#3-3.『暴れ猫』暴れる。
次に視界が開けた時には、俺は既に闘技場に立っていた。
手にはギガントロッド。それ以外に特別な装備はつけていない。
「ぐはははっ、バトプリとは珍しい。だが、戦士系の俺相手じゃ、ちょっとばかし力不足かねぇ?」
重装鎧を装備しない斧使い。デュエリスト系列として、グラディエーターか、あるいはバーサーカーか。
いずれにしても、真っ正面からでは手数が多く、戦いにくい相手だった。
『これより第二試合を行いたいと思います! 『シルフィード』の誇るエース・ドク選手と、自称『山のバーサーカー』ことぱぞむ選手の対戦です! では第二試合――試合開始!!』
司会の進行とともに、軽妙な鐘が鳴る。
直後、走り出す肉塊。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
狂戦士の叫びが、二人だけの戦場に響く。
至近距離で聞くとかなり耳にキンキンと来るが、ローズのバトルクライほどではなかった。
(あれは鼓膜がやばくなるからなあ……)
なんとなしにローズ戦を想像しながら、目先に来る斧の一撃をかわす。
二撃、三撃。中々の速度で振り回される斧はしかし、俺からは余裕でかわせる速度にしか感じられず。
「このっ、なんで当たらなっ――うぉぉりゃぁぁぁぁぁぁっ!!」
焦りながらも、バトルモードに突入するぱぞむ。
(来たか、バトルモード)
バーサーカーという奴は、普段はデュエリストと大差ない程度しか戦えないのだが、このバトルモードに突入すると、冷静さを失う代償に人の限界を超えた力と速度を発揮するようになるのだ。
テクニックなど不要だとばかりのゴリ押し戦法だが、それも極まると中々の脅威。
先ほどよりも素早く、威力のある斧の一撃は、まともに喰らえば一撃で部位欠損、あるいはダウンを取られかねないものとなる。
(だが――)
それを、足の動きだけでかわしきる。
速度こそ早くなったが、狙いは粗く、重すぎる一撃は、筋力溢れる狂戦士ですら上半身のバランスを持っていかれるほどで、回避が容易い。
まともに打ちあいになる戦士系相手ならアドバンテージを握れる強化なのかもしれないが、テクニカル職相手ではむしろ格好のカモ、楽な相手がより楽になったとしか思えない。
なので、この時間を利用して俺は、前準備を進めることにした。
「グガァァァァァァッ!!!」
もはや獣の叫びをあげるようになった狂戦士は、力任せに斧を振り下ろし、タックルしようとして、バランスを崩して勝手に転げまわる。
「座標把握、座標把握、座標把握、っと――」
それを回避しながら俺は小声で自分の居る座標位置を入念に記憶してゆく。
これらすべて、次への布石である。
「グルルルォッ、グァァァァァァァァァッ!!!」
「おっと」
低空姿勢のまままたもタックルしてきたので、この肩口を上手く蹴ってより高い位置へと飛ぶ。
「座標把握っと――よーしこれで終わりだぁっ!」
一通りの準備完了。もうこいつで時間を稼ぐ必要はなくなった。
「グルぁっ!!」
着地した俺に向け、斧を大きく振りかぶりながら突撃してくるぱぞむ。
本能的に着地狩り狙いとは末恐ろしい奴。だが、遅い、遅すぎる。
こんなとろくさいモーション、俺は一体いくつ見てきたことか。
「うぐ……お、ご……?」
太い両腕から繰り出される斧を左右へと避けながら、みぞおちに向けたロッドの先端が、上手い具合に深く入り――狂戦士の目が、やがて光を失っていくのが見えた。
そのまま、ゴトリとモノのように力なく倒れ伏すぱぞむ。
「いやあ、手ごわい相手だったぜ」
言葉ばかりに善戦を称え、俺は背を向けた。
『えーっと……スリー、ツー、ワン……はい、ドク選手の勝利です!!』
気の抜ける軽妙な鐘の音。
初戦は危なげなく勝利だった。
「すごいです! ドクさんすごい!!」
観客席に戻った俺に、サクヤは「すごいすごい」と目を輝かせながら褒め称えてくれた。
なんというか、すごくうれしい。誇らしい気持ちになる。
「でも、手を抜いてたよねドクさん」
しかし、エミリオはよく見ていた。さすがに二人そろってすごいすごいとはならないらしい。残念である。
「色々必要な事をしてたからな。まあ、次か、その次の試合で見せることになるだろうが」
気にするなよ、と、笑いながら、再び席について闘技場を眺める。
次は、ローズの試合だった。
『第三試合、最強タクティクスギルド『ブラックケットシー』の暴れ猫・ローズ選手VS新興タクティクス系ギルド『ロードオブクラウンズ』の主砲アレックス=ヴァルマ選手!! 早速開始したいと思います!! 開始!!』
ローズの相手となるのは、同じタクティクス系ギルド、つまりライバルとなりうるギルドのソードマスターだった。
剣士系上位職VS戦士系上位職という命題とも言える職業対抗戦とも言えるこの一戦。
熱くならないはずがなかった。
「ブラックケットシーは、我々新興ギルドにとって、いつかは超えなければならない壁だ――ここで超えさせてもらうぞ! 『暴れ猫』ローズ!!」
「超えてみなよ! 超えられたら、わたしより高い壁が待ってるけどね!!」
双方、戦意十分といった様子か。
