楽しみですね」
にこやかな笑みの中。
友人のはずのお姫様が何を考えているのか、私にはもう、解らなくなってしまった。
-Tips-
ナイツ(ギルド)
ギルドマスター:???(ソードメイデン)
廃都ラムに突如出現したギルド。
街依存型という全く新しいタイプのギルドで、ラムの中央部にある古城を拠点に、ギルドそのものはラムからほとんど動くことなく活動している。
主な活動内容は古城、およびラムの街の警戒、モンスターの討伐などであったが、『タウンメイキングシステム』の実装によって廃墟となっていたラムの復興も活動内容に含まれるようになった。
現在は復興の主導とそれに必要な資材の入手、人材の募集、転送など、その活動も多岐に渡っている。
人数が集まれば集まるほどに物理防御能力が向上するガード系最上位職『ロイヤルガード』到達者が多数在籍している為、現状で物理防御に関してはリーシア近辺最強クラスの戦力を保持していると見られている。
ギルドメンバーや復興従事者の間でカリスマ的な人気を抱かれる『姫』と呼ばれるプレイヤーを中心にしているように見えるが、その正体は謎が多く、どのようにしてラムや古城の権利を手に入れたか、何故それまで誰もなれなかったロイヤルガードが突如として多数生まれたのか、誰も知らない。




