#5-2.リアルサイド12-記憶の中の父-
それからしばらく、母を交えてお喋りなんかをしていたのだけれど。
それだけで学園祭が終わってしまうのももったいないので、と、一旦別れ、三人でまた校内を歩く。
ナチはちょっと残念がっていたけれど、私は気にしない。
「そういえば、サクラさんのお母様ってその……ドレス姿、良く似合ってらっしゃいましたね」
思い出したように、オガワラさんが母の服装について褒めてくれる。
母のドレス姿。けなされたり笑われるのも嫌だけど、褒められるのもそれはそれでちょっと複雑な娘心。
「そうですか? 私はいい年して派手な色のドレス姿なのはやめてほしいと思うんですけど」
確かに外見はすごく若いけれど。
自分と同じくらいの外見の娘がいるのにいつまでも目立つ格好をしているのはなんというか、恥ずかしい。
いや、似合ってたけど。私なんかよりずっと似合ってたけど。
「んー、でもあのドレス、結構高級そうな装飾になってなかった? 仕事着なんじゃない?」
「たぶんそうだと思うけどね……一応公式の場だから、ああいうの着てるんだと思う」
両親がどんなお仕事をしてるのかはよく知らないけれど、普段着はもう少し抑えめなので、仕事専用なのだと思いたい。
「……私としては、理想的に見えました」
ほわん、と、ちょっと頬を赤らめながらため息をつくオガワラさん。
「理想的……ですか?」
「ええ、とってもお綺麗で、若々しくて、優しそうで、お淑やかで女性らしくて……なんていうか、すごく理想的です! あんな感じになりたいっていうか!!」
「ああ、そういう……」
どういう意味での理想なのか解らなくて首を傾げてしまったけれど、そう言われて見れば解らないでもなかった。
ただ、自分の母が理想の女性像ですと言われるのはちょっと恥ずかしいのだけれど。照れくさい。
「確かにアンゼリカママはアリだと思う。カールハイツパパはすごいよね。よくあんな美人さんお嫁さんにできたよね」
「お父さんは……うん、まあ」
おっとりとした母と比べると、記憶の中の父の姿は……なんというか、ちょっと不似合いに思ってしまう。
仕事の時は格好いいスーツ姿なのに、家にいる時はいつもジーンズ生地のズボンと革のジャンパー姿で、一緒に出掛ける時にはあんまり似合ってないソンブレロとかテンガロンとかを被ってた気がする。
ちょっと古びたブーツとか履いてて、腰にはすごく古臭いハンドガンとかもつけてたのが印象深い。
声も大きいしいつもテンション高いし、とにかく、私達姉妹や母とは別の意味で悪目立ちするタイプの人だった。
私が周りからの視線が集まるのが嫌なのも、何割かはこの父の所為だった気がしないでもない。
決して悪い顔立ちではないと思うのだけれど、そういう意味ではあんまり父に似なくてよかったなあとは思う。
おおざっぱな所とか、変に目立ちたがり屋な所とか、口調とか、服装のセンスとか。
二人がどういう経緯で出会って結婚したのかは解らないけれど、母が異世界人である以上、恐らくは仕事の上で出会ったんじゃないかなって思う。
そもそも物心ついてから父と二人で話すことがあんまりなかったので、父がどういう人なのかも深くは解らないのも大きい。
姉さんがちょっとしたファザコン気味なので、まあ、悪い人じゃないとは思うのだけれど。
「それはそうとして、次どこ行くー? さすがに今日はもうあんまり遊べる時間無さそうだけどさー」
窓から外を見ると、もう外は少しずつ陽が落ち始めていた。
思ったより長くお喋りをしてしまったらしい。
どこに行こうかな、と迷っていると、オガワラさんがデータ一覧から出展表を取り出してくれた。
「えーっと……2Cではお菓子屋さん、1Aがクッキーショップ……1Dがクレープ屋さんみたいですね。あら、1Gはおむすび屋さんだなんて、珍しいですわ」
「食べ物屋さんばかりですね」
ピックアップされるのは、食べ物関連のお店ばかりだった。
オガワラさん、まだ食べ足りないのだろうか。