ローズは黒い系統のライトアーマー、それにショートパンツに腰部防御のバトルスカートといったいでたちで、今回は斧ではなく大剣一本背負って戦いに臨んでいた。
対してアレックスはというと、赤色に輝く炎の剣と、冷涼な青い刀身の剣の二刀流。
「魔剣の二刀流使いか。珍しいな」
「うん、それに属性が真逆の『クリムゾンストライク』と『アクアトゥース』だ。変わった組み合わせだね」
俺の独り言に、マスターも同意してくれる。
一本が魔剣で片方が業物、とかならよく見かけるが、両方ともが魔剣というのは珍しい。
更にその組み合わせが属性真逆となれば……見掛け上すごく強そうだが、互いの属性が反発しあってうまく扱えないはずだった。
反属性同士の装備はあまり相性が良くないのだ。反発ばかりして性能を上手く発揮できないケースの方が多い。
「でも、属性反発が発生してても、魔剣そのものの特性は強力なのが多いからな……そっちメインで戦う奴なら、あながちダメとも言い切れない装備構成だと思うぜ?」
剣に関してならやはり同じ剣士系の方が解るのか、一浪は別の見解を以てアレックスの二刀流を見ていた。
「何の話だかさっぱりだわ」
「あははは……」
マルタとサクヤは完全に門外漢状態。無理もなかった。
「はぁっ!!」
「うりゃぁっ!!」
ローズの剛腕によって繰り出される大剣の一撃を、アレックスは両手の剣をクロスさせて受けきる。
ぎりぎりと押し込まれるアレックス。
しかし、それを一歩後ろに引き、重心の移動で次の攻撃への機先へと変えてゆく辺り、中々にできる男だった。
「ちぃっ! うぁぁぁぁぁぁっ!!」
「むぅっ」
だが、アレックスに機先を取らせない。
繰り出された紅の一撃を、ローズは無理矢理に大剣を前に突き出させ、はじき返す。
武器重量の差でアレックスは押され、バランスを崩しながらもバックステップ。
三歩ほど距離を開け、姿勢を建て直しながらも前進。
「我が奥義に名は在らず――喰らえっ!!」
叫びと共に、繰り出される両手の魔剣の交差斬り。
「あっ――くぅっ!」
これを、腕を突き出して犠牲にしながらその速度を落とさせ、前に出るローズ。
「なっ、馬鹿なっ!?」
魔剣の効力によって烈火となった刃に焼かれ、またウォーターカッターと化した剣に切断される腕、だが、構わずローズはひざ蹴りを浴びせ、アレックスを弾き飛ばした。
「腕一本で勝てるなら、安いもんでしょ!!」
倒れ込んだアレックスに向け、ローズは片手で大剣を構えた。
「待っ――」
アレックスが止めのも聞かず振り下ろし、ザクリと、アレックスの首の真横に向けての一撃が突き刺さり――ほぼ無傷のまま、アレックスは気絶した。
『すりー、つー、わーん……はい、ダウン! ローズ選手の勝利です!!』
喝采と共に片腕をあげるローズ。
流石は『暴れ猫』。俺にはバーサーカーという名はこいつにこそ相応しいんじゃないかとも思うが、まあ、勇名をはせるだけの闘争心だと関心はしていた。
いくら回復するとはいえ、腕一本犠牲にすることを躊躇わずにいられるのはあいつ位なんじゃなかろうか。
「腕一本は……ちょっと」
「私なら痛くて泣いちゃってるよ……ローズさんすごいなあ」
サクヤもエミリオも感心半分驚き半分といったところか。若干引いてる気もするが。
まあ、あれくらいの奴じゃないと、本気を出す甲斐というものがない。
問題は……
「さて、そろそろ私の出番かな」
俺の隣に座っていたこいつ。マスターだ。
対戦順を見れば、ローズが次に当たるのはこのマスターか、マスターの対戦相手という事になる。
ローズにとっては、俺に当たる前の壁という事になる訳だ。
果たして相手にこの壁を越えられるのか。超えられるほどにまでなったら、俺は果たしてローズに勝てるのか。
色々と今後の展開が心配になる現状である。
-Tips-
バーサーカー(職業)
戦士系上位職の一つ。通称『狂戦士』。
デュエリスト系列の前衛職で、乱戦やボス狩りなどで威力を発揮する職業である。
同系列異職であるグラディエーターとは異なり、範囲攻撃スキルなどは持ち合わせていない。
基本的にはデュエリスト時代のままの戦闘能力で、スキルなども補助系・強化系などに絞られている。
この為素のままでは上位職前衛最弱とまで言われるほどに攻撃性能が低い。
特徴的なスキルとして、バーサーカーの代名詞とも言われるスキル『バトルモード』が存在する。
このスキルを使用する事により理性的な判断力が大幅に低下するが、本能的な能力(勘や反射など)、筋力や脚力といった肉体面、そしてスタンや麻痺と言った一部の状態異常に対しての耐性が強化される。
非常に強力で、この状態のバーサーカーはバトルマスターより近接戦闘攻撃能力が高く、ボスモンスター相手でも絶大なダメージソース足りうる攻撃性を期待できる。
反面、理性が低下している為この状態では睡眠や誘惑といった状態異常に極端に弱くなり、理性的な判断ができない為に扇情的な格好の異性に性的な暴行を加えようとするなど、デメリットも大きい。
解除する為には本人の意識が途絶するか、理性を強制的に呼び戻す『何か』が起きないといけない為、暴走したまま暴れ回りモンスター扱いとなって討伐された例もある。




