#4-4.リアルサイド11-お姫様が、恋する魔女に見たもの-
このシーンは、傷を負って追いつめられた魔女をお姫様が助けるシーン。
本来なら魔女との友情を選択したお姫様の、見せ場とも言えるシーンなのだけれど……不安しかない。
だって愛憎劇っぽくなってるし。本来いないはずのメイドとトレントいるし。
「……」
しかも一番最初からして、魔女の人が無言のまま私の方に歩いてくるのだ。
歩き方はよろよろ。だけど、視線だけは私の顔を見て逸らさない。
「あの……大丈夫?」
何が大丈夫なのか自分でもよく解らないけれど、とにかく役通りのセリフを続ける。
「……じゃないわ」
「えっ……?」
「大丈夫じゃないわよ! この金髪! 憎たらしいっ、あんたが憎らしくて仕方ないわ!!」
小声で話していたからと聞き返したのに、唐突に大音量で放たれる怨嗟の声。
ていうか金髪は酷いと思う。
「殺してやるっ! あんたさえいなければ……あんたがいなくなればきっと彼だって――」
なんでそこで私を殺そうという展開になるのか解らない。
解らないけれど、本気の眼をしていて怖いので後ずさってしまう。
何この、サスペンス的展開。
「魔女め、覚悟しろ!!」
どうしたらいいのか解らないまま窓際まで追い詰められた辺りで、勇者がセリフと共に颯爽と現れてくれた。
ああ、サガワ君はなんていい人なんだろう。
この劇だけで私の中のサガワ君への評価がうなぎのぼりな気がする。
恋に発展する事は絶対にないけど。ありえないけど。
「勇者さま……サガワ、君」
勇者の登場と共に、魔女は私に背を向け、困惑したように胸元に手を置く。
「待ち――」
「――どうしてなの!?」
そうして、セリフ通りに進めようと思ったのに、それを魔女に遮られてしまう。
「どうして貴方まで、こんな奴をっ――!!」
私に指を向けながら、魔女は涙目になって勇者へと訴えかける。
「私にはっ、もう貴方しかいないのに!! 私はっ、ずっと、ずっとこの女の所為で好きな人、全部、全部奪われて……! 貴方だけ、サガワ君だけが、外見に囚われない人なんだって、ずっとそう思ってたのに!!」
「いや、それは……えっと……?」
勇者、困惑。
その気持ちはわかるけれど……なんか、これはもう、演技というよりはコウサカさん本人の感情ないまぜの何かなんじゃないかなって思えてきた。
ああそうか、この子、私が憎いんだなあ、と。
「皆、みんなこの女を好きだって言う! 金髪で、眼が青くて、綺麗で可愛くて頭だって良くて!! 好きになった人皆が、この女を称賛してたわ!! この女の事なんて何も知らないのに!! 何も解らないのに!! 外見とか見えてる部分だけで『あの娘がいい』って、皆私の事を振って!!」
だけれど、その言葉は私自身にもじん、と、伝わってくる。
深いところに。とても深いところに、染み入る。
――私がモテる? バカバカしい。誰も彼も外面しか見てくれない人ばかり。相手にする価値もない。
私は自分では、そんなにすごい子だと思ってない。
自分の事を不細工だと思ったことは一度もないけれど。
でも、それはあくまで持って生まれたものに過ぎないのだから、そこだけで評価されるのは間違っていると思う。
だから、外見だけで、外から安易に見える部分だけで私を評価する人を、私は絶対に評価しない。受け入れない。
コウサカさんは、そんな私の気持ちを、真逆の方向から理解してくれているように感じたのだ。
それがどこか、嬉しかった。
「貴方だけなのよ……? 貴方だけが、この女を好きにならなかったのに。私、何度か話に出したよね? 『あの娘の事好きなの』って聞いたよね? だけど貴方はいつも笑いながら『そんな事ないよ』って言ってくれたじゃない。やっと、私はやっとこの女に振り回されないで済むと、そういう素敵な人に出会えたんだって、そう思ってたのに!!」
