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ネトゲの中のリアル  作者: 海蛇
9章.ミルフィーユ・クライシス(主人公視点:サクヤ)

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#4-3.リアルサイド11-愛憎劇『塔の魔女と勇者様』-


 ここでまた、私とコウサカさんの出番となる。

塔の内部と外側との分割シーン。

私達は普通に演技するだけだけど、勇者とメイドの二人は常に上を見上げる事になる、ちょっと辛い構造。

それに合わせてか、光のラインが背景の境目に沿って展開されてゆく。

「姫様ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

幕が上がるや、勇者が声を大に、私の名を呼ぶ。

「サクラ姫ぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

何故かメイドまで呼び出す。

「サクラ姫様ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

何故かトレントさんまでいた! 仲間になってた!

もうこれだけで噴き出しそうになっていたのを堪えるのが辛い。

二人ともなんでこんな事するの。

「……な、何かしら?」

なんとかセリフを言える。笑いを堪える為に、ぴしぴしと頬が痙攣(けいれん)しているのを感じていた。

私は今、どんな顔をしているのだろう。

「何かしらね……ちょっと見てみるわ」

ここで、魔女が勇者の存在に気づくのだけれど……コウサカさんの視線は、なぜか正面を向いていた。

いや、絵面としては確かにそれでいいんだけど、この場面は上下の高低差があるんだからコウサカさんは下を向かないといけないのだ。

なのに、正面を見ている。どこを見ているのかと思えば……勇者役のサガワ君の顔だった。

サガワ君は役通り上を見ているので気付いていない。

「……じぃ」

しばし、見つめている。

明らかに劇中事故状態だった。

「ど、どうかしたの?」

このままでは進まないし、さっき助けてもらったのもあるから、今度は私が助け舟を出した。気付いて。

「……はっ」

どうやらコウサカさん、無意識にサガワ君を見つめていてそのままだったらしい。

ようやく我に返り、こちらを見る。

「べ、別に。素敵な勇者様が居ただけだわ」

「……えぇぇ」

ほんとなら勇者を指して「変な奴」っていうシーンなのに、この魔女さん、自分の恋愛感情優先し始めちゃったよ?

「す、素敵なの?」

「素敵じゃない! 顔だって格好いいし、スポーツも勉強もそれなりにできるし! あんた何も解ってないの!?」

こちらは役通りに演じてるだけなのに、コウサカさんは信じられないモノを見るような眼で「見てみなさいよほら」とまくしたててくる。

その剣幕に押され、嫌々境目に立ち、見下ろすのだけれど……当然、視線の先は床しかない。

いや、サガワ君自身は衣装も含めて確かに普通よりは格好いいかなあくらいに思うけれど、だからどうしたのとしか言いようがないし。

そんなの劇には何の関係もないじゃない、と思うけれど、劇は進んでしまう。

「え、えーっと」

何か言わなくちゃいけないような気がするんだけど、頭が真っ白になっていて何も思い浮かばない。どうしようこれ。

泣きたくなってきた。

「姫様ぁぁぁぁぁぁぁっ! 不肖トーマス、お助けに参りました! どうぞお声だけでも!!」

一人健気に台本通りの演技をするサガワ君は、すごくいい人のように思えた。

同時にそのおかげで、「私まだ窓辺に立ってちゃダメなんじゃ」と気づいてしまう。

「姫様ぁぁぁぁぁっ! どうぞお声だけでも聴かせてくださぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!!!」

