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ネトゲの中のリアル  作者: 海蛇
1章.たまり場にて(主人公視点:サクヤ)

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#5-1.お風呂上りはコーヒー牛乳

 雨のリーシア。宿屋にて。

情けない事に茹で上がってしまった私は、そのまま脱衣所で湯冷ましされていた。

裸のままでいるわけにも行かないのでと、上から浴衣を被せられて。

どこかから持ってきたのか、うちわを手に、はたはたとプリエラさんが(あお)いでくれるのが心地よかった。


「す、すみません……お手数おかけしますぅ……」

ようやくはっきりとし始めてきた意識。身体はまだ熱いままだけれど、かなり楽になっていた。

「気にしないでー。私が気にもかけずおしゃべり始めちゃったから――ごめんね、前も長話が過ぎてのぼせちゃってたもんね」

形の良い眉を八の字にしながら、浴衣姿のプリエラさんが私の顔をじーっと見ていた。

ちょっと恥ずかしい。人に見つめられるのって、実はあんまり慣れてないのだ。

「あ、そうだ、熱くなってる時は冷たいモノを飲めば良いんだよ! ちょっと待っててね!」

そうかと思えば、プリエラさんはパタパタと駆け出して行ってしまう。

一人ぼっちになってちょっと寂しい。


「――お待たせっ! サクヤはコーヒー牛乳とフルーツ牛乳、どっちがいい!?」

そうして、二本の瓶を手に戻ってきた。ちょっと息が荒い。

「え、えーっと、それじゃ、コーヒー牛乳……」

「おっけー、それじゃ、まずは――」

起き上がってねー、と、私の上身を起こしながらほっぺたに瓶を当ててくる。

「うひゃっ――」

ひんやりとした感覚に驚かされる。プリエラさんは悪戯っ子だった。

「えへへ、冷たいでしょ? はい、どーぞ」

私が驚いた顔が面白いのか、プリエラさんは可愛らしく笑いながら、私に瓶を渡してきた。

コーヒーになりきれないコーヒー。カフェオレとも違う、だけどやっぱりコーヒーじゃない何か。

「頂きます」

コーヒー党な私にとっては初体験の、だけどちょっと邪道入ってるんじゃない? と感じるコーヒー牛乳。

くぴ、と、一口。冷たい感覚が喉を震わせる。甘い!

「……んくっ」

ぐい、と、一気に飲み込んだ。喉が冷たさで満たされていく。

湯気が出ていた身体が、ちょっとずつ、ちょっとずつだけ身体の心から涼やんでいくような、そんな優しい冷え方。

甘さがコーヒーの苦味を打ち消していく。後味は……悪くなかった。

「ぷはっ」

飲み終え見ると、プリエラさんは残ったフルーツ牛乳を飲んでいた。ぐいぐいと行ってる。豪快。

「ぷはーっ」

そして爽やかだった。何か一仕事終えたかのような、救われたような良い顔。

「やっぱりお風呂の後はこれだねっ! これがないとお風呂に入った気がしないよ!!」

素敵! と、すっごくいい笑顔で瓶を突き出す。

「私は初めてでしたけど……」

「あれっ? そうだったの? お風呂の後はこういうの飲むのが基本なんだよー? あ、でも前に一緒に入った時は飲まなかったっけ。えへへ、私としたことが」

てへ、と、自分の頭をこつん、と撫でるように叩く。

「でも、美味しかったです。コーヒー牛乳。結構良いものですね」

これは新しい発見だった。今まで飲まず嫌いしてたのが勿体無い。

コーヒーの風味が薄れて悲惨な事になってるのでは、なんて思ったけど、これはこれで美味しいのだ。

お風呂上りというのもいいのかもしれない。キンキンに冷えたのがまた良いのだ。

「でしょでしょ? こんな素敵なものがお風呂屋さんにはあるのです。まあ、宿屋さんだけど」

また飲もうねー、と、ほくほく顔になるプリエラさん。

「……はい。そうですね」

ころころと表情が変わるプリエラさんが、すごく素敵。

とっても自然で、なんていうか、満喫してるように見える。セシリアさんとは違う意味で、憧れてしまう。

こんな風にいろんなことに一喜一憂できるくらいにのめりこめたら、きっと楽しいに違いないから。



 ようやく普通に動けるようになって、着替えの浴衣を着終えたら、今度は髪を手入れする時間。

鏡の前に座って、丁寧に濡れを拭きとった髪の毛先に、そっとクシを入れていく。

「サクヤって、結構髪の手入れに時間かける子?」

隣を見ると、やっぱり同じようにクシを通すけど、結構大雑把なプリエラさんがいた。

綺麗な髪なのにもったいないなあと思うけど、そこは人の自由。黙ってる。

それで、プリエラさんも私の方を見てる。

「えっと。大体毎日一時間くらい使いますけど」

「一時間!? そんなに髪を()かすのに使うの……?」

私としては当たり前にやってる事なのだけれど、プリエラさんには驚きの様だった。

「クシで()いた後に、今度はヘアオイルをつけてクシで梳いて――最後にブラッシングもします」

「……あるの? ヘアオイル」

「ありますよー。椿油(つばきゆ)っていう名前で売られてます。お花から採れるらしいですよ?」

便利ですよねーって笑いかける。プリエラさんは真剣な目でこちらを見ていた。

「サクヤは、その髪が大事なんだね。その、人一倍」

その視線は私というより、私に愛でられる髪の方に。

「――はい。私、ずっと黒髪に憧れてて。リアルでも、髪を染めたいなーって思ってたけど周りから止められちゃうので、こうやってゲーム世界で念願の黒髪になれたのが嬉しいんです」


