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ネトゲの中のリアル  作者: 海蛇
9章.ミルフィーユ・クライシス(主人公視点:サクヤ)

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#2-2.海の街のお祭り


 そうして到着したのは、巨大な食堂。

なんかパーティー会場とかそういう感じの広さの大部屋だった。

それも学校の食堂なんかと違って、ところどころ豪華な装飾が施されていたりで目にあんまり優しくない。

長いテーブルの各所には、これもまた高そうな水差しと銀色のコップが置かれていて、それも高級さを演出していた。

「さあ、到着だ」

「ちょっと待っててくださいね。すぐに持ってまいりますわ」

「今夜はセキさんと三人で腕によりをかけて作ったんだから! たっぷり舌鼓(したつづみ)を打って頂戴!!」

「ああ、楽しみにしているよ」

主に団長さんに素敵な笑顔を振りまきながら、娘さんお二人は奥の方へと速足で去ってゆく。

賑やかだなあ、と思いながら見回すと、奥の方に一人食事を取っているおじさんが居た。

赤いガウンに金色の王冠を被った……ちょっと変な人に見える。

「あの、あそこで食べている人は……?」

「ああ、気にしなくていいよ。ここの住民だ。それより座ったらどうかね?」

特に気にする様子もなく「どうぞ」と自分の前の席を勧める団長さん。

言われるまま座ると、水差しを手に、コップへ注ぎ、こちらへ置きながら私の顔を見た。

「……うむ。では始めようか」

「あ、はい。どうぞ」

教会でパンを食べたのでまだ大丈夫だと思うけれど、ララミラのようにお腹の虫が鳴かないように祈りながら、団長さんのお話を聞く事になった。



 コップの中に生まれた水面すら揺れない静かな空間だった。

奥の方で食事をしているおじさんの事も自然と忘れ、料理が来るまでのわずか、団長さんとのお話が始まる。

「ラムの街も大分復興しつつある。この短期間のうちに、驚くべきペースとも思えるが、これが彼女のカリスマ性なのかもしれんね」

「そうですね。私も手伝っていて、それが目に見える形で進んでいくのが、とても嬉しいというか……」

「うむ。恐らく、他の手伝っている者達もそういう気持ちなんだろうね。結構な事だ」

ミルフィーユ姫についてのお話、という事だけれど、前振りなのか、最初はラムの街のお話から始まっていた。

ちょっとだけ肩透かしな気がするけれど、ラムの復興は私としても誇らしいので、嫌な気持ちにはならない。

「海を取り戻す、というミルフィーユ姫の当面の目的はまだ時間がかかるが、君たちのアイテム集めもかなりのペースで進んでいるようだ。この分なら、私が想像していたよりも早く、海がラムに戻るかもしれん」

「そうなんですか……? 私たちは、アイテムを集めているだけで、何か特別な事をしている気は全然ないんですが……」

「まあ、そうだろうね。やっていること自体はただのアイテム集めだから、そこからどういう結果につながるかは想像もつくまい。というより、集めているアイテムは海とは特に関連性もないものがほとんどだしね」

色々謎が多いアイテム集めだけれど、団長さんには解っている事なのか、「ふふん」と愉しげに手を組みながら笑ったりする。

その笑顔がどうにも子供っぽいというか、隠し事をしている子供みたいな顔で童心を思わせるのだ。

不思議な雰囲気の人だった。


「復興もひと段落つきそうだから、という事で、ミルフィーユ姫はイベントを開催しようとしているようだ」

コップを手に取り一口。それから眼だけを私に向け、呟く。

「イベント……ですか?」

「ああ、かつてラムの街では、夏ごとに街中を挙げて盛大な夏祭りが行われていたのだという。花火を打ち上げ、祝砲を鳴らし、街のいたるところで仮装をした住民たちが歌やダンスを披露し練り歩く……『ハイドリア』と言われる、ラムを代表する祭りだ」

「ハイドリア……」

「元々は『海の魔物ハイドラ』に捧げる生贄の為のしめやかな儀式だったのが、ある時を境に『どうせならハイドラを愉しませるような祭りにしよう』という事で賑やかなものになったらしい」

私も一口、コップの水を含む。

ほのかにレモンの風味がしていて、心地よかった。

「ラムの人って、すごいこと考えるんですね。ハイドラは怒らなかったんですか?」

「ああ。怒るどころか、『その祭りが賑やかな限り人質もいらない』って言ってくれたそうだよ? あくまで伝承の話だからどこまで真実かは知らんが、そうしてラム周辺の海は豊かで穏やかな、漁業にも商売にも適した海となった。人々はやがて、日ごろの繁栄を感謝し、『海の神ハイドラに愉しんでもらう日』として祝うようになった、といった具合でね」