確かに一人だけ、ランチと言うにも抑えめだったけれど。
もしかしたら、母の手前、遠慮していたのかもしれない。
「……いえ、別に、お腹が空いてる訳ではないんですよ?」
赤面しながら視線を背けるオガワラさん。
その仕草はちょっと可愛いかもしれない。
「私は2Aのホラーハウスいきたいなあ。カップルとかがきゃーきゃー言ってるの見たい」
「うーん、お化け屋敷かあ」
ナチご希望のホラーハウスは、ブラックライトで暗くして、教室一つ使っての恐怖体験を楽しめるもの。
ただ、肝心の驚かす役が普通に布を被っただけの人間とかなので、デジタルデザインなモンスターとかと違って結構チープなのが辛いところ。
怖いものとして楽しむというよりは、カップル未満の人たちがそれを口実にいちゃついて距離を縮めたり、友達同士で話のタネにする為に行くところみたいな印象がある。
ある意味思い出として残りやすい、うってつけのポイントではあるのだけれど。
「何々……『今年のホラーハウスは一味違う! 人型の布おばけだけじゃなく、実体映像式の蜘蛛型クリーチャーやムカデ型クリーチャーなど、様々な触れる恐怖体験が貴方を迎えてくれます!』ですって。例年のよくあるホラーハウスよりは楽しめそうですわねぇ」
「……」
オガワラさんが出展表のコメントを読むや、ナチがぴた、と足を止めてしまう。
「ナチ? どうしたの?」
「えっ? あ、ううん、なんでもない……そ、そっか。ふぅん、実体映像、ねぇ」
急にそわそわし始める。ちょっと顔色が悪いようにも見える。
何かあったんだろうか。おトイレかな。
「よし、サクラはホラーハウスあんまり乗り気じゃないし、クレープ屋さんでもいこっか! オガワラもお腹空いてるみたいだし?」
「いえ、別に私はホラーハウスでも……」
「私もホラーハウスでもいいよ?」
折角の学園祭だし、それくらいの思い出はアリなんじゃないかなあ、と思うのだ。
「いやいやいやいや! オガワラぁ、なんであんたこんな時に限って譲歩してくるのよ!?」
だけど、なぜかナチが手を振り振り、真剣な顔でオガワラさんを見る。
「なんでって……最後の学園祭ですし。思い出作りにはうってつけじゃないですか、ホラーハウス」
オガワラさんも私と同じ気持ちらしかった。ちょっとうれしい。
けど、ナチの様子がやっぱりおかしい。謎い。
「うぅ……確かに、思い出は欲しいけど、さあ」
「もしかしてナチバラさん、怖いものが苦手……とかですか?」
「いや、別にホラーものはなんでもないけど……」
これに関しては嘘じゃなかった。
ナチは子供のころからホラーもの大好きで、しょっちゅう私と一緒にそういう映画やなんかを見ようとするし。
私も結構巻き込まれるから耐性ができて、ゾンビモノとか吸血鬼モノとかのちょっとグロいホラーものも大丈夫になっている。
だからこそ、このナチの反応は謎が多い。
「はぁ、うん、いいよ……それじゃ、いこっか、ホラーハウス」
何か言おうとしてやめて、何かを諦めたようにため息をつきながらとぼとぼと歩き出すナチ。
私もオガワラさんも、このナチの不可解な様子に顔を見合わせ、後を追いかけた。
-Tips-
実体映像装置(機械)
0と1とのスイッチ操作によって実際に肉体的に干渉する事の可能な幻影を生み出すことのできる装置。
主には演劇やアトラクションなどで活用されるもので、触れることができるとは言っても実物と比べ大分柔らかく、あくまで『触れる事でよりリアルな存在を認識できる』程度のものであるが、ただの映像と比べリアリティが高く、様々な場面で需要がある。
人や物に触れた幻影はただの立体映像へと戻る為、利用客や第三者がこれにより負傷する事はない安心構造である。
装置としては比較的安価な点、生み出す『実体のある映像』は自在に変更が可能な点など利用幅が大きく、個人が趣味やいたずら目的で購入したり、個人運営の劇団で演劇などに用いるために購入され用いられることもある。