コウサカさんの演技ではない演技は続く。
身振りだけは役に沿ったような、とても大仰で、そして感情を感じさせる迫真のソレだったけれど。
だからか、勇者役のサガワ君も息を呑み……そうして、覚悟したように口を開いた。
「……確かに、俺はそう言った。それは嘘じゃない。だが魔女よ、何故こんなことになってしまったんだ? 君は俺の、大切な友達だったはずじゃないか」
突然降ってわいた魔女と勇者の友人設定も、ことこの状況においては良心的にさえ思えた。
「――友達っ」
「そうだとも。俺は君と友達でいられたらって思ってた。話しててすごく楽しいし、一緒に居ても気兼ねせず疲れる事もないし……そういう相手だと思ってたんだ」
「私は違うわ! 私は貴方が好き! 誰より好き!! こんな女なんかに取られたくない!!」
「……コウサカ」
ついに出た告白の言葉に、俄かに会場がざわめきだす。
次第に聞こえる「これ本当の告白?」とか「うわすごい」とか、期待と困惑の混じったような観客たちの声。
劇を見ていたつもりが、劇を利用した告白が行われたのだ。サプライズ過ぎる。誰だって困惑すると思う。
だけど、それを止める人はいない。
「選んでよ! 貴方はこの女が好きなの!? 私は貴方が好きよ! 貴方にだったら何をされたっていい!! 貴方は自分に好意すら向けてくれない女が、そんなに好きなの! 選んで!! 貴方はどっちがいいの!?」
それは、フラれ続けたコウサカさんの、コウサカさんなりの必死のアピールだったのかもしれない。
私だったらコウサカさん選ぶなあ、と思いながら、妙に冷静な心持ちで、サガワ君の選択を待つ。
「……それは」
案の定、視線をうろうろさせていた。
無理もない。だって、こんなの突然すぎる。
友達だと思ってた子がいきなり告白なんてしてきたら、そういう気持ちになるのかもしれない。
「……」
だけれど、その視線はやがて、一か所に定まる。
視線の先には「うわあ」という顔をしたメイドがいた。断じてトレントじゃない。
「……俺は」
そうして、歩き出す。
サガワ君は、これと決めたら構わず動く人らしかった。
「えっ、えっ?」
困惑するメイドの前まで歩き、魔女の方を向きながら。
「俺はっ、この娘を選ぶ!」
「……えっ!?」
それは、魔女としては想定外の選択だったのかもしれない。
勇者は、メイドの手を掴んだのだ。
「おおおおっ!?」
だけど私としては「うわ、サガワ君すごい」と、内心でぎゅっと拳を握っていた。
つい、その声が漏れてしまい、咄嗟に口元を覆う。
どうやら誰も私の方を気にしていないらしい。ほっと胸をなでおろす。
「えっ、ちょっ、サガワくっ――」
これにはナチも面食らったのか、「えっ」とか「どうして」とか、混乱したような顔をしてされるがまま、引っ張られていった。
珍しい。ナチがこんなことになるなんて、本当に滅多に見られない光景だった。それをサガワ君はやったのだ。
「ごめんな! 俺は、この娘と一緒が――この娘といたいんだっ」
ぎゅっと手を握りしめながら。
勇者とメイドは舞台端へと走り去り、舞台が暗くなる。
そのまま暗転するのかと思いきや、スポットライトが浮かび、魔女を照らし出していた。
「……サガワ、君」
泣き崩れていた。哀れ、失恋してしまったのだ。
それは劇の中の出来事に過ぎないはずだけれど、コウサカさん的には本心からの告白だったように見えた。
そうしてそれを、サガワ君が本心からの、別の娘への告白とも受け取れる行動によって打ち砕いたのだ。
「う……ううっ、く……ひっく……」
悲痛な泣き声が、舞台だけでなく、客席まで悲恋に染めてゆく。
次第に同情してか、すすり泣くような声が客席からも聞こえてきて……辛いムードになった。
……喜劇だよねこれ?