 このゲームを始めてから、毎日が楽しみで仕方なかった。

ログインしてまず最初にするのは、自分の姿を鏡やショーウィンドウ、水面とかで確認する事。

それから、どこか落ち着ける場所を探して、こうやって髪を梳かして、手入れしてあげる事。


 実は、装備とかは二の次で、髪の手入れに結構お金を費やしてる。

椿油なんかはあんまり安いものじゃなくって、数もそんなにないから手に入れるのにも苦労する位。

クシだって一種類だけじゃダメ。

(あら)いのと細かいのとで最低でも二種類は欲しいし、ブラシもできれば高級でやわらかい動物の毛を使ったのが欲しかった。

勿論狩りも毎日してるけど、それでも日々の食費や諸経費を考えるとギリギリ。

必要もあって魔術書を買うためのお金だけは貯めてるけど、それ以外は犠牲になりがち。

それでも、そうまでしても、この髪だけは一番にしてあげたかった。


 一番最初にゲームを始める前。

真っ暗へと落とされた中で、誰かに「理想の自分を想像して」と言われた。

きっと、今よりスタイルが良い、大人のお姉さんになる事も出来たんだと思う。

こんなリアルそのままに背の低い、どんくさい子じゃなくて、もっと背の高い、活発な子になれたかもしれなかった。

でも、私はそんなのより何より、黒髪である事を望んだ。

リアル的にはありふれた、どこにでもあるような黒髪を。

だけど誰にも負けない、世界で一番綺麗な黒髪を、私は望んだのだ。


 初めてログインした時の感動は今でも忘れない。

ゲームの中の私は、リアルでの私の夢を叶えていた。

だから、このゲームが好き。楽しくて仕方ない。幸せだった。



「そっか。サクヤは、自分の夢を叶えたんだね」

プリエラさんは、優しい顔になっていた。

いつものニコニコ顔じゃない、だけど、ほっとするような顔。

この人と一緒にいると、いつもこんな風に安心できる自分が居て、とっても心が温かくなる。


「プリエラさんは、その、ゲームで叶えたい事って、何かあるんですか?」

私の事は話した。だけど、私はプリエラさんの事を知りたかった。

プリエラさんだけじゃない、ギルドの人の事だって何にも知らない。沢山知りたいのだ。

「んー。私には、サクヤみたいにこれといって変わりたいなあっていう願望は無いけど――」

私の質問に、プリエラさんはちょっと困ったように眉を下げながら、口元に指を当てて考える。それから――

「そうだなあ。友達一杯欲しい。毎日誰かと会えて、沢山お喋りして、一緒に遊んだり、お買い物したり、お風呂に入ったりできたらなあって思うよ?」

――ぱあっと、華の様に笑いながら、そんな優しい事を言うのだ。

「それ……素敵ですね」

「でしょー? 皆仲良し! 一杯の笑顔で幸せにって。そんな風に生きられたら、楽しいかなって」

中々上手く行かないけどねー、と、苦笑ながら語る。


 うん、やっぱりこの人は、すごい。

とっても無邪気で、とっても優しい。

上手く言い表せられないけれど、この人ならこうなんだろうなあっていう、不思議な説得力があった。

普通の人が言ったら冗談に聞こえてしまうような言葉が、この人が言うとその本気が伝わってくるのだ。

こんな風になれたら、周りの人も優しい気持ちにさせられるのに、なんて、羨ましくなってしまう。


「プリエラさん、また飲みましょうね、コーヒー牛乳とフルーツ牛乳」

上手く返せないから、私は誤魔化してしまう。

きっと私は笑ってるはずだけど、プリエラさんみたいに無邪気にはなれてない気がする。

それでも。いつか、こんな風になれたらなあ、なんて思いながら。

私は空になった瓶をプリエラさんに見せながら、立ち上がるのだ。

「うん! また来よ。今度はセシリアさんとかマルタさんとかも連れてこれるといいねー」

皆で来たいね、と、プリエラさんはいつものニコニコ顔で笑ってくれていた。


-Tips-

宿屋(施設)

タウンマップにのみ開く事のできる宿泊施設。

自前の家や店などを持つ事の少ない冒険職のプレイヤーにとっては必須ともいえる施設で、悪天候時などの避難場所としても有用である。

個室にベッドなど宿泊の為の基本的な設備が整っているだけでなく、大浴場や露天風呂など、公衆浴場としての側面も持っており、利用客同士が会話を楽しんだりする為のロビーも用意されている。

その他、宿によって細やかなサービス内容は異なる為、これを趣味に通う客もいるという。

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