表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネトゲの中のリアル  作者: 海蛇
8章.イベント・ライブラリ(主人公視点:ドク)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

201/663

#3-1.大武闘・当日

 イベント当日。

リーシアの昼前は、街一杯の人だかりで埋め尽くされていた。

「はーい、『大武闘』参加者応募ブースはこちらでーす!! 参加希望の方いらっしゃいませんかー? 参加賞も出ますよー!」

「『大武闘』を観客席でご覧になりたい方はこちらにどぞー! 専用の闘技場まで転送しまーす!」

「イベント参加者の人も、観客の人も、まずは朝ごはんを食べてはどうですかー? 『ういうい亭』のもふもふパン、出張サービスでーす!」

街の方々では、白づくめの服装の様々な運営さんが、イベント向けの声かけをしていた。

参加希望者が受付したり、観戦希望者が転送されたり、どさくさ紛れにパン屋が食い物を売ったりしているのだが……思った以上に、人が集まっている気がした。


「結構集まってるんだね」


 そろそろ受付に行くか、と、歩き出そうとしたところで声を掛けられ、マスターが隣にいたことに気づいた。

相変わらずいつの間にか居る奴だ。妙に存在感が薄いというか、気配が察知できないというか。

「ああ、これだけたくさんいりゃ、俺たちが参加するまでもないと思うんだがなあ」

だが、一応話は合わせる。

マスターも楽しげだし、まあ、わざわざ空気を悪くすることもないのだ。

「ふふ、皆見るのは好きなのさ。タクティクスだってそうだろう? 参加する側になりたがる人は、実は結構少ない」

「まあな」

この手のプレイヤー同士の対戦イベントは、多くの場合「対人だから」で避けようとするプレイヤーが多い。

豪華な商品で釣っても参加者集めに難航するなんてことはざらで、特に今回のように告知期間が短いと、悲惨な結末になる事請け合いだ。

それは解っているのだが……それでも、これだけ観客が多ければ、参加者の方だって自然と集まりそうなものだが。

そんな事を考えていると、マスターが俺の顔を見て笑っていた。

「……何だ?」

「いや、別に。また難しい事、考えてるのかなって思ってね」

意味深な一言。

「なんだよ、またって」

「君はよくそんな顔をしているところを見るからね。私と違って、些細な事でも考え込み始めたりするから」

中々に痛いところをついてくれる。

なんだかんだ、ギルメンの事はよく見ているらしかった。

確かに、俺は考え過ぎてしまうきらい(・・・)がある。

面倒だからと投げ出したい事でも、気が付いたら「どうしたらそれを乗り越えられるか」などと考えだしてしまうのだ。

今回はそれほど難しい事でも、深刻な話でもないのだが、マスター的にはそういう顔をしているように見えたのかもしれない。

「悪い事じゃないけどね。ただ、疲れないかなって」

それは、マスターなりの心配だったのだろうか。

だが、俺は「いや、大丈夫だ」と笑い、受付へと歩き出す。

「マスター、出るんだろ? そろそろ受付行こうぜ」

「うん、そうだね」

そろそろ行かないと、と、マスターも小走りに、俺の隣をキープする。


「そういえばプリエラは? 他の人とは会えたけど、プリエラはてっきりドクさんと一緒に居るのかと思ってたよ」

受付に話しかけると「ちょっと待っていてくださいね」と担当の運営さんに待たされていたので、その間、また雑談となる。

「プリエラは教会に行ったみたいだぜ? あいつこの手のイベントダメだからな……」

朝、たまり場に顔を出した時には居たのだが、「頑張ってね」とだけ応援されてすぐにいなくなってしまったのだ。

戦いの場であるならばイベントですら楽しむことができないというのは難儀だが、まあ、これも一貫したプリエラの主義なのだから仕方ないだろう。

「他の奴は観客席か?」

「ああ、いや。セシリアとサクヤは参加するみたいだね。それとエミリオもか。他は観戦だね」

「セシリアがなあ」

珍しい事もあったものだ、と、やや視線を上へと巡らせる。