「えっと……」
舞台は、まだ終わっていない。
幕は開かれたまま。スポットライトも当たったまま。
だけどこんな、魔女がただ泣いているだけの劇なんて、流石にそれは辛すぎる。
意を決して、魔女の元へと寄り添い……崩れ落ちた魔女の肩に、そっと触れる。
「ねえ魔女さん。そのままでいいから私のお話を聞いて」
乙女の傷を。恋に敗れた事実を、すべて魔女に、そう、劇の中の魔女に被らせるため、私は劇を続けた。
「私にもね、好きな人が居るの」
努めて優しく。劇として通るような、お姫様お姫様した、そんな柔らかさで。
客席がまたもざわめくけど気にしない。
今は目の前の、この傷ついた女の子を助けることが優先。
「その人は、私の事を外見でなんて評価してなくて。だけど、きっと私の事を好きでもなんでもない人で。とってもね、わけ隔てない人なの」
「……」
「その人はね、いつも私の顔を見ても、つまらなさそうな、他の誰と接してる時とも変わらないような顔をしているの。私はもうちょっと私の事を見てほしいって思うのだけれど、その人は、私の事を中々見てくれない」
無言のまま、しゃくりあげていたコウサカさん。
シン、と静まり返った舞台の中、私の恥ずかしいセリフが続く。
「――貴方みたいに行動できる人が、羨ましい。好きな人に好きって言うのが、言えちゃうのが、それだけすごい事なんだって思う。私はね、怖くて踏み出せないの。私とその人はとっても近くて、そして遠くて。きっと、手が届かないから――」
「……手が届かないから、伸ばさないの?」
気付けば、魔女は私の顔を見ていた。
睨みつけるような眼で。どこか憎たらしそうな、そんな視線を向けながら。
「……うん。手が届かないから、伸ばそうとすら思えなかった。傍にいただけで嬉しくって、その人と会えるだけで、満足してしまっていたの」
「とんだチキンだわ」
嫌味を言うくらいには回復してくれたらしい。よかった。
私なんかの本心でも、こうやって人の気持ちを逸らすくらいはできてくれた。
「私もそう思う。だけど、貴方を見てて思ったの。『本気で恋をしてる人って、すごいパワーを持ってるんだな』って」
「何よそれ。馬鹿にしてるの?」
「馬鹿になんてしてないわ。ただ……ううん、そうね。『いいなあ』って思ったの。『そんな風になりたい』って。だって、彼の事を好きな貴方は、とても輝いていたわ。今回はすごく残念なことになったけれど……私には、貴方はとっても素敵な人に見えた」
「……嫌味にしか聞こえないわ」
「嫌味かもしれない」
「なんですって?」
「だって。失恋に泣く貴方は、とっても惨めだわ。辛いのでしょうけど。苦しいのでしょうけど。今までもそうやって泣いて、そうやって諦めたの?」
「……そうよ」
「だったら、貴方はそうやって乗り越えられたんでしょう? 泣いて、また別の人を好きになって」
「そうしてまた失恋するんだわ」
「そうかもしれない」
「なんですって」
段々とコントじみてくる。
コウサカさんの視線は、怒りに満ちたものになりつつあった。
視線が痛い。だけど、構わず続けた。
喜劇なら、泣くよりは怒らせた方がそれっぽい。
「貴方はその度に素敵になれるわ」
私は、反感を買おうと構わず、笑いかけた。
「きっと貴方は、その度に自分を磨いていくんでしょう? 『あの女に負けたくない』『今度こそ私が勝つんだ』って」
「そうよ。あんたなんかに、負けたくないもの。もうあんな辛い想い、したくなかったのに……」
「だったら、今のままならいつかは勝てるわ。私は全然進歩しない。身体だって、よく貧相だって言われる。今のところ顔だけ、髪の色だけの女の子よ、私は」
さらっと、髪を煽りながら。あんまりしたくなかった卑下を聞かせた。
慰めたかった訳じゃない。私は……そう、私は、この人ならそれくらいできるんじゃないかと、そう思ったのだ。
「だけど、今のままじゃ私には絶対に勝てない」
「何それ。さっきと言ってること矛盾してるじゃない」