「姫様ぁぁぁぁぁっ! サクラ姫ぇぇぇぇぇぇっ!!!」

そうしてメイドとトレントが勇者のセリフを奪っていった。

何さりげなく出番増やしてるの貴方達。ちょい役なのに。

「う、うーん……」

少し迷いながらも、窓から乗り出すようにして、下に向け手を振る。

「トーマス! トーマス!!」

呼びかける。

すると三人は顔を見合わせ……満面の笑みで私に向け、手を振り直した。

「おおっ、姫っ! すぐそちらに――」

「参りますわ! このトレント・オガワラにお任せあれ!!」

勇者のセリフを奪うトレント。

そうかと思えば、メイドがトレントを突き飛ばす

「ふぁっ――ああああっ、ナチバラさんっ、あなたまたっ!?」

「うるさいなー、話が進まないでしょ!」

なんかメタな事言い出した。でも正直すごく助かる。

直後に客席から笑いが聞こえている辺り、ギャグシーンとして受け取られたんだと思う。

「トーマス、私は大丈夫だから、ちょっとお友達のところで――」

更に呼びかけるようにしながら、下を向いて演技する。

床しかない所を見ながらの演技って、地味に辛い。

「誰がお友達よ! あんたなんて友達じゃないわ!!」

まさかの魔女からの追撃だった。

「宿敵よ!」

熱い展開だった。勘弁してほしい。

「う、うぉぉぉぉぉぉっ、勇者トーマス・サガワ、参るぞ! 魔女め、覚悟しろぉぉぉぉぉっ!」

「メイド・イズミ、参るわっ」

「トレント・オガワラ、参りますわっ!!」

仲間二人も当たり前のように走り出していた。

メイドってここで勇者と別れる設定じゃ……もう考えるのはやめた方がいいんだろうか。

暗くなっていく舞台の中、段々と疲れを感じ始めていた。

『こうして打倒魔女を掲げた勇者トーマス・サガワは、幼馴染のメイド・イズミと旅で仲間にしたトレント・オガワラを引き連れ、魔女の塔攻略へと乗り出したのでした――』

語り部の人はもう本筋に戻すつもりはないらしい。

空気を読み過ぎるのも問題だと思う。


 すぐに私と魔女との二人だけの会話のシーンへと続く。

振り返って魔女の人の顔を見て、ため息。

「……どうしよう」

ある意味私自身の心情も混じった複雑な一言だった。

「どうもしなくていいわ」

「えっ」

「素敵な勇者様がいらしたのよ! あんたなんかの相手をしている暇はないわ! 早く出迎えないと!!」

この魔女、シナリオを捻じ曲げる気満々だった。

サガワ君が出てからこの暴走っぷり。恋する乙女に歯止めは利かないとでもいうのか。

振り回される身にもなってほしい。

「と、とりあえず、魔女さんはトーマスを迎撃に向かわないといけないのでは?」

貴方倒される役なんですよ? と、役を思い出させるようにセリフをつなげる。

「貴方何を言ってるの!? はっ、そうか、そういう事ね!?」

「はい?」

「私と勇者様を戦わせて、また私の恋を破滅に追いやるつもりなんでしょう!? なんて恐ろしい奴なの!? この悪魔! 鬼畜! 魔女!!」

魔女は貴方の役名です。

「で、でも魔女さんは悪い事をしたのでしょう? それなら、きっと――」

「まあ! 白々しい!! そんなこと言ってカマトトぶって!! 私は騙されないんだから!!」

ああもう、どうしたものかこれ。

いっそ放り投げて私もアドリブありありな劇にした方がいいのだろうか。

段々イライラとしてきた。

「とにかく、私は勇者様を出迎えるわ! 貴方は適当にそこら辺に転がってなさい!」

「はあ……お気をつけて」

まあ、どうせこのシーン、終盤に変なアドリブ利かせないといけない所もあるし、これでもいいんだろうけど。

いいんだろうけど、役に沿った身振り手振りするだけでも辛いのに、更に頭まで使わなくちゃいけないアドリブは結構辛いのだ。

ナチとかオガワラさんみたいにすごく頭いい人たちはそうでもないんだろうけど……

『こうして、魔女は新たな恋を果たすべく、単身勇者の元へ向かったのでした』

とりあえず、このシーンは終わる。

暗くなってゆく舞台の中、つい、ため息が出てしまった。



 次は、塔の中のシーン。

私は出番がないので、舞台裏からひたすら見守る。

疲れたので椅子に座らせてもらいながら。

このシーンはアクション中心で、魔女が、塔に侵入してきた勇者と戦うという、ちょっと派手めな所。

どう戦うのかな、と、ちょっと気にもなったので、モニタを注視した。

「ふははははっ! 我はスケルトン・イセタニ!! 勇者よ、サクラ姫を助けたくば我を倒して――」

早速白骨死体が勇者の前に立ちふさがっていた。

「あんた邪魔よ!」

「ふぐぉぁぁぁっ!?」

そうして舞台端から颯爽と現れ、白骨死体を蹴散らしていく魔女。

ある意味役通りに転がり、そのまま動かなくなった死体役の人。不憫。

「お前が魔女かっ! 姫様をどこにやった!」

「姫はこの塔の最上階よ!」

そうして、ここからは魔女と勇者とのアドリブ合戦。

台本にセリフがないのだ。動きすら指定がない辺り、酷い場所だと思う。

「今すぐ姫を返してもらおう!」