空は青い。天候が荒れるという事もなさそうだった。

「何かが降りそうだな」

「ははは。君、それはセシリアに失礼だろう」

折角参加してくれるのに、と、笑うマスター。

解ってはいるんだが。

「あいつが明るい時間帯にイベント参加するなんて滅多にない事だぜ。大丈夫なのかねぇ」

変にリアルの方を犠牲にしてそうで怖いのだが。

あいつは変なところ気まぐれというか、読めない所があるのだが、色々心配になる。

「まあ、セシリアだって子供じゃないだろう、多分。その辺りは自分で管理できると思うよ? 無茶はしないと思う」

「そうだといいんだがなあ」

普段遅めにログインするあいつがこんな早い時間帯にいるという事は、リアルでは無理に寝続けているか、あるいは寝る時間をズラしたという事になる。

たった一日の無茶で身を持ち崩すなんてことはないだろうが、「イベントの為とはいえよくやるなあ」と、苦笑いしていた。



 受付を終えた俺たちは受付担当の運営さんによって転送され、待機ルームに通されることとなった。

一度参加者を全員ここに集めて、それから試合形式やなんかの説明をするらしい。

「あ、ドクさん、それにマスターも」

「遅かったわね、二人とも」

「こんちわー」

先に入っていたらしく、サクヤとセシリア、それからエミリオが用意されていた長椅子に腰かけ、リラックスしていた。

「よう」

「こんにちは。みんな集まるの早いね」

結構な事だ、とマスターは満足げに頷く。

「えへへ、いてもたってもいられなくって。受付開始と共に入っちゃいました」

「なんか、イベントっていうと気が逸っちゃうんだよねえ。じっとしてられないっていうか!」

少女二人はワクワクが止まらないとばかりに互いに顔を見合わせ「にへらぁ」と緩く笑っていた。

なるほど、確かに「結構な事」だった。

「他に見知った顔は……お、ローズがあっちにいるな」

なんだかんだ参加者はそれなりに集まっているようで、ローズは隅っこに座っているせいか、俺にはまだ気づいていないらしい。

というか、目を閉じている。寝ているのだろうか?

「さっきローズさんとも話したんですけど、『精神集中したいからほっといて』って言われちゃいました」

「ごめんねぇって謝ってくれたけど、なんか悪い事しちゃった気がしたよねえ」

……どうやらローズはやる気に満ち溢れているらしい。

楽しいイベントになりそうだ、と、目を瞑ったままのローズを見やり、口が緩んでいくのを感じていた。


「はいはーい、皆さん、今日はこのイベントに参加して下さってありがとうございます!」


 あれやこれやと雑談をして緩んでいた空気であったが、突然のマイク越しの声に一同、ぴた、と黙りこくる。

視線は中心――いつの間にやら現れた我らが運営さんに集中していた。

「受付を締め切りましたので、今ここにいらっしゃる方にイベントについての概要と、ルールなどを説明したいと思います。どうぞよろしくおねがいしますね~」

線目ながら滑舌よく進む説明。

自然、拍手が誰ともなく鳴り始め、それが伝染して待機ルームに響き渡る。

「はい、ありがとうございます。ありがとうございます。では、説明始めますね」

突然の拍手に照れくさそうにしていた運営さんだったが、両手をわたわたと振り「それくらいで」と止める。

また、静かになった。


「まず、概要から。このイベントは、トーナメント方式、1:1でのPvPイベントとなっています。一回戦の開始時間は13時半から。各選手とも自分の試合時間までは自由にしてくださって結構ですが、時間になり次第強制的に闘技場に召喚されますのでご注意を」


 しん、と静まり返った待機ルームに、運営さんの声が響く。

参加者達は小さく頷いていたり、目を閉じたままじ、と聞いていたりと各々のスタイルでその言葉をかみ砕いているらしかった。


「また、装備品の調整・変更などが行いやすいように、ロッカールームにて無料での倉庫サービスを用意しています。もちろん『ディメンション』を使っていますので、皆さんがいつも使っている倉庫と同じようになっているはずです。更衣室もありますので有効に活用していただければと思います」


