#5-2.うしなったものはなかなかとりもどせない
「――ふぅ、びしょ濡れになっちまったぜ」
脱衣所から出た私達の前に居たのは、頭からずぶ濡れになったドクさんだった。
まだ私達には気づいてないのか、ドクさんは女将さんとカウンターでお喋りしていた。
「びっしょりなのは解ったけど、変なポーズ取ってる暇があったらお風呂でも行ってきたら?」
「いや、いつも退屈そうな女将に『水も滴る良い男』って奴を見せてやろうと思ってな?」
「あーはいはい、良い男良い男。早く行ってこないと風邪ひいちゃうわよー?」
変なことを言いながら濡れて下りてしまった前髪を左手でばざぁ、と、撫でるドクさん。
女将さんは呆れたようにスルーするけど、ドクさんは懲りてない様子だった。
「ちっ、どうやらスズカには真の男の魅力って奴がまだ解らんらしいな。おこちゃまめ」
「あら、よく解ったわね? リアルだと初等学園の三年生だわ」
「……」
「……」
「冗談っすよね?」
「当たり前じゃない。何処の世の中に宿屋を経営してる初等三年生がいる」
「ちょっとだけ安心したぞ。心臓に悪い冗談はやめてくれよな。ただでさえこのゲームリアル年齢とか解んないんだからよー」
「それはお互い様だわ。ドクさんが実は子供だったーとかでも驚かないし。むしろ納得だし」
「そりゃないぜスズカ。俺ほど男らしい男も――っと、やべぇ流石に震えてきやがった。待っていろ俺!! 今温めてやるからな!!」
なにやら女将さんと楽しげにお喋りした後、ドクさんはタオルと替え着を受け取るや、浴場へとダッシュしていった。
「――ックショイ!! ちくしょうめっ」
なんか、すごくおじさんっぽいくしゃみが聞こえたけど、気にしないことにする。
「お、上がったんだね。どうだった? しっかり温まれた?」
そして、女将さんは私たちに気づいたのか、さっきまでとは違ってにこやかぁに笑って迎えてくれた。
「とってもいいお風呂でした。ちょっとのぼせちゃったけど」
「ごめんねースズカさん。うちのドクさんがいつも――」
私は普通にお風呂の感想を言っただけだけれど、プリエラさんがちょっと申し訳なさそうに女将さんに頭を下げる。
「ああいいって。気にしないわよあれ位。ドクさんとしちゃ挨拶代わりみたいなもんだろうし」
私にも軽くナンパされてたように見えたけど、女将さんからすれば今のはただの挨拶代わりらしかった。
「やっぱり、ドクさんっていつもあんな調子なんですか?」
他にお客の姿もないので、二人してカウンターで女将さんとお喋りに突入する。
「うん。いつもあんな感じだよ。綺麗な女の子見るとためらわずに声をかけに行くね」
「でも、口説きたいっていうよりは笑わせたいって感じみたいよ? ま、意外と悪い感情抱く子は少ないと思うわ、私は」
プリエラさんも女将さんもこくこくと頷く。なるほど、ドクさんは女の子好きらしい。
「本気で嫌がってる子は少ないし、なんだかんだ面白い事言ってたりするしね」
「本人が言うような格好良さは全然無いけどね。むしろそれが笑えるっていうか。まあ、三枚目キャラよね」
悪い人じゃないんだけど、というのは女将さんの談。
「そういえば、うちの人はあらかた来てるのかな? マスターとセシリアさんは別として――」
話題もひと段落。ドクさんのお話から流れていく。
「一浪君はあんた達が入ってる間に来たわね。セシリアは朝一で入っていったみたいだけど。姉ちゃんが姿見たって言ってたし。レナとマルタとラムネ君は来てないわね」
「セシリアさん、相変わらず昼夜逆転してるなあ……」
カウンターに肘を突きながらにまにま笑ってる女将さんと、ちょっとだけ口元を引きつらせてるプリエラさん。
「他の人もびしょ濡れになっちゃったんでしょうか」
私はと言うと、カウンター近くのソファでくつろいでいた。
なんとなく、お喋りの輪にはメインで入れそうにないので、合いの手というか、合間に一言二言挟む方に回ろうかな、と思ったのだ。
「まあ、ログインしてたらもれなくって感じでしょうね。運よく屋内にいれば別だろうけど、あんた達って屋外ギルドだしねー」
「そこがネックなんだよねぇ。私なんてたまり場でログアウトしたから、ログインしたらいきなりびしょ濡れですよ! もうやんなっちゃう」
まだちょっと濡れている髪の毛をタオルでさすさす拭く素振り。
頬を膨らませて、可愛らしくぷりぷり怒っていた。
「とりあえず、服が乾くまではここにいたら? どうせする事もないでしょ?」
「うん、そうするよ。部屋、空いてる?」
「空いてるよー。というか、あんた達の為に常に一部屋空いてる」
契約だからねー、と、女将さんは鍵をひらひらさせてプリエラさんに投げる。
「ありがと。じゃ、いこっかサクヤ」
それを空中でぱしっと受け取るプリエラさん。今のやり取りちょっと格好良かったかも!
