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ネトゲの中のリアル  作者: 海蛇
9章.ミルフィーユ・クライシス(主人公視点:サクヤ)

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#2-3.チーズケーキにはブルーベリーソース


「――でね、今度エリステラと二人、山奥の温泉を下見しようと思ってまして」

「へえ、温泉があるらしいのは聞いてましたけど、私も気になってたんです。いいところだと良いですねえ」

「うんうん! 帰ってきたらサクヤにも話を聞かせてあげるわね!」

「はい、是非」


 食事も終盤ともなると、朗らかな雰囲気の中、ちょっとした雑談なんかも出るようになって。

アリスさんもエリステラさんも、話してみると気さくで、良い人たちだった。

「さっきの話の続きだがね、ミルフィーユ姫は、どうやら街のある程度の復興をメドに、『ハイドリア』を開催するつもりらしいんだ。恐らく、遠からず君のところにも関連した話が行くと思う」

そうして、一つの雑談が終わると、今度は団長さんとのおしゃべりになる。

その間に、いち早く食べ終えていたお二人は「デザートがあるから」と席を立ち、奥の方へ引っ込んでしまった。

「なるほど……それで、復興のお話が」

「そういうことだね。ああ、もちろんハイドリアの事も含め、ミルフィーユ姫からは君に伝えても問題のない話、として許された範囲だから、その辺りは気にしなくてもいいよ」

「解りました」

異世界のお祭りハイドリア。

見たことはないけれど、それがこのゲームで見られるなんて、と、ちょっと楽しみになってしまう。

「お祭りかあ……」

現実ではさほど楽しみでもなんでもないお祭り。

だけれど、ゲームの世界ではこんなにも胸が躍るのは、なんでだろう。

まだそのイベントがどの程度の規模で行われるのかも解らないのに、今からそれを想像してしまう。

「楽しいものになると良いね」

「はい。とても楽しみです」

きっと私は、屈託なく笑ってるんじゃないかなって思う。

私を苦しめる大きな悩みなんて、この世界にはないかに思えた。

なんにも余計な事を考えなくてもいい世界。

ただ目の前の楽しい事に全力で取り掛かれる世界。

それが、どれだけ素晴らしいものか。どれだけ素晴らしい事か。



「じゃじゃーん! 本日のデザートは『ベイクドチーズケーキ』だよん!」

「お好みに合わせてオレンジソースやチョコレートソース、ブルーベリーソースなんかも用意しましたわ。食後の紅茶もどうぞ」


 丁度食べ終わるタイミングで、今度はデザート皿を持って現れるお二人。

なんとチーズケーキだった。最高だった。幸せだった。まず目が幸せになった。

「おぉぉ……」

「ど、どうしたのかねサクヤ?」

団長さんが心配したような顔で見てくるけれど、もうそれどころじゃない。目がお皿から離れない。

「好きなんです。チーズケーキ。ベイクドチーズとか、最高に」

しかもブルーベリーソースまで用意されているとか至れり尽くせりなのだ。

喜びのあまり口元が変な風ににやけてそうで困る。困らない。何も困らない。チーズケーキがある、それだけでもう、何もかもどうでもいい。

「テンション高くなってますねぇ。料理人冥利に尽きるってもんですなあ、アリス」

「うふふ、そうねエリステラ。サクヤさん、たくさんありますから、お口に合うようならお土産に持って行ってくださいね」

「あ、はい! ありがとうございます!!」

しかもお土産まで。なにこの素敵空間。住んでしまいたい!

「あの、と、とりあえず、いただきますね」

「ええ、どうぞ」

「お気に召すといいなあ」

再び団長さんの隣に座り、ニコニコと私を見てくるお二人。


 ちょっと緊張気味に添えられたフォークを手に取り、ベイクドチーズに突き刺す。

ほどよい堅さ。チーズ部分のデリケートな感触がフォークを伝い、指先に感動を与える。

そうして、ゆっくりと、まずはチーズ部分を食するのだ。

綺麗に焼かれたチーズ部分は、一見するとリアルで市販されているものとそう変わりなく見えるけれど。

オーブン焼き独特の焦げを感じさせる甘い香りと、口に含んだ時のほのかな乳製品独特の香りがまず舌先を刺激する。

「わぁ……」

そうして、味はというと、ほのかな酸味が伝い、そのあとに柔らかな甘さ、ちょっとねっとりとしたチーズ独特の風味が味わえる。

この酸味が独特で、普通のベイクドチーズはレモン果汁なんかでつけるものなのだけれど、レモンの風味は全然しないしで、不思議な気持ちになった。

「何なんでしょうこの酸味……レモンっぽくないし」

不慣れな感覚。そんなに味に厳しい訳ではないけれど、気になってしまった。

「『ファルファル』っていうフレッシュチーズを使ったケーキだから、レモンとか必要ないんだよ」

「『ファルセリア』でしょう? もう、エリステラったら。ファルセリアは酸味が強めの、特別なチーズでして。これを使う事によって、余計なものを加えずにチーズケーキ本来の風味を味わうことができるようになるのです」

「チーズケーキ本来の……おぉ、果汁を使わないと、こんなにまろやかになるんですね」

「ふふ、気に入ってもらえまして?」

「はい! 私、すごく好きになりました!」

今まで食べた中で一番、という訳にはいかないけれど、上位に入るくらいには美味しいチーズケーキだった。

もし覚えていられたら、リアルで、今度は自分で作ってみたいなあ、と思う。

まずはチーズをどうにかしないと、だけれど。

「お二人は、料理とか、お菓子作りが得意なんですね。ご飯も美味しかったですし、デザートもこんなに素敵なものを作れるなんて」

私もリアルでは料理とかお菓子作りはするほうだけど、ここまですごいのは中々に味わえないと思う。

素直に尊敬する。「いいなあ」って。

「お料理は、お母様から厳しく躾けられたことの一つですから。『殿方の心をつかむならまずは胃袋から』と言われましたし」

「あと、ここの調理器具とか機材のおかげもあるよねー。現実ほどじゃないけど、このゲーム内では最高峰って言えちゃうくらい整ってるし。材料も、手間を考えなければあらかた自力入手可能だし」