「嫌よ! なんであんな姫、取り戻しにきちゃったの!?」

「大切な人……の、大切な人だからだ!!」

勇者は、後ろに立つメイドへと一瞬視線を向けて、また魔女を見る。

「あんな女、貴方には相応しくないわ!!」

「そんな事は関係ないだろう!」

「関係あるわ! 私は、私は貴方の事が――」

最初こそ勇者に合わせて大きな声で張り合っていた魔女。

だけれど次第にその声がすぼんでいき……最後には小声でごにょごにょと、何を言ってるのか解らなくなっていた。

「なんだって?」

「……くぅっ、なんでもないわよ! この鈍感!」

恥ずかしそうに頬を赤らめながら、手に持った箒をその場で振り回す。

すると、勇者のいた場所に爆発のエフェクト、効果音が重なり、すごい魔法っぽく見える。

「くっ、こんなものでっ――覚悟ぉぉぉぉぉっ!」

「そ、そんなっ、私に剣を向けるなん――て!?」

困惑したように一歩退く魔女。

だけれど、不幸にも足元でふらつき、ずる、と、足を滑らせてしまう。

倒れそうになる魔女。それを助けたのは……勇者だった。

「……えっ」

なんで、と、唖然としたまま、その姿勢のままに勇者を見つめる魔女。

「……あっ、ついっ」

勇者はと言うと、多分素で、つい手が伸びてしまったんだと思う。

結果的に、勇者は魔女を抱きかかえるような姿勢のまま、転倒しそうになっていた魔女を助けてしまったのだ。

手に持った剣を、かなぐり捨てて。

「あっ……ああああっ」

次第に状況に気づき、真っ赤になって顔を覆い隠す魔女。

客席から、女子の「おおお」という声が聞こえた。

それもかなり多い。勝手にそういうシーンだと認識したのかもしれない。

「あ、その、ごめっ――いや、違うんだっ!!」

すぐに魔女を立たせながら、視線は後ろのメイドへ向く。

メイドはというとぽかーんとしていて「何やってんの?」みたいな顔をしていたのだけれど。

それが勇者様にはどう映ったのやら。慌てて取り繕うように、魔女から離れた。

「違う……?」

先に冷静になったのは魔女の方だった。

というか、冷や水を浴びせられたような気持ちになったんだと思う。

「貴方()、私を見てくれないの……?」

「え……?」

勇者のその一言が、途方もなく残酷な言葉のように感じたような、そんな絶望的な表情で。

そうしてそれが次第に涙ぐみながら崩れてゆく。

「――やっぱり、あの女は、許せないわ」

「なんだと?」

「あの女は許せない! あいつさえいなければっ!! あいつさえいなくなれば、私は何度もこんな気持ちになる事なんてなかったのに!! 殺してやる!!」

えらく憎しみのこもった声で、魔女は絶叫さながら、舞台端へと駆けこんできた。


「あ……」

当然、駆け込んできた先に居た私と目が合う。

「……っ」

きっ、と、睨み付けられた。

役に入りすぎというか、役が振り回され過ぎというか。

いつからか、恋する魔女は恋敵を呪殺できてしまいそうな、そんないかにもな魔女になってしまっていた。


 少しして、勇者たちもこちらに向けて歩いてきたところで、舞台は暗転。次のシーンへと移る。


-Tips-

武器商人(組織)

レゼボアにおける『公社』内部の組織『四天王』の一角、サクラ=カールハイツがまとめる『異世界監視者』の総称、およびサクラ=カールハイツ自身の公社での役職名。


レゼボアとしては異端的に異世界での活動を主とする組織で、長であるカールハイツを中心に、構成員の大半は頻繁かつ長期的に異世界に居住する為、基本的にレゼボアにはいない。

主な役割は以下の通りである。


・異世界交流によってその世界にとって手に余る兵器や技術、知識などの譲渡・売買・貸与・伝搬などが起きていないかなどの監視・抑制・妨害。

・同様に異世界交流による病気やその世界にそぐわない価値観・宗教などの流入の監視・抑制・妨害。

・各世界の文明レベルの進捗の監視、崩壊時の経緯観測など。

・各世界の『魔王』や『魔王』クラスの実力者の動向を窺い、必要があればレゼボアにとって脅威とならないように説得したり宥めたり別の方向に興味が向くように誘導したりする。

・各世界の『魔王』や『魔王』クラスからの、レゼボアに対しての要望や意見などを伝言する。


四天王、およびその配下の業務としては公社でも屈指の危険部署であり、監視に赴いた世界の戦争に巻き込まれたり、『魔王』によって玩具同然に弄ばれ殺されたり、現地にて欲望に目覚めた同僚によって謀殺されたりする事もあるなど、非常に死亡率が高い。

この為カールハイツ以前の四天王『武器商人』は他の三人と比べ特に代替わりが激しく、多くが赴任先の異世界で死亡している。


これらの経緯がある為、『NOOT.』はこの役に就いたカールハイツの要望を受け『武器商人』の身体能力を一般のレゼボア人のソレよりも大幅に強化・調整している。

一部魔法に似た能力を行使する事ができる者も生まれており、その戦闘能力はレゼボア屈指である。


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