「はい、あの、それではまた」
「はいよー。服、乾いたら持っていくから、のんびりしててちょーよ」
またねー、と、ニコニコ顔で手を振ってくれる女将さん。なんというか、まだ会うの二回目のはずなんだけど、妙に親しみやすいというか。
こういうの、いいなあって思う。
「折角浴衣で集まってるんだし怪談しようぜ怪談!!」
宿の一室にて。
ギルドで借りているこの部屋は、雨の日などで外が使えないときに集まる集合場所になっていたらしい。
さっきまでは私とプリエラさんの二人でおしゃべりをしていたのだけれど、一浪さんとドクさんが現れ、四人でどうしようか話し合っていたところだった。
まず、ドクさんが怪談を提案。
だけど、それを聞いたプリエラさん、顔が真っ青。
「いや、ダメだよドクさん。怪談はダメ。怪談だけはダメ」
本気で嫌がってる様子で、首をいやいやと横に振る。
「ここは折角だし野球拳とかだな――」
次に一浪さんの提案。
「一浪、お前……」
「見損なったよ一浪君……」
これにはドクさんとプリエラさん、二人して真顔で首を振っていた。
「いや冗談だって!! ちょっと場を和ませようとしただけじゃんか!?」
あんまりな態度に一浪さん、涙目。
「そういう冗談、ちょっと苦手です……」
一浪さんは悪気は無いのかもしれないけど、ギルドの場でそういう事言われるのはちょっとがっかりというか。
こういうのも耐性つけないとダメなのかもしれないけど、好きにはなれなかった。
「うぐ……ご、ごめんなさい」
私の言葉が決め手になったのか、一浪さんはしょんぼり項垂れながら謝った。
なんとなく、私の方が悪い事をしたような気がしてしまう。ちょっと可哀想というか。
「そうだぞ一浪。冗談半分でやるからそうなるのだ。生半可な気持ちではなく本気で主張するのだ。『俺は女の子の脱衣が見たい』とな!!」
「それもっと状況悪化するよな!? ちくしょう他人事だと思ってからかいやがって!!」
そしてドクさんが笑いに変えた。一浪さん、思わず突っ込んでしまう。
こういうの見ると、空気変えるの上手いなーと思う。
「カードゲームでもしよ。確かトランプあったよね」
ベッドから立ち上がったプリエラさんが、備え付けの棚をごそごそと探す。
「あれ、無くなってる……」
そして眉を八の字にしながらこちらに振り向いた。
「すまん、この間カード投げの練習してたらへし折れちまって……」
ドクさん、余計な事しすぎ!