 運営さんが手で待機ルームの奥を示すと、奥のドアがキラキラと光り出す。上には『ロッカールーム』と書かれているので、これが倉庫代わりらしい。

そうして次に示すのは右側の二つのドア。こちらは交互に(せわ)しなくバタバタと開いては閉じたりを繰り返している。

上には『男子更衣室』『女子更衣室』。安心設計だった。


「因みにトイレとシャワーは更衣室の奥にあります。使いたい方はご自由にどうぞ」

「食事はどこで食べられますかー?」

「食事は……まあ、観客席で勝手に売り子してる人がいるみたいですから、使ってあげてください」


 誰かが質問の声をあげると、運営さんは少し困ったように「食事はないんですよね」と苦笑いする。

だが、その返しに参加者たちは小さく笑っていた。


「街や観客席に移動したい方は、この待機ルームを出て左側の魔法陣が客席行き、右側の魔法陣がお好きな街への転送陣となっています」


 そちらですね、と、手で示す。

今度はぎぃ、とドアが開き、そのままになっていた。


「最期に賞品ですが、優勝者にはお約束通り『精霊王の羽衣』を。準優勝の方には『イービルロッド』が進呈されます。三位以下の方、一回戦落ちの方にも到達点に準じた参加賞が用意されますので、お帰りの際にはお忘れなくー」


 賞品の説明になってから参加者たちが「おお」と、俄かに騒ぎ始める。

まあ、これ目当てでやってる奴がほとんどだろうから、楽しみではあるんだろうな。

俺自身、『精霊王の羽衣』は対ドラゴンに欲しい逸品ではあるので、本気で優勝狙いで行こうと思う。



「次にルールについて説明を始めたいと思います。試合形式は先ほどもお伝えしたように1:1ですが、制限としてスキル『メテオストーム』『自爆(エクスプロージョン)』『転送ポータル』の使用は禁止とさせていただきます」


 禁止スキルの中に転移がなかったのは救いか。戦術に縛りがないのは助かる。

だが、その説明の最中「えー」と、小さく声をあげていた奴もいない訳ではなかった。ウィッチがいたのだ。

まあ、エクスプロージョンは当然ながらメテオストームも逃げ場がない空間では相打ち覚悟の自爆スキルと化す訳だから、勝者を決めたい場合には使われては困るのだろう。


「武器と防具に関してはどんな装備・構成でも構いません。ただし衆人環視の元行われる試合ですので、あんまり色気が強すぎるモノや汚らしい格好で挑むのはご勘弁ください。ネイキッド、ダメ、絶対」


 まあ、この辺は縛りがあまりないと言える。

今回の参加者は上位職も多いので、本気装備で挑んでもいいくらいだろう。

流石に裸で挑むような奴もいないとは思うが。


「アイテム使用に関しては、転送アイテムとモンスター召喚系のアイテムだけは禁止します。他は何を使おうと自由です」


 お好きなようにどうぞ、と、細目を薄く開きながら笑う運営さん。

金持ちがごり押しできるゲームと思われそうで怖いが、まあ、上手く運ぶこととしよう。


「続いて、勝敗の決定についてですが、対戦者が意識を失う・あるいは身動きが取れない状態になって3カウントを取られる『ダウン』、明らかに死亡している『キル』、対戦場外へ落とされる『場外』の三つが基本となっています。判定は司会担当も務める審判が行います」