「海の魔物が、神様になったんですね」

人々を恐れさせ生贄まで出させていたような魔物が、いつしか人の信仰を得て神として扱われるようになる。

それはなんとも不思議な事で、だけれど、確かに色んなところで歴史上存在したと言われる、よくある話(・・・・・)であった。

「そういう事だね。人間の感性の幅の広さを示す良い逸話だと、私は思う。そう、恐れているばかりではないのだ。考え方一つ変えれば、それまでの恐怖の存在が、どういう訳か親しみの持てる、そんな存在へと変異してしまう」

「考え方ひとつで、そこまで変わるものなんでしょうか?」

流石にそこまで簡単にはいかないんじゃ、と、私は思うのだけれど。

考え方を変えたって、辛いものは辛いのだ。

少なくとも私は、そう思っていたのだけれど。

団長さんはそんな私の言葉を否定するでもなく、小さく頷いた。

「そう、すぐには変わるものではないかもしれない。だけれど、それ(・・)はきっかけになる」

「きっかけ、ですか?」

穏やかな表情で、私をじ、と見つめてくる。

どこか見透かされているような眼。それがそこはかととなく恐ろしくも感じ。

だけれど、目を離せなかった。

「人は、きっかけなしには中々進めない。だが、きっかけを得れば、後は特別な事をせずとも大分進めるようになったりもする。今の例で言うなら、恐らく『ハイドラも愉しめるような祭りを』と言い出した者がきっかけなのだろうね。それまで静かだった儀式が賑わいを見せたのは、そのきっかけがあったからこそだ。そうしてその原点には、どこか『こんなのはもう嫌だ』という感情があったんじゃないかな?」

「考え方を変えるのは、あくまできっかけで……人を動かすのは、感情、という事ですか?」

「感情、欲望、都合……色々あるだろうが、人に多く備わるそれ(・・)は、人を突き動かす絶大なパワーを持っているんじゃないかと、私は思う。そうして、他の、人類に似て異なる生物らと決定的に分けているのは、『人の持つイメージする力』だと、私は考える」

難しそうなお話になってきてしまった。

自然、頬を汗が伝う。

暑い訳でもないのに、やけに不安な気持ちになってしまう。

「想像力と言われるそれ(・・)は、人が行動するうえで欠かせない要素の一つだ。これがあるからこそ、人は遠い未来も、わずか先の未来も同じような感覚で考え、見据え、想定し、受け入れたり回避したり、あるいは対策を練ったりすることができる。これは私が色々なところを旅して得た経験のようなものだが……これがあるからこそ、人は人として、明日への希望を抱いたり、楽しい事を考えたり、先の未来に絶望したりすることができるんじゃないかと、そう思うんだ」

「は、はあ……」

まずい、言ってる事は解らなくもないんだけど、だんだん早口になってきている団長さんに相槌の一つも打てなくなりつつある。

はやく、はやくなんとかしないと。

お料理。そう、お料理、早く来て。

「つまりは、人間が人間たり得る要素、突き詰めれば人間としての存在価値がそこに濃縮されているのではないかと、私と私の師は共通の認識を持って今回NOO――」

「お待たせしましたー!」

「ごめんなさいね待たせちゃって! セキさんったらうっかりよそった分を床にぶちまけちゃって――あら? どうしたんですかそっちの人?」

いよいよ頭が理解をあきらめかけた辺りで、すごく最高のタイミングで二人が現れてくれた。

とてもいい香りのする湯気を立てる料理を手に、満面の笑みで来てくれたのだ。天使に見えた。

「うぅ……よかった。よかったです」

「む、もうそんなに時間が経ったか。いやすまないね、どうやら話が脇道に逸れてしまったようだ」

団長さんも気が付いてか、申し訳なさそうに頭をぽりぽり掻く。

よかった。これ以上長くて難しいお話に付き合わされることはなさそうだった。

そして何よりお二人の持ってきてくれた料理が、すごく美味しそうで。

視線はつい、そちらに釘付けになってしまっていた。



「紹介が遅れたが、これは私の双子の娘『アリス』と『エリステラ』。現実でも私の娘だよ。アリス、エリステラ、こちらは私の友人のサクヤだ。戦艦に閉じ込められていた時に世話になったんだ」

「あらあら、初めまして。アリスですわ」

料理を置き終わり、金髪のアリスさんがにこやかあに微笑みながらお辞儀したかと思えば。

「初めましてサクヤ! エリステラよ! 『エリー』でも『ステラ』でも、好きに呼んでね!」

黒髪のエリステラさんは、元気いっぱいに私に笑いかけてくれる。

顔だちは同じだけれど、対照的な姉妹だった。

「現実でも姉妹一緒……というか、お父さんと一緒って、すごいですね」

「そうかね……? ああ、うん、確かにそうかもしれんね」

団長さんはそうでもなさそうな顔をしていたけれど、近親者と出会えるなんていうのは、『ひゅぷのす』のスズカさん姉妹とか、『ういうい亭』の店主兄妹とか、例がない訳じゃないけど……それでも、すごい確率なんじゃないかなって思う。