「カード投げって何?」
「ほら、よく探偵モノとかで怪盗がやるじゃん。こう、トランプ投げつけて紐を切ったり壁に突き刺したりさ。練習したら俺にもできるんじゃってふと思いついて」
「そんな事思いつくなよ……」
プリエラさんも一浪さんも呆れ顔だった。私も多分同じ表情だと思う。
「ドクさん、あのトランプ私の私物だからね。べんしょーしてよー」
「解った解った。代わりに一浪の特製美少女トランプ使って良いぞ」
困り顔で非難するプリエラさんに「仕方ねぇ」とか言いながら、ドクさんは懐からなにやら取り出す。
なんか、札に女の子の絵が描かれてるぺらぺらのトランプだった。
「なんであんたがそれを持ってるんだよ!?」
一浪さん、驚愕。というか私も驚きだった。
「なんかこないだベッドの下に落ちてたから拾ったんだ」
「それ落としたんじゃなくて隠してたんだよ!?」
「一浪さん、こういうのが趣味だったんですね……」
別に人の趣味をとやかく言うつもりはないけど、ゲーム内ですらこういうグッズが普通にあるというのはどうなんだろう、と。
ちょっと別の方向性で驚かされてしまっていた。若干引き気味で。
「なんでだ……今回は俺何も悪くないはずなのに、サクヤからの好感度が下がりまくってる気がするぞ……?」
俺が何をしたの、と、涙目になっているのだけれど、何故か可哀想とは思えなかった。
「わ……ところどころ見えてるし……ごめん、ちょっとこういうのは使いにくいなあ」
手にとって絵柄を見ていたプリエラさんが、トランプを丁重に一浪さんへと返す。
「……そりゃ、ただのコレクションアイテムだし。実用品じゃねーし」
浴衣の袖裏にトランプをしまいこみながら、一浪さんがぶーたれる。
「一浪君……女の子にモテたいならこういうのは持たないほうが良いんじゃないかなあ……?」
そしてばっさりと正面から斬り捨てられていた。いっそ哀れだった。
「こんな俺でも愛してくれる女の子募集中!!」
「無理だろ」
「無理だね」
「ごめんなさい、私もちょっと……」
私は場の流れに乗る柔らかい子だった。この場に限っては強きに従う方が正しい気がするのだ。
「うおおっ、更に俺に対する好感度下がったっぽい!? どうすればいいんだよ俺っ」
頭を抱えてベッドへボフる一浪さん。悩める男子は大変だった。
「おいすー、服乾いたから届けにきたよー」
そしてそんなタイミングで女将さんが現れる。
「おうサンクス! よーしさっさと着替えるか!」
すぐさまがばあっと脱ぎだすドクさん。
「きゃーっ、こ、こんなところでいきなり脱ぐなよバカーっ!!」
「ちょっ――」
女将さん大絶叫。
プリエラさんはもじもじしながらも壁の方を向いてしまった。勿論私もそれを真似る。
「ほ、ほら、男どもは外に出ろ外にーっ、女子の着替え覗くつもりかこの変態どもーっ」
「うわっ、おい押すなこらっ」
「の、覗くつもりなんてねーし! わっ、ちょ、押さないでくれよっ」
一人顔を真っ赤にしていた女将さんががなりたてて、ドクさんと一浪さんを追い出していく。
そうしてばたん、とドアが閉められ、女性陣三人が残った。
「はーっ、はーっ――ああびっくりした! 何なのよあいつもう! デリカシーの欠片もないっていうか!! 女の前で脱ぐか普通っ」
「あ、あはは……ほんと、びっくりしたよ」
「そうですね……」
一人息が荒い女将さん。プリエラさんもちょっとぼんやりしてたけど、苦笑い。
「サクヤ、ああいうのがハラス! もし今度やられたら遠慮なく叫びなさい!! このゲーム、度の過ぎたハラスは殺人並に重罪なんだから!!」
「は、はい、解りました」
「う、うん。解れば良し! それじゃ、私は戻るから。ドクさんはああいう所があるから女にモテないのよ。ちょっとは自覚すればいいのに……」
なにやらぶつぶつと呟きながら、女将さんが出て行く。
なんとなくあわただしかった部屋が、急に静かになった。
「……とりあえず、着替えよっか?」
「そ、そうですねー」
二人、顔を見合わせて苦笑い。
女将さんがベッドの上に置いていった服は、ただ乾くばかりではなくて、ほかほかに温まっていた。
-Tips-
剣士(職業)
剣士系下位職の一つ。特にこれと言った呼び名などはない。
その名の通り剣を用いた近接戦闘に特化された職業。
同じく近接戦闘特化の戦士系と比べこちらは軽装重視で足回りの良さが強みの為、広所広域戦闘において真価を発揮する。
代表的なスキルとして剣での戦闘時のみ身体能力が向上するパッシブスキル『ソードマスタリー』、
剣による強打撃攻撃『ソードバッシュ』、
二本の剣を用いた武器破壊技『ソードブレイカー』などを鍛錬によって習得する事ができる。
その他多彩な剣を用いた技が用意されており、総合的な手数の多さは下位職業の中では群を抜いている。
上位職として『ソードマスター』『フェンサー』がある。