 キル有りとは中々にハードな試合だった。

何でもありとは聞いたが、「下手すると殺されるかもしれないのか」と考えると緊張感が強まってくる。

少しずつ、参加者たちの間でも不安が広がっているのか、がやがやと賑やかになりはじめた。


「勿論、キルされても負傷しても、試合が終了した時点で復活・全快しますのでご心配なく。ロストなどもありませんので気軽に倒されちゃってください」


 怖くないですよ、と、にこやかぁに笑う運営さん。

運営さんは人の心が解らないらしい。

まあ、戦う以上は痛い目に遭うのは仕方ないのだが。

この辺りが、対人有りのイベントで参加者が増えない理由なのだろう。

誰だって、痛い思い、怖い思いはしたくないのだ。


「また、対戦中に降参すれば棄権扱いになりますので、限界を感じたら無理をなさらずとも大丈夫です。ご安心を」


 棄権は、できればしたくないものだが、ありがたいシステムではある。

棄権なしだと一方的にボコられてても死ぬかダウンするまでそのままになりかねない訳だし。

今回の面子の中にそこまでヤバい奴はいないはずだが、たまに加減の解らない、ネジの吹き飛んだ奴が混じってる事もあるのでセーフティとしては必要なルールだった。


「その他何かわからない点などありましたら答えますが、疑問に思ったことなどはありますかー?」


 片手をあげて「何かありません?」と周りを見渡す。

また少しの間シン、としていたが、ソロソロと上がる手が一つ。さっきのウィッチだ。


「あの、私ウィッチなんですけど、場外がある試合で箒とか使っても……大丈夫なんですか?」

「んー、そうですねー。場外の回避位に使う分には問題ないですが、上空高くから一方的に魔法を撃たれても面白くありませんので……対戦相手の攻撃が届かない範囲に浮いていていいのは五秒までとします!」


 唐突に新ルールが組み上げられた。

良心的なウィッチである。

彼女の提案がなければ、一方的に上から魔法を撃たれ続ける拷問が待っているところだった。

運営さんめ、完全に想定外だったのをその場の機転でなんとかしたみたいな顔しやがって。

後で弄ってやろう。


「他にはないですか? ありませんね? では、残りの時間は自由時間とさせていただきます。トーナメントの発表は13時に、開会のあいさつと共に発表しますので、確認したい方は観客席にいらっしゃってください。一応、観客席へ転送する係員の前にも張り出しますがー」


 どうぞごゆっくりー、と、線目をそのままに、運営さんは優雅にペコリとお辞儀して転移していった。


 そうして、また賑わいが戻る。

キル有りについてだの、どのアイテムを使って戦術を組むかだの、色々と参加者の間で話が進んでいるらしかった。

もっとも、そんなに大人数じゃないし、下手したら今話してる奴ら同士で初戦になる可能性すらあるのだから、どこまで本気で話してるのかも解ったものではないが。

「一回戦で当たらないといいですね」

「そだねー。一緒に出ていきなりサクヤと当たっちゃったら笑うしかないよなー」

流石にそれはないでしょー、と、笑うサクヤとエミリオ。


 だが、と、俺は思うのだ。

この面子の中で、数少ない下位職の二人である。

この二人がぶつかる限りは、どちらか片方が二回戦に上がれるが。

この二人がばらけて、それぞれ上位職連中とぶつかったら、まあ、まず勝てないだろうな、とも思っていた。

二人とも、最近ではそれなりに狩場での立ち回りなんかが上手くなってきているとは一浪らから聞いているが、それはPvPでの立ち回りとは大きく異なる。

AIではない、生身の人間そのままの思考を持つ相手と戦うなんてのは、慣れている奴ですら上手くいかない事すらあるのだから。


 とはいえ、そんな事を一々聞かせるのも面白くない。

空気の読めない奴だと嫌われても困るし、ここはそっとしておいてやる事にした。

サクヤもエミリオも、そろそろ人間相手で敗北を知ってもいい頃合だ。



 ふと、じ、と俺の方を見ている視線に気が付く。

ローズかと思ったが、視線を辿るとそうではないらしく、男の騎士風の奴に見られていた、気がした。

「どうかしたのかい? ドクさん」

マスターに話しかけられ、視線を戻す。

「いや、なんか見られてる気がしてな。気のせいか」

「そうかい? まあ、ドクさんは目立つからね」

見られるのも仕方ないよ、と、苦笑いするマスター。

俺はそんなに目立つのだろうか。目立たないようにグラス掛けたりしてるんだが。


-Tips-

ディメンション(スキル)

運営さんや運営サイドが使う事の出来る特殊魔法。

空間と空間とを接続し、離れた場所にある倉庫同士や通路などを繋げることができるスキルで、ポータル代わりに使用したり、なんでもないロッカーなどを既存の倉庫代わりに使用する事が可能になる。


極めて特殊なもので、習得方法や修練の仕方などは一切市場に出回っていない。

一説によると運営サイドに譲渡される一種の『権限』がなければ扱う事すらできないと言われている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