ちら、と、奥の方へ目を向けるお二人。

こういう時の仕草は全く同じで、「流石は双子だなあ」って思わされる。


「そういえば、私は転送アイテムでここに来ましたけど、ここって、リーシアのどのあたりにあるんですか……?」

完全に忘れていたけれど、団長さんが言うにはここもリーシアの一部らしいし、こんな広いスペースがある場所なんて知らなかったので、今更ながら気になってしまう。

お二人に合わせて奥の方を見る。

視界の隅にさっきの王冠を被ったおじさんが見えた。

どうやらおじさんもこっちを見ているらしかったけれど。

「あら、サクヤさんはここがどこかご存じないのですね」

「ここはね、リーシアの一番北。王城だよ?」

そうして、視界が急速に引き戻される。

声が。そう、お二人の言葉が、私を正面に振り向かせたのだ。

「……えぇっ!? 王城ってあの、街から見える……?」

まさかのお城だった。いや、確かにリーシアの一部だけれど。

でも、それじゃ、あの視界の隅っこにいた、王冠を被ったおじさんは……?

「えっとあの……さっきから、あちらに座って、こちらを見てらっしゃる方は、もしかして……」

「あの方はこのお城の『王様』ですわ」

「夜はする事が無いから、よくここでご飯食べた後ものんびりして一緒におしゃべりしたりするんだよね。結構気の良いおじさんだったりする」

お二人がメイド服を着ている理由が、なんとなく解ってしまった気がする。

「ま、王と言っても自称だがね。ただ、運営サイドも半ば公認しているから、悪く見る者はいないが」

しばらく黙って話を聞いていた団長さんが、苦笑いしながら食後の紅茶を楽しんでいた。

「……私、王様と一緒のところでご飯食べてたんですね」

自称とは言え。気付きもせずに。

「まあ、そうなるね。気にすることはないさ。君は(・・)それくらい普通だろう?」

「ううん……確かに、ミルフィーユ姫と一緒にお茶とかしましたけど……」

「だろう? 君も、気が向いたらいつでもここにきていいと思うよ? エミリオも連れてくるといい。きっと楽しいぞ」

「来ちゃっていいんですか? というか、団長さん達って、お城をギルド拠点にしちゃってたんですか……」

ある意味図太いというか、この人らしいというか。

団長さんは結構、やる事がすごい気がする。

「構わんだろう。私は構わんと思うよ。なあ?」

気にするなとばかりに笑いながら、隅っこの方に座っていた王様に声を掛ける団長さん。

「構わぬぞ。余は楽しい方がいい」

王様直々のお言葉までいただいてしまった。

どうしよう。どうしようこれ。

「私達も大歓迎ですわ。このお城は人が少なすぎて、ちょっと寂しかったですし」

「アリスなんて夜中一人で歩くのが怖いからって、おトイレにもいけなかったり――」

「まあ! 食事の場でなんという事をいいますのエリステラ!」

「あはははは、ごめんごめん~」

どうやらかなりアットホームなお城らしかった。

ラムのお城もアットホームといえばアットホームだけれど、あちらはミルフィーユ姫スキーな人たちで構成される、ある意味お城らしいお城だったし、それと比べると大分砕けている気がする。

「城まで歩いて来るのが面倒なら、アムリタに言うといい。彼女はここのメモも取っているからね」

「アムリタさんが知ってたんですね。解りました。用があるときはお邪魔しますね」

アムリタさん経由でこれるなら、なるほど、そんなに大変じゃないかもしれない。

「用がなくってもきてもいいんだよ? お友達、大歓迎だから!」

「いつでも来てくださいましね。チーズケーキ、いつ来てもいいように作っておきますから」

とっても優しい世界だった。みんなが笑顔で、心が温かくなる。特にチーズケーキのおかげで。



 その日は、団長さんとお二人、それから王様(!?)に見送られ、転送陣で宿屋付近に送ってもらった。

何だか色々と忙しかったようで、色んなところを歩き、そうして、色んな出会いがあったように感じた。

楽しい日だったと思う。お土産にもらったたくさんのチーズケーキは、宿屋の冷蔵室で冷やさせてもらい。

明日たまり場とラムのお城に持って行こうと思いながら、一日の疲れをお風呂で癒やした。


-Tips-

チーズケーキ(食品)

回復アイテムとしても用いられる事のあるデザートの一つ。

チーズや小麦粉、卵黄、砂糖、タルト生地などを用いて作られる『ベイクドチーズケーキ』が基本形として、冷製の『レアチーズ』、卵白を泡立てて作る『チーズスフレ』などが存在している。


数あるケーキの中でも独特な香りと食感がする為にこれが苦手な者も居るが、ただ甘いだけでなく酸味があり、溶けるような舌ざわりが大人にも好まれている。

材料の入手は一般的なケーキ類とそう変わりないが、調理者本人の腕前と機材が直に影響するデリケートなデザートで、これによって完成品の品質や味わいなどが大きく変異する(回復効果にも影響する)。

最高品質のチーズケーキは高級なハイパーヒールポーションにも迫る回復力を持つ反面、最低品質のチーズケーキは逆に毒物・劇物として食する者、触れる者にダメージを与える事もあり、扱いが難しい。


いずれのケーキも、保管には低温が推奨されている。

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