「当たり前よ。だって矛盾した事を言ったのだもの」
何がおかしいのか自分でも解らないけれど、笑ってしまう。
そう、矛盾しているのだ。気持ちとか、言葉とか、色々と破綻している。
だけど、それでいいと思った。こんなものは劇なのだから。本当ではないのだから。
「私は、そんな貴方を見ていて『いいなあ』って思ってしまった。感化されたの。だから私もきっと、好きな人に手が伸ばせるように、そうなれるように、変わっていくんだと思う」
「……変わるの?」
「ええ、そうよ。こんな事が無ければいつかは追い越せた相手が、今度は自分と同じように努力を始めちゃうの。今のままじゃ、どんどん勝てなくなっていく。延々強くなり続ける相手に、貴方は挑み続けないといけないの」
「……酷いわ」
「ええ、酷いわ。貴方が私の好きな人を好きになるとは思えないけど、でも、私だって貴方には負けたくないから。恋は戦争だわ。今回はあのメイドが貴方の好きな人をかっさらっていった。この先、今まで程度の努力で、貴方は勝者になれるのかしら?」
その努力では足りない。もっと頑張らないといけない。
そう思わせたかった。
決して高い壁を見せたかった訳じゃない。奮起してやり直せる。そう気づいてほしかった。
失恋なんてした事のない私だけれど、これくらいなら伝えられるんじゃないかと思ったのだ。
「負けない……」
その言葉は、自分では不器用なものだったように感じたけれど、上手い事コウサカさんの、魔女の心に火をつけることができたらしい。
拳を握り、私の腕をつかむ。痛い。すごく痛い。
「あんたなんかに、絶対負けないんだから!! 見てなさいよ! いつかあんたが羨む様な、好きになっちゃうような人を恋人にするんだから!!」
「いたた……うん、頑張ってね」
最後は立ち上がった魔女の、力強い宣言。
そうして私の、応援するような声と共に舞台が明るくなった。
「二人とも、頑張ってね」
「応援してるわ」
「頑張ってねコウサカ、サクラ姫」
舞台の端で、まるで草葉の陰から見守るかのように、魔女の母親役と村娘役二人が手を振っていた。まさか居たとは。
アドリブ合戦の所為で割を食ってしまったのだと思うのだけれど、目元に涙を浮かべながら笑顔を作ってるこの子達には申し訳なさでいっぱいになった。
『こうしてまた恋に破れた魔女は、打倒お姫様の執念をさらに燃やし、新たな努力を始めるのでした。めでたしめでたし』
最後に語り部が場面に合った(?)言葉で締め、幕が閉じられる。
こんな劇だけど、客席は拍手で埋め尽くされ、ところどころ口笛や歓声が聞こえていた。
思った以上の大盛況。誰がこれほど見てくれると思っただろうか。
-Tips-
ウェザーハーモニー(システム)
『えむえむおー』世界内における気象変異を管理する管制システム。
運営サイドと密接に関係するシステムで、基本的には気象関係中心に制御しているが、時として無関係な部分にまでその影響力を行使する事もある。
非常に希少な『人間並みのファジーな思考能力』を与えられている管制システムで、その独特の思考能力によって不安定な異世界の天候などを忠実に再現する事に成功している。
システムとしてはプロトタイプである『気象管理システム』ディザスターの後継として開発されており、『NOOT.』からはディザスターの妹として扱われている。
ディザスターからも妹として扱われ、姉妹仲は比較的良好である。
本来生体的な意味での『心』が存在しない管制システムの中で、『えむえむおー』という特殊な世界の中で様々な人間の行動を見て『人間並みのファジーな思考能力』を元に思考・行動する事によって急激な速度で人間のような『心』を獲得しつつある。
これはレゼボアの管制システムの中では彼女が初めてであり、人類に興味を失いつつある『NOOT.』はこの事から新たな学術的・研究的な意味で興味を抱き始めている。
現状、これらの理由からウェザーハーモニーの行動は全て意図的に看過されている。