話をしてみると兄弟姉妹がいるっていう人は結構いるみたいだけど、そういう人でもゲームの中でそれっぽい人と出会えたっていう人はいないみたいだし。

ましてお父さんとゲームの中で、なんてのは中々ない例な気がする。

「私達はいつもお父様と一緒ですから」

「例え次元や時の壁が存在しようと、それすら乗り越えて見せるわ」

ずっと一緒、と、ほっこりした顔で団長さんの両隣に座るお二人。

「そういえば、セキはどうしたんだい? ずっと奥の方にいるようだが……」

「床にお料理を落としてしまったのがよほどショックだったらしく、『先に食べていてください』と」

「一緒に作ってた時もすごく真面目だったもんねぇ。『私はお料理得意じゃないから』って」

「あいつは時々真面目すぎるところがあるからなあ……まあいい。無理に構うのも可哀想だ。先にいただくとしよう」

「はい」

「はーい」

何やらまだいない人たちの話をしていたらしいけれど、食事を優先するらしかった。

私としても、知らない人の話をされ続けても辛いので助かる。

「いただきます」

「いただきますわ」

二人、胸の前で手を組み祈りを捧げる。

ミゼルさんがパンを食べる前にやっていた仕草とちょっと似ているようにも見えて、気になってしまった。

「聖職者の方なんですか?」

「ええ、それもありますけれど」

「子供のころからお母さんに厳しく言われて育ったからねえ。こっちのお母さんはそんな事言わないけど」

……何やら複雑な事情がありそうなご家庭だった。

「そ、そうですか。あ、いただきます」

「うむ。いただこう」

お二人も団長さんもそれほど気にした様子もなさそうだったのが救いというか。

とにかく、お料理をいただくことにした。



「そういえば、お二人、それに団長さん……ちょっと前に、レイオス伯爵城にいたのを見た気がします」


 大変すばらしい夕食の場だった。

サラダはオリーブオイルと塩気、それからハーブの利いた葉物とリンゴのサラダ。

お酒と香辛料の風味が利いた、ちょっとほろ苦さを感じさせてくれるキノコのソテー。

何のお肉か解らないけれど、クリームソースで優しく煮込まれたスープ。

何のお魚か解らないけれど、ナッツがまぶしてあって香ばしくローストされた焼き魚。

そうしてそれらを食べるのに味を損なわない、割と万能じみたテーブルパン。

それらに舌鼓を打ちながら、私は再度、お三方を見るのだ。


「うん? そうだったかね?」

「伯爵城というと……ヒートマルゲリータ狩りの時かなぁ?」

「ああ、あの! お父様、『貴婦人のドレス』を手に入れた時の事では?」

「おお、そうだったか……随分前のように感じるなあ」


 各々思い思いに食事を取っていたけれど、私の一言でそれがぴたりと止まり、また雑談が始まる。

食事の手を止めてしまったのはちょっと申し訳ない気がしたけれど、黙々と食べていたので、ちょっと彩が欲しかったのだ。

「あの時近くに君がいたのか……いや、気が付かなかったな」

「ギルドの人たちと一緒にいまして……皆さんがいなくなる直前でしたけど、ギルドの人たちがボスモンスターを瞬殺したすごい人たち、みたいな感じでお話してたので覚えてました」

私としても、うっすら覚えていたのを今更のように思い出したのだ。

団長さんだけだったから気づけなかったけれど、このお二人の顔を見ていると、思い出せてしまった。

「なるほど……」

「えへへぇ、私たちの活躍、見られちゃってたんだねぇ。ちょっと照れちゃうなあ」

静かに頷くアリスさんと、照れくさそうに頭を掻くエリステラさん。

どちらも見た目全然違う反応だけれど、淡泊に見えるアリスさんも、こころなし嬉しそうだった。

「しかしそうなると、意外と近くにいたんだねえ、君達は。世間というのは本当、狭いものだねえ」

「そうですね。ほんとう、狭く感じちゃいます」

感心したように笑う団長さん。私も頷く。

ミルフィーユ姫のように『異世界の自分』っぽい人と出会えてしまう偶然もそうだけれど。

私は案外、そういう狭い世界の中で生きてるんじゃないかと、最近思えてきた。


-Tips-

貴婦人のドレス(衣装)

ヒートマルゲリータのレアドロップ。

レイオス伯爵城における最もレアなドロップであると言われており、入手できたプレイヤーは数えるほどしかいない。


防具としては若干凍結耐性が上がること以外に装備品としてのメリットはないが、異世界の貴族女性の高貴ないでたちを再現できるとの事で、そういった格好に興味を持つ女性にとっては喉から手が出るほど欲しい逸品となっている。

コレクターアイテムとしても希少な為、市場では需要の高さと相まって天井知らずの価格となっている。

尚、その希少な内の一着が女装趣味の男性(屈強)によって着られ、これが破れてしまい再起不能な状態になった事から、『女装に用いるのは厳禁』『着られるのはサイズに見合った女性だけ』と、着用者の間で暗黙のルールが存在している。



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