#4-3.圧倒的戦術差
ようやく終わった一回戦。
30分の休憩時間、俺は待機ルームに行き、次の試合に備えることにした。
「あら、ドクさん」
「よう」
会場を出て外の空気を吸い、背伸びなんかしていたのだが、ドロシーと会う。
「ギルドのみんなでローズを応援に来てたんです。あ、ドクさんも、一回戦突破おめでとうございます」
ニコニコ顔で祝福してくれる。
照れくさくなってそっぽを向いてしまう俺は、照れ屋なのだろうか。
「やめてくれよドロシー。まだ一回戦だぜ? 優勝してから祝福してくれ」
「ふふ、もちろん、優勝したらそれはそれで。ですが、それってローズが負ける事前提ですよね?」
それはどうなのかしら、と、首を傾げるドロシー。
まあ、応援に来たのはローズの為なんだから、それはそれでおかしな話になってしまうだろう。
「だったら、俺が負ける事を祈るこった。そうすりゃローズなら優勝狙えるんじゃね?」
あくまで、マスターとセシリアを倒せれば、だが。
運営さんという謎のダークホースの存在もあるし、ローズを阻む壁は意外と多い。
「んん……黒猫のマスターとしては、それが正しいんでしょうが。悩みどころですね」
そこで素直に「そうします」とならないあたりがドロシーの義理堅さというべきか。可愛い奴だった。
「おーいマスター、そろそろ行かないと席取ってる連中の食ってる時間なくなるぜー」
少し離れたところから、ジュースやら菓子やらを両手に持ったマルコス達黒猫メンバーの姿。
どうやら休憩時間中に食料を仕入れていたらしい。楽しむ気満々である。
機嫌よさそうに茜なんかがこっちに笑顔と会釈を向けてくれるが、先頭に立つマルコスは何故か不機嫌そうだった。
「あっ……ごめんなさいドクさん。それでは、私はこれで――」
名残惜しそうに離れるドロシー。猫耳もしょげているように見える。
「ああ、またな」
いい加減マルコスの視線が痛かったので、俺もそれ以上は声を掛けず、楽しそうにあれやこれや話しながら去っていく黒猫達の後姿を眺めていた。
『はい、皆様ゆっくり休めましたでしょうか!? では二回戦の対戦表をどぞー! 二回戦第一試合は5分後に始まります! 皆様、トイレなどは今のうちに!!』
休憩時間の終わりと共に、司会がマイク片手ににこやかぁにアナウンスを始める。
次の試合はしょっぱなから俺の出番だ。
対戦相手は、サクヤを破ったグェインとかいう騎士。
まともに打ちあえば不利は必至、という職業上相性が悪い相手ではある。
『では、これより二回戦の開始です。二回戦第一試合、ドク選手VSグェイン選手! 前へ――試合、開始!!』
鐘の音と共に、戦いは始まる。
対峙するグェインは、一回戦と異なり『金縁の兜』や『ゴールデンアップアーマー』などの更なる重装で身を固めている。
武器も『金色水晶の槍』。なんとも眩いいでたちだった。
「ようやくまた対峙できたな、ドク……長かった。今まで、ここに来るまでどれだけの年月がかかったか……!」
槍を下段に構えながら、ぶつぶつと何やら呟き始めるグェイン。
魔法詠唱でもなかろうに、一体何を話しているのかと思ったが、まあ、何か思う事があるのだろう。
「お前の事は名前も顔も知らんが、まあ、ギルメンの前だから覚悟してくれな」
こちらも、装備は多少凝っている。
直撃した際の破壊力と見た目の派手さ、装甲を無視できる内部破壊能力に秀でた『爆散メイス』と、盾代わりとして活用できるアームガード。
スタミナ向上の効果が期待できる『リングオブテンタクルス』。
更に自爆しないように炎属性を吸収する『リングオブフレイムロード』。
まがりなりにも上位のボス狩りギルドのエースだというのだから、それなりに手間取る事も考えて直球の攻撃力よりは持続的なダメージを狙っての構成だった。
「お、俺の名前も……顔すら知らんだと……?」
驚愕するグェイン。
だが、申し訳ないがこの男の顔は知らないし、名前も聞いたことがなかった。
「あ、あれだけの激戦を……我がギルドとの抗争の日々を、お前は記憶にないというのか!?」
怒りのままに飛び掛かってくる。
突き出される神速の槍。だが、来ると解っている攻撃をかわすのは容易かった。
首筋狙い、胸狙い、腕の付け根、腰、太もも――股間ばかりは狙われなかったが、ありとあらゆる人体の急所狙いの一撃が、ストレートに繰り出される。
「抗争っつったって、何年も前の話じゃねーか。大体大した事やってないだろ? せいぜい狩場で口論になったり狩ろうとしてたボス奪いつくしたりした程度だろうに」
「ボス狩りギルドがボスを狩りつくされたら存在意義がなくなるじゃねーか馬鹿野郎!! お前ら加減ってものを知らないのかっ!!」
突き出されたかに見えた槍が一瞬ブれ、横薙ぎに変わる。
変移する槍の間合い、薙ぎ払われないように姿勢を逸らし、時としてアームガードで槍の腹を受け払い、いなしてゆく。
「加減はしただろうが。大体いつまで昔の事蒸し返すんだよ。しつこいったらねぇ」
ぼやきながらも視線は敵の中心を見据える。
どのような動作に移ろうと、身体の中心の動きさえ見据えていれば、次の行動に対処することは容易いのだ。
並の奴ならそうはいかずとも、俺はいささか、このゲームには自信があった。
「――お喋りはここまでにしようや」
「同感だ、貴様を仕留めて名をあげてやる!! いつまでも最強ギルドのままでいられると思うなよ!!」
――うちのギルドが最強ギルドだなんて呼ばれていたのは、もう三年も前の話だってのに。
こいつは一体いつまでそんな事を口にするつもりなのか。
聞いてるこっちが恥ずかしくてほっぺたが赤くなってしまいそうだった。
「すわっ――」
一歩下がって槍を後ろへの構え。
大技の予感を見切り、転移する。
「――『ニーベルン・スピアストライク』!!」
直後繰り出された一撃を、俺は相手の真後ろから眺めることになった。
突進しながらの勢いを生かしての回転斬りを織り交ぜた下段からの返し切り。
神速で繰り出されるその重ね技、決まればまさしく一撃必殺だったのだろう。
「――なっ」
「遅い神速だぜ」
にやり、ほくそ笑む。
対戦相手の驚愕の表情を見るのは、愉しかった。
こちらの打撃は、身をよじった相手の左肩口にハマる。
直後、メイスが爆裂し、火の粉が俺にまで飛んできた。
「うがっ……あぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
肩口を鎧の内部から粉砕され、高熱と激痛とにグェインがもだえ苦しむ。
だが、左肩をやられたにも関わらずグェインは槍を落とさず、そのまま俺の首を狙い一撃を放つ。
「ほう」
この痛みに耐えるとは大したもの、と、感心しながら、カウンターの一撃を回避する。
わ、と賑わう客席。
はた目には紙一重に見えたのだろうが、直近で見ていた俺には来るものと判別できていた。
「お前の大技に敬意を表して……って訳でもないが。ただこのまま終わらせたんじゃつまらねぇ」
転移で距離を取り、一呼吸。
このまま、適当に戦って一回戦の相手のように適当に片づけてしまってもよかったが。
俺も意地が悪い。やはりというか、ギルメンが無残に殺されたのを見させられたのが、それなりに腹立たしかったのだ。
だから、ちょっとした嫌がらせをしてやることにした。
-Tips-
爆散メイス(武器)
小さな紅宝玉のついた、デトネイターの愛用メイス。
攻撃時『エクスプロージョン』の魔法が自動発動する特殊効果付きのメイスで、これによる高い範囲攻撃能力・衝撃追加効果などが期待できる。
反面エクスプロージョンは直近で扱うと強力な自爆魔法と化す為、炎耐性のないプレイヤーでは扱う事が難しく、属性無効化、あるいは属性吸収装備が必須である。
リングオブテンタクルス(アクセサリ)
高いスタミナ向上効果を持つ指輪。
モンスター『テンタクルス』から低確率でドロップされるレア装備で、前衛職やハンターなどの頻繁に移動を繰り返す職業に需要が高い。
また、隠し効果として水属性耐性が80%、炎属性耐性が50%ほど向上する事が確認されている。
リングオブフレイムロード(アクセサリ)
炎属性吸収効果を持つ『魔神フェニックス』の親愛の証。
つけているだけで炎であるならブレスですら吸収、回復する。
この効果は自爆(エクスプロージョンや松明による自傷行為)やフレンドリーファイア、溶岩地帯などからの地形ダメージ、果ては静電気の火花などの自然現象によっても発動する為、需要が天井知らずとなっている